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Effect34 いつかの遠き虚像 -phantasm vision-

 現在のEOMに対する前線は、地中海沿岸部分と旧エジプト領の辺りに設定されている。

 EOMの生態で大きな手掛かりとなっているのが、自分の体積未満の空間には転移してこないことと、水中には転移してこないことだ。

 このために発電所や軍事基地など、非常に重要な施設はできうる限り密閉し、中には内部を液体で満たして管理している区画もある。

 このため、水中はEOMが少ない場所でもあり、これ以上領土を奪回する余裕のない人類が、沿岸部分に戦線を設定するのは自然的な状況だった。

 ちなみにだが、EOMの襲来前から、水中で人が暮らすことは技術的に可能であり、実際にそれをテーマにした実験都市やテーマパークも世界にはいくつか存在した。

 しかし直接転移してこないだけで、EOMは別に水中へもぐることは可能である。気まぐれで水中にもぐったEOMがエネルギーケーブルを辿って発見するか、もしくは水没させていない区画に直接転移して来たEOMにより内部から破壊されるか。

 破壊されなくとも、周囲からの補給が受けられない状況で、10年以上耐えられるかは怪しいところだった。

 高い水圧がかかる水中は、宇宙以上に人が住むにはつらい環境なのだ。

 そのため、現在は、それらの生存は絶望視されている。






「よぉ、ちびっこども。今日は保護者はいないのか?」


 陽気な声で、ランチの乗ったプレートを持った古参の兵士が声をかける。

 ここは旧アルジェリア領の首都アルジェ近郊に建てられたアルジェ基地の食堂。ちょうどお昼時のため、詰めかけた兵士たちによって、雑多な喧騒に満ちている。

 髭を生やした古参の兵士が話しかけたのは、その一角に座る3人の少年少女だった。


 黒髪を前髪が目にかかるぐらいまで伸ばした内気そうな少女と、不機嫌そうな仏頂面を崩さない赤毛の少年。

 そして、2人とは対照的に、溌剌とした印象を受ける金髪のツインテールの少女だった。

 その金髪の少女、ソーニャがたしなめるように言う。


「カザックさん、ちびっこ(それ)はリコには禁句ですよぉ。気にしてるんですから」

「ははっ、まあまだ成長期が来てないだけかもしれないじゃないか。なぁ?」

「……カザックさん、人をからかうなら余所でやってくれませんか」


 憮然とした声で、赤毛の少年リコは漏らす。さすがに彼も今年で18。成長期はとうに過ぎていることを自覚している。

 リコはソーニャや黒髪の少女タチアナと並んでも違和感がないぐらい背が低い。それを本人も気にしているのだ。

 それが理由かはさだかではないが、かなり肉体は鍛えられており、骨太な印象を受ける。一言で言い表せばちびマッチョだろうか。

 リコの不機嫌そうな横顔を見て、カザックと呼ばれた髭面の兵士は、顔を歪ませる。


「まあ、別にからかうつもりはなくてちょっと気になってな。テオトールの奴はどこいった?」

「テオ隊長なら今頃送迎ですよ」


 リコが淡々と答える。カザックは首を傾げた。


「送迎? なんでパイロット(おまえたち)がそんなことを」

「それなんですよ! 聞いてください、カザックさん!」


 瞳を輝かせながら、甲高い声を上げたのはソーニャだった。


「この基地にカリン中尉が来るんですよ!」

