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Effect42 鏡像 -reflected image-

 カリンとテオの後ろをついてきた面々は、リサの様子からただならぬものを感じとったらしく、金髪の男性(マーク)の先導で、挨拶もそこそこに立ち去っていった。

 グレンはそれを無言で見送る。

 遠ざかる中で一度、秋雄が未練がましそうに振り返ってきたが、グレンはそれも無視した。

 秋雄たちが立ち去るのを確認すると、リサが毅然とした顔できびすを返すと、何の断りもなくリフトを起動し、『アトモスフィア』のコクピットブロックに上がっていった。

 何をするつもりかはわかる。

 シュウが心を痛めたと思い、何か言葉をかけに行ったのだろう。


(くだらねぇ女だ。そんな慰めの言葉が何の意味になる)


 淡々とその後ろ姿を見送り、グレンはまたも視線を移す。

 格納庫の遠方。

 そこでは、技術者と会話をしていたエルサをつかまえて、ライラが何かわめいているのが見えた。

 様子からしてたいそうご立腹のようだ。


(へっ……どうなるかな)


 我が事でありながら、どこか愉し気にグレンは胸中でせせら(わら)った。

 やがて、グレンの視線に気づいたらしきエルサが、ライラを伴って近づいてくる。


「グレン、挑発行為はやめて下さいとの仰せです」

「おい待て」


 静止の言葉をかけたのは、ライラだ。


「挑発云々ではない。この者は不適格だから降ろせと言っているのだ。プロヴィデント社にASUSがどれだけの便宜を図っていると思っている」

「ええ、ですが、それはギブ・アンド・テイクの関係と認識しておりますが」

「だからお互いの利益の話を言っているのだ。この者では今後どんな問題を起こすかわからん。あの機体とは関わりのあるところに置くべきではない」

「なるほど、だからクビにしろと……」


 エルサは、いつもの事務的な表情を一切動かすことなく、右手を顎に添え、考えるような仕草を見せた。

 しかし表情がいつもから微動だにしていなかったので、明らかに演技であることが伺えた。


「ですが、それは不当人事に当たるのでは?」

「………なんだと?」

「彼は我々と正当な契約を結んだ契約社員です。我々企業は、諸政府から社員の生活を保障する権利と義務が与えられています。正当な理由なしの左遷や解雇は、あなた側から厳粛に制限されている行為です」

「……我々がいいと言っているのだ」

「ASUSだけの理屈で物を言ってもらっては困ります。我が社は企業ですので」


 威圧するように言うライラに物怖じせず、エルサは言葉を返した。


「彼がもたらす経済的効果が我が社の産業をどれほど支えているとお思いですか?」

「……『ランディーニ』の評判は芳しくないと聞いているが?」

「ええ、兵器部門では。ですが、ホビー部門で立体模型を売り出したところ、子どもたちの世代で爆発的ヒットを生んでいます」

「……ホビー部門だと!? そんなもの、軍事産業の何分の一になるというのだ!」

「次世代を担う子どもたちに我が社の名前が広まることが、今後の我々の産業にどれほどの影響を与えるか、説明が必要ですか?」

「ぐっ……」

「そもそも、我が社はもう彼を切ることはできません。一年前の事件の強奪事件は、彼独自の判断で強行したものです。そのことはすでに雑誌にすっぱ抜かれており、あの緊急避難時に我々が戦力を出し惜しみしたことは暴露されています。そんな我が社のブラックイメージが、彼を我が社で雇うことでプラスに転じたのです」


 エルサが流麗に告げる言葉に、ライラは目を白黒させている。


「彼を切れば、我が社が再び非難を受けることになるでしょう。それはお世辞にも我が社にとって賢明な行為とは言えません。誤解されているようなので言いますが、ASUSと我が社の関係は、あくまで共存共栄であり、どちらが上や下ということはないはずです。我が社はグレン・コウラギを必要としており、彼と契約することによって利益を得ています。その利益を一方的に手放せというのなら、それに値する見返りをもらわなければ、割にあいません。それをいただけることを確約できますか?」

「くっ!」


 そんなことできようがない。もしここでYESと言えば、足元を見てくることは目に見えている。

 そんなもの、ライラの独断でできるような権限ではない。

 ライラは忌々し気に舌打ちして、エルサにむかっても敵意の視線をぶつけた。


「……わかった。プロヴィデント社の態度は今ので、ようくわかった」


 念押しするように告げ、上背のある高所から、小柄なエルサをねめつける。


「お名前をお伺いしてもいいかな、ミス?」

「エルサ・シノノメです」

「その名前は覚えておく。シノノメ。お前の言葉が、社の命運を左右する覚悟はあるか?」

「ええ、至極当然に。社の利益を追求するのは社員の義務ですから」

「くく……私の言っている意味がわかぬでもあるまいに、そうのたまうか。面白い」


 白い歯を見せ、陽気に、剣呑に。

 ライラは獅子のように笑った。


「酔狂なことだ。我々も新しい取引相手を探すことを検討しておくとしよう」

「我が社が最善のパートナーであることを、いずれご理解いただけると存じます」


 遠ざかっていくライラの背中に、むしろ慇懃にお辞儀をしてエルサは見送った。

 それまでの一連のやりとりを、彼にしては珍しく黙って見ていたグレンは、短く鼻を鳴らしてから言った。

 

