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Effect55 人の才 -suitable unsuitable-

「それじゃ、私はオフィスの方に戻るわ」

「え? 今からですか?」


 

 秋雄達がバーに移動しているころ――

 リサはそういって、席を立った。


「仕事が立て込んでいるのよ。今のうちに始末しておかないと、後々……ね」


 苦笑交じりに告げる。

 無理をして観戦の時間を入れたが、ライラから言われた仕事は立て込んでいる。

 今のうちに残業して片付けておかないといけないだろう。


「コトミ、シュウのことは頼んだわね」

「はい。わかりました」


 こうして会話していると忘れそうになるが、シュウの意識は今も『アトモスフィア』の中にある。

 コトミが視覚や聴覚の代わりとなるセンサー類を配置しているから意識疎通ができるのだが、この部屋は本来シェリルの研究室だ。

 いずれ撤収する必要がある。

 それらの作業をコトミに頼んで、リサは席を立った。






「ん~ん! やっとメドついたかなぁ」


 デスクの直上の電灯を一つだけ灯した薄暗いオフィスの中、リサが疲労のこもった様子で声を上げた。

 すでに午前零時を過ぎている。

 最初はちらほらいた同僚も、今は全員帰ってしまっていた。


「……あら? コトミからメールが来ているわね」


 携帯端末の受信ボックスにメールが来ていた。

 作業に没頭するあまり見逃していたらしい。


「んと……明日からはシェリルの研究室でモニタリングを……?」


 コトミの説明を要約すると、シェリルの研究室から撤収せず、そのままシュウのセンサー類をあそこに残したままにしているらしい。

 そしてシュウは、これからはシェリルの研究室を拠点に研究を進めていくそうだ。

 コトミもシェリルの研究室にいるので、シュウに用事がある場合は、シェリルの研究室の方に来てくれた方が人目につかなくていいだろうということだった。


(たしかに、今の格納庫だと色々制約が多いものね……)


 技術士であるコトミはともかく、リサやグレンなどのパイロットが頻繁に機体のもとに訪れるというのもおかしな話だ。

 そろそろ訝しむ者が出てもおかしくない頃間だ。

 シェリル達監視する側にとっても、悪くない話なのかもしれない。


(ライラ中佐やシェリルにとっても、自分たちの目の届くところにいてもらった方がいいのかもね)


 しいて言うのなら、シェリルが自分の研究を邪魔されることを嫌ってシャットアウトするかもしれないが、シェリルの判断基準はいまいち読めないので考えても仕方ないこととした。


「わかった、明日はシェリルの研究室にむかう……と」


 メールを打って、リサはその日の仕事を終えた。






 翌日の休憩時間――正確に言えば、本来休憩とされる時間にシュウのモニタリングを入れ込ませた形なのだが――

 リサは言われた通りシェリルの研究室を訪れた。

 居候の身であることを自覚しているのか、研究室の隅の方に昨日はなかった機材がセッティングされている。

 専門家でないリサからすれば『これだけの機材で済むの?』といった量だが、シュウ曰く、彼が研究しているのは主にソフトの部分なのでそれほど大がかりな機材は必要ない、とのことだった。