「カリン? ……ああー、時々お前らが話題にしているあの?」

「俺たちじゃありません、ソーニャだけです」


 リコが憮然と訂正する。

 黒髪の少女が、おずおずとした上目遣いで言った。


「その……ソーニャちゃんは、訓練兵時代にカリン中尉の活躍を見たらしくて……その」

「そうなんですよ! その時にチームを組むならこの人しかないって! 実際に『サスガ・エフェクト』でも戦功建てて、『デパーチ・チルドレン』なのに中尉に昇進するし!」

「ああ……一年前のあの事件でか」


 カザックは記憶をまさぐり、答える。

 『シューティング・スター』から来たカリン、リサ、テオの3人の活躍もニュースの片隅を流れたが、それらはシュウやグレンに比べれば目立った報道はされなかった。

 今では記憶の風化により、覚えている人の方が稀だろう。


「お前らにとっちゃ出世コースに乗ったエリートだもんな。……っていうか『サスガ・エフェクト』といやぁお前らの隊長のテオだってそれが理由で中尉になったんだろうが」

「中尉はぁ……うまいんですけどぉ……なんか、違うというか」


 フォークでパスタを絡めながら、ソーニャは言葉を濁す。


「遠距離砲撃は上手くて、立ち回りはすごくて上官として安心なんですけど……私がやってみたいのは、砲撃が飛び交う前線なんです!」

「お、おい、正気か?」


 カザックは声を上ずらせた。


「そりゃお前……仕方ないけど、それ死にに行くようなもんだろ」


 カザックはパイロットではない。基地の警備を任された駐屯兵だ。

 だが、EOMに対するパイロットの致死率は聞いている。そして彼らの多くは、前線に立つフォワードであることを。


「宇宙の平和のためには仕方ないじゃないですか!」


 一方、ソーニャは目をキラキラさせながら返す。

 それを察して、カザックは目をそっと伏せた。


「ああ……そういやお前ビリアスクーナっ子だったな……」


 カザックの言葉にリコは無言でうなずき、追従するようにタチアナも半拍遅れてうなずく。

 微妙な反応を見せるリコ達だったが、むしろソーニャは小さな胸を逸らさんばかりの調子で言った。


「ビリアスクーナは宇宙の民! 宇宙を己が故郷とし、宇宙で生まれしことを誉れとする! 私たちは率先して、自らが星々の民である責任を負わんとする!」


 ――ビリアスクーナとは。

 元はロシアの片田舎が独立した、大した資源もない小国である。

 領土の割に比較的人口密度が高く、技術力もあったこのビリアスクーナは、独立後まもなく、意欲的な政策を打ち出した。

 ――宇宙進出。

 地上の領土が小さいなら、まだ見果てぬ無限の星々の海が広がっているだろう宇宙で発言権を得ようと考えたのだ。

 こうして、先進国にわずか遅れること、規模が若干小さめ――これでも身を削るような国家予算を投じた結果なのである――なスペースコロニーを建造。

 そして、政府機関の中枢をスペースコロニーに移し、スペースコロニーを首都と設定した。

 ビリアスクーナが、自らを宇宙の民と称する由縁である。

 宇宙開拓が政策の根幹を左右するため、宇宙においては過激で強気な発言を繰り返し、裏で『宇宙のゴミ屑(スペース・デブリ)が!』と侮蔑の言葉を吐かれていたが、EOMパンデミックで状況が一変。

 元々政府中枢を宇宙に移していたため、EOMパンデミックによる混乱が少ない上、宇宙での政府運営のノウハウも持っていた。このため、小国ながら逆に大国を指導するほどだったのだ。


