Effect41 拒絶 -rejection-
到着したばかりのアルジェ基地の第三格納庫。
リサは携帯端末のディスプレイを眺めて、シュウと文字チャットで会話していた。
『申し訳ないわね。ここは今までみたいに機密管理ができないみたいなの。しばらく不自由させるけど、声での会話は慎みましょう』
『いや、それは俺の都合でリサが謝ることじゃない。こっちこそ、面倒なチャットに突き合わせて悪い』
『面倒? あなたがどこで拾ってきたかわからないけど、口の動きだけで文字再生できるツールなんて見つけてきたから感覚的には話すのとそう変わらないけど』
『いちいち起動するのが面倒だ』
会話に割り込んできたのは、グレンだった。エルサは別のところで手続きを行っている。
『しかも携帯端末のレンズを自分にむけ続けなければならねぇ』
『今度アルゴリズムを解析して、俺の方のレンズで勝手に2人の会話を解析するように手をくわえるよ』
『あなた、また自分の仕事増やして……オーバーワークはやめなさいって言っているでしょ』
『いや、こういうツールは前から欲しいと思っていたんだ。俺自身も色々な情報が欲しい身だし、こういう格納庫だと、色んな噂話が拾えるからな』
そう返してから、シュウが続けて言う。
『人が近付いてきた。……カリン達だ』
『え』
そこで、文字入力は途切れる。
リサは背後を振り返り、グレンも億劫そうに振り向く。
――猛然と走り込んでくる、小柄な人影があった。
その小柄な人影を、追いかけてくるように、何人かの人間が続いている。
「カリン――」
感動は、なかった。
なぜなら、彼女の表情で。
――彼女が、どんな憎悪を抱いているのか理解してしまったからだ。
「なんでなんだ――」
カリンは、涙を滴らせながら叫んだ。
「なんでリサがこいつに乗っているんだ! なんでこいつに!」
「カリン、違う。これには事情があるの……」
「――こいつは、シュウを殺した機体なんだぞ!」
押し殺した声で、それでも唇から漏れ出るような敵意が噴出した。
その負の感情に飲まれるように、リサは言葉を失ってしまった。
――その一瞬が、弁明の機会を逸した。
「あ、カリン!」
カリンは耐えきれなくなったように身を翻すと、脱兎のごとく駆けだしていく。
追いかけてきたうちの1人、テオが、詫びるように手を上げてリサに言った。
「悪い。カリンがあんな状態だから、歓迎会はまた今度な。……待てよ、カリン!」
取り残された形となった、マーク、ダリル、秋雄、リコの4人が所在なさげにリサ達を見てくる。
「あ――……」
リサは彼らとどんな言葉をかわせばいいのか、とっさに思い浮かばなかった。
本心であれば、カリンを追いかけたかった。
この機体はシュウを殺した機体ではないことを――シュウがここにいることを訴えたかった。
しかし、シュウのことは口外しないように厳重に釘を刺されている。
――何より。
それをカリンが知ってもなお、『今のシュウ』を、『本物』と認めなかったら。
――それはシュウをより傷つけてしまうだろうという怖れが、リサの足をすくませた。
それらの纏まらない思考が、リサの行動を停止させた。
「おい、お前ら。何をしている」
――そこに新たな声が割り込んだ。
リサの上官のライラ・マルベスタだ。
「こいつは憲兵隊預かりの機密機だ。今後みだりに近づくな」
「あの……俺たち、リサとグレンの知り合いで……」
秋雄が、彼に珍しく声を上げた。――いや、ライラの気迫に飲まれて周囲が口をつぐむ中、秋雄だけはマイペースに進言したのだ。
「貴様は私情を軍務に持ち込むのか? 憲兵隊を前にしていい度胸だな」
「えっ……いや、今ので罰則喰らうんすか!?」
「……それはさすがに横暴、では」
リコが不平そうに漏らす。
ライラは威圧的な口調を崩さず、嘲弄するように言った。
「人を罰する方法などいくらでもある。何よりもの安全策は、疑われるようなことを何もしないことだ。わかったか。この機体には二度と近づくな。パイロットにもだ。それは機密漏洩を狙う不穏分子と思われても仕方ないということだ」