 ――コトミに言わせれば『そんな謙虚なのシュウさんぐらいですよ』とのことだったが。


「それで今は何の研究をしているの?」

『ああ。今は『サーベル・タイガー』の仕上げをしている』

「それって、前言っていた接近戦用の案よね」


 『サーベル・タイガー』とは、シュウの意識が宿った『アトモスフィア』の主武装である、切り詰め(ソード・オフ)(タイプ)の二丁散弾銃のことだ。

 前回の試験稼働でその力を発揮したこの銃だが、シュウ曰く、まだ完成してはいないのだそうだ。


『ああ。元々今の『アトモスフィア』は強襲用の近接機体だが、今のショットガンだけじゃ不安だ。そこで刃を持たせる』


 リサとコトミが見つめるディスプレイの先には、デフォルメされた3Dモデルで銃の輪郭が表示されている。

 大型拳銃のような外観の『サーベル・タイガー』だが、前回の試験稼働の時からわずかに変更され、銃口の下から刃が伸びていた。


「『サーベル・タイガー』……大昔に存在した巨大な2本の牙を持った生物よね」

『ネーミングセンスに異論があるなら変更は受け付けているよ』

「別に。わかりやすくていいじゃない」


 シュウとリサがやりあっていると、コトミが手元の資料とディスプレイを交互に見比べながら言った。


「えと……既存のアマルガムが使用する武装に比べるとかなり短い刀身ですけど……シュウさんとリサさんのコンビなら………実用に耐えられるかと……」


 台詞とは裏腹に、コトミは自信なさげだった。

 それも無理はない。

 『サーベル・タイガー』が持つ刃は、従来の白兵武器に比べると3分の1程度の長さしかない。

 アマルガムに詳しい人間であればあるほど、その斬新さに驚きと呆れを浮かべるはずだ。

 今は銃を用いた銃撃戦が主流であることを散々語ったと思うが、別に『ブレイバー』に限らずとも、白兵武器の需要が存在しないわけではない。

 敵のウェイブ砲を撃墜するための盾代わりであったり、近距離に転移してきたEOMを迅速に対処する場合などだったり、必要とされるケースは存在する。

 その点、『アトモスフィア』は二丁散弾銃による制圧力はすさまじいの一言につきるが、両腕がふさがることで白兵武器がない。

 二丁拳銃で捌き切れない数に襲われた場合や、亜光速のウェイブ砲に狙われた場合の備えとして、白兵武器の必要性も感じたそうなのだ。

 そのために、『サーベル・タイガー』の銃口の下にセイバー用の出力装置をとりつけ、銃と剣が一体化したいわゆる『銃剣』というものが完成形だった。

 しかし銃と剣という2種の異なる出力装置をとりつけるのは現在の技術力では難しく、セイバー部分に関しては設計をぎりぎりまで切り詰めて短い刀身となった。

 先の試験稼働も、どれぐらいまで設計上許容できるかを実測する意味があった。


(常識では無謀だと思うところでしょうけど……)


 リサは顔をわずかに傾け、シュウのレンズを見つめた。


(シュウができるというのなら、シュウを信じましょう)


 『サーベル・タイガー』の運用には精密な操作が必要だ。

 刀身の短さは間合いの短さにつながる。散弾でそれを補うにしても、手順を一つ間違えれば容易に死に至る距離だ。

 またウェイブ砲を受け止める場合も、刀身の短さ故に制御の精密さを要求される。

 しかし、――シュウのアシストに加えて、リサも機体制御自体は得意としたほうだった。薄氷を渡るような行為であろうと、自分たちなら不可能ではないように思えた。


 ちなみに、アマルガムの白兵戦武器は大別して『セイバー』と『ブレード』の2つに分かれる。

 どちらもエリュダイト粒子を放出した光の刃を生成する点は同じ。

 説明しやすいのはセイバー・タイプで、柄の部分から光の刃を放出する『光の棒』のような形状だ。

 セイバー・タイプは、大部分の質量をエリュダイト粒子で補うため、軽くてコンパクトで取り回しがしやすいのがメリットとされる。

 しかし構造上脆い上、エリュダイト粒子を大量に消費するため、パイロットへの負荷が高いという欠点を持つ。

 一方、ブレードタイプが生み出すのは光の刃のみだ。剣のエッジの部分だけが光の刃に置き換わったような形だ。

 セイバーと比べて生み出す光の刃が必要最小限なため、負荷が軽く、耐久性も高い。

 しかし重量がかさむため、従来の銃撃戦主体の戦い方ではその重量が余剰と感じるものが多く、今は取り回しのしやすいセイバータイプが主流だ。

 ブレードタイプの需要は主に白兵戦を多用する者――具体的な例で言えば、カリン、ダレン、マークのようなブレイバーだ。己の命を剣に預けるからこそ、信頼性を第一に選ぶのだった。


『この『サーベル・タイガー』だけど、複製品をたくさん用意するわけにはいかないし、耐久試験をこなせないのがネックだ。ただ、設計はコトミさんと2人で入念に詰めた。このまま実用に持ち込んでも問題ないと思う』

