Effect46 口実 -pretext-
リサは、ASUS総務長の布告よりも前から、ある程度の情報をつかんでいた。
シュウの見立てもあったが、何よりも第十一特務憲兵隊の仕事の大半が、この前線押し上げに関連した業務だったからだ。
ただ、全てがシュウの推測通りとはいかなかった。
(シュウと話し合う必要があるわね……)
そう思い詰めていたものの、憲兵隊としての業務は立て込んでおり、残業は深夜に及んでいた。
どうにか時間をとれたのは、翌日のお昼時だった。
「あら、グレン」
シュウの元を訪れると、そこにはグレンがいた。
傍目には自機の横で携帯端末と睨めっこし、誰かと通信しているように見えるが、リサがシュウから渡された文字チャット用のソフトを開くと、グレンもログインしていた。
2人の会話ログが延々と続いている。
様々な専門用語が飛び交っている。おそらくアマルガムの内部モジュールに関する技術的な話で、ただのパイロットであるリサには踏み込む余地のない話だった。
(私の授業は真面目に受けなかったくせに……)
半ば、皮肉めいた嘆息を浮かべてしまう。
だがグレンが彼女の授業を真面目に受けなかったのは、リサが候補生全体のレベルに合わせた授業を行っていたからに他ならない。
その程度の授業ではグレンは満足できず、物足りなくてやる気を見せなかったのだ。
本来であれば、グレンは自分の得になる情報であれば、貪欲に吸収する知識欲の深い人間だった。
今のシュウは、そんなグレンにとってはこれ以上ない好敵手なのであろう。
グレンの物言いは暴虐無尽だが、シュウはそういうのを気にする人柄ではないし、むしろ忌憚ない意見を言ってくる優秀なテスターと評価していた。
ただリサとしては、事が事だけに2人の気が済むまで待ち続けるというわけにはいかない。
『ちょっといいかしら』
リサは断りを入れて2人の会話に割り込んだ。
シュウがすぐに応じた。
『ああ。グレン。この続きはまた今度にしよう』
『待て。例の話だろう。俺にも聞かせろ』
(……乗り気ね)
少し意外に思いつつも、リサもグレンには同席してもらった方がいいと考えていた。
彼自ら乗ってくれるというのなら、説得の手間が省けるという物だ。
『シュウも、大体のことは知っているわよね』
『ああ。ASUS総務長の緊急会見は見た。………強襲機動空母をああいう風に使うのは予想外だったけどな』
『……あなたの見立てでは、最前線のEOMの後ろをつく形で、背後から挟撃すると思っていたのよね』
『それが戦術上では妥当だと考えていたが……事情はもっと複雑だったようだ』
『複雑?』
『今の統括軍は、色んな生き物の合成生物だ。頭が複数あって、それぞれの頭が色んな方向に行きたがっている』
『……ええ。連合軍特有の難しさよ』
『だが、頭にそれぞれの意思があろうと、体は一つだ。他の動物に食われないようにするためには、結局それぞれの頭が協力するしかない』
(……EOMのことを言っているのね)
『だがそう理屈は分かっていても、相手に譲歩し続けていれば、やがて自分の意思というものが呑み込まれてしまう。それを阻止するためには、時にはまわりの頭に自分の要求を通させるのも必要だ。それが外交というものだ』
『つまり』
『……聖地エルサレムの奪還は大多数の人間の悲願だけど、世の中すべてがキリスト教徒やイスラム教徒なわけじゃない。……直接その恩恵を得られない人間でも、この戦いに戦力を投じることへの見返り、意義と利益を欲したんだ』
『それが『アース・シーカー計画』……?』
『そう。……本来なら、戦力の分散は愚策だけど』
シュウは呟いて、リサとグレンの端末に世界図を表示させた。
人工衛星から撮影された俯瞰地図だ。
EOMの出現によって生態系が破壊されたことにより、12年前よりも砂漠化が進行している。
その内、シナイ半島と、アジア、南北アメリカ。
これから戦場となるであろう場所に光点が浮かんでいる。
『EOM相手なら全く無意味というわけではない。EOMはワープ能力があるから、これほどの地理的距離が離れた場所で戦闘が起こっても、それぞれが敵を引き付ける陽動の効果がある。EOMを分散させ、混乱させる効果も狙える。……ただ』
『ただ?』
『……強襲機動空母の艦載数には限度がある。……どうしても少数精鋭になるはずで、おそらくとてつもなく過酷な任務になるだろう』
『………』
シュウが告げる中、リサは言葉を挟もうと思ったが、その言葉が思いつかず、黙り込んだ。
『言わなくてもわかっている』
『え?』
『いや、今の顔を見てわかったというべきかな。……俺たちもそれに乗ることになったんだろう?』
『……ええ、そうよ』
それから、尋ねかけた。
『なんでわかったの?』
『まあ、情報を色々と総合した上で、その可能性はあると考えていた。一番の決め手は、2人の顔色だけど』