「……どこの出身か知らねぇが、憲兵隊を超法規的組織だと勘違いしているタイプの頭の悪いエリート様か?」
毒づいたのは、マークだ。
「ここは統括軍だぞ。お前の故郷では憲兵と聞けば震えあがったかもしれねぇが、ここではそんな脅しは通用しない。お前ら憲兵自身も、査察の対象だってことはこっちだって知ってんだぞ」
「ほう。それはある意味で正しい。が……」
「……できるの」
静止するように言ったのは、リサだった。
「この人にはその権限がある……。詳しくは言えないけど、私たちは、それぐらいの権限が与えられるぐらい、重要な任務に携わっているのよ……」
リサの言葉に、マーク達が息を飲む。
それをあしらうように、ライラが手を振った。
「今回は見逃してやる。だが二度とこの機体に近づこうとするな」
「――おい、テメェは一つ勘違いしてるぞ」
「グレン……」
野太く、人を威圧するように押し殺した声を発しながら、グレンがねめつけた。
「俺は直接お前たちのプロジェクトとは関係していない。自由を拘束される言われは無い。お前たちには何ももらっていないからな」
「……代わりに安全をもらっていることをわからないのか?」
「その対価は、俺の雇い主が払っているはずだ。テメェには何一つ貸しはない」
「…………」
ライラは一瞬黙考する。
「どちらにしろ、貴様も要監視対象であることは変わりない。不用意なことをすれば、お前程度の存在、すぐに首が飛ぶ」
「お前は、人の首の前に、自分の首の心配をした方がいいんじゃないか?」
「……貴様」
「法を破る人間なんていくらでも見てきただろう。理屈で人をくくれると思うな。常識なんて何のあてにもならないことを忘れるな。因果応報という言葉を俺に教えたいようだが、お前にそのまま返すぜ」
「…………」
ライラは視線で睨みつける。それは明確な敵意の視線だった。
「……貴様は、不穏分子だ。いつまでもあぐらをかいていられると思うな」
断固とした断定口調だが、この場には引き下がることにしたのか。
――あるいは別のことをしに行ったのか。
ライラは、肩を怒らせながら立ち去って行った。
「………何か、混み入った事情がおありのようですね」
先ほどライラに意見した、短髪の男性――それがマークという名前であることをリサはまだ知らない――が、声をかけてくる。
リサは伏し目がちに応じる。
「ええ……申し訳ないけど、あまり私たちと会話すべきじゃないわ……」
「そうですか……ああ、俺はカリン中尉の部下です。自己紹介すべきなんでしょうが、そんな状況でもないようですね」
苦しそうに男臭い笑みを浮かべながら、最後にマークは言った。
「何か中尉たちに伝言ありますか?」
「いえ……とにかく、私がこの機体のパイロットになったのは深い事情があると。それと」
「それと?」
「………絶対に、この子の聞こえる前で、誰かを殺した機体だなんて言わないで」
「……わかりました。正確に伝えておきましょう」
「おい、待てよ、カリン! ………はぇぇっ! マジではえぇっ!」
カリンを追いかけたテオは、みるみると引き離される距離にひきつった声を上げた。
逃げる方のカリンはほぼ全速。小柄であるが、スラムでかっぱらいをしていたこともあって、体のバネは鍛えられ、そこらのスプリンター顔負けのすばしっこさだった。
このままでは追いつけない。
――でもここでカリンを見失ってはいけない気がする。
「くっそ――! 身長の違いをなめるな――!」
そんな予感を覚えたテオは、自身のリミッターを解除して全速力を振り絞った。
周囲が唖然と見守る中、腕を大きく振って恥も外聞もなく猛追する。
――やがて、緩やかにカリンの方が足を緩めた。
「ぜぇ、ぜぇ、カリン……」
息せき切りながら、テオはカリンに近づく。
背中を見せながら、カリンはポツリと呟いた。
「違うんだ……」
「……カリン?」
「あんなこと言うつもりじゃなかった。……言う資格なんてない。だって……」
背中しか見えないが、声だけで嗚咽交じりであることと、深い後悔が混じっていることが伺えた。
