Effect54 宴の終わり -end of party-
シェルの名前をシェリルに変更しました
ソーニャと秋雄たちが激戦を繰り広げている頃――。
テオ班唯一の男子リコはというと、テオの命令で舞台裏のスタッフの応対をしていた。
(まったく、なんでこんなことに)
今回の業務は軍務に含まれない『ボランティア』らしい。
シュウが看破した通り、この賭け試合を仕組んだ大本は『プロヴィデント社』――というよりも、エルサ個人だ。
勝手に憂さ晴らしをしようとしたグレンへの意趣返しが半分。
社への利益を考えての行動が半分。
賭けの儲けもそうであるし、グレンの名が売れれば、それは相対的に彼を抱える『プロヴィデント社』の名声も高まるという物だ。
今回の『ショー』は『プロヴィデント社』の慰安という形で行われており、予算は社からおりている。しかし自由にできるようなスタッフはいないため、軍内部からボランティアを募ることとなった。
司会役としてテオを指名し、顔が広い彼女に声をかけてもらって、スタッフが急募された。
統括軍内部は複雑な組織図が出来上がっており、広報を担当する部署などもある。
かき集められたのは、普段からこういった仕事をこなすプロフェッショナルたちである。
それにも関わらず、リコがテオに呼ばれたのは――
「リコ君」
「……はい」
声をかけられて、リコは日ごろからの仏頂面を崩さずに振り返った。
そこには黒髪をセミロングに伸ばし、眼鏡をかけた女性士官が立っていた。
女性としては小柄にも関わらず、その身長はリコとほぼ同じ程度である。
「撤収作業はもうこちらでやるわ。あとは班長さんに報告してあがっていいわよ」
「……わかりました」
リコが呼ばれたのは、テオとの連絡役である。
今回の催しはテオが主導している部分もあり、その作業全般について目を通しておきたい責任感のようなものが、テオにはある。
しかし一方で、テオはソーニャのメンタル面も気にしていた。
敗戦のショック――それを若干17歳の少女が受け止められるか――その時に、声をかけてやりたかったのだ。
だからテオは試合終了後、すぐにその場を後にして、撤収作業の進捗はリコが確認するよう任せたのだった。
リコとしては割を食った形かもしれない。
ただ――。
心なしか、今のリコは普段の彼に比べて、充足めいているように見える。
本人は決して認めようとしないが――リコには子どもっぽい部分があり、人に頼られると気力を充溢させる気質があるのだった。
リコがその場を後にしようとすると、声をかけられた。
「あ、待って」
「はい?」
「これ。忘れ物」
そういって手渡されたのは、データチップだった。
「試合の録画データよ」
含むような笑顔を浮かべて女性士官は言う。
リコが唯一の報酬として頼んだものだった。
リコはデータチップを受け取ると、形だけ頭を垂れる。
「ありがとうございます」
と告げると、ノンノン、と女性士官が指を振った。
「お礼を言う時は笑顔を見せるものよ。お姉さんからの忠告ね」
「………」
リコは対応に困った顔で、はにかむ女性士官とデータチップを見つめた。
一抹の躊躇の後、ぎこちなく口元をひきつらせ、
「ど、どうも……」
とかぼそい声を漏らす。
瞬転、その余韻を振り切るような速さで身を翻し、足早に去って行った。
女性士官はリコの後ろ姿を見送りながら、吹き出すように言った。
「赤くなっちゃって。かわいー!」
「お待たせしました、隊長」
「よぉ、リコ。悪いな。代わりに今日の宴会はあたしもちだからだよ」
集合場所についたリコを、テオは陽気にねぎらった。
テオもボランティアのようなものだと思っていたが、多少の支度金でも渡されたのだろうか。
どちらにしろ高給取りのアマルガムパイロットであれば、一度や二度の飲み代は大した痛手にはならないだろう。
リコはその場に集まった面々を見渡した。
かすかに目を赤くしてそっぽをむいたソーニャ。
気まずそうな顔でたたずむ秋雄。