『『………』』
リサとグレンは、それぞれ嫌な色合いを表情に浮かべる。
『そこまで読んでいるのなら話が早いわ。……あなたはこの命令をどう見る?』
『難しいところだ。……一番危惧しているのはリサと同じだと思うけど、』
『俺たち3人の抹殺』
端的に告げたのはグレンだ。
『目に見えて危険な任務だ。しかも周りにEOMがうようよしていて何が起こっても不思議じゃない。俺たちを始末するにはうってつけだ』
『ええ……だから今のうちに、私たち3人で回避策を講じた方がいいかと思ったのよ』
『……ただ』
シュウが、一呼吸おいて言った。
『それにしてはこの舞台は少し大袈裟すぎると思うんだ』
『……そうね』
シュウの言葉に、自覚しないまま引き締められたリサの相貌が、わずかに揺らいだ。
『強襲機動空母は現在持て余し気味ではあるけど……。やっぱり、有事の際は貴重な戦力だわ。そうそう使い捨てにできないものよね』
『そう。そして強襲機動空母の艦載数には限度がある。もし、この計画を成功させるつもりなら、無駄な戦力を乗せる余裕なんて無いはずだ。そう考えると、俺たちを処分するために送り込むというのは少し怪しくなる。……それと』
『それと?』
『俺たちが載せられることは不自然だが、それははた目から見ても同じだと思う。『アトモスフィア』は、所詮実験機だ。今はその機能も封印されている。その機体が『アース・シーカー計画』なんて壮大な計画に送られるのは、俺たち以外から見てもおかしい。……秘密裏に処分するにしては、正直、目立ちすぎるんだ』
『今は不道義技術絡みで『アトモスフィア』は注目の的だ。……下手な扱い方をすると、解禁派にいい攻撃材料にされると言いたいんだな?』
『ああ。俺たちを処分するのなら、もっと楽で波風の立たない方法はいくらでもある。そう思わないか?』
シュウの言葉には一理あった。
しかしリサの不安はぬぐえない。
『じゃあ、なんで私たちが選ばれたのかしら』
ポツリと漏らすと、シュウが即座に答えを返してきた。
『俺は、隔離だと思う』
『隔離?』
『そう。俺たち不穏分子を、EOMのまっただ中という隔絶した場所に送り込む。その間に、不道義技術がらみの論争の沈静化を図るんだ。つまり、俺たちが世間に関与できないようにするのが目的で、いわば時間稼ぎだ』
『なるほど……』
『そしてきっと、俺たちの実力への期待値もある。おそらくだが……俺たちは2機とも、戦闘単位で考えるとそこらの兵士を凌駕する。艦載数の限られる状況であれば、コストパフォーマンスの面で俺たちの力を欲したとしても不思議じゃない』
『それが不穏分子でも?』
『万一失敗しても、処分の手間が省けたと割り切ることができるだろ?』
『……安心していいんだがわからないわね』
榎原にいたころにもやったような、軽口めいたやりとりだった。
だが、いくらかリサの心の負担は軽くなった。
『なんにしろ、エルサに命じて保険を残しておく』
おもむろにグレンが宣言した。
『俺たちが作戦中に不自然な事故にあえば、それが事実だろうが何だろうが、統括軍にとってマイナスになるように仕込ませる』
『お願いできるかしら?』
平時であれば、生真面目なリサは嫌悪する処置だが、首筋に刃を突き付けられているこの状況では、手段は選んでいられない。
グレンは、リサの言葉に反発するように言い捨てた。
『お前のためじゃねぇ。俺のためだ。……ただ』
グレンは、視線をシュウの筐体へとむけた。
『プロヴィデント社にも派閥はある。それに、エルサがどこまで協力するかもわからねぇ。安請け合いはできねぇぞ』
『ああ……結局のところ、俺たちは俺たちで自分の身を守るしかない』
後の遺恨がないよう、シュウが改めて言い放った。
『リサも気をつけてくれ。変に気をまわす必要はない。今までと変わらず、職務に忠実な兵士として振る舞ってくれ』
この会話は、ライラやシェリルに傍受されている。
それでもあえて包み隠さず言った。
『わかったわ』
リサが返事をすると、それで区切りがいいと思ったのか。
おもむろにグレンが、口を開いた。
「騒がしいな」
肉声だ。その声でリサもはっとなった。
確かに、格納庫の入り口の方で、甲高い声が伝え漏れていた。
「あれは、カリン達じゃないか」
『そのようだな。どうやら揉めているらしい』
機械の身であるシュウは、リサ達では聞き取れない声でも拾えたのだろう。
リサ達と文字で会話する傍ら、格納庫の反対側で響く喧騒も耳にしていて、大体の事情は呑み込めているようだった。
「止めた方がいいかしら?」
グレンに聞くふりをしながら、実際はシュウにむけて尋ねる。
『いや……中々状況が複雑なようだ』
視線の先の端末には、そんな彼女の行動を抑制する文章が綴られていた。