「ええ……。2人を信頼しているわ」


 常識ではアマルガムのような精密兵器を、十分な試験なく実戦に持ち込むことはリスクがとてつもなく高い行為だが、リサはシュウならと不安を抑え込んで信頼した。

 今のシュウの知能は規格外なところがある。様々な情報を即座にとりこみ、さらに発展までさせていく底なしの水がめのような展望性の高さがあった。

 そのシュウが言葉を濁すことなく決めたことなら、リサはパイロットとして、パートナーとしてそれに従おうと思った。

 リサはそれから昨日の試合のことなどを話しながらシュウのモニタリングを終え、早々に研究室を出た。

 今のリサには仕事が立て込んでいる。

 呑気に雑談をできる時間は無いに等しいのだ。


(ついでにちょっとお手洗いに行こうかしら)


 そんなことを思って洗面所にむかう。

 手近な個室に入ろうとしたところで、不意に不快な音が響いた。


「うごっ……おええ……っ!」

「!?」


 想定していなかった音に、思わずびくりとリサの肩が跳ねた。

 今のは、誰かの吐瀉音だったように思えるのだが。


(ちょっと今の普通じゃないわね……何か重大な病気かも)


 リサは個室をノックした。


「大丈夫ですか?」

「だ、だいじょっ、う、うえええっ」

「大丈夫ですか!?……ちょっと開けますよ! いいですか!?」


 強引にノックする。

 相手が吐くばかりで返事をする余裕がないことを知ると、リサは迷わず扉を開けた。


「……あら、あなた……?」


 そこには見知った顔があった。


「確かテオの部下の……ソーニャさん……?」


 ソーニャは糸の引いた、苦痛に歪んだ情けない表情で、蚊の鳴くような声を上げた。


「らいじょうぶです……ただの二日酔いですので……」






「落ち着いた?」

「はい……すみません……」


 リサはソーニャを医務室に運ぼうとしたのだが、ソーニャがそれを固辞した。

 ソーニャの深酒の理由はリサも何となく察しているところだし、ここで医務官からの小言で精神的負担をかけるのもどうかと思い、彼女を自室まで送ることにした。


「テオにメールしておいた。っていうか、休みでいいって言われたのに無理してきたんだって?」

「だって……少しでも強くなりたくて……」


 体が冷えるらしく、毛布で顔の下半分を隠しながらソーニャが言った。

 それから――ためらいがちに、言った。


「あのその……リサさんも、昨日の試合見ていましたか?」

「ええ……見ていたけど?」

「私の改善点って……目に見えてありました?」


 リサは立場上、テオ達に近づけなかったので、ソーニャと話すのはいつぞやの食堂以来だ。

 だからこそ、ソーニャはリサにすんなりとアドバイスを求めることができた。

 関係の希薄さが、相談するためのハードルを下げたのだ。


「リサさんって……すごい努力家だってテオ隊長から聞いています。それに、『デパーチ・チルドレン』の中では平均的な適合値なのに、カリン中尉たちについていける能力の持ち主だって」

(……努力家)


 リサは内心舌を巻いた。そういう姿はできるだけ見せないように心がけていたのだが。

 ――もっとも周囲の人間に言わせれば『バレバレ』であるが。人は時に自分のことについては客観的な判断を下せなかったりする。


「そうね……」


 リサは細くたおやかな指を顎にそえた。

 妖精じみた美貌でそうして思案する姿は一枚の名画のように映えた。


(あの試合は私は《フラクタル・ドライブ》に接続していなかったから完全に見えていたわけじゃないのよね……それにああいう3次元戦闘でのアドバイスというのも難しいし……)


 実際にアマルガムに乗っていたり、あるいは3Dプロジェクター1つあれば教えられることはあるのだが、この場で口頭だけで伝えるのは中々難しい。

 むしろ下手なことは言わない方がいいだろうとリサは思った。


(そうね……)


 『自分がこの子の上官だったら』

 リサはそんな思いで、真摯に考えた。


(この子は方法論的な解決法を授けてもらうのを望んでいるのだろうけど、今ここでは無理だわ。ただでさえ適合値自体はこの子の方が私より上なんだし……)


 思考を進める。論理的に可不可を吟味し、取捨選択をしていく。

 それがリサという少女の強さだった。


(……そうね。今私にできるのは、精神的なアプローチだけだわ……)