「つまらねぇ寸劇だ」

「あなたのための一芝居なのですが」

「ねぎらいの言葉が必要か?」

「犬とは違います。頭を撫でられた程度で喜んで尻尾を振ったりしません」


 そっけなく答えると、エルサは携帯端末に視線を落とした。

 ライラのせいで中断された、立て込んでいる引き継ぎ作業を再開したのだ。


「あなたに望むことは一つです。我が社に利益をもたらすこと。そのためならば、私たちはあなたの立場を保障しましょう」

「へ………」


 彼には珍しく、気の抜けるような笑いをグレンは上げた。


「奇妙な女だ」






 グレンの見立て通り、リサの言葉はシュウの心に響かなかった。

 シュウは落ち込んだ姿は見せなかった。

 それどころか、シュウ・カザハラは、『カリンがそう思うのもしょうがないよ』とむしろ笑い飛ばしてすら見せた。

 だが、それがシュウの本心を表しているとは限らない。

 リサも同じ人間だが、シュウは人に弱みを見せるのが嫌いなタイプの人間だった。

 本当に気にしていないのか、それとも本当は気にしているけど、強がっているのか。

 それすらリサにはわからない。


(はがゆいわね……)


 それでも、自分なりに精いっぱいの言葉を絞り出したつもりだ。

 しかしそれが、どれほど人の心を揺さぶるのだろう。

 自分の無力さを噛みしめながらコクピットブロックを出たリサは、憤慨した様子で自分を睨んでいるライラの視線に気づいた。


「ライラ中佐?」

「リサ。よもやよからぬことを考えてはいないな?」

「よからぬこと、とは?」


 若干の当たりをつけつつも、慎重にリサは尋ね返した。


「あの小娘どもに、この機体の機密をばらすつもりではあるまいな?」

「そんなつもりはありません!」


 リサは声を張り上げた。


(そんなことする前に、まずは誤解を解いてからよ!)


 そう思っての言葉だったが、ライラはせせら笑うように言った。


「口ではどうとでも言える。ともかく今後、例のパイロットたちとの接触は禁じる。話しかけられても無視をしろ」

「そんな……!」

「お前の父上も、娘がテロ行為に加担するような人間だと知れば、心を痛めるだろうな?」

(何がテロ行為よ!)


 内心憤慨しつつ、突き放すように言葉を放った。


「私は職務を越権するつもりはありません。中佐のご心配は無用の代物です」


 わざと慇懃な言葉はせめてもの反抗の(しるし)だ。

 そんなリサの反応を見て、ライラは実に(たの)しそうに笑うと、背をむけた。


「ではその言葉を信じるとしよう。私は一足先に隊舎に行く。そこに新しい部下がいるらしいからな」

「はい。………あの」


 遠ざかるライラの背中に声をかけようとする。しかし、ライラは聞こえなかったようだった。


(道案内しなくても大丈夫だったかしら……?)


 遠ざかる背中にそんな疑念を浮かべたが、それが後悔に変わるのはまた別の話である。






 カリンとテオを見失った秋雄たちは、そのままマークの勧めで基地内のバーに移っていた。

 マークやダリルに秋雄。そして話の流れから、リコも同席することとなった。


「秋雄……今でこそ、カリン中尉はあんな感じだけど……俺たちが部下についた時は、けっこう荒んでいたんだぜ」

「えっ……」


 今のカリンは、榎原にいたころとそう変わりがないように思える。

 すこし大人びた印象はある。子どものようにはしゃぐこともなくなった。

 だけど根本として、榎原の時に見たカリンという少女の延長線上にあるように思えた。

 そのギャップで忘れかけていたが、カリンは一年前の『サスガ・エフェクト』が起こってからしばらく、カズハ達とも連絡を遮断している時期があった。

 それを今更ながら思い出す。


「なんというか……触れただけで切れそうな刃物というか……ずいぶんと自分を追い込んでいたようだった。俺たちは最初、隊長職に抜擢された気負いとかそんなものかと思っていたけど……どうもそうではないらしいことに気付いた」

「シュウ・カザハラと一年前の事件。それがキーワードであることが、俺たちもやがてわかった」


 ダリルが添えるように告げた言葉に、マークが歯切れ悪く追及する。


「月並みな話だが……中尉はシュウ・カザハラのことを好きだったんじゃないか?」

「どう……でしょうか」


 リサ、テオを含めたカリン達臨時教官は、そういった浮ついた話を苦手としている面々のようで、そのあたりが3人の付き合いの元となった節がある。

 以前、別の班の同級生がリサたちと一つ屋根の下で暮らしているシュウをからかったことがあった。

 その時シュウは、『彼女たちとは何もない』と一貫して言い張っていたが……。


「正直わかりません。異性として意識している様子はありましたけど……それが好きというほどかは……」

「そうか。……まあ話の肝はそこじゃない。……ただ」


 マークはいつもの笑みをひそめて、真剣な面差しで言った。


「ただ。……中尉はあれで、けっこう不安定なんだ。時々タカ(、、)が外れる時がある。秋雄も見ただろ、お前の前の上官に説教しに行った時」

「ああ……」


 秋雄が前の班であるカルロス班での最後の任務。

 そこで班長のカルロスは、フラクタル・エフェクトを試みて失敗。

 駆けつけたカリンによってカルロスは救助されたものの、なぜ自分たちを待てなかったのかと説教されることとなった。

 その時、なぜか説教する側のカリンが突然泣き出したのだ。


(……あの時は、シュウのことを思い出していたのか……)


 『サスガ・エフェクト』――あの一年前の事件の日。

 いや――もしかすれば、話の元はもっと以前からあったのかもしれない。

 シュウが、秋雄の欠点に気付いたあたりから、カリンの様子が変だったことを思い出した。

 それに、グレンとシュウの決闘と、そこでシュウが見せた逆転劇。

 あれに関与したのもカリンだった。


(一年前、俺の知らないところで何があったんだろう……。)


 そんな疑問を秋雄は脳裏に思い浮かべた。

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