タチアナの姿もある。その脇にはリコのわからない言語で話しかけている少女――確かタチアナの友人だ――リディアの姿がある。
あとはカリン、ダリル、マークの3人。
テオ班とカリン班の全員に加えてリディアの総勢9人がいる。
リディアのことはさておき、リコは『一人足りない』と思った。
「……コウラギ・グレンは?」
「あ? ああ、あいつは一匹狼だからね。一応声をかけだんだけど、さ」
テオが苦笑まじりに肩をすくめる。
事前に聞いていた人物評によれば、確かにグレンはそのような単独行動をとりそうである。
しかし秋雄に一回りかけた逸材だ。
グレンと言葉を交わせないことに、一抹の残念さをリコは抱いた。
「さ、それじゃいくよ」
メンバーを見渡すと、テオはいつもの気風の良さで歩き出した。
その後ろにカリン達が続いていく。
最後尾にいたリコはわずかに歩調を早めて、その中団に位置するソーニャの横についた。
いつも陽気なソーニャが今は固く唇を結んでいる。
横に並んできたリコを見て、横目で睨んできた。
「……なによ」
「見ていたぞ。コテンパンにやられていたな」
「……侮っていたのは認めるわ」
ソーニャが歯の隙間から漏れるような声色で告げた。良い意味で言えば裏表がない、悪く言えば明け透けなビリアスクーナ人のソーニャが、悔しさを滲ませて言うのだから相当なショックがあるのだろう。
「……あんたはどっちに賭けたのよ?」
「どっちにも賭けてない。勝負なんて不確実だからな。だがお前と秋雄少尉なら、秋雄少尉が勝つと思っていた」
「………」
ソーニャがわずかに目を見張る。
実力はさておいて、《フラクタル・ドライブ》の適合値においてテオ班でトップなのはリコだ。
そのリコがすんなりと秋雄を認めたのは、ソーニャにとって大きな意味のように見えた。
「あの男……そんなにすごいの……?」
実際に戦って負けたものの、ソーニャにはまだ狐に化かされたような肩透かしな感覚がある。
(いや、たしかに私の狙撃をかわしながら前線に干渉したんだからすごいけど……)
回避時の不格好な機動、そして秋雄がソーニャ自身を狙うことはほとんどなかったこと。
だからソーニャは秋雄の凄さを、本当の意味では理解できていなかった。
リコは嘆息した。ソーニャが秋雄と自分の実力の違いを理解できない時点で、やはり2人の間には大きな溝があったのだろうと。
「狙撃手に求められる戦果とはなんだ?」
「狙撃手に求められる戦果……? それは敵を打ち落とすことでしょ?」
「違う。自陣を勝利させることだ。できるだけ少ない損耗で」
「そりゃあ……そうでしょうけど。でも敵を落とせば結果は同じでしょ?」
「落とせればな。だがお前は秋雄少尉を落とせれなかった」
「………」
「秋雄少尉は逆に、お前を落とせないことを理解していたから前線への援護をしていた。そして、正攻法ではカリン中尉に通用しないから、仲間の剣を打つというからめ手をとった」
「そ……そうね。見た目と違って頭がまわっていたわね」
ソーニャはリコから視線を逸らそうとする。だが、リコとしてはここで正直に言うのがチームのためだろうと、あえて目線を逸らさず強い語気で言った。
「『チームを勝たせるためにはどうするべきか』。そのビジョンが見えていることが大事だ。それを見誤ったお前と秋雄少尉の違いが、明暗を分けた一番の差だ」
アマルガム戦の経験を積んでいることもあるだろうが、秋雄は対人戦での難しさ、駆け引きを身に着けている。
それを頭ではなく、第六感のような感覚で見抜き実行できるのが『サード・シード』遠藤秋雄の本領だとリコは理解していた。
リコが言葉をつきつけると、ソーニャはそっぽをむいたまま顔を横にむけていた。
ソーニャの顔は硬直している。だが、その肩が小刻みに震えたかと思うと、目元にはじんわりと涙が滲み出してきた。
「うっ」
リコの喉の奥でくぐもったうめきが漏れる。女の涙に太刀打ちするには、いささか彼はまだ経験が足りなかった。
(これだから女は嫌いだ! 何か不都合があれば泣けばすむと思っている!)
