表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/56

Effect33 繰り返し繰り返し -again and again-

 仮想訓練筐体はアマルガム同様、高価な設備であり、数を揃えるのにはコストがかかる。

 基地では士官学校に比べても多くのパイロットが詰め、日々の訓練に使用されるために、その使用は取り合いだ。

 しかしカリン班は新兵の秋雄が編入してきたばかりだからか、比較的その使用を融通されている身分にあった。

 ――なのだが、班長であるカリンが上からの呼び出しで参加できないことになった。

 仮想訓練筐体を使いたい者は他にもいる。

 順番を譲ってもよかったのだが、カリンはこの際だからと『隊長機が指揮不能になった』という想定で3人での訓練を行うように指示して席を離れた。


「ということで、副リーダーは俺になる」


 カリンからの指名を受けたマークが言う。妥当な人選だろう。

 秋雄は現場経験がほとんど無いし、ダリルは寡黙で、指揮役を任せられるか未知数なところがある。

 何よりダリルは言うべきことははっきりと発言するタイプだ。マークとしても自分のフォローをしっかりしてくれる頼れる同僚なので、指揮下にいてくれて心強い。

  

(責任は俺がひっかぶればいい。とりあえず秋雄が入ってきたばかりだからな。ちょっとイレギュラーな状況を設定してどう動くか確認してみるか)


 マークは軽い気持ちでメインコンソールの前に立ち操作した。

 秋雄たちを振り返らず、キーボードを操作しながら2人に言う。

 

「状況設定はいきなり混戦状態で設定する。中尉の機体が落とされたという想定だからだ」

「ってことは、いきなりEOMの群れの中に放り込まれるんですか?」

「ああ。ランダム指数で設定したから無茶な状況に放り込まれるかもしれないな。見捨てられても恨みっこなしだぜ」

(軽く言うなぁ、この人)


 秋雄は呆気にとられた。榎原士官学校時代、教官であるタクマとミアンの2人は、パイロットの生存を最重要視し、チームプレイの重要さを説いていた。誰かを見捨てなければならない判断を迫られるような危機的状況に陥る前に、そういった状況を避ける指導が主だった。

 

(でも、それが実戦というものだし)


 手の震えのようなものを覚えて、秋雄は自分の手の平を見た。

 そこにはびっしりと汗が浮いている。

 先日の、カルロスと行った最後の作戦を思い出しているのだった。

 

(俺も兵士なら……あの時の隊長のように、誰かのために命を張らないといけないんだよな……)


 怖い。

 素直に言えば、怖いが――。

 

「秋雄、行けるか?」


 立ち止まっている秋雄に気付いたマークが、ニヒルな笑みを張り付けながら問いかけてくる。

 秋雄は毅然と視線をマークにむけ、うなずいた。

  

「はい。行けます!」


 ――どうしようもなく怖いが。

 自分自身に負け、のちの人生に悔いを残るような生き方はしたくないと思い、秋雄は勇気を振り絞って踏み込んだ。






 ――そして。 

 

「くそがっ!?」


 秋雄はいきなり毒を吐いた。

 

「独りぼっちじゃないか!」

『無理をするな! とにかくさばけ! 死ぬ気で俺かダリルがそっち行くまで耐えろ!』


 間髪入れずにマークが通信を投げてくる。

 なぜか秋雄だけ、EOMの群れに囲まれる状態で孤立していたのだ。

  

(ええっと、こういう時のセオリーはなんだ……?)


 戦術的な立ち回りを考える頭は、秋雄にはない。

 それらを教えたのは、居残り練習で長く彼の訓練に付き合っていたシュウだった。

 シュウの口から教えられた多彩なパターンについて、一つずつ記憶し、秋雄はそれを愚直に守っているにすぎない。

 

(戦術的に孤立している……。こうい状況ではとにかく生存第一。時間を稼げば友軍が助けてくれるかもしれないし、最悪、味方の撤退の時間を稼げる)


 脳裏に思い描き、機体を動かした。

 秋雄の《フラクタル・ドライブ》の適合値は並み以下。天才的な狙撃の腕を持ちながらデパーチ・チルドレンに選ばれなかったのは、主に学力と、その適合値の面で合格ラインに達しなかったからだ。

 いかに天才的な狙撃の腕を持とうと、並みの加速世界ではこれほどのEOMの群れに、連射の利かない狙撃銃だけでは立ち回れない。


(狙撃の大切さは、ワンショット・ワンキル――!)


 シュウから教えられた言葉だ。

 『宝くじ』と揶揄されていたころは、それがまずできていないことが大問題となっていたが、今の秋雄ならそれをこなせる。

 ただ、この言葉には続きがある。

 

(俺の使う狙撃銃は連射が利かない。だから一発撃った後は確実に隙ができる。だからその一発を確実に当てられることはもちろん、その一発が確実に状況を左右できる時にのみ撃つこと―ー!)


 狙撃手は自分が放つ一撃の重さを知らなければならない。

 秋雄はこの時、シュウの言葉をそのまま実行した。


 先頭のEOMが、かぎ爪を振り上げて襲ってくる。

 秋雄にはそのEOMを撃ち落とすことはできた。

 だがそれでは後が続かない。後続のEOMに捕まると感じ、秋雄はあえて回避行動に専念した。

 

 グレンやカリンのような自然な機体操縦はできない。不格好な機動で、なんとか攻撃をかわす。

 続く2匹目、3匹目の攻撃をかわし、そこで息つく暇ができた。

 

(今なら――!)


 秋雄の狙撃銃が火を噴き、青色の火線がEOMを打ち貫く。

 至近距離で大口径の銃弾を受け、銃撃を受けたEOMの体が崩壊した。さらに貫通した銃撃が、後続のEOMに突き刺さり、鈍くよろめかせた。

 しかし他のEOMがまた殺到してくる。

 それらをなんとかかわし、狙撃銃のレバーをスライドする。

 

 火薬銃におけるボルトアクション(弾室に残った薬莢を排出すると同時に次の弾丸の再装填を行う動作)に似ているが、アマルガムの銃においては違う。そもそもアマルガムの銃は構造が違うので、弾室内に薬莢は存在しない。

 秋雄がやっているレバースライドは、リアクター・レンズと呼ばれる、武器の中で最も損傷の激しい部品を交換するためだ。

 リアクター・レンズは弾室内に正確に弾丸を生成するためのセンサーと、その生成した弾丸を相殺現象で弾き出すための反転した粒子を射出する出力装置の両方が組み合わさった部品だ。

 それゆえに、元々耐久性に難がある上に、相殺現象の余波を受けて痛みやすい。

 その軽減案として、複数のレンズを有しており、一射ごとに交換させて、冷却時間を作っているのだ。


 現在の技術ならば自動化(オートマチック)にできるため、レバースライドが必要なのは一部の銃に限られる。だが手動で行うものは、その分構造を単純化することができ、故障の心配が抑えられる。弾丸の精密性も高くなる傾向にあり、秋雄以外にカズハも同じようにレバースