Effect50 最善の一手 -critical path-
「この子………! 俺を集中攻撃かよっ!」
ソーニャ・リューリカ。
黄色の軽量機体を駆る少女は、小刻みに加速器を吹かせて左右に機体を振り、こちらの銃弾をかわしながら狙撃銃ライフルを放つ。エリュダイト粒子の光芒は緑だ。
それらの銃口を注視して、秋雄はなんとかかわす。
6人の中で1人だけ適合値が低いこともあって、機体制御技術も劣る秋雄は、不格好な機動にならざるを得ない。
観客からは、なすすべもなく逃げまどっているように見えるだろう。
(くっ……いやまだまだかわせる。………カズハほどの嫌らしさはない)
ここらへんは、アマルガム戦の経験の差とでもいうべきか、ソーニャの銃撃の間隔は正直だ。
試合巧者であれば、ターゲットが加速器を噴かせて慣性が伸びきる瞬間か、逆方向に吹かして一時的に機体が動きを止める瞬間を狙って銃撃する。
そういうタイミングの見極めは、まだできていないようだった。
(たぶんこの子は俺が銃を打っても当たってはくれない。それなら、俺が援護すべきは――)
秋雄はソーニャの銃口を注視しながらも、ライフルのフォーカスは、前線に合わせた。
そこではグレンとマーク、カリンとダリルの4人が切り結んでいる。斬撃だけではない。銃撃も交えて、幾重もの光芒が瞬いている。
熾烈な激戦だ。それぞれの機体が灯す光が目まぐるしい軌跡を描く攻防であり、この状況に手を出せる者は加速世界を持つアマルガムパイロットの中でも限られている。
だが、秋雄が『サード・シード』と呼ばれた由縁は、それに手を出せる一握りの才覚の持ち主だったからだ。
「ここだっ!」
カリン機の慣性が伸びきった瞬間を狙って銃撃する。
それは数秒先のカリンのいる位置を読み切り、カリン機の横合いを射抜くように直進する。
カリンは機体の停止が間に合わないので、大型ブレードを振ってその銃弾を撃墜した。
光刃に当たって銃弾は弾けたものの、相殺現象の反動で機体が体制を崩す。
「よしっ!」
「私を無視する気……! そっちがその気ならっ!」
叫んだのはソーニャだ。
通信回線は開いていないので独り言となるが、聞こえずともその気迫は、加速して迫ってくる機体から、秋雄に伝わっただろう。
一気に距離をつめ、勝負を決めようというソーニャ。
だが、横合いから飛来した銃弾でその軌道を変えざるを得なかった。
「つ……グレン・コウラギ……!」
銃弾は立て続けに襲い掛かってくる。
先ほど秋雄がカリンを狙撃して作った隙をついて、グレンが反転してソーニャにむかってきていた。
グレンは銃の扱いも超級。
連射性の利くスマートライフルが、正確にソーニャの痛いところをついてくる。
ソーニャは大きく後退する形で回避行動に専念するしかなかった。
「――させん」
そのグレンを止めに入ったのはダリルだ。マークに後ろから追われながらもグレンを猛追。
さらにカリンもまたグレンを追いかける。
2人に追いかけられてはグレンも背中を空けるわけにはいかない。再び前線に戻らざるを得なかった。
ソーニャは孤立することはなかったが、その隙に秋雄には距離を稼がれてしまっている。
「グレンは真面目ね」
『ああ。勝つ気でいるらしい』
シュウが――オリジナルのシュウがまだE班の班長を務めていたころのグレンは、自分を追い込むために、あえて連携を無視した動きを繰り返していた。
しかし今回はそのような様子はなく、即席にも関わらず、同じフォワードのマークと噛み合った連携をしている。
真剣に取り組む『価値』があるとグレンが思うほどの試合だということだろう。
「そろそろお互いの力量もある程度わかってきたころね」
『ああ。ただソーニャという子の伸びしろが凄い。他の5人の戦いぶりを見て、アマルガム戦のノウハウを吸収している』
それまでは銃を撃てる状況であればとりあえず撃つという感じだったソーニャだが、徐々に銃撃の間隔を不規則にしていた。機体の慣性などを予測して、動きが固まったタイミングを狙っている。
秋雄はそれまで以上に機体制御に気を配らなければならなかった。
「でも、かつての秋雄を知っている身としては……よく戦っていると言うべきだわ」
『ああ………俺も不思議だったんだ』
「なにが?」
『秋雄の素質が。……馬鹿だ馬鹿だ、と言われているけど、秋雄の座学も担当していたリサなら、秋雄がどの分野を苦手としていたか、知っているだろう?』
「……そうね。意外な話だけど、秋雄は記憶力は悪くないのよ。特に電気関係や機械関係、戦史とかは一度聞いただけで覚えてしまうすごい面もあったわ。……ただ一方で、計算とか論理回路とか……そういうのは目も当てられないものだった」
『秋雄は計算や、二手先や三手先など読む考える力が乏しかった。ただ時折、本人は何も考えていないのに鋭い行動をして驚かせることがある』
「ええ。空気が読めないと言われていたけど、それって実は誉め言葉だったのよね」
『以前から秋雄にはそういうことがあった。……鋭いタイミングで銃撃を放ってくるんだ。結局あのころは設定値が間違っていたせいで当てられなかったけど、そういうタイミングのよさはあのころから見せていた。……秋雄は考えるのは苦手だけど、勘は鋭い。理屈じゃなく本能で、その時の最善手を選び出す能力を持っている』
「さっきのカリンへの狙撃……何気ない一発に見えて、状況を動かすいい一撃だったわ」
『ああ。一瞬状況が動きそうだった。この試合、本当に面白い一戦になる』
観戦室は沸き立つような活気に満ち溢れている。
観衆たちの中にはもちろんパイロット達もいたし、そうでなくとも、後方支援でアマルガムの動きを見てきた人間は大勢いただろう。
だが、彼らが想定する通常のアマルガムとは、一戦を画す光景だった。
肩書き上は整備士、実際は雑用であるリディアとなれば、アマルガムが戦うのすら見るのは初めてだった。
その光景は、彼女にセンセーショナルな衝撃を与えた。
瞳を輝かせてタチアナを仰ぐ。
『すごいすごい! タチアナ! タチアナはあんな風にEOMと戦っているの!?』
『えと……ううん、あれは先輩たちで、私はあれほどすごくはないかな……』
タチアナがほろ苦く笑いながら言った。
実のところタチアナがソーニャにそれほど劣っているかというとそうでもない。
ただ、それぞれの適性の差がある。
タチアナは消極的な部分があり、それが慎重な機体運用に繋がっている。だが今回のような高速戦闘だと、その消極的な部分が遅れがちになっていただろう。
(凄いな……秋雄さん。本当に上手かったんだ……)
タチアナは闘機祭の映像を見ていない。
彼女にとってアマルガムとはそれほど興味のある対象ではなかった。
避難民だった彼女は、その境遇から抜け出すために、アマルガムパイロットの道を進まざるを得なかっただけだ。訓練や勉強も家族の暮らしと生き残るために磨いた技術でしかない。
士官候補生同士の対戦などという、単なる娯楽に興味は覚えなかった。
しかし。
あれが新兵だと聞かされてにわかには信じがたい。
(あの人私より適合値が低いのに……ソーニャちゃんの銃撃をかわしながら、前線に干渉している……!)
秋雄は自分を狙うソーニャにはほとんど銃を撃っていない。
前線のグレンとマークの支援に力を注いでいた。
そのせいでカリンやダリルは動きが慎重にならざるを得なく、攻め切れる様子はない。
これまで何度か話題に上げた《フラクタル・ドライブ》の適合値だが、これは加速世界での体感時間をわかりやすく数値化したものだ。
これが高い人間ほど、周囲から早い時間の流れにいる。
例えば暗算の問題で一人だけ猶予時間が長いとでも言おうか。複雑な問題を解くのに時間をかけることができる。
しかし、中には何桁もの計算を即答で答えてしまう者がいるように、この適合値の高低がパイロットの実力を示すとは限らないのも事実だ。
ただ、パイロットは皆それ相応の訓練を積んでいる。
先ほどの例えで言えば、全員が速算の訓練を積んでいるようなもので、全体の技術が高いレベルに濃縮されることになる。
結果、やはり適合値の高低が勝負の明暗を分ける要素になりやすいのも事実だった。
(でも)
秋雄は宇宙戦闘でのマニュアルそのまま、加速器を細かく噴射させる動きでソーニャの銃撃をかわしている。常にソーニャの銃口と火線のラインを読み切っているのだ。
その上で前線に干渉している。
他の5人ほど、機体制御が卓越しているわけではないが、逆に言えば己の力量を弁えて無茶な機動を控えていた。
自分が狙われている状況で、焦ることなく。
ただ前線の仲間たちを信じて。
(あんな強さ………私は持てるかしら……)
タチアナは脳裏で呟き、呆然と、その両腕を力無く垂らした。
(こいつ………! なんて奴………!)