そして。
「……シュウを殺したのは、本当は私たちだから」
「――」
続くカリンの言葉に、テオはかけるべき言葉を失う。彼女の目元にも、自然と涙が浮いてきた。
テオはたまらず走り寄ると、カリンを抱きしめた。
「わかるよ……私たちは、ほんの少しだけ、リサよりも弱かった。それを認められなかったんだ」
――あの一年前の、奇跡の日。
エンドリックが、《エフェクティブ・ドライブ》の存在を告げるまで、パイロット達の意思は一つに纏まっていた。
すなわち。
――焼石に水と知りながら、『サブパッケージ』の乱立機動を繰り返し、己の身を削ってEOMを屠る、シュウ・カザハラを救おうと。
――あの時点で、既に重度の後遺症が残るだろうことは、パイロット達も、経験又は知識で知っていたはずだ。
それでも、己らの後身となるであろう第一期生を保護しようとパイロット達は意識を統一させた。
――だが、そこにエンドリックが一石を投じた。
『サスガ』を救える可能性――《エフェクティブ・ドライブ》の存在。
それが絶望的とも言える可能性であっても、すでに、シュウが見せたのはパイロット達からして見せれば奇跡的なことだった。
そして何よりシュウ本人が――やらせてください――とその奇跡に縋った。
それがパイロット達を揺るがせた。
――あの時。
戦場には17名のパイロットがまだ存在した。
その内、《エフェクティブ・ドライブ》との連携を最後まで拒んだのは、わずか一人。
リサ・カークライトだけだ。
しかし他の人間も満場一致で承諾したわけではない。
それぞれが連携を承諾するまでには、時間差があった。
即座に連携を承諾し、機体に光を灯したのは、わずか数機。
しかしそれらが図形を描き、EOMを消滅させ、いつまでもいつまでも図形を描き続ける光景を見続けて。
――もしかしたら奇跡が成るのでは。
そんな可能性を見出して、連携を承諾する決意をした者たちがいた。
――放っておいても、彼はもう二度とまともな人生は歩めない。
そんな諦観を浮かべ、連携するのが最善だと承諾した者がいる。
――あるいは。
一刻も早くEOMを駆逐することが、少年の死を早めることだと知りつつも、少年への唯一の救いだと判断した者もいる。
カリンとテオは、最後の方まで連携することをためらった。
それぞれに葛藤が存在した。
少年がそれを願っていることを言い訳に。
もしかしたら少年が生還するかもしれないという、起こり得ない奇跡を、免罪符に。
――少年を殺すスイッチを押した。
それを拒んだのは、ただ一人。
何もできない事実に、自身の弱さと向き合いながら、理性を保ち続けたのはたった一人。
リサ・カークライトだけだった。
――今なら、カリンにもわかる。
なぜリサが『アトモスフィア』のパイロットに選ばれたのか。
たしかに今の『アトモスフィア』を任せるとするのなら、彼女以外にはありえない。
17名の内16名が屈した誘惑を、ただ1人拒んだのだから。
エンドリック・ニッケ。
彼は長い長い、虜囚の身である。
秘密裏に《エフェクティブ・ドライブ》なる研究を推し進め、それにより『サスガ・エフェクト』は成し遂げられた。
その功労者の一人であると、彼を称える者は多い。
――しかし、一方で。
不道義技術に抵触しかねないその研究は、司法上問題があったのではないかと追及されることは免れなかった。
実際、エンドリックの行動により、世論は揺れた。
不道義技術に関する議論は高まり、新たな技術の解禁を求める声は声高に叫ばれ、大きなうねりを生んでいる。
――人は、利益のために道徳を侵すのか。
それとも、自らを死滅させる可能性を増やす行為だと理解しながら、理性を保つのか。
政府上層部は、彼の処遇に対して慎重にならざるを得なかった。
彼はアマルガムパイロットとしての籍を置いていたため、その処遇はASUSにゆだねられることになった。
裁判は完全非公開。
その内容は、おおよそまともなメディアが扱えるものではない。
エンドリックも、ほとんど外部との接触をとることはできなかった。
