続・仮面の騎士~盲目の姫君~
前回と続き、微妙に続きモノとはなっておりますが、前作を読まなくても大丈夫な仕様となっております。
少し長いですが、最後迄お付き合い頂けると幸いです。
風が吹く。
心にすきま風が。
何も分からない何も見れない。
そう。
私は産まれた時から光を失っている。
この瞳はただの飾り物。
何も写さない。
だから見える感覚が分からない。
そしてそんな私をお父様は忌み嫌った。
お父様はこの国の王様。
映像の写さない瞳を持つ娘は王家の恥として、国民の目に触れないようにと、幼くして亡くなったお母様の温室に私を幽閉した。
別に良かった。
形だけのお父様は要らなかったし。
目の見えないこの広い世界の中で生きるより、小さな温室の世界の方が生きやすかった。
朝は起きたくなったら起きて。
お花に水をあげる。
最初は戸惑ったけど、慣れると温室中の水やりはすぐに終わった。
食事係りが食事を3回運ぶ。
ご飯を食べると定位置で夜までボーッとする。
見えない分香りがする。
そして最後に又軽く水をあげる。
そして眠くなったら眠る。
そんな毎日を過ごして、お母様が育て上げたお花の中で一生を終えてもいい。
本気でそう思っていた。
そんなある時の事だった。
何処かで葉の揺れる音がする。
此処に誰か迷い混んでしまったのか。
門番以外に会うのは本当に久し振りで。
興味本意にその場所へと足を向けた。
近付くと音が大きくなる。
「………誰?」
私は思わず声を出した。
「………君こそ誰なの?」
それは男の子の声。
私と同じくらいか、私より年下か。
そんな感じだった。
「…私はエトリア。あなたは?」
男の子は黙ったまま。
警戒しているのか。
そんな感じがした。
「言わないなら名無し君って呼んでも良いかしら?」
空気が変わる。
「…………ユイス・ファリア」
余程名無し君が嫌だったのか。
ぶっきらぼうに言うそれは小さな声。
…………かわいい。
不覚にもそう思ってしまった。
笑いそうになるのを堪える。
「……じゃあユイス?何故貴方は此処にいるの?」
「…好きで此処にいる訳じゃない。鍛練が嫌だから逃げてきた。」
城の騎士志望の子だろうか?
でもそれなら鍛練が嫌だなんて言わない。
不思議に思いつつ首を傾げていると。
「僕は別に良いだろう!お前こそ何で此処にいるんだ?」
不機嫌な声が私に質問する。
「何でって…私は此処に住んでるの」
長い沈黙。
そうか。
これだけじゃ伝わらないか。
これは王家の秘密。
でもそれは、私にとってどうでもよくなっていた。
「これでも私は王の娘なの。でも生まれつき目が見えなくて…それで王の命令で此処にいることになったの」
私はその場に座り込む。
甘い花の香りがする。
あなたは?
そう聞く前にユイスと肩が瞬間的に、触れ合う。
彼は私の隣に腰を掛けた。
「………僕も親に売られてさ…今って騎士の志望者が少ないらしくて、子供の内から鍛練して優秀な騎士を育て上げる計画があるらしいんだ……それでまずは、試験的にこの計画を進たいらしくて…試験用の子供を親が売るんだ」
そんなこと。
でもそうか。
この世界はまだまだ国と国が争って領土を奪い合っている。
それで騎士を補充しているのか。
私と同じくらいの歳の子迄も駆り出して。。。
試験用と言っても彼は、国に騎士として必要とされている。
その点私は………
私とは全く違う人間。
そう思っていたのに。
「……僕達…ちょっと似ているかもな」
「………えっ?」
意外な言葉をかけてきた。
「……王の命令で此処にいる…」
寂しそうな苦しそうな。
そんな声。
だからなるべく明るい声で。
「違うわ?ユイスは国を護る力を磨いているもの。私はただボーッと過ごしているだけ。国の穀潰しなんだから!」
………………。
………何故威張って言ってしまったのか。
少し恥ずかしい。
顔を隠すように下を向くと。
「なにそれ?それって威張れるの?」
