Effect43 祈りの集約 -see you again-
シャドウバース 第二弾カードパック「ダークネス・エボルヴ」9月下旬リリース予定!
(ようやくAA1になりました)
アルジェ基地に移動して、それまでに比してリサの周辺は慌ただしくなってきた。
パイロットであるだけでなく、憲兵隊に身を置く彼女は様々な仕事がある。
今までは、ライラの後ろをついていき、こまごまとした雑事をこなすだけだったが、アルジェ基地に着て、ライラはリサ以外に6人の新しい部下を得た。
これから本格的に腰を据えて仕事をするようで、部下であるリサも当然、忙しくなってきた。
「私たちは第十一特務憲兵隊だ」
その初対面。
部下一同を整列させて、軽い自己紹介の後、ライラはそう言い放った。
それを聞いたリサは、表面上は毅然とした顔を作りながらも、内心首を傾げた。
(特務憲兵隊……?)
通常の憲兵隊と違い、特定の基地や部隊、師団などに所属しないということだろう。
機密組織として、そういう部隊があることはリサも伝え聞いていた。
(シュウのことを考えれば特務憲兵ってのは不思議ではないけれど……でも、シュウ1人にこの人数は大袈裟だわ)
ちらと視線を動かす。
ライラの背後のガラスが反射し、自分含めた7人の人間が起立して立ち並ぶ姿が映っている。
人種はばらばらのようだ。
内部を査察する役目を担う憲兵隊は公正さを求められるため、身内同士のなれ合いを持ち込まないよう、あえて多様な出身の人間の混成にされることが多いと聞く。
ただ性別は圧倒的に男性が多い。
軍では当たり前の話で、むしろ、リサとライラ以外にもう一人女性が混じっていることの方が珍しいか。
「この場に、特務憲兵隊の名の意味がわからない者がいないことを祈る。機密の漏洩は、場合によっては死罪に当たること、言わんでもわかるまいな?」
問いかけつつ、あえて言うところが、ライラという女性の人心掌握術なのだろう。
恐怖政治。
それは即効かつ、わかりやすい手段だ。
言い終えたライラは、並んだ一同が誰一人として表情を動かさないことを確認すると、満足げにうなずいた。
そして笑顔すら浮かべながら言った。
「これからする話は、機密上の話となる。他言無用であり、無暗に明かせば、先ほどの冗談が現実となる」
ライラは鼠をもてあそぶ獅子のように笑んだ。
「公式での発表は後日になるが、前線を押し上げることが決まった。どの方面へと攻め込むかはまだ明かせないが、諸君らはそれに付随した仕事に取り組むこととなる。ゆめゆめ、気を引き締めて、これからの職務に当たって欲しい」
ライラの言葉に、さきほどはまるで動じなかったそれぞれの面差しに、かすかな動揺が走った。
今のライラの言葉は重い意味を含むはずだ。
(――とうとう。)
その内心では、異なる感情が錯綜しようと、リサと同じ言葉を思い浮かべた人間は大勢いるだろう。
(とうとう、決まったのね……)
同僚を得たとして、リサは孤立を深めるだけだった。
おそらく、ライラの思惑と指示だろう。
他の6人から向けられる視線は冷淡なものであり、おおよそ、仲間にむける視線ではない。
その内にいくつか、一種の憐みのようなものが混じっているだけ、ましか。
(……知ったこっちゃないわ)
リサは内心吐き捨てた。
(シュウのことは、私が守るって決めたのよ)
第十一特務憲兵隊設立の初日。
ライラは各自に淡々と指示を飛ばし、それぞれが事務的にそれを処理。
同僚同士での飲みの誘いなどはなかった。
憲兵隊とてそこまで公私混同を許さない組織ではないはずなのだが、ライラが漂わせる風格と、彼女に合わせた人選によるものなのだろうか。
それぞれ作業を終えた者から1人ずつ作業室を後にし、リサも7人目として席を立ち、ライラのもとへとむかった。
「中佐。最後に『トロポスフィア』のモニタリングをしていきます」
「ああ」
書類に目を通しながら、ライラはリサを一顧だにもせず返した。
それはいつものことと思い、リサは一礼して立ち去ろうとした。
その背に、声がかかった。
「待て。さきほどの件を奴に話すつもりか」
「……機密厳守と言われたのは、中佐のはずです」