それから滔々と、シュウは状況をリサとグレンに語った。
「あんたより私の方が適任だわ! 何としてもその席を変わってもらうわよ!」
差し迫るソーニャの面相を前にして、秋雄は困り果てた顔をした。
「いや……そういわれても、俺がどうこうできる問題じゃ……」
「ソーニャ。あんたも軍人ならゴネるなよ。ここを守るのだって大事な任務なんだぜ」
カリンが諫める。
いつもであればそれでソーニャは小さくなるのだが、今日ばかりは違った。
「いいえ! どう考えたって今回の任務には私の方が適任です! なら、私が『クエンティン・エルバ』に乗るのが適切じゃないですか!」
そういって、ソーニャは控えめな胸をそびやかす。
「『クエンティン・エルバ』の艦載機数は限られ、少数精鋭。それで大量のEOMが存在する地域を横切るのです。そうであれば重要なのは、何よりも集団戦時の情報処理速度、すなわち、《フラクタル・ドライブ》の適合値です! 『デパーチ・チルドレン』に選ばれた私は、秋雄なんかよりも軍務経験豊富ですし、経験の上でも凌駕しています!」
「実戦経験は、秋雄の方が下手すりゃ上って聞いたが?」
「実戦は少なくても、私たちは専門の集中カリキュラムを組んでいます! ただ敵とドンパチしてきただけの奴よりも練度は上ですよ!」
「ほう?」
ムカっ腹が立ったのか、青筋を浮かべながらカリンが微笑んだ。
「つまりあんたは、あたしがただの脳筋だと言いたいわけだ?」
「い、いや、カリン中尉は、別格ですよぉ……」
ソーニャも、カリンに強く出られると弱いらしく、一瞬及び腰になった。
しかしそれもひと時のことで、すぐに意気を取り戻し、
「納得できません! 私から参謀本部に掛け合ってきます!」
「あんたねぇ……」
カリンがどう説得するか頭を悩ませる。
残念ながらこの場にテオはいない。彼女は基地の防衛に関するブリーフィングに出ているらしい。
こういう時、次にリコ辺りが皮肉めいた釘を刺してソーニャを牽制するのだが、今は自由時間のためにそのリコもいない。
タチアナがおろおろと事態に振り回されているだけで、年長者のマークやダリルの姿もなかった。
(子守は大変だな。……テオを尊敬するよ)
マークやダリルが耳にすれば『じゃあ俺たちも敬ってくれますか?』と軽口を叩かれそうなことを思いながら、カリンが何がしかの口を開こうとしたとき。
新たな声が割り込んだ。
「おい、お前ら」
「グレン?」
秋雄が驚いた顔をする。
「何をつまらねぇことで喧嘩してやがる」
「……あんたには関係ないことだろ?」
突然のグレンの登場に、少しばかり鼻白んだ様子でカリンは応じた。
再会してもグレンはほとんどカリン達と関わろうとせず、基地の廊下やこの格納庫ですれ違っても、何の関わりもないかのように素通りした。
「そいつ。ようは秋雄より自分の方が強いって言いたいんだろ」
「そうです! ぜえったぃに、私の方がそこのトーヘンボクよりも強いです!」
突然のグレンの闖入が利する物だと思ったのか、ソーニャが意気込む。
「なら」
その時のグレンの愉しそうな顔を見て、秋雄は嫌な予感を覚えた。
獲物を前にして舌鼓を打つような形相。
それは、榎原にいた時からグレンが時折見せたもので、大体その後にはなにがしかのトラブルを巻き起こすのだ。
「証明しちまえばいい。そいつらを戦わせてみればいいんだ」
「突然何を言ってやがる」
カリンが嘆息交じりに言った。
「そんな単純な話じゃないんだ。どいつが強いとか弱いとか。そんな単純な話で成立する世界じゃないんだ。組織というのは」
「だが、わかりやすいシステムだろう。弱肉強食ってのは」
「………」
「聞き分けの無いそのガキを納得させるには、そもそもそいつが劣っていることを証明しちまえばいい」
「あんた……相変わらず考え方が乱暴だね」
諦め混じりにカリンは返した。
「対戦形式はどうする」
「集団戦だ。俺も参加する。……そうだな。闘機祭のルールをそのまま適用しちまえばどうだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
戸惑ったのはソーニャだ。
「闘機祭ってことは、アマルガム対アマルガムでしょ? そんな訓練、さすがに積んでは……」
「クソガキ。実戦で大事なのは臨機応変な柔軟さだ」
「クソガキ……!? レディに対する口の利き方がわかっていないようですね!」
「じゃりんこ。テメェ、実戦をただのドンパチと言いやがったな? お前こそ、訓練をただそのまま受け止める、浅い優等生でいなかったか?」
「浅い……優等生?」
初対面のソーニャには、グレンの無軌道な物言いを理解できず、彼が何を言いたいのか一瞬理解できなかった。
(つまり……訓練を唯々諾々と受けるだけで……その応用性を考えなかったということ?)