ソーニャもまた、秋雄の動きに衝撃を覚えていた。
適合値からして高速機動には耐え切れず、単独でも落とし切れるかと思っていた。
しかし秋雄は自分が狙われているにも関わらず、回避行動に専念し、前線への支援砲撃をひたすらに続けていた。
その動きははた目からすればクレバーそのものだ。
自分の身の危険がかかっているにも関わらず、淡々と自分の仕事をこなす、冷静さを求められる狙撃手の鑑。
(あの秋雄が!? ……あの鈍間そうで少し睨めば道を譲ってきそうな秋雄が!?)
日ごろ見かける秋雄と、今照準を合わせている機体のパイロットの動きがまるで一致しない。
実戦の中でアマルガム戦のノウハウを蓄積しながらも、その一点においてソーニャは事実を認めることができなかった。
(くっ……! もっと! もっとスピードを上げて、距離を縮めて、もっとリズムを上げていけば――!)
ソーニャの中で制御できない熱が荒れ狂う。
それは少女の心の中の炉心を暴走させ、秋雄とは対照的に、自ら足を踏み外しかねない境地へと追い込もうとしていた。
――その熱を奪う、一発があった。
「……っ! カリン中尉、何を!」
味方であるはずのカリン機から、明らかにソーニャを狙っていると思しき青色の火線が飛来したのだ。
それが証拠に、カリンの銃はソーニャをポイントし続けている。
『そろそろ気が済んだかい。デモンストレーションは終わってもいいか?』
「まだです! 今から秋雄を打ち落として見せます!」
『あんたのデモンストレーションじゃないよ。秋雄のだ』
「……っ」
その言葉に、ソーニャは胸を抉られる想いがした。
『秋雄の実力は身に染みただろう。奴は紛れもなく『サード・シード』。シュウ・カザハラ、グレン・コウラギに続く3番目のこぼれ種なんだ』
「でも私だって『デパーチ・チルドレン』です! あいつに劣っているわけじゃありません!」
『それならわかるはずだ。いや、わかっているはずだ。……そのままの戦術で、秋雄を打ち落とせるか?』
さすがに銃の照準をソーニャに合わせることはやめたが、カリンはグレンと激しく激突しながらも会話を続ける。
ダリルも同様にマークと攻防を繰り広げながら、言葉を挟んできた。
『敵を知り、己を知れば百戦危うからず。孫子の言葉でしたか』
「………」
『アマルガムが4機編成なのは、EOMのイレギュラーな動きに臨機応変に対処するためだ。敵と己の戦力分析。その判断能力もまた、パイロットに求められる技術だ』
「負けを認めろ……ということですか」
『通常、兵士が自分の意思で負けを認めることは許されない。例え相手がどれほどの難敵であろうと勝つ方法を探すのが兵士の責務だ』
『ダリル、私の言葉を奪うなよ』
カリンが唇を尖らせながら言った。
ダリルは普段は寡黙なのに、こういう時は饒舌になる。それが必要な時であることを理解しているからこそだが。
『私たちは一人の意地のために戦っているんじゃない。任務のために戦っているんだ。あんたの目的はなんだ? 秋雄を一人で打ち落とすことか?』
「私の目的は……」
『中尉のハートを射抜くことだろう』
『だからダリル。……マークがいないからって軽口を叩く必要はないんだぞ?』
『失敬』
『……私は軍人とは消耗品だと考えている。そのための税金、そのための私たちの暮らしだ。私は軍人とはいざという時、勝利のためには己の身をささげる人間でなければならないと思っている』
「……望むところです! それこそビリアスクーナ人の本懐です!」
『そうか? あんたは今、全体の勝利のためではなく、一人の狭い視野に立っていると思うけどね』
「……。そう、かもしれません」
『それがわかったなら、あんたのやるべきことはなんだ?』
『……私一人では秋雄を討ち取れません。でも、やはり秋雄が一人だけ《フラクタル・ドライブ》の適合値が低いという見立てでは、間違っていないと思うんです』
『ほう。それじゃあ?』
「混戦に持ち込みます。3機入り乱れての3トップです!」
『じゃあその方針で行こう』
『了解』
「………」
回線が途切れると同時に、ソーニャは息を吸った。
(私たちは一人の意地のために戦っているんじゃない……)
胸に響く言葉だ。