 氷細工のような相貌で、表情一つ動かすことなく思考を帰結させ、リサは軽くうなずいた。


「まず言っておくわ。私はカリンたちについていけるほど、優秀なパイロットではないわ」

「えと……でも、その……」

「テオ達のお世辞よ。……悔しいことだけど、私にはアマルガムに乗る才能がなかった」


 一息に告げてから、奥歯を噛んで、続く言葉を放つ。


「でも」

 

 ――瞬転、ニヤリと犬歯を見せて微笑んだ。


「私は彼女たちのような天才にはなれない。だから、秀才になろうと思ったの」

「……秀才?」

「綺麗ごとを無しに言うわね。人には才能というものがある。でもね、それは得手不得手の話であって、努力である程度埋めることは可能だわ」

「そう……ですか。じゃあ必死に努力して、テオ隊長に並んだんですね」

「そのニュアンスは、ちょっと違うわね」

「え?」

「努力と一口に言っても闇雲でしょう? 言葉にするのは簡単だけれど……人はそんなに簡単に強くはなれないわ」

「それは……そうです……ね?」


 ソーニャの表情には、漠然としたぎこちなさがある。

 リサの言葉の表層は、理屈ではわかる。

 しかしその奥の真意が見えてこなかったのだろう。


(さて、どうかみ砕いていいましょうか)


 氷のような表情の裏で、思案しながらリサは言葉を紡いだ。


「才能……と一口に言っても、人間には色んな才能がある。例えばテオは遠距離砲撃が得意でカリンは近距離戦が得意。そしてその逆は苦手。……まずは自分が何を得意としていて何が不得意なのか。そして『何ができて何ができないのか』を認識することが、私のスタートラインだったわ」

「『何ができて何ができないのか』……ですか」

「そうよ。……昨日の秋雄の動きを思い出して」

「えっと……どの部分ですか?」

「回避行動全般。秋雄はグレンのようなアクロバットな機動はせず無難な機体制御だったわ。あなたの執拗な攻撃に焦ることなく、自分のできる限界値を見て慎重な機動をしたのよ」

「あっ……」

「……何か気付いた?」

「いえ、その……」


 口を半開きにしたソーニャは、伏し目がちに言った。


「あの時私は逆で……秋雄を打ち落とせないことにムキになって、無茶なアクションを起こそうとしたんです」

「そうね……あなたの操縦は、全体的に荒かったわ。少なくとも私には、リスキーな選択が目立ったわ」

「リスキーな選択……」

「集団での高速戦闘が基本のアマルガムでは、状況判断能力の有無が非常に問われるの。そのためには、まず自分ができること、できないこと……そして味方ができることとできないことを見極めるのが、とても大事なの」

「………テオ班長も言っていました。リサさんはサポートが得意だったって。近接戦闘が得意なカリン中尉とテオ班長のちょうど中間……どの距離もこなせるオールラウンダーだって」

「そうね……。弱みが無いのが私の強みで、強みがないのが私の弱みだったわ」


 苦笑をにじませてリサが言うと、ソーニャがもじもじしながら言った。


「私は……訓練生時代に長距離狙撃で成績を出して今のテオ班に入ったんです」

「たしか……貴方たちの班って、全員が遠距離兵装をメインにした後方支援班なんですっけ?」

「はい」

「私も狙撃はかじってるけど……狙撃の適正って言っても色々あるわよね」


 ソーニャが軽く目を見開いた。


「そうなんです。狙撃って色んな要素が噛み合っているので、一口には言えないんです」

「長射程だから色んな選択肢がある。でも一度に撃てる弾丸は一発きり。その銃弾を正確に当てる能力はもちろん、それをどこで使うかの状況判断能力ってのも大事だし……ここでも色んな風に分解できるでしょ?」

「は、はい」

「私は自分が訓練をする時は、自分が今していること、できることとできないことを色んな要素に分解して、どう長所を伸ばし、苦手を潰すか、そんなことをくりかえして力を身に着けていったわ」

「器用なんですね……」


 ほぅっと息を吐いて、ソーニャが微笑んだ。

 儚げな、眩しいものを見るような目だった。


「私って、不器用で。……判断もまだまだで」

「……わかるわ。その歯がゆい気持ち」


 応じるように、リサは口角を上げた。


「でも、焦ることが一番だめよ。……命は、一つきりなんだから」

「時間が無限にあったら……そう思うことがあります」

「……そうね」


(少なからず、多くの人が願う願望ね。でも……)