ソーニャの反応にリコは直情的な想いを浮かべる。
かといって、思ったことを素直に告げるのも、それはそれで大人げないようで憚られた。
しかしリコの想像に反し、ソーニャは自分で涙を拭おうとし、平静を保とうとする。
だが涙は、拭けば拭くほど溢れ出てくるようだった。
「おおっと」
そこで割って入ったのはテオだった。
男性にも匹敵する高い身長でソーニャを抱擁する。そのまま、ソーニャの顔を豊かな自分の胸の谷間にうずめた。
「泣くのをこらえるなよ。泣きたいだけ泣いて、そして悔しさを忘れるのが今回の宴の目的なんだからさ」
「“え”えでも、たいひょうっ!」
「人が泣くのは強くなるためだってさ。恥ずかしく思う必要はないんだ」
「“う”う“う~」
秋雄が気まずそうな顔で、カリンの顔を見たが、カリンは首を振った。
唇の動きで「あれでいいんだ」と言ったように見える。
リコとしては、正直関心が薄かった。誰にも依存せず、ただ自己を磨く。
自分はそんな質実剛健な気質だと、リコは自分に言い聞かせていたからだった。
宴ではソーニャは淡いカクテルを飲んで酔っ払っていた。
テオとタチアナの2人が常にそのそばにおり、思う存分ハメを外せるようで、最後には泣き上戸になっていた。
リコはそれを冷淡に眺め、その横で秋雄はマークやダレンと言葉をかわし、カリンはソーニャに付きまとわれつついなしていた。
宴の終わり。
ほとんどのメンバーが洗面所に立つ中、残ったのは秋雄、カリン、リコの3人という状況で、不意にカリンが秋雄に話しかけてきた。
「なあ秋雄」
「はい?」
「お前たちの班決めの時ってどんな風に決めたんだ?」
「えーと、それって榎原の時の話ですか?」
「そうだ」
「ほとんどの奴が初見でしたからね。学校側がランダムで決めたんです」
「じゃあ、シュウ・カザハラやグレン・コウラギと組んだのも偶然?」
横で聞いていたリコがたずねると、秋雄は「うん」とうなずいた。
「あのころはシュウの症状はもっとひどかったらしくてね。露骨には出さないけど、どこか余裕なさそうなオーラを放っていた。コジロウもそう。二人とも家族を亡くした時の傷をひきずっていたんだ」
EOMパンデミックの時にはあまりにも有り触れた悲劇だった。
「グレンは?」
「んー。今とあまり変わらないかな。ああ、でも……」
「でも?」
「今ほどには、人を寄せ付けないオーラを放ってはいなかったかな」
「そうなのか」
「はい。……実は学級が始まった当初は、グレンはシュウに一目置いていたんです」
「ほう。なんで?」
「『デパーチ・チルドレン』はどうか知りませんが、俺たち候補生はすぐにアマルガムに乗せてもらえるわけじゃなくて、最初は体力訓練やアマルガムの構造なんかを学ぶんです。その中に格闘訓練というものがあってね……シュウは班で一番強かったんです」
「……一番?」
カリンが不思議そうな声を上げた。
「……コジロウは……武術の道場の息子だろ?」
「ええ。……いえ、正確に言うと最初はやっぱり合気道の技でコジロウが圧倒したんです。でもシュウは何度かやる内にコツのようなものをすぐにつかんだみたいで……何度かやるとシュウはコジロウをいなせるほどにまでなりました。ケンカ慣れしているグレンが勘でかわすのに対して、シュウは理屈まで理解してかわすような感じで、そうなると元々の運動能力でコジロウはかなわない。合気の技を身に着けたシュウにかかれば、2メートルを超えるクラスメイトでもかないませんでした」
「……シュウ・カザハラはよほどの逸材だったのですね」
「そう。そして頭もいいし、公平だから。グレンもこいつなら任せられるみたいで、最初は一目おいていたんです。……だから失望も大きかったのかな」
「……失望?」
「シュウは『イモータル・クラフト』でした」
「………」
しみじみと漏らす秋雄の言葉を重く受け止め、リコとカリンは沈黙する。
「初めから適合値が低いとは聞いていたけど、俺たちが想定していたよりもずっと、シュウの適合値は低かった。シュウはそのハンデを努力と機転でおぎなっていくんですけど、さすがに乗り立ての頃はどうしようもなくて」
秋雄は思い出す。
チームが決壊した瞬間を。
シュウが班長を引き受けたのは決してシュウの意思ではない。