警備兵に連れられながら、裁判所の控室に通される。
基本的に1人なのだが、今日は珍しいことに先客がいた。監視員もまた別に存在したが。
その先客が話しかけてきた。
「エンドリック大佐。……まだ大佐で構わないんですよね?」
「呼び捨てにしてかまいませんよ、クラフツマン殿」
アーノルド・クラフツマン。
『サスガ』に亡命した研究者で、《エフェクティブ・ドライブ》開発の事実上の責任者と言える。
事件以前は突き出た腹を揺らしていたが、この一年で体重は激減し、まるで別人のような有様だった。髪もちぢれ、どこか憔悴した様子が伺える。
「いやぁ………長いですねぇ……裁判というものは。これほど長いものとは思いませんでしたよ」
「内容が内容ですからな」
元々、クラフツマンは研究のこと以外に関しては多弁というわけでもなかったが、長い拘留生活に神経を摩耗させたのか、饒舌になっていた。
「ふふふ、でもきっと大丈夫です。たしかにはた目から見れば《エフェクティブ・ドライブ》は《シンクロトン・ドライブ》と一緒でしょう。でも、厳密には違う系譜。この裁判も無駄。終われば、偉業を成し遂げた研究者として私は多くの取材を受けるはずです」
(この男も若干、哀れではあるが)
自分に言い聞かせるようにつぶやく男に、憐みの視線を投げかけながらエンドリックが胸中で呟いた時。
ふと、何か気付いたかのように、クラフツマンが動きを止めた。
「そういえば、ふと気になったことがあったのですが」
「なんです?」
「事件の事後処理の中……大佐は時間が無いにも関わらず、『アトモスフィア』のパイロットとしてリサ・カークライトがなるよう、裏で手を回していましたよね?」
「ええ」
「なぜ彼女を?」
「…………」
エンドリックは黙考した。
当時の自分の心理を振り返り、言葉にするまでに、わずかな時間を要した。
「この通り、私は処断される立場にある」
「処断なんて……いやですね。私たちはどうせ無罪放免で――」
「どうでしょう――。《エフェクティブ・ドライブ》の開発自体は、私も間違っていたとは思いません。ですが、あれを世間に披露する機会としてあの場は適切だったか。その判断は、今の私にもついていません」
「……ですが、そのおかげで『サスガ』は救われたのですよ?」
聞き耳を立てている警備兵をちらちらと見ながら、クラフツマンは言った。
「ええ。ですが、それが大きな争いを生むかもしれない。どちらにしろ私には審判がくだる。それまであの機体を……そして例の少年を任せられるとすれば、誰か」
「………」
「それは極めて理性的な人間でなければならない。あの少年が内包するエネルギーは、とてつもなくまわりを揺さぶるものだ。それに耐えて、己を保つ人間でなければならない。……一方で、人への優しさを知る人間でなければならない。……少年の精神はとても脆い。無機質な大人に囲まれれば、彼はおそらく自壊するでしょう。それが自滅にしろ、討ち死にしろ」
「彼女は――」
クラフツマンは、宙にむけてつぶやいた。
「正直、3人の中では一番の外れだと思っていましたよ。パイロットなんて単純でいいのに、変に頭でっかちで、気位ばかり高い。万能な器用さは、テストパイロットとしては可もなく不可もなくといったレベルでした」
「左様――」
エンドリックは、小さくうなずいた。
「ですが、彼女は、データで数値化できない素養を買って、私が選抜しました」
「ミスキャスティングです。……あの少年を任せるのは、もっと現状に対して革命心のある、意欲的な人間を配置すべきでした」
「……かもしれませんな」
クラフツマンの言葉を否定はしない。
人類のためを思うなら、それもまた一つの大きな決断だっただろう。
エンドリック自身、シュウのことをリサに託したのは、一種の弱さであることを自覚していた。
(――人を裁くべきかは誰か?)
自分のしわがれた手のひらを覗き込み、そんな疑問をエンドリックは思い浮かべた。
そして自身の迷いを断ち切るために、胸中で繰り返した。
(……そんなもの決まっている。それは未来だ)