「それでも、私たちは時間も才能も資源として、生きなければならない」


 だからこそ、リサは強く言った。

 それにソーニャはうなずく。


「まずは自分ができることを認識すること」

「そう。人は魔法は使えない。逆に言えば、魔法を使わなくても、鉄の箱が空を飛ぶのよ」

「……そう言われると……私でも、色んなことができそうな気がします」

「ええ、きっとできるわ」

(あなたには、適合値の高さという、才能があるのだから……)


 リサは胸中でのみその言葉を呟いた。

 リサは劣等生とまではいかないまでも、カリンやテオほどに恵まれた才能を持つ人間ではなかった。

 まわりが何でもないようにこなすことでも、自分だけが四苦八苦することもあった。

 才能の壁――それは残酷なまでにもあるのだ。


(天才にしか見えない世界――。凡人には見えない世界がある)


 それはリサが肌で感じていることだ。


(だけどそれを嘆くのでは何も始まらない。凡人なら凡人なりの成長の仕方というのもあるの)


 そして場合によっては、それが天性の才能を凌駕することもある。


 (…‥そうして長く耐え忍んだ研鑽の果てに、人は輝けることもあるの……)


 ――リサ・カークライトという少女は、実のところそれほど優れたパイロットではない。

 しかしそんな彼女が、周囲の予想を裏切り、カリンやテオと肩を並べるほどのパイロットになったのは、れっきとした理由がある。


「見つけなさい。あなたの才能を。研ぎ澄ませなさい。そのあなたの武器を」






 一人取り残された室内で、毛布にくるまり、ソーニャは一人ごちた。


(今できることと、できないことを理解すること………か)


 当たり前のようで難しく。

 だからこそ当たり前のことなのに、目をそらしてここまで突き進んできた。


(焦ってとにかく自分の腕を磨くことばかり考えていたけど……それって無駄に力入っていたのかな)


 リサは『時間』と『才能』を『資源』にと言った。

 形のないものすらリソースとして扱う、システマチックな考え方だ。


(ああいうのを大人の考え方っていうのかな……)


 ただがむしゃらに前にすすめば。

 それだけではいけないのだ、とソーニャはこの時痛感した。


(才能……)


 その言葉にソーニャは助けられもした。

 『デパーチ・チルドレン』に選ばれるほどの適合値の高さ、狙撃の適性。

 しかし、その才能ですら届かない存在がいる。


(ただ闇雲に努力していたけど……考えないといけないことは、もっと色々あるのかな……)


 二日酔いで痛む頭では思考も鈍い。

 漠然とした不安を抱えつつ、ソーニャは今は体を治すことを一番に考えた。

 そんな時インターホンが鳴った。

 タチアナのようだ。


『ソーニャちゃん、大丈夫?』

「タチアナ、どうしたの?」

『ちょっと様子みてこいって、テオ隊長が』


 そういって、カメラにむかって栄養ドリンクを掲げる。

 手土産を持ってくるところが細やかなタチアナらしい。

 室内に招き入れると、タチアナは脱ぎっぱなしになっていた軍服の上着を拾い上げたり、ソーニャのおでこを触ったりと世話しなく動いた。


「大丈夫? 何か困っていることはない?」


 そんなことも尋ねてくる。

 タチアナは人見知りする反面、懐いた相手には甲斐甲斐しく世話を焼きたがる性分のようだ。


「えっと……特にないけど……」


 もごもごと、口ごもりながら、ソーニャは語尾を濁らせた。


「?」


 タチアナは小首を傾げてきた。

 言葉で催促するのではなく、ソーニャが自然と口を開くのを待っているのだ。


(タチアナって……聞き上手だよね……)