そう突き付けられてみれば、ソーニャは自分にそういう面があったことは否めない。
様々に想定された状況、それに対する対処法を学ぶ中で、『じゃあ自分ならどうするか』、『もしもこういう時はどうするか』。
そういう風に視野を広げていたかとなれば、胸を張ってYESとは言い難い。
「テメェが道理もシステムも蹴っ飛ばして自分の我を通したいというのなら、多少の無茶があろうとそれを証明してみせろ。じゃなければ、テメェは、駄々をこねるだけのクソガキだ」
「に、二回言いましたね! いいですよ、それじゃあ吠え面をかかせてやります! 今の言葉、前言撤回させてやりますよ!」
それから、ビシッと指をグレンに突き立てる。
「ただし条件があります! あなたもそれに参加することです!」
「こちとら元よりそのつもりだ。娯楽が少なくて飢えているんだ」
(あ、やっぱり)
とこの時、秋雄とカリンは思った。
グレンが自らトラブルを引き起こす時は、大体彼が退屈している時だ。
「俺が秋雄と組む。カリンはそこのクソガキでいいだろ」
「……。あとのメンバーはどうする。2対2じゃ締まらないぞ」
もう、この状況を止められることはできない。
それに、カリン自身も、この状況を楽しみつつあった。
テオに誘われてのプロレス観戦の時にも似た衝動を覚えた。
自分以外の誰かが火花を散らす様を見て、体の奥底から、自然と『熱』が呼び起こされるのだ。
そんな衝動を覚えた以上、それを放出せずには入られない。
「最低でもあと二人は欲しいところだが……」
グレンの視線は自然と、その場にいた最後の1人、タチアナにむいた。
しかし、その目に睨まれて、タチアナは怯えた様子で首をふる。
「む、無理です。アマルガム同士の戦闘なんて、そんな想定外の状況、私は戦えません!」
「趣旨を考えると、秋雄とソーニャ以外の戦力は整えるべきだね。となると……」
カリンが漏らした時。
「あれ? 中尉達、どうしたんですか?」
折よく、マークとダリルの2人が姿を見せた。
それを見て、さすがにタイミングよすぎだとカリンは苦笑する。
そして指をクイクイとし、
「お前ら、ちょっと付き合え」
とあえてぞんざいに言った。
((((奇妙な話になった))))
グレン以外の全員。
それぞれ、同じような感慨を浮かべていた。
発端となったソーニャなどは、
(でも、これは好機かもしれない。ここで秋雄を負かせて、私が役に立つってことをカリン中尉に証明できれば!)
と意気揚々としていた。
ダリルやマークは、
(アマルガム同士の対戦なんて奇妙なことを考えやがる)
(だが、だからこそ面白い)
(この変則的なルールで、長く背中を預けていた俺たち)
(どっちが上手く立ち回れるか)
((それを競うのも悪くはない))
と2人なりにこの事態を楽しんでいた。
それを諫めるべき上官のカリンは、
(後先なんて考えるのもまどろっこしい。娯楽に飢えているのはこっちも一緒だ。お前が相手になるというのなら不足はない。榎原以来の再戦だ)
と、馴れない子守にブチ切れて、兵士や上官であるなどの立場を一時忘れて闘志を燃やしている。
そんな中、秋雄だけが、
(で、これって問題解決になるの?)
と一人現実問題を鑑みて、首を傾げていた。
そんな秋雄の胸中を見抜いたらしく、グレンが剣呑に言った。
「おい秋雄。もしも手抜きでもしやがったらブッ殺すからな」
「いや、そんなつもりはないけど。……いや待てよ。よく考えるとそれもありなのか?」
『クエンティン・エルバ』に乗りたい意思はあるが、どうやらマーク達が想定していた以上の激戦の真っただ中にいくようだ。
乗りたいことは乗りたい。
だが是が非というわけでもなく、そこまで言うならソーニャに席を譲っても……
と秋雄は思わないでもないのだ。
しかし、グレンだけでなくカリンまでもが、
「そんなことやったら、徹夜でマラソンさせたあげくに最前線に飛ばすよう上に掛け合ってやる」
と笑顔で言われてしまっては、秋雄はただうなだれるしかなかった。
書き溜め部分はこれで終わりです。
またしばらく休止期間に入ります。