「かまわんぞ。奴であれば、それぐらい看破しているだろう。その代わり、いつもどおり会話はこちらでモニタリングさせてもらう」
「はい」
短く首肯し、リサは第三格納庫へとむかった。
『そうか、決まったのか』
『アトモスフィア』のコクピット内。
前線の押し上げについてリサから聞いたシュウは、さして声を震わせることなく、納得するように声を上げた。
リサは短く首肯し、声を上げた。
「ええ、あなたの見立てどおりね」
『俺以外にも予測していた奴は多いはずだよ。……遅いって思っていた奴は多いだろうけどね』
「でも、実際のところどうなの? 戦力的にアフリカ大陸一つ守るのも手一杯という話だけど」
『そこに不安はある。……だが正直なところ、これ以上世論を抑えられないというのが実際のところじゃないか』
「……そうね」
『おそらく、進出方向は中東方面。シナイ半島だ』
シュウは推察を交えて言った。
シナイ半島。
アフリカ大陸とアラビア半島をつなぐ、三角形の半島だ。
『ヨーロッパ方面はさすがにEOMの数が多い。今の戦力で奪還にむかうのは自殺行為だ。となれば方向は自然と中東方面になる。………正直な話で言えば、本来であれば戦線はこのシナイ半島まで挙げられてしかるべきだった。シナイ半島はほとんどが荒野と山脈。EOMの数はそれほど多くない』
「でも、統括軍にはそれができない理由があった」
「ああ。そしてそれが、今回の最優先目標だと思う」
『「聖地エルサレム」』
異口同音に、2人が同じ単語をつぶやいた。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。三つの宗教の聖地とされる場所であり、十字軍遠征や中東戦争など、その奪い合いで、数々の戦火の根源となった場所だ。
「エルサレムは様々な宗教感情が入り乱れる、複雑な場所よ。仮にそこを取り返したとしても、統括軍はその扱いについて、意見のすり合わせができない。だから奪還はあえて見送られたのよね」
『同時に、それぞれの教徒にとっての悲願ともいえる。……そのすり合わせが、ようやく終わったんじゃないか』
だから、とうとう、なのだ。
異なる戒律と信念を抱く者たち。
少なくともその内の上位に位置する者たちが、それぞれの意見を融和させた。
それは、多くの意味を持つはずなのだ。
(――不道義技術どころじゃないかもしれない。……これも大きな爆弾よ)
もしその扱い一つ間違えれば、統括軍の瓦解を招く恐れすらある。
人々が望みながらも、大きな危険の付きまとう禁断の果実として、その扱いは無関係な人間にとっても関心の的だった。
シュウは本人が無宗派だと言っている。
リサはキリスト教徒であるが、熱心というほどではない。
聖地の奪還を望みつつも、それと今の人類全体の瓦解を招く危険を天秤にかけて、おさえつけていた。
(この一歩が、人類にとって偉大な一歩となるのかしら)
リサは小さな危惧を抱いた。
しかしすぐに思い直す。
(そうするのよ)
リサ一人が足踏みしようと、変わらずに時は流れる。
時代の潮流。
その中で、リサは自らのできることを、ひたと見据えていた。
リサが『アトモスフィア』に乗っていることをカリンが知り、感情的な姿を見せてから。
翌日にはカリンはいつも通りの様子で振る舞っていた。
ただ、隊長職になってからのカリンには、上官たろうと背伸びする姿が見えた。
いつも通りに見せようとしているのが虚勢であることは、深い洞察力を持つマークとダリルの2人、そして榎原の時代から付き合いがある秋雄にはわかりきっていた。
しかしマークやダリルは、特に触れないつもりらしい。
秋雄はもどかしい思いをしながらも、かける言葉が思いつかず、先輩たちに従い、浮かない日々を送っていた。
「カリン中尉、最近元気がない」
昼食後。
珍しいことに、ソーニャの方から声をかけてきたと思ったら、案の上話題はカリンの話だった。
彼女でも、それは感じるところらしい。カリン・リーの第一のファンを自任するだけのことはある。
「リサ中尉と再会したっていうのに、食事も一緒にしないし。……ていうか、あれ、何なの?」