 そんなことを思いながら、ソーニャはリサから言われたことを話した。






「……ってなことを言われたんだけど」

「……うん」

「……タチアナは、私が今一番、できてないことって何だと思う?」

「うーん……と」


 元々自分の意見を言うのを苦手なタチアナは、伏し目がちだった。

 これでもソーニャには慣れているからで、もし赤の他人であればタチアナは言葉を濁してしまっただろう。


「焦りすぎ、かな」

「焦りすぎ?」

「うん。………日頃の訓練もそうだけど………とにかく敵を倒すことばかり考えている」

「……だって、それが私たちの任務でしょ?」

「そうだけど……そうじゃなくて………」


 タチアナはもどかしそうに言った。


「ソーニャちゃんは、裏目って見てる?」

「裏目?」

「自分のとった選択が、結果的に悪い選択になってしまうこと」

「……タチアナにはそれが見えてるの?」


 正直、ソーニャからすると、普段のタチアナは『鈍くさい』と思っていた。

 だけれど、それは自分の考えの浅さからきているもので、実はタチアナには自分が見えていないものが見えているのだろうか。


「全部じゃないけど色々考えてる。……ここでEOMの転移が来たらどうか、とか」

「……そんなこと考えていたら、ろくに動けなくない?」


 EOMの転移の原理については未だ解明されておらず、どこに転移してくるかを把握するのは不可能だ。

 可能性だけでいえばまわりの空間全てに転移してくる可能性があり、それらすべてをケアすることは事実上不可能だとソーニャは考えていた。


「そういう裏目が頭をよぎることがあるけど……考えていても仕方ないし、素早く戦闘を終わらせるのが一番いいんじゃないの?」

「でも、命は一つしかないんだよ?」


 タチアナは、こみ上げる様子で言った。

 瞳は震えているが、強い力がこもっている。


「ソーニャちゃんはいつも踏み込んで立ち回っているけど、それってすごく怖いことだと思わないの?」


 その時のタチアナの言葉に、少しだけソーニャは違和感を覚えた。

 今のタチアナの口調には、普段の彼女にはない確かな意思を感じたからだ。


「怖いか怖くないかっていうより……誰かが矢面に立たないといけないじゃない」


 死ぬのが怖くないかと言えば、嘘になる。

 ただ――誰かが戦わなければならない。

 そして自分にその適性があるのなら、ソーニャは重責を担いたいと思っていた。

 自分自身に誇りを持つために。

 ――卑怯な自分でいないために。



「………私は怖い」


 ぽつりとタチアナが言った。


「ソーニャちゃんの動きを見ているといつも心臓が止まるかと思う。……私にはソーニャちゃんが命を粗末に扱っているようにしか見えない」

「そんなことない……わよ。ただ戦闘を短時間に終わらせた方が……」

「ソーニャちゃんって、おかしいと思う」


 タチアナの言葉に思わずソーニャは息を飲んだ。


(よりによって)

(よりによってタチアナが、それを言うの?)


 そんな風に怒鳴りつけない衝動がこみ上げてきた。

 しかし、うつむいて前髪が目にかかり、表情の読めないタチアナにそれをするのを、ぎりぎりの理性で押しとどめた。


「………どこがおかしいのか言って」


 それでも、言葉に棘が出るのだけは押しとどめられなかった。


「おかしいところがあるのなら、言ってよ」

「……………。」



 長い沈黙の後。

 

「命は、大切にした方がいいと思う………」


 そう告げてふらりと立ち上がると、表情を見せないままタチアナは立ち去って行った。


「な、なによ………なんなのよ………」


 一人取り残されたソーニャは、彼女の言葉の意味を考えてまたもや悶々とした。






「…………才能、か」


 ソーニャの部屋を後にしたタチアナは、ぐしゃぐしゃの顔でつぶやいた。


(ねぇ。ソーニャ。この世で一番の才能って何か知ってる?)


 今はもう死んだ母が言った言葉だ。

 EOMパンデミックが起こる前はそれなりに裕福で、平和で豊かな時代を知る母。

 その母が、茶目っ気たっぷりにもったいぶって言った台詞だ。


(この世で一番の才能はね。『それをすることが好き』っていうことなの)


 そう言いつつ、ピアノを弾いていた母の姿。

 ――今はもう見えない、過去の時代の残滓。


「それなら、私はパイロットになる才能なんてこれっぽっちもない」


 だって。

 ――自分が死ぬのも、自分が知る誰かが死ぬのも。

 これほどまでに、怖いのだから――。

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