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おじじセンセの『一瞬の世界の物語』 作者:MoonLight
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ある女の話

 あくびが出るくらい昔に生きたある女の話をしたい。非常に印象深い女だった。

『喧騒の中心に女はいた。』

 今日は非常に稀かつ不幸なアクシデントにより、こんな騒ぎになり群衆が出来る事態となっている。
 群集に囲まれた女は、酷くおびえうろたえ、おどおどと立ち尽くしている。
 そんな女に群集は構いもせず汚く(ののし)罵声ばせいをあげ、しばらくすると、女に向けて石を投げるものまで出る。

 いくつかの投げられた石の一つが女の額に当たり、女は、唸るような押し殺した悲鳴を上げその場にうずくまると、一瞬喧騒が鎮まるが、すぐさま喧騒がまた始まる。喧騒は石が当たる前より大きくなっている……。女がうずくまる行為は、喧騒の炎に油を注いだ。

 その行為を黙って見ていたある男は、静かに群集のそばへ行き、群数に向け一言いうと、徐々に群集が散っていく。

 最後に残ったのは男と女の二人だけだった。

 救われた女は、男にお礼を述べると同時に自分が卑しい身分のものだと説明し、今回女を助けたことでもう男は町に居れないだろうと告げる。
 しかし男は女の説明を聞いても特に気にした様子もなく、男の仲間ともに次の町についてくるかと女に尋ねる。すると、女はもうこの町にも居られないことを承知しているため、男とその仲間たちの集団との同行を決める。

 女は男の集団と数えきれない旅を続け、長い旅生活を経て女は男のあらゆることを知る。
 男は、集団のリーダー的存在であり、仲間からは慕われている。当然女から見ても男は誠実で、裏表がなく、人々を救う素晴らしい人間だ。
 出会いが、命を助けられたという事もあり、いつしか女は深く男を敬愛するようになる。

 女を救った男は未来を予知できる預言者であった。しかし、予知はできても未来を変える力まではない。そんな彼は、仲間とともに村や町を訪ね、予知で人々を救いながら、旅を続けている。
 当然救われた人々は喜び彼を敬う。しかし、そんな男への世間の評価とは反対に当時の権力者から疎まれ、命を狙われている。これは旅を続ける生活の理由でもある。

 男は自分がどのように死ぬのかも予知していたし、将来仲間が男を裏切ることも予知していた。その予知を仲間に話したこともあったが、仲間の誰もがその予知を信じる事はなかった。男が預言者ということを知っているのに口を揃え、

「何を言っているんですか? 我々があなたを裏切るようなことはけしてありません」
「あなたとあろう方がそのようなご冗談を。わっはっは」

 冗談や与太話だと捉えて笑い飛ばしていた。

『これがの男の苦悩であった』

 自らに起こる予知はできても、その話を誰も信じてはくれはしない。それは当然の話である、世の中で最も尊敬している人物を自らが裏切るなどと考えられるだろうか?自分の心を疑う者はいない。誰もが自分の心を一番信じている。預言者の男の予知よりもだ。

 男の予知はいつも確実に当たるのだが、男自身の予知については誰も信じはしない。それは、予知能力を持たないものにとって想像できない苦悩。
 そんなだれにも理解してもらえない苦悩を男は抱き続けていたのだ。
 女はそんな男にの苦悩を少しでも知りたい。僅かでも分かち合いたい。共に悩んであげたい。一緒に考えてあげたい。そのように思うのだった。

 しかし男の持っている苦悩は、やはり予知能力を持たない女には、想像はできても理解には到底及ばない。盲人に色彩をどう教えるか? それと同じことだ。男の苦悩が分からない事を女は苦悩するが、男はそんな女を見て人の苦悩が分からない事は、当然のことなのだと慰める。しかし、女は、何か男の役に立ちたいと、切に願い

「神よ。私はどうしたらあの人に近づけるのでしょう? どうしたらあの人の苦悩を和らいであげられるのでしょう?」

 女の発した、初めての純粋なる祈りだった。その祈りとともに女は稲妻に打たれたかのような衝撃が走り、男が仲間から笑い飛ばされていた場面を思い出し、女は気が付く。

『男は、仲間から信じてもらえない苦悩を味わっていた事を。』

 男の苦悩を理解した、女は内臓がえぐれる様な激しい悪感あっかんに見舞われしばらく動けなくなった……。

 そう、男は預言者であるため、死期はもちろん、考えたくもない仲間の裏切りも分かっている。しかし、それなのに、男は何事もないかのように町や村を回り人々を助け続けている。
 死ぬ日、裏切りの日が、刻一刻と近づいてくる恐怖という名の重圧に、耐え続けているのだ。

『いったい何ができるだろう』

 女は考えたがすぐには答えは出ないが、長い沈黙を経て、女は自分のみができることに気が付いた。

『あの人のいう事、全てを疑いなく信じよう。』

 それが女の出した答え。ほかの、どの仲間でもできない。たった一つの女にできる事。
 女は誓う。男をすべて信じる。世界の誰一人が信じなくても男を信じる。

『神よりも信じることを誓います。』

 神はその心を祝福した。男の事を神よりも信仰するというその心をだ……。
 女は男のすべてを信じ疑うことはない。たまに出る男の軽口でさえ疑いはしない。そんな健気な女に、男も少しずつ心を開いていった。決して仲間の前では見せない弱音を、女の前ではついもらしてしまう事がその証拠といえる。
 女は、男の吐く弱音を、黙って聞くだけだが、弱音を吐ける相手がいるという事そのものが男にはささやかなる心の安らぎになってくれていると信じていた。

 町や村を渡り歩く旅の生活で男の集団は疲弊ひへいし、しばらく定住できる場所を探すことにする。山奥の僻地へきちを選んだため町までの距離は往復で半日はかかる距離だが。男の危険を考えるとこれも致し方ないこと。
 そんなころ、女は愛しい男のために今まで考えていた、ある計画を実行する。
 女は計画は仲間の一人、アデンを会計担当にする事から始まる。
 女がアデンを選ぶには理由がある。アデンは頭がよく、仲間からの信頼も厚く、非の打ち所がない人物なのだが、女が選んだ理由はその様な事ではない。

 『女はアデンが疑い深いことを知っていた』

 アデンは女の支援のお陰で、重要な会計担当となる。重要な取引を任せるには頭がよく疑い深い性格がふさわしい。アデンは会計を担当するまで、かねというものを知らなかった。しかし会計を通しアデンは金の価値を知る事となる。金の魅力は強烈であったが、アデンはもともと誠実な人間であるため、不正を働くことはなかった。

 アデンが金の価値を理解したころ、女は計画を次の段階に進める。女は教会へ出向き懺悔室ざんげしつへ。
 懺悔室は、自分が背負っている苦悩や罪などを神父を通して神に打ち明ける場所だ。現代でいう守秘義務により神父は誰にも話さない事となっている。打ち明けられた内容が仮に殺人であってもだ……。
 女は懺悔室で権力者から狙われている恋人だと打ち明ける。そして仲間のアデンが会計での不正を行っていると打ち明ける。

 話を聞いていた神父は、

「会計の不正は罪かもしれません、しかしそのような隣人の罪もお許しなさい。そして隣人を愛するのです」

 これだけを告げられた女は。、
「わかりました」

 と、懺悔室を後にした。
 女のいなくなった教会の中で神父は一人目を閉じながら物思いにふける。
 広い空間独特の静寂の中時が止まったかの様に、教会の中には動くものはない。
 しばらくして、神父は静かに目を開ける。
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