と言いながら隣でクスクスと笑ってくれているユイスがいた。
なんだかそれにつられてしまって、嬉しくて、私も笑ってしまう。
今よりもっと小さな頃から独りだったから。
こんなに笑ったの初めてで。
心の隙間が満たされていくような感覚がした。
――1度キリの出会い。
そう思っていた。
でも、そんなことなかった。
ユイスは温室に度々忍び込み遊びに来てくれる。
何年経っても。
それは変わらなかった。
歳を重ねる度声が大人っぽくなっていく。
私も……多分大人にはなっていってるだろう。
ユイスと出会ってから8年目の春。
私は遂に20歳になった。
そして当のユイスは18歳。
後から聞いた話ではあるが私より2つも年下だった。
なんか釈然としない。。。
「エトリア?」
そうだ今日は、ユイスが騎士となって早4年。
彼の活躍は凄く。
若くして騎士長になったとか。
毎日が忙しくて会いに来てくれるのももう夜しかない。
勿論。
もう忍び込むという行為はしない。
門番もちゃんと了承している。
「……忘れていたわユイスが遊びに来ていたこと。」
勿論冗談なのだけれども。
「エトリアは相変わらずだね?」
くっくっくっという彼の笑い声が聞こえる。
いつも私達の会話はこんな感じ。
とりとめもない話をし合う。
「……そういえば遠征が決まってさ。また暫く来れそうに無いんだ」
「………そう。」
また遠くに行って彼は戦う。
顔も知らない国民のため。
それは分かるけど。
その度に、ユイスが傷ついているようで嫌だった。
「何?寂しいの?」
それはからかうような声。
……私の方が歳上なのに。
これではまるで私の方が歳下のようだ。
「違うわ?このまま会わない分ユイスの事忘れちゃうかもね」
少し意地も入っていた。
それでも。
大人の余裕を見せてやる。
そんな軽い気持ちで言っただけだった。
するとふっとすぐ近くにユイスの匂いを感じた。
肩にユイスの唇が当たる。
布越しでもじんわりと温かさが伝わってくる。
「寂しいこと言わないで。オレは毎日思い出すから」
不意打ちだ。
私の方が照れてしまう。
沸々と体が沸騰するように熱くなってくる。
「………照れてる?」
そしてそこでユイスの意図が分かる。
「!!かっからかったのね!?~~~知らないんだから!」
赤面した私は赤い顔のまま勢いよく立ち上がろうとした。
でもそれも叶わずに。
左手が引かれてバランスを崩す。
気が付いたらユイスの腕の中にいた。
「いってきます」
私に顔を埋める。
戦に出る時はいつもこうだった。
不安な気持ちが。
ひしひしと伝わってくる。
これじゃあもう怒れないじゃないか。
諦めたように私は力を抜いた。
でも。
戦を知らない私は何も出来ない。
だからせめてもと。
頭を撫でる。
「いってらっしゃい」
そして彼は戦へと旅立った。
私といえば。
ユイスがいない間は暇で仕様がない。
いつも通りに花に水をあげ続ける毎日。
やることはそれしかなった。
―――そしてある時の事。
水やりも終えていつもの場所でぼうっとしていた。
すると何人かの足音が此方へと近付いて来る。
ダン!
強く扉を開ける音。
「おいっ!我が忌々しき娘は何処におる!」
それは久しぶりの声。
忘れる筈がない。
カタチだけの肉親の声を。
ズンズンと、私の方に向かってくる。
「はっ!こんなところにおったのか?返事くらいしたらどうなんだ?」
王はきっと私を金のかかるゴミとして見ているのだろう。
そんなような言い種だった。
「……何か用でしょうか?」
私も負けじと冷たく良い放つ。
「なんだ?その態度は?……まぁ良い今日は機嫌が良くてな?お前ユイスと会っておるな?」
最初は秘密だった。
でも今となっては最早暗黙ではあるが、公認の様になっていた。
それだけユイスは活躍して行動の権限を持ったということになる。
「……それが?」
「貴様。ユイスともう会うな。元々逢うべきではなかったのだから、忘れろ」
何を言い出すと思えば。
急にどうして?