ソーニャが視線をむける先では、黒い詰め襟姿の異色の集団が、同じテーブルにいた。
憲兵隊である。
規則で決められているのか、全員が同じテーブルに座り、その割にたいした会話もなく、黙々と食事をしている。
騒がしいほどの喧騒が広がる食堂の中で、異質な光景だった。
ただ、リサの姿はその中にいない。
一人だけ、少し離れたテーブルに座り、たった一人で食事をとっているのだ。
秋雄は毎日彼女の姿を確認しているが、いつもそのような状況だった。
「あれじゃまるで村八分みたい……。ねぇ、何かあったの?」
「……えーと」
秋雄も、リサが一人だけで食事をしている理由までは知らないが。
……リサとカリンの間に何かあった現場は見ていたわけで、どう言葉にしたものかと悩ませた。
「……色々事情があるみたいなんだ」
言葉に窮してざっくりと言ってみたものの、当然のようにソーニャは柳眉を逆立てた。
「その事情を教えろって言ってるのよ!」
本人は激怒しているのだろうが、元々愛嬌のある顔が災いしてか、それほど恐くない。
……初対面の時に覚えた恐怖は、別の意味で引いたのである。
(リコ君も知っているはずなんだけど……)
横目で見るとリコもわりと近くにおり、食器を洗浄機にかけていたが、我関せずである。
完全に素知らぬふりをするようだ。
「ええっと、俺も詳しくはわからないけど……」
「はぁ? カリン中尉がそんなこと言うわけないでしょ?」
説明を終えてからのソーニャの反応に、秋雄は疲れた顔をした。
「カリン中尉は『サスガ』を救ったのよ? そりゃあ、あなたの友人……シュウ・カザハラは尊い犠牲だったけど……でも、本人の意思だったって言うし……」
ソーニャ自身、自分の感情をうまく言葉にできないのか、しどろもどろに言った。
「……シュウ・カザハラは英雄だったんでしょ? カリン中尉だってその一翼だった。それなのに、そのシュウ・カザハラの栄光を汚すような……彼の乗騎を『人を殺す機械』だなんて言うはずがないでしょ?」
「そう……だけど」
あの時のカリンが、思わず感情が噴出して言葉が迸ったことは秋雄にもわかる。
だが、理屈ではないその感情の発露を、どう説明すればいいのだろうか。
――秋雄がわざわざ口にせずとも、ソーニャには直感でわかっていた。
その上で思い切りがよく単純な彼女は、たった一言でそれらを切って伏せた。
「ええい、まどろっこしい」
華奢な容姿と小さな唇から、口汚い言葉が迸った。
「カリン中尉!」
秋雄が静止する間もなく、テオと談笑していたカリンの袖をつかみにいった。
そのまま困惑するカリンを引きずるように引っ張って、テーブルの合間をずんずんと進みながらリサの元までたどり着いた。
「カークライト中尉! カリン中尉からお話があるようです!」
話しかけられたリサは、こわばった顔をしていた。
ライラから接触を禁じられていたため、カリンに被害があるのではないかと恐れたのだ。
一方のカリンはというと――。
「……悪かったよ」
意外と素直に、言葉を絞り出した。
「あんなこと言って悪かった。マークからの伝言も聞いている。……あんたが結構厄介なことに首を突っ込んでいることも」
――おそらく、本心ではどこかで謝りたかったのだろう。
だがその機会がなかった。
カリンの言葉を聞いて、リサは小さく笑んだ。
「馬鹿ね。そんなこと言わなくてもわかっているのに」
「馬鹿とは何だよ……人が頭下げているのに……」
「班長になっても中身はお子様のままね」
「その上から目線、昔から変わらないな!」
言葉では怒りながらも、カリンの表情はどこか晴れやかだった。
しかし、その歓談もそこまでだった。
「リサ・カークライト。私の言葉を忘れたか?」
テーブルに座ったままのライラが、鋭いまなざしをむけていた。
リサは表情を引き締めて、敬礼を送った。
「いえ。……カリン、わかるわよね?」
「あ、ああ。……それじゃあな」
「またね」
最後に添えた言葉が、カリンの胸をどれほど打ったかは、彼女本人にしかわからないだろう。
つちかってきた絆は、たやすく断たれるものではない。