「奴らは今の時代の方が生き生きしている」


 ビリアスクーナ人は、今の時代における変わり者の代名詞となっていた。






 ――一方そのころ。

 ソーニャ達の話どおり、テオとカリン達も邂逅を果たしていた。

 形式ばった敬礼での出迎え。

 しかしそれも一瞬のことであり、お互いに破顔すると、ハイタッチする。身長差のために、長身なテオが差し出した手に、小柄なカリンが一方的に手を伸ばす形になったが。


「アルジェ基地へようこそ。カリン班の皆さま方」


 それでひとまずの挨拶をしたと判断したのか、カリンの後ろに控えるマーク、ダリル、秋雄の3人にもラフな笑顔を浮かべる。

 マークがニヤリと笑みながら言った。


「中尉からテオ中尉のことはかねがね。部下のマークです」

「ダリル」

「秋雄です。お久しぶりです」


 秋雄の姿に気が付くと、テオは笑いながら近づき、秋雄の髪をくしゃくしゃにした。


「まーたあんたは形式張って。公式の場以外はタメでいいんだよ」

「いや……俺はこれぐらいがちょうどいいというか……」

「相変わらず謙虚だねぇ」


 言葉をかわす秋雄とテオを尻目に、マークはカリンに声をかける。


「また偉いフランクな人ですね」

「あれで私より軍属長いからな。パイロットになる前から火器管制士の訓練積んでたっていうし」

「それから、テスターで適性を見出されてパイロットに引っ張り上げられたんでしたか。ある意味では一番『デパーチ・チルドレン』っぽいですね」

「秋雄の時も言ったが。別にあたしらの班もラフでいいんだぜ?」


 カリンが軽口をたたく。マークは苦笑を上げた。


「残念ながら、俺もダリルも、軍属がテオ嬢以上に長くてね。逆にこっちのが身に染みついているんですよ」


 ひとしきり、秋雄と言葉をかわして満足したらしく、テオはカリン達の方を見た。


「それじゃ、それぞれを案内しようか。といっても面白い施設はそうないけどな」

「『クエンティン・エルバ』! 『クエンティン・エルバ』は見られるんですか!」


 秋雄が声を張り上げる。テオは目をしばたたかせてから返した。


「あれ、見えなかったかい? 基地のそばに停まったドデカイの。空からなら普通に見えると思ったけど」

「それが、俺たちの乗っていた輸送機、窓がなかったんですよ。見えたのは反対側でして」

「あー。うーん、さすがに警備の都合があって近づくのはちょっとね。でも遠くからならいくらでも見せられるよ」

「遠目で見られるだけでもいいっす! 外観だけなら撮影も別にかまわないですよね?」

「そういう趣味、お前変わらないなー」


 陽気な笑いを上げるテオを見ながら、カリンは目を細めた。


(一年経って、色々私のまわりは変わったけど……それでもやっぱり、変わらないものはあるんだな)


 かつての同僚と、教え子、それらは変わらず友人としてそこにいる。


 それを実感して、カリンはわずかばかしの郷愁を覚えた。






「――それはつまり、EOMは限りなく質量がゼロに近いってこと?」

『今回の結果ではな』


 『アトモスフィア』のコクピットの中、定期検診に訪れたリサは、シュウと会話していた。

 リサが持ち込んだ端末上にデータを送信し、リサにもなんとなく理解できるように描いた図案を見せながら、シュウは言った。


『前からそういう仮説は立てられていたんだ。EOMのまるで空中を漂うかのような機動は流体力学を加味してもおかしなものだった。それが証明されたということだな』

「でも、質量がそんなに小さいなら、風で飛ばされちゃわないかしら」

『そこがまだよくわからないところだな。色々と仮説は立てられるけど、それぞれ謎も残る』

「EOMは……反重力を使って空を浮遊しているのでは、という説があったわよね」

『ああ。ブラッドフォートのように地面にへばりつくEOMはいるし、完全に重力の影響を受けないのならどうやって地球の自転についてきているのかという疑問が残る。反重力と考えるのか……それとも、新たな物理法則が存在すると考えるべきか』

「それを解明すれば、人類がワープすることも可能になるのかしら」

『さあな……。そもそも俺たちは、まだEOMのことをほとんど知らない』


 シュウはこぼした。


『リサは知っているか? EOMには元々、別の正式名称が存在したなんてことを』

『ええ、もちろん。国連が便宜上名付けた名前があったのよね』

『そう。だけど今ではEOMという名前が普通に使われている。その理由は知っているか?』

『………EOMが最初に出現したフランスの公式発表でしょう。無敵とされウイルスのように増殖する正体不明の化け物の襲来に、フランスは幾つかの仮説を発表した。既知の概念を(くつがえ)し、体がエネルギーのような不定形の存在で構築されている可能性、そして生物かどうかも定かではない、それまでの概念から逸脱した化け物として対処せねばならないという、当時の私たちとしては荒唐無稽(こうとうむけい)な話よ』

『だが、人類はいずれ知ることになる。それが決して過大評価ではなかったことに』

『……国連が声明を発表し、名称は一度、統一された。だけど……戦線は次々と突破され、転移してきたEOMによって、世界中の都市が混沌の渦に叩き込まれたわ。そこでは彼らの正体については様々な憶測が流れた。……色んな名前……いえ、『異名』がつけられたわ。……でも、ある時、人々は一つの事実に気付いたのよ」


 シュウは、沈黙で返す。

 それはおそらく、肯定の証だ。


「EOMが生物なのかどうかなんて、わからない。もしかしたら異星人が発明したロボットなのかもしれない。……でも一つだけはっきりしていることがある。私たちにとって、彼らは天敵。……『化け物(Monster)』であると」

