Effect4 ただ一つの切り札 -play a trump-
一方、カズハはというと、残るテオのものと思われる赤い機体と戦っていた。
シュウとグレンを援護したかったのだが、それぞれ銀と青の機体と密着しており、下手に手を出すと一緒に射ち抜いてしまうのである。それは赤い機体にとっても同じなので、お互いに牽制し合う形となっていた。
赤い機体もカズハも、ともにロング・レンジを得意とした機体だ。
が、赤い機体が装備している大口径バスターランチャーは、アマルガム相手には威力が過剰すぎる。逆に犠牲になった連射力や命中率を考えると、対アマルガム戦闘にははっきりいってむいていない。
しかし――
「……うまい」
感嘆の声が知らず知らずに漏れて、カズハは下唇を噛む。
赤い機体が持っている大口径ランチャーは、生成する銃弾を変更することによって、威力を下げるかわりに連射力を上げられる代物だ。それによって弾速も変化する。赤い機体は、弾速をうまく調整することによって、本来点でしかない弾丸を、れっきとした弾幕へと変えているのだ。
かわすことはそう難しくない。問題は、近づけないことだ。
牽制のライフル弾を放ちながら機会をうかがっていると、むこうの機体から通信が入った。声はテオのものだった。
『あんたカズハだろ? やれやれ、あくびの出る展開になっちまったね』
「テオさん……ですか。もう少し近づかせてくれたら、楽しませることができますよ」
『それは困るな。見てのとおり、あたしの『ヴォルケーノ』は、ダンスを踊れるようには作られていないんだ。悪いけど、このままこの距離を維持させてもらうよ』
「いいんですか、そんな悠長に構えていて。……グレンくんをなめない方がいいですよ。下手をしたらそこらのプロだって食い物にしてしまうんですから」
『ああ、そうらしいね。苦戦しているリサの声が通信から漏れてきて……ククク、失笑ものだよ。でもそっちもやばいんじゃないか?』
テオが言っているのは、青い機体と戦っているシュウのことだろう。
グレンがリサと戦っていると今言ったから、あの青い機体はカリンということになるのか。
しかしあの動きは――
「……たしかに、あの動きは……《フラクタル・ドライブ》との同調率なら、グレンくんの上……?」
『銃の扱いが下手って欠点はあるけど、こと白兵戦においてカリンにかなう奴はいないね。たぶんあの不良くんでもね』
「そんな………」
※※※
そのころシュウは、かなりの苦戦を強いられていた。
『ほらほら、どうした? 徐々についていけなくなっているぞ!』
「クッ……!」
開きっぱなしの通信回線を通して、カリンの声が漏れてくる。引き剥がすことなんてできようがない。防戦だけで精一杯だ。それもカリンが手加減しているからで、本気で来られたら今頃断ち切られていてもおかしくない。
『リサが苦戦しているようだから、あっちの勝負がつくまでは待って上げる! 現場の戦い方を胸に刻みな!』
苛烈なまでの剣戟は防ぐだけで精一杯だ。これで手加減しているというのだから――ムカついてくる。
(……落ち着け! 熱くなれば思う壺だ。油断しているのなら、そこを逆手に――)
『私が油断していると思っているのかい? それならお笑い種だね! あんたに残されたのは2つに1つ! このままあたしにやられるか、それともそのヘナチョコの精神を鍛えて跳ね除けるかさ! 今のままじゃ、100%! あんたに勝ち目はない!』
たしかに――カリンは余力を残しながら、そこに油断はなかった。圧倒的なまでの機体の反応速度の差により、シュウはあらゆる駆け引きも、テクニックも介在することのない状況まで追い込まれていた。ただ、手加減されたギリギリで防ぐことのできる斬激を、ひたすら弾き返し続けるのみ。
(ここまで押し切られる理由。それは―――)
反応速度。
《フラクタル・ドライブ》がパイロットにもたらす最大の恩恵とされるのが、周囲の状況がつぶさに観測できる加速世界だ。
《フラクタル・ドライブ》との接続状態では、まわりの世界がゆっくり見える。電脳世界でコンピュータと接続し、脳の無意識部分すら意識的に利用できる《フラクタル・ドライブ》は圧倒的な処理速度の向上が見込める。これによってどういうことが起こるかというと、まるで自分のまわりだけ時間の流れがゆるやかになったかのように、ゆっくり見えるのだ。
実際は別に自分が早く動けるわけではない。例えばこの状態で手を動かそうとしても、意識に反して、手は周囲と同じくゆっくりとしか動かない。《フラクタル・ドライブ》で行えるのは思考の加速であり、周囲の物の動きがゆっくり見えるのはその結果にすぎないからだ。
この《フラクタル・ドライブ》技術によって、人はそれまでの人の枷から解き放たれた。人は銃弾の動きを読むことはできない。音速すら超える銃弾に、反射神経が追い付かず視認できないからだ。ところが、《フラクタル・ドライブ》との接続時では、音速の銃弾が刻一刻と迫る様子を、スローモーションのように確認できる。
《フラクタル・ドライブ》適用時は――適性があることが前提だが――プロスポーツ選手を超える動体視力と反射神経が持てるのだ。
この《フラクタル・ドライブ》との適合値が低いシュウは、言い換えれば他のパイロットに比べて一人だけ時間の流れが遅い世界にいる。逆にカリンは、他のパイロットと比べてもかなり早い時間の流れに身を置いているだろう。
カリンの目からすれば、シュウの放つ一撃一撃は、すべて止まって見えるのかもしれない。
(方法は、ある――)
カリンの攻撃を捌きながら、シュウは独白する。
(《フラクタル・ドライブ》での加速世界は、結局のところ、周囲のものがゆっくりに見える、というだけだ! 別に機体の動きまで加速したわけではない!)
走馬燈という言葉がある。人間は車や馬に轢かれそうになった時、その一瞬の間に、一生分の記憶が脳裏をよぎるという奴だ。
しかし、一瞬でそれほどの記憶を振り返る余裕がありながら、肝心の迫ってくる車から体を避けることはできない。体がその加速世界に追い付いていけないからだ。
(見えても避けれない攻撃を捻り出してやればいい――!)
そこでふと気づいた。カリンが不意に攻撃をやめたのだ。彼女の攻撃をさばくのに手一杯だったシュウは、その理由に気づくのがわずか遅れた。
カリンが回頭すると、突如急発進した。その先には――
「カズハ!」
※※※
カズハは、カリンと戦っているシュウが、圧倒的に押されていることに気づいていた。このまま待っていても、いずれシュウがやられてこちらの敗北が決まってしまう。
そこで、いちかばちかの賭けに出たのだ。
これまでカズハは、スピードで勝っているはずのテオに対して中々近づけないでいた。一番の理由はテオがたくみに弾幕を張り彼女を追い詰めるように撃っていただめだが、そのもう一つの理由はカリンの存在である。シュウに対して余力を持って対処していた彼女は、その裏でアンテナをはりめぐらし、カズハを牽制していたのだ。
だがこのままではじり貧だ。だからカズハは一気に加速した。先にテオさえ倒すことができれば、シュウが苦戦しているカリンを挟み撃ちすることができる。
しかしそれは分の悪い賭けどころか、元々賭けにすらなっていなかったのだ。
カズハの予想よりも数段はやく、カリンが後ろに迫ってきた。
「……そんな!?」
驚愕の声が漏れる。カズハは知る由もなかったが、カリンの機体は彼女の反応速度に合わせて速度が徹底改造されていた。『シューティング・スター』でもエースパイロットと呼ばれるカリンの機体は、常人には扱えないほどの速度域まで踏み込めるのだ。
カリン機は瞬く間に距離をつめてくる。
このままではテオに追い付くよりも先にバックアタックを仕掛けられるだろう。
「……クッ!」
カズハは仕方なく振り向いて迎撃に入った。銃口をむけ、引き金を絞る。
チュインッ
「なッ!?」
放った銃弾が、カリンの振りぬかれた刀身によって撃墜された。いかに加速世界といっても限度がある。猛スピードで迫る弾を切り落とすなど離れ技のレベルだ。
『悪いケド、あんたから終りに――!』
カリンがそういい掛けたときだった。カリン機がとっさに反転。――自分自身の後ろへと、剣を振り下ろした。
カリンに迫っていたのは、シュウが投擲した剣だった。しかしそうなるとシュウは丸腰である。
元々剣が在ろうと無かろうとシュウを仕留めることは容易かっただろうが、ここまでされては、さすがに看過できないということだろう。
カリンは、シュウを先に仕留めることにしたらしく、シュウに迫っていった。
――この時、シュウとカズハ、それからグレンの3人は、チーム回線をひらきっぱなしだった。だからこの時カズハの耳が拾い上げたのは、シュウが集中のあまり漏らした独り言だ。
『兵装――換装………』
その声を聴いて、カズハはハッとなった。シュウが何をしようとしているのかがわかったからだ。
カズハは、シュウのもとに走らせようとした自分の機体を押しとどめ、事態を見守る。
シュウへと迫ったカリン機は、剣を上段へと振り上げた。
カリンが行おうとしたことは、剣道で例えるならば払い抜きだろう。速度を乗せた斬撃でシュウ機を切り捨て、そのまま駆け抜けるつもりだった。
それは同時に言えば、彼女自身止まれないスピードで踏み込んでいたということだ。丸腰のシュウに油断していたのだ。
攻撃の時が最大の隙。迫ってくるカリンにむかって、シュウ機は腰を下げて不自然な前傾体制をとった。
カリンが悲鳴を上げる。
『――? ちょ、ちょっと待った!』
声からして彼女は、シュウが何を狙っているのか、仕草だけ見抜いたようだ。だが加速していた機体を、彼女は持ち直せなかった。
実際、彼女の悲鳴とシュウの攻撃はほぼ同時だった。
『生成――白銀の太刀!』
シュウの宣告と共に、彼の手に鈍色に光る大振りの太刀が出現した。
忽然と現れた剣を、居合抜きとばかりにシュウは加速とともに振りぬく。
生み出されたばかりの無骨な刃は、カリンの青い機体の胴体を圧潰させ、そのコクピットブロックごと撃ち砕いた。
――もちろんこれはバーチャルなので生身の肉体は無事だろうが、その武器が迫ってくる姿まで《フラクタル・ドライブ》で引き延ばされたとすれば、少し気の毒な気もしてしまうカズハであった。
――それはそれとして。
カズハはカリン機の爆発四散を背にしながら、後ろを振り返る。
大口径ランチャーを背負った赤い機体が、味方の爆発を前にして足踏みした様子で静止していた。
「さてテオさん。私とダンスを踊りましょうか」
『あははっ……! お手柔らかに………!』
引きつった笑いを漏らすテオに、カズハは銃弾の洗礼を浴びせた。
※※※
説明が前後してしまったが、アマルガムが対EOM兵器と言われる所以は、エリュダイトと呼ばれる微粒子を武器に使っているためだ。
エリュダイト粒子は近年まで存在も確認されなかった非常に極少な微粒子で、肉眼では見えないが空間中を縦横無尽に飛び交っている。そのサイズは、0.000000000000001ミリ以下と、とても人の目で見える存在ではない。それどころか、分子結合の隙間を透過し、自然界のあらゆるものを突き抜ける。
様々な実験の結果、このエリュダイト粒子を肉眼で見えるほどの塊までかき集めると、EOMへの特効性があることがわかった。
問題だったのは、極少の微粒子であるエリュダイト粒子をどのようにして集めるか、という問題だった。だが、この問題はアドルフ・ガレノス博士の研究によって解決し、アマルガムという兵器が誕生した。
エリュダイト粒子は、空間中を亜光速というとんでもない速さで漂っている。
1つ1つは微細な粒子だが、単位時間当たりに同一空間を飛び交う粒子の総量は、それなりの数であることがわかった。
ならば、その飛び交う粒子を全てつかまえて、1つに固めてしまえばどうだろうか?
反応粒子集積型汎用機動兵器《Active MAneuver React Grain Amass Machine》。
アマルガムの正式名称である。
アマルガムが使う銃弾はすべて、この空間中を飛び交うエリュダイト粒子を凝縮して固めた弾丸である。
そしてしようと思えば、その場で瞬間的に、剣や槍などを生み出すことが可能だ。
――ただし、それは基本的に禁止されている行為である。
※※※
カズハに狙われたテオは粘ったものの、機体の相性がさすがに悪すぎ、まもなく銃弾を受けて撃沈した。
それとほぼ同時に、グレンも腕の一本を犠牲にする形で、リサの銀色の機体にセイバーを突き立てた。こちらは中々と白熱した勝負だったらしい。勝った方のグレンも無数の傷を負っている。
シュウは、それらの光景を疲労困憊した様子で眺めていた。
狙撃体勢を解除し銃を下したカズハが、こちらを見て気遣わしげな声を投げかける。
『シュウ君、大丈夫?』
「あ、ああ……。すまない。援護せずに休ませてもらって……」
『シュウ君の方が満身創痍だしいいよ。私は相性的に負けなかったし……ていうか、謝るなら私やグレン君にじゃなくてテオさんたちの方にじゃない?』
「う………」
シュウが剣を虚空から生み出した方法は、『サブパッケージ』と呼ばれている。
基本的に禁じ手とされる方法だ。
アマルガムは、事前に登録した武器のみを基本的に使う。
一応、拾った武器など、登録外の武器を使うことは可能なのだが、これは非常手段でありあまり好まれない。《フラクタル・ドライブ》による精神の負荷が増大するためだ。
全長10メートルを超える鋼鉄のロボットであるアマルガムは、単純に銃の引き金を引くという動作だけでも恐ろしく高度なプログラムが動いている。その処理の一部をパイロットの脳に肩代わりさせている《フラクタル・ドライブ》は、大なり小なりパイロットに悪影響を及ぼす。
その処理を少しでも軽減するために、パイロットはあらかじめ使う装備を兵装登録しておく。ただ、ここで用意された装備には『通常パッケージ』と、『サブパッケージ』の2種類がある。
『メインパッケージ』と『サブパッケージ』の違いは基本的に1つと言っていい。銃弾や刀身などの一部分だけをエリュダイト粒子で生成するか、それとも1から10までエリュダイト粒子で組み上げるかだ。
例えば銃型の『メインパッケージ』であれば、多くの場合は銃弾だけを生成し、射ち出した直後に即解除する。射ち出された銃弾は少しずつ元の粒子に乖ど解ていくものの、そのままの勢いで直進していく。アマルガムが放つ銃弾がレーザーのように見えるのは、打ち出したと同時に乖離していく粒子が、透き通るように光を乱反射しながら突き抜けていくためだ。『メインパッケージ』である以上、剣も同じ理屈で、光の刃のみを形成する。
一方、『サブパッケージ』であれば、剣や槍などの実体をそのまま実装する。
当然のことながら、『サブパッケージ』の処理量は1から10まで生成する分、『メインパッケージ』と比べて桁違いに多い。
エリュダイト粒子は物質化が極めて容易な特性を持つが、ここで勘違いしてはいけない。『固定』までは比較的容易に行える。ところが、それを維持し続けようとすると、途端に負荷が乗数的に膨れ上がっていくのだ。
シュウが秋雄に言ったが、《フラクタル・ドライブ》は通常使用する限り毒性は大したことはない。
しかし『サブパッケージ』はその例外で、便利さを打ち消すほどの後遺症をパイロットに与える。
緊急時用の裏技、いやむしろお守りみたいなものだという認識がいいだろう。
ちなみに最も人気の『サブパッケージ』はシールドタイプのものだ。
《フラクタル・ドライブ》の間延びした時間内ならば、一瞬だけシールドを出して受け止めるといった離れ業ができる。盾を常に持っておくと動きが制限されるのでできるだけ装備したくないが、状況次第では在るのと無いのとでは生存率が全然違う。戦場では汚染覚悟でも出し惜しみしない方が後々生き残れるという声が多い。
皮肉な話だが、《フラクタル・ドライブ》の汚染の心配をするにも、まず目の前の戦いから生きて帰る必要があるのだ。
――ただそれは実戦の話。
訓練での使用は基本的にNGだ。『サブパッケージ』の使用も含めた訓練……という言葉で流せるほど、『サブパッケージ』の毒性は優しいものでもないらしい。少なくとも、まだプロにもなっていない候補生に過ぎない彼らが、危険を冒してまで身に着ける技術でもない。
カリン達がさきほどの戦いで、一度も『サブパッケージ』を行わなかったのもそれが理由だろう。もっともシュウの疲れ具合から見てもわかる通り、汚染云々を除いても、その後の戦闘に影響が出ることを懸念したのかもしれない。
(不意打ちみたいで少し卑怯だったかな……。でも『サブパッケージ』の使用が禁止という取り決めはして無かったし)
シュウはそんなことを思いながら、仮想訓練用の筐体から這い出る。ただ彼の心のつぶやきをカズハ辺りが耳にすれば、『そんなこと話し合うまでもなく禁止でしょ!』と柳眉を逆立てたかもしれない。
シュウが筐体から出ると、そこにはすでに自分以外の全員の姿があった。
カリンが顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
(やっぱり怒っているな……謝っておくか)
シュウがそう思いながらカリンに近づく。
と、――そのカリンよりも前に、シュウの眼前に立ちふさがる人物がいた。
――それは厳しい表情を浮かべた、リサだった。
パチン
平手を打つ乾いた音とともに、シュウの頬に熱が生まれる。
リサが叱るような熱量で叫んだ。
「何を訓練程度で熱くなってるの!? 『サブパッケージ』を使うなんて馬鹿じゃない!? 《フラクタル・イド》でも起こす気!?」
「リサ――いや、俺は」
「待ってください! 違うんです!」
シュウがリサとむかいあっていると、カズハが割り込んだ。
「シュウ君は『サブパッケージ』を使っても、問題ないんです! 教官からも3秒以下の使用なら認められています!」
「『サブパッケージ』を使っても問題ない……?」
リサが胡乱げな声を漏らす。シュウは視線をそらしながら言った。
「その……俺は………特別エリュダイト粒子の操作をしても汚染を受けにくいんだ」
シュウ自身もなぜかはわからない。
彼の《フラクタル・ドライブ》との適合値はひどく低い。クラスの中でもワーストワンと言ってもいい数値だ。そのため、彼は《フラクタル・ドライブ》に接続しても加速世界の恩恵はほとんど受けられない。
それでもなんとかやっていけているのは、彼が元々運動神経がよかったことと、操作技術が優れていること、加速世界の影響が少ない遠距離戦を選んでいるのが理由だ。それによってシュウはパイロットとしてぎりぎりの成績を維持している。
ただしそんな彼でも一つだけ誇れるものがある。それが、エリュダイト粒子の扱いだ。
何もない空間に時に剣を、時に槍を、時に盾を投影する。水平方向だけではなく、頭上や足元に呼び出し、敵を串刺しにする。
しようと思えば、シュウはそんなことすらやってのける。――さすがに、手元以外の投影と三次元移動は汚染がひどくてタクマから禁止されているのだが。
「俺たちが使った仮想訓練装置は、常にパイロットのSAI波形を監視している。《フラクタル・ドライブ》の精神汚染が発生しかねない状況になったら、自動的に安全装置が作動して試合は終了していたはずだ」
シュウの言葉に、テオとリサは顔を見合わせる。同型のシミュレーションを扱ってきた2人なら薄々気づいていたはずだ。試合が中断されなかった時点で、シュウの『サブパッケージ』の使用はシステムによって問題ないと判断されたのだ。
「その……不意打ちみたいなことをして悪かったよ。事前に説明しておけばよかった。……ごめん」
シュウは反省の色を滲ませながら、頭を垂れた。
と、カリンが身を躍らせた。
「許さない!」
シュウはそこまでカリンを怒らせたかと怯んだ。
ところが、
「だって私も、『サブパッケージ』を汚染無しに使えるもの!」
「へ………?」
「しかも5秒!」
「そ、それはすごい………、いや、うん、なるほど、そうか」
カリンが怒っていると思って咄嗟に声が出なかったが、彼女が言いたいことがわかって驚きを飲み込んだ。
「カリンが言うのももっともだと思う。『サブパッケージ』の使用がお互いに想定できる状況なら、俺は最後の不意打ちをしてでも勝てなかった」
シュウが両手剣型サブパッケージ《ヴォーパル》を生成して居合抜きを放とうとした時――カリンはシュウの構えを見ただけで、シュウがしようとしたことを見切っていたようだった。回避できなかったのは、『サブパッケージ』の使用を想定せず、丸腰のシュウに速度を乗せて切りかかっていたせい。
『サブパッケージ』の使用がルール上認められていたら、カリンはそれを警戒して、そんな浅はかな攻撃はしなかっただろう。……たぶん。
カリンが汚染無しに『サブパッケージ』を使えるかという点が疑問として残るが、本人が言い張っている以上使えるのだろう。エリュダイト粒子の操作は《フラクタル・ドライブ》との適合値と比例する場合が多い。あのグレンすら凌駕するカリンなら、汚染無しで扱えたとしても不思議ではない。
「カリン、あの勝負は俺の反則負けだ」
シュウが告げると、カリンは我が意を得たとばかりに目を輝かせた。
その一方で、後ろのテオとリサが毒気を抜かれた顔をしていたのだが、シュウはそっちに気を配る余裕はなかった。カリンが機嫌をなおしてくれたのでほっと胸をなでおろすばかりだ。
次にシュウは、ロビーの隅で飲料水を口に含んでいたグレンを見た。
「ってことでいいか? グレン」
「あ? なんでそこで俺に話をふるんだよ」
グレンは話を聞いていたのかも怪しい反応をすると、一つ舌打ちして、面倒くさそうに言った。
「勝敗なんかどうでもいい。そんなことより、デパーチ・チルドレンが思いのほか不甲斐なくてがっかりだ」
「なっ――」
リサが顔を紅潮させる。一対一という言い訳できない状況で負けたたために何も言い返せない。
悔しがる彼女を、テオが「まぁまぁ」となだめていた。
「しょうがないさ………。あんたもわかっているだろ? あいつの実力は本物だよ。銃がうまい分、カリンよりも強いかもしれない」
シュウは実感する余裕がなかったが、カリンには一つ大きな欠点がある。飛び道具の類の扱いが苦手なのだ。銃や『サブパッケージ』の使用も含めた戦闘となると、グレンとカリン、どっちが上かは判断できない。
この日の勝負は結局のところ――
デパーチ・チルドレンとしてのプライドをバキバキに折られた、リサの1人負けだったのかもしれない。