カリンに認めてもらおうという気が急くあまり、この戦いの目的をはき違えていたことに気付く。
(こんなんじゃビリアスクーナ人失格よ……。そうね、まずはこの試合に勝つことが大事よ)
気持ちを切り替え、ソーニャは自機を加速させた。
「決まらないわね」
『ああ。長丁場だ』
観戦しながら、ふとした空隙にリサとシュウは漏らした。
苛烈な戦闘であり、パイロット達はそれぞれ消耗しているだろう。だが、そのような限界状況下でも思考を鈍化させるような人間が、あの中にいないことは、シュウ達も肌で感じていた。
一歩間違えただけ一瞬で勝負が決まってしまいそうな高速戦闘。
だが同時にそのような間違いが起こることが、予感し難い、緊張が張りつめられた勝負だった。
『いや待て……何か動きがあるぞ』
黄色のソーニャ機が反転した。
銃口を秋雄にむけ牽制しながらも、カリンたち前線の方に近づいてくる。
『秋雄を打ち落とせないと見て戦法を変えたか。混戦に持ち込んで、秋雄が反応しきれないのを狙うつもりだろう』
「私がチームリーダーでもそう指示するわね。あの状況で秋雄が素直に落ちてくれるとは思えないわ」
『さて……秋雄はどうする』
(ソーニャって娘……標的を変えたのか)
秋雄はすでに大量の汗をかいていた。仮想訓練筐体のもたらす熱、そして極度の緊張による精神的な疲労だ。
(俺はどう動く――?)
マークやグレンからの指示はない。
2人は近づいてきたソーニャを警戒しながら、戦法を銃撃戦に切り替えて、カリンやダリルの攻撃をかわしていた。
(……シュウに教わったのであれば)
秋雄は高速戦闘についていけない。遠距離からの支援に徹するべき。
榎原の時に教えられたシュウの戦術によれば、そうなる。
だが、秋雄の無意識の部分で逆らった。
(いや、違う気がする……。シュウはたしかに、そう教えたけど)
あのころはまだ、『サード・シード』と呼ばれる前の自分だ。
銃の当たらなさを『宝くじ』と揶揄されていたころである。
(あのころの俺と今の俺は違う)
反発心ではなく、素直な気持ちで秋雄は冷静に分析した。
ソーニャに挑まれた緊張を強いる高速戦闘が、普段は鈍い秋雄の思考を鋭敏化していた。
(そうだ。シュウも、きっと今なら)
秋雄は加速器を点火する。光を灯しながら、機体が加速していく。
――それをモニターで見ていたシュウは、小さく呟いた。
『……行け』
加速する秋雄の機体を、後押しするように。
『大丈夫だ。今のお前なら、グレンの動きにもついていける!』
(――きっと……前に行けと言ってくれる!)
シュウの言葉が届いたはずもない。
それはお互いの信頼が、見えぬ糸で結ばれた瞬間だった。
ソーニャにわずか遅れて前線へと加わった秋雄が狙撃銃を構える。照準はカリンに合わせたまま。
発射はしない。
発射をすれば、次弾を生成するまでの間、敵に余裕を与えてしまうからだ。
グレンから通信が届いた。
『てめぇもくそ度胸がついたな』
「いや……なんとなく、俺はここに来るべきだと思ったんだ」
『ふん。以前のお前はクソザコだったが、今のお前ならあのころのシュウよりは信頼できる。へまをして打ち落とされんなよ』
横暴そのものの物言いだったが、秋雄の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「シュウがお前を許していた理由がわかった気がするよ」
『あん?』
「お前って、実は結構かわいいところあるよな」
『――あとでぶっ殺す』
通信が一方的に切れる。
秋雄は一人ごちだ。
(俺も、戦場の熱気に当てられているのかな……)
まるで今の自分が、普段の自分と違うような気がする。
かつては追いかけても見えなかった、懸命に走っても追いつけなかった、その境地に届いたようで。
ただそれが誇らしく思えたわけでもなく、ただ少しだけ、自分に自信が持てた気がした。
(負けられない。負けたくない)
秋雄は思った。
(『クエンティン・エルバ』への搭乗権なんて別に拘らないけど……、でもこれだけの真剣勝負。それを汚すことが、どれだけ冒涜的か俺にもわかるから)
損得ではない。
虚栄でもない。
ただ秋雄にはこの一戦が、あるいは生死を分ける戦場よりも、尊いものであるような気がしたのだった。