班長の仕事は雑務が大半だ。元々唯我独尊のグレンとコジロウは班長を絶対しない空気を醸し出していた。秋雄はまわりから見てもこいつには無理だとわかる感じで、シュウがなるのは自然な流れだった。
いや。
当時の人間であれば、誰が見てもシュウが適任というだろう。
決断力もある。判断力もある。
学力も運動全般も高い水準でこなし、公平なリーダーシップを兼ね備えるシュウがなるのは至極当然だった。まわりの班も、『あの班は強敵になりそうだ』と警戒していた。
しかし、シュウには、たった一つ。
アマルガムに乗るという、肝心要の要素が欠けていた。
――グレンも、クラスの他の人間も、シュウには一目置いていた。
しかし、パイロット候補生である彼らの中では、その最重要な素質が欠けていることは存在理由すら見失いかねないものだった。
グレンはなまじ才能があるからこそ、シュウが『使い物にならない』と判断するのが早かった。
シュウだけではない。秋雄の存在も足を引っ張り、グレンが班を見限るのは早かった。
そして独断専行、命令無視。
ただ一人孤独に腕を磨き上げる道を選んだ。
「あの時はとにかく意外でした。それ以外の能力については、シュウには何一つとして欠点らしいものはなかったんです。……シュウ本人も、自分が思っていた以上に俺たちと差があることを知って、ショックを受けている様子で、グレンの罵倒を黙って受けるしかありませんでした」
おそらく、叔母のシズクから適合値に問題がある事はそれなく伝えられていたのだろうが、シュウも入学試験をパスできたのだから、最低限の水準はクリアできていると思っていたのだろう。
しかし――あとで知ることになるのだが、シュウが榎原に入学できたのは叔母のシズクによって不当な手続きがあってのものだ。
本来、『イモータル・クラフト』であるシュウは、最低限すらこなせていない落第生だったはずなのだ。
「しかし……いかに班のメンバーが頼りないからといって、独断専行をするようでは本末転倒じゃ……」
「普通なら、ね。でもグレンには他を黙らせる才能があったから。……シュウは凄かったよ。グレンの独断専行を『仕方ない』としか言わなかったから」
「その……班代えの上申とかはしなかったのですか?」
「シュウはしなかった。なんでかは聞かなかったけど、たぶん俺と一緒で足を引っ張っている側だから何も言えないって感じだろうね。コジロウあたりは不平を口にしていたけど、グレンがあまりにも露骨にやるもんだから教官たちが察して査定に考慮してくれていることを知ると、何も言わなくなった。結局、パイロットになれるかなれないかが俺たちにとっての問題だったから」
グレンの独断専行は、教官たちの目から見てもはっきりとグレン個人に責任があるとわかるものだった。
だからチームの管理能力についてコジロウ達が問われることは無かったのだ。
それにグレンはああ見えて、わざわざ罵倒の言葉を投げかけるために近づいてくるようなことは無い。
下手に喧嘩を売りさえしなければつっかかってくることはなく、チームの空気が露骨に険悪になることはほとんどなかった。
抜き身の刃でも、触れさえしなければ無害なのだ。
そのうちにシュウは努力によって成績を持ち直していった。またその姿勢を見せてくれた。
コジロウはシュウを認め直し、崩れかけた信頼関係は再び紡ぎ直された。
グレンだけは、自分の道を進んでいったものの。
「どこも思ったようには行かないな」
「ええ。でも俺はシュウに感謝しないといけません。シュウがいないと、今頃パイロットになれているかすら怪しかったですから」
秋雄自身はE班でいられたことが良かったと思っている。
シュウの存在もそうだし、グレンのおかげで相対的に経験値を詰めたことも、実戦に出る今だからこそ糧になったという実感がある。
シュウも秋雄もコジロウも、グレンを除いた3人は全員『デパーチ・チルドレン』に選ばれなかった劣等生だ。
だからこそ辛酸を舐めたことがまたとない糧であったことを理解している。
――今のソーニャの悲しみも、その糧になってくれたらと願うのだが。
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