……いやっ…分かっている。
ユイスがそれだけの活躍と権限を持っているならば、彼と親しくしている私の存在が国民にバレる確率が高まる。
それを恐れてこんなこと言っているのだろう。
「……貴方に関係ありません。用とはそれだけですか?ならばもう話す必要はありません。帰ってください。」
バカじゃないか。
そんなことで。
私だけじゃなく。
ユイスを物としてしか扱っていない。
この8年彼との絆はそう簡単に壊せるモノではない。
私にとってかけがえの無いものだから。
「……私は今気分が良いと言っておる。」
「それが何か?私には関係御座いません。お帰り下さい」
ザッ!!
土を蹴ったのかその細かい粒が私に当たる。
「後悔することになるぞ!!」
最後に捨て台詞を吐き王は帰っていった。
何を後悔するのだろう。
彼と離れる方が後悔する。
絶対に。
今日あったことは忘れよう。
ユイスにもいう必要はない。
だけど。
この時私はまだ分かっていなかった。
王が言っていた本当の後悔の意味を。
――「……ムリしていない?」
最近ユイスがむやみやたらに甘えてくる。
抱きついたり。
肩で寝たり。
とにかく触れてくる。
でも分かっている。
こういうときの彼を。
だから聞いてみた。
「………ムリしてない。大丈夫。」
嘘ばっかり。
表情は見えなくても声で分かるのに。
私には言えないことなのだろうか。
頼って欲しいのに。
世間知らず過ぎる私は簡単にその言葉を口にすることが出来なかった。
そしてユイスは私の膝の上に頭を乗せる。
位置が定まらないのかもぞもぞと頭を動かし、あまりにもくすぐったくて笑ってしまった。
「なぁに?くすぐったいんだけど?」
「ごめん。エトリアの側は落ち着く」
ふぅーぅと吐く息は本当にリラックスしているようだった。
髪をゆっくり撫でる。
「ずっと一緒にいるから」
ユイスの言葉にドキリとした。
それはあまりにも哀しそうに。
彼が呟いたから。
一緒にいるという言葉なのに。
私には別れの言葉の様に聞こえてしまう。
そんな筈ないのに。
だからその気持ちをなるべく心の隅に追いやって。
「私は何処にも行かないわ。」
笑って見せた。
きっと何処かに行ってしまうのはあなたの方。
そう思いながら。
追いやった筈の場所がチクリと傷んだ。
そう思っていたのに。
いとも簡単に私達の間を裂く時がやってくる。
気が付いた時はもう遅かった。
外からの叫び声。
血生臭い匂い。
1人の門番が私に逃げろと言い。
私は温室の隅へと体を隠す。
その瞬間。
後ろからまた人を貫く音と叫び声が聞こえた。
息が荒くなる。
熱いものが頬を伝う。
恐い。
恐い。
どうしてこうなってしまったのか。
どうして。
どうして。
思考が追い付かない。
体の震えが止まらない。
刹那。
肩を捕まれた。
私はここで終わるのか。
「姫!大丈夫です!オレです!」
それは聞いたことある声。
「………ルノン?」
私が震えた声で聞き返すと。
「御無事で何よりです!」
泣きそうな声で答えてくれた。
彼は毎日食事を届けてくれる食事係りのルノンだった。
「事情は後です!兎に角此方へ!」
そしてすぐに私の手を引いて走る。
そしてその勢いで髪から体にぶつかり何かが落ちる。
そしてすぐに気がついた。
「!?あっ!待って!髪飾りが!」
それは唯一の母親の形見である髪飾り。
「ダメです!今は姫の命が優先です!」
私の言葉を無視するように。兎に角手を強く引っ張りそのまま温室を後にし、温室の裏に停めてあったのか、馬の上に2人で乗って
「オレから絶対に手を離さないで下さいね!あっ!舌も噛まないように!」
そう言った後にルノンは馬で街を駆け抜け、門を抜け、森の奥へと走った。
暫く走った後。
ようやく馬のスピードを下げて。
落ち着く。
言葉をやっと出せるのか。
私はどうしてこんな状況になったのか知りたくて
「…ルッ…ルノン。これは…どういう事なの?」
息を切らしながら彼に質問をする。
「すっすみません!」
「すみませんじゃ分からないわ?……兎に角落ち着きましょう?深呼吸してみなさい?」
きっと彼も混乱しているのだろう。
何故か状況が把握出来ていない私がルノンを落ち着かせた。
ルノンはゆっくりと大きく息を吸ったり吐いたりしている。
そしてようやく落ち着いたのか、馬を歩かせたまま話してくれた。
「王が…姫を殺そうと…温室に兵士を送ったのです。」
その言葉に思考が固まる。
「実はユイス様に縁談があって……王はもう1人の娘のリルト様をユイス様に嫁がせたかったみたいです…」
………リルト…私の…妹…。
「それで…ユイス様が断って…王は姫が原因だと……そして姫を殺そうと……」
コロス……。
目の前が真っ白になる。
そこまで私は王にとって邪魔者だったのか。
分かっていた筈なのに気持ちが中々追い付かない。
そしてあることに気が付く。
「!!ユイスは!?ユイスはこの事知っているの!?」
不意に彼の顔が浮かんできた。
彼の哀しそうな顔が。
私は何処にも行かないと言ったのに。
今私は彼の元を離れて何処かへ向かっている。
「……伝える時間がありませんでしたので…でも!温室に姫の亡骸が無いことで察してくれるかと!」
「……………。」
そんなことあるのだろうか。
それはかなり難しい注文の様な気がする。
私だったら。あの血の匂いの中冷静な判断が出来そうにない。
「………どちらにせよ戻るのはムリです……きっと誰かに見付かったら即刻殺されてしまうと思います…」
ルノンは私が戻りたいと言う言葉を言わせないように、重苦しい雰囲気で話す。
すると涙が自然に出る。
ユイスを1人にしてしまった。
もう彼に会うことは出来ないのか。
一緒に話したり。
笑ったり。
触れたり。
もう何も出来ないのか。
そう考えれば、考えるほど涙が止まらない。
しゃくりあげた声がルノンに聞こえたのか背中越しで会話するルノンの声が焦っていた。
「あっ!あっ!でも!悪いことばかりじゃなくて!姫の目が見えるかも知れないんですよ!?」
……どういうこと?
私は分からずに何も答えられないでいると。
「えっと東の方にそういった目の医療分野を特に研究している方がいるらしくて……その方に診て貰えば姫の目も良くなるかもしれないんです!」
私の目が…飾り物じゃなくなる?
この瞳に何かを写せるのか。
「姫はまだ1人では自由が効きませんけど目が治ったら、ユイス様に…また会う可能性が出てくるかもしれません」
その声は優しく。
泣いている私に気を使ってくれている。
「……ルノンはどうしてそこまでしてくれるの…?」
だから心にある疑問を聞いてみた。
小さい頃から食事を運び続けてくれた。
でも会話は実際の所あまりしたことがない。
こんなに話したりしたのは初めてだった。
「オレは…小さい頃から姫を見てきましたから……オレなんかの身分のモノに、食事を運ぶ度にお礼をいってくれた……」
「………それだけ?」
意外な答え。
確かにお礼は言った気がする……。
でもそれだけで自分の命に危険を晒してまで私を助けるだろうか。
「……それだけなんです…でもオレにはそれだけの理由で充分なんです」
私は気付いていなかっただけでこんな近くに、私を見守ってくれている優しい人はいたのか。
複雑な気持ちが溢れ出てくる。
「大丈夫です!諦めなければきっと会えます!それとユイス様位の騎士なら噂は絶対に流れますし!元気かどうか確かめられますよ?」
ルノンの優しさに。
なんとか心を持ち直そうと涙を拭う。
大丈夫。
私が必ず会いに行く。
ユイスに会える。
そう何回も繰り返した。
「ルノン…ありがとう…私諦めないわ!足手まといにしかならないけど、よろしくね!」
「えぇ!此方こそよろしくお願いします!まずは近くの街へ寄って、服をなんとかしましょうか…お金はある程度はあるので心配しないで下さいね?」
ユイスが明るく今後の事を話してくれる。
どうしたらいいか、分からない私は分かったとしか言えないけど。
信じて前に進もう。
またユイスと会える日が来る事を。
そして私は知る由もなかった…ユイスの本当の気持ちと………
…………彼の状況を……。
―――――fin
最後迄読んでくれてありがとうございます。
皆様の幸せを常々願っております。