『そう……人々の恐れがそこに集約し、秩序だったルールを上回った。そこで彼らは思い出したんだ。奴らが最初に現れたフランスの発表を』

『……私たちも、気が付いた時には奴らをEOMと呼ぶようになっていたわ』

『彼らの肉体組成についてはまだまだ謎がある。仮説として体そのものが何らかのエネルギーではないかと言われているけど、既知のエネルギーのいずれともまた異なっている。熱や電気エネルギーなら、周辺が焼け野原になるはずだ。だがそんなことは起こらず、触れた物質のみ、分断する。生物であれば……いや物理法則的な感性から言えば、物体が動き、思考するには何らかのパルスが存在する。でも、一見して脳も臓器もないように見える奴らはどうやって思考し、人々を襲うのか。まだ何もわかっちゃいない』


 シュウと会話しながら、リサはちらりと視線を端のモニターに移した。

 そこにはシュウの精神状態のグラフが揺らめいており、それは激しく脈打っていた。


(また、妹さんの死に際でも思い出しているのかしら……)


 EOMに食事という概念が存在するのかは定かではないが、それに類似した習性として、比較的エネルギーとして還元しやすい物を狙う傾向にある。

 熱や電気エネルギーは大好物で、地上の活火山ではマグマに浸かるEOMの姿が散見され、人里に現れたEOMは発電所などを真っ先に狙う。

 だが、必ずしも優先順位が上というわけでもなく、気まぐれのように有機体――生き物を襲うことがある。

 シュウの妹のカイリは、そういったEOMのイレギュラー的行動で、シュウの目の前で捕食されたのだとリサは伝え聞いていた。


――下半身だけ。


 シュウは、残されたカイリの上半身だけを抱えて、難民船に救助されたそうだ。


「……考えても仕方ないわ」


 つとめて平静さを心がけながらリサは言った。


「とりあえず今回の研究で私たち人類は一歩前進した。そういうことでしょう?」

『ああ……俺たちは、質量の定義を変えるか、新たな物理学用語を増やすことになりそうだけどな』

「それもまた、人類がこの世界の真理に近づいたということでしょう」


 リサの物言いに、シュウの声色が、笑みを刻む。


『真理……か。俺がファンタジー小説を読んでいた時、ふと思うことがあったんだ』

「なに?」

『ファンタジーをオカルトと呼ぶのは間違ってるんじゃないかって』

「……どういう意味かしら。あなたは、魔法とか超能力とか、そういう異能……この世界に存在していると思うの?」

『そういうことを言いたいんじゃない。……どう説明すればいいんだろうな。たぶん出発点が違うんだと思う。……魔法が存在するファンタジーな世界。でもそこで物語の世界だから、と思考を止めるんじゃない。俺はその不思議な世界には、『魔法』という名の『物理法則』が存在する世界だと認識するんだ』

「……面白い考え方ね」

『理系をこじらせすぎるとこうなるのかな。……人類は昔、世界の物質には元素(エレメント)があると考えた。土は土の元素があるから地面にひかれる。マグマは火の元素があるから熱い。……でも物理学が進歩した今では別の解釈がされている。でもその解釈は……昔の人にとってはある意味、魔法のような考えじゃなかったのか?』

「……ガリレオが地動説を唱えた時みたいな反応を示すでしょうね。……『それでも地球はまわっている』なんて言われても、受け入れがたいわ」

『この世界には様々な法則がある。でも俺たち人類が解き明かしているのは、そのどれほどなのだろう。そもそも、解き明かせるのはどこまでなのだろうか? あらゆる方法でも感知できない、ダークマターのような物質が存在した場合……人類はどのように知ればいい?』

「………」


 リサが沈黙していると、シュウは声に苦笑を滲ませて、告げた。


『魔法とか、超能力とか……実は俺は存在するのかもしれないと思っている。……ただ俺たちはそれを証明できないだけで。この世界には、それを可能とするロジックが存在するんじゃないかと』


 それを聞いて、リサはポツりと漏らした。


「それを知れば……いつか人は、空間を超え……あるいは時を超え。全てをやりなおすことができるのかしら」

『さあ。……でもゲームみたいにセーブ&ロードできたとしても、今目の前の命を見捨てていい理由にはならない。だから俺たちは、常に前に進むしかないんだ』

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