暗然
「エヴァ!」
ココの声に反応し、主とその横にいるウィズを確認したエヴァは、目にも留まらぬ速さで二人の元へとやって来るなり深々と頭を垂れると謝辞を述べる。
「……ココ様、ウィズ様、申し訳ありません。……ラヴィ様をお止めすることが出来なかった私に罰をお与え下さい」
これに対して、エヴァでは【邪獣化】のラヴィに対応するのは難しい事を読んでいたココは、細く綺麗な髪に覆われたエヴァの頭を優しく撫でる。
「謝らなくても大丈夫、罰も与えないわ。根本的にエヴァとラヴィでは能力に大きな差があるから。それを考慮しなかった私のミスよ」
感情の乏しいエヴァの顔が、曇天のような影を見せる。
「大丈夫、ここからは私に任せなさい! ウィズ、エヴァの回復をお願い。ラヴィは私一人で止める」
「承知致しました。ココ様、どうかお気をつけ下さい」
ウィズとエヴァの怪訝な思いにココは笑顔を返すと、消えいるようなスピードで満天へと舞う。
「さあて、不本意ながらの初実戦ね。まさか、異世界最初の相手がラヴィになっちゃうなんて。ホント、もっと考えて行動しないとダメだよね」
ココは、目下で唸り声を発しているいつもとはかけ離れた姿へと変貌したラヴィに目を向ける。
(敵性モンスターの戦兎はレベル100でもそんなに強くは無かったけど、ラヴィは作られたNPC。プログラムじゃない意思まで持ってる今は、その辺のプレイヤーよりは遥かに強いと仮定できる。それに化物並に攻撃力も俊敏値も跳ね上がっている。防御力は若干下がってるけど、油断は出来ない……)
重力に身を任せて空中を落下しながら、ココは身体強化技能を発動する。
「できればラヴィを一撃で瀕死の状態まで持っていきたいけど、加減が難しいなぁ……。【超位準備】、【音速貴公】、【威力強化】、【立体機動力強化】、【究極斬擊耐性】、【究極雷属性耐性】」
空中に漂う影に気づいたラヴィは、ドウンッという爆発的な踏み切り音を伴う脚力で、帆柱をへし折りながらココを目掛けて突貫する。
「ゥゥゥァァアアアアアアア!!!」
猛獣のような咆哮を轟かせるラヴィには、もはや自我の欠片も感じることは出来ない。
「【ロールスライサー】!!」
両手を頭の上で合わせ、身体全体を高速回転させて勢い任せに迫るラヴィは、銃から放たれた大きな弾丸と言っても過言ではない。ココは冷静に防御技能を発動する。
「【ハムサ・シール】!」
突貫するラヴィの進路上に半透明の盾が等間隔で五つ現れる。ハムサ・シールにより生み出された盾など気にも止めずに突っ込むラヴィ。しかし、盾をひとつ、ふたつと壊す毎に弾丸のような勢いは失われていく。
ココは攻撃の勢いが死んだラヴィを余裕を持ってヒラリと回避する。標的を失ったラヴィは体勢を立て直すと、首と耳を器用に振ってココを探す素振りを見せている。
(感知に特化しているラヴィでも目視以外では私を感知出来ないのね)
ようやくココを発見したラヴィは、大きく跳ね上がり一気に距離を詰める。一馬身ほどの距離で歩を止めたラヴィは、両手を引いて腰の位置で溜めを作る。
(あのモーションは……。たとえ攻撃力が飛躍的に上がっていたとしても、ラヴィの最大技を食らって倒れる事は無いハズ。だったら……荒業だけどひとつ実験してみよう)
「【ウルティム・ザ・ビーストインパクト】!!」
ラヴィから放たれた獣形の強力な波動の塊がココに近づくが、ココは防御の構えを取らずに真っ向からラヴィの技術を受ける。直撃した途端、激しい衝撃と風圧が周囲へと発散していく。
「フフッ、確かに強力な一撃……」
(ダメージを負う感覚、この世界での私の素の防御力がどれ程のものか分かったよ。これは一つの基準になる。ダメージ量からするとラヴィの攻撃力補正値を考慮してもビッグバンの時とは計算式が少し違うみたいだけど、誤差の範囲かな)
ココは中空を蹴ってラヴィとの距離を置く。
「さっきのダメージ量と防御力を基準にすると、ラヴィに対して有効な技能は……。ラヴィ、少し痛いかもしれないけどゴメンね!」
ラヴィがココに視線を移すよりも速く、まるで流星の尾のような煌めきが二つ、満月を背景にして夜にひかれる。ココの急降下での攻撃技能がラヴィを一閃していた。
「【会心の一閃】」
瞬間という言葉が遅すぎるほどの速さで前方を駆け抜けながら強力な一撃を放ったココの背後で、ラヴィは鮮血をあげながら失神した。
*
「……一撃、ですか」
「そのようです。ココ様は最弱の職業である盗賊でありながらの最強。メイン職業は盗賊系伝説の職業の一つと謳われる【トリックスター】ですからね。全く、強さが異次元であられる」
岸部から一瞬で勝敗が決した戦闘を傍観していたウィズとエヴァは、改めて忠義を尽くす主の根本的な強さを実感していた。
「ラヴィを瀕死にさせた、あの威力を放ちながらも本気にはまだまだ遠いですね。影支配者の職業技能も使われていないですし、錬金術すらも使われていない」
ウィズの言葉にエヴァは身震いを一つ覚える。
「……さすがはココ様です」
「さて、ラヴィの回収に行きますよ」
*
「ウィズ、まずはラヴィの回復を」
失神しているラヴィを抱えたココの元へとやってきたウィズは、主の言葉に応えるように回復の魔技を使用する。
「【大回復】。ココ様、恐縮ながら一先ずラヴィはこのまま意識不明状態で拠点へ連れて帰ろうかと思うのですがよろしいでしょうか?」
「もう暴れる事は無いとは思うけど、帰ったら直ぐに状態異常の回復もお願いね」
「承知致しました。では、改めて転移門を開きますので、しばしの間この場を離れます」
「うん、私とエヴァは少し街の様子を見てくるよ」
ウィズはココに一礼すると、ラヴィを抱えて転移門の中に消えて行った。無残に瓦礫と化した海賊船を横目に、ココ達はいくつもの灯りの見える街の方へと歩みを進めていく。
「さてと、エヴァ。ここからは本当に注意が必要だよ。敵の最大戦力はもしかすると私達の想像を超えてるかもしれないから、警戒してね」
「……はい、ココ様。しかしながらココ様よりも強力な敵というのは、想像が難しいですね」
「ん、そうかな?」
エヴァはどうにも腑に落ちない。ココからは明らかに絶対強者としてのオーラや圧力といったものが感じ取れるし、こと戦闘において本気を出したらどれ程の強さなのか検討もつかないからだ。
「確かにビッグバンの世界での私は、戦闘においては自信過剰かもしれないけれど強者の部類だと思う。グロウブ・ソロ・デュエルでの三連覇の記録は最後まで破られなかったしね。でも、この世界はビッグバンに似た全く別の異世界だし、どんな敵が潜んでいて、どんな環境なのかを知るまで油断は出来ないよ」
「……慎重に事を運ぶに尽きるべきということですね」
「その通り。だから、今回の一件は完全に私のミスなんだよ。慎重さを欠いてしまった結果、ラヴィとエヴァを危険な目に合わせてしまった。本当にゴメンね」
「……ココ様が謝罪など!」
言葉にならない温かい感情がエヴァの心を支配する。同時にココという主人に対して、改めて畏敬の念を抱く。
「私にとってはみんなが家族だからね、その長としてみんなを守るべき義務がある。だから、さっき決めた事があるんだ」
ココの瞳には決意の色が濃く写るように見える。
「……決めた事、ですか?」
「そう、これからは私が率先して現場に行って、この世界の情報を集めること。具体的な案はこれから、皆にも協力して貰うことになると思うけどね」
「……恐縮ながら、ココ様は現在でも率先していると思うのですが?」
「そう言って貰えると嬉しいな、ありがとうエヴァ。……ん?」
トルトゥガの中心街に向かって歩いていたココとエヴァは建物の間の細い裏路地に入り、様子を窺う為に息を潜める。かなり大勢の足音が耳に届く、どうやら足音は港へと向かっているようだ。
「ヤガさん! あいつら消えちまったんだよ!」
「消えたっつーのはどういう事だ! 逃げたのか?」
「いや、文字通り消えたんだ。表現が難しいが空間に穴が開いて、そこに入っていったんだ!」
「……意味が分からねぇ。その消えたって奴は港の船をぶち壊し、暴れ散らかしやがった戦兎なのか?」
「いや、それが赤い神父の格好をした奴だ。何かを抱えて空間に入って行ったんだよ」
「ヤガさん、そいつは多分マクさんを殺った奴だ」
「ふざけやがって! 戦兎と戦っていた純妖精、突如現れ消えた神父。状況が理解出来ねぇ! おい監視、戦兎は誰に倒された?」
「いやそれが分からねぇんだよ。青い光みたいなものが見えた途端に戦兎は動かなくなった。それを神父と純妖精が回収したように見えた」
「制御の効かねぇ化物を使って俺達の船をぶっ壊したのか? それなら少しは理解できるが」
「どっちにしろ報復に来たという可能性が高い」
「こそこそと胸くその悪い奴等だぜ! 船は全滅か……。おのれ、俺達に喧嘩を吹っ掛けた事を後悔させてやる!」
息を潜めていたココが海賊達の気配が消えたことを確認して口を開いた。
「エヴァ、あの中に知った顔は?」
記憶を思い出さんとゆっくり目を伏せるエヴァは、心当たりのある人物を脳裏に写し出した。
「……大男と話していた痩せ細った男。かの者はオール・ベガス・エデンに奇襲をかけてきた者の一人だと思われます」
「……なるほどね」
エヴァはココの咄嗟の異変に気付く。
「さっきから後ろにいるそこの奴ら、出てきなさい」
ココはエヴァとの話を切り上げて路地裏の奥を見もせずに声を投げると、暗闇からぬっと影が伸び黒いローブに身を包む魔技使役者らしき者が姿を見せる。先頭にいる男は二頭の龍が絡み合う紋章が刻まれた歪な杖を持っている。
「おやおや、バレてしまいましたか」
「バレバレだよ。あなた達は誰?」
目元はフードに隠れて見えづらいが、薄ら笑いを浮かべた男はエヴァを見て少し驚いた表情を見せる。しかし、すぐにココの方に視線を移した。
「名乗る程の者ではございません。私達もかの海賊達には手を焼いていましてね。所謂、偵察と言いますか、暗躍と言いますか」
「どっちでもいいけど、私達に何か用?」
「先の戦闘を見ておりました。お二方ともとてもお強いようで」
男を警戒したココは腰に携えた短剣、アマノヒツキの柄をグっと握りいつでも飛び出せる体勢をとると、男はココを制すように左手を上げた。
「早まらないで頂きたい。私達では束になってもあなた方の足元にも及びません故、どうかここは穏便に。その強さを見込んで、よろしければ海賊共を懲らしめるのに少しばかり力を貸しては頂けないでしょうか?」
「どこの誰とも知れない人に手を貸すほど暇じゃないんだけど?」
「まぁ、そう仰らずに。海賊討伐の折りには報酬も用意させて頂きますよ」
「報酬ねぇ。見るからに怪しそうなあなた達に手を貸したとして他にメリットはあるの?」
「この世界の事を知りたいのではありませんか?」
(全部聞かれていた? さっき使った音消しの技能はまだ切れてないのに? それに、海賊達は私を感知出来てなかったのに……)
「どうやら図星のようですね。あなた達は……おそらく異世界からやってきたのでは? 強さが桁外れですから、我々はあなた達のような方を『維新の者』と呼んでいるのですよ」
「……」
ココは黙りを決め込む、不意な言動で相手に無駄な情報を与えない為に。エヴァもココに習い静かに話に耳を向けている。
「彼ら、アラモウド海賊団を滅する事が出来れば情報をお渡ししましょう。如何ですかな?」
「その前に、何で私達が見えてるの?」
「私の持っている秘宝の力とだけ教えておきましょう」
そう言うと、男は懐から龍の眼を思わせる鋭い瞳を宿した宝玉を取り出した。
年度末新年度の関係で投稿がかなり遅れてしまった事をお詫び申し上げます。
次話は4/14投稿予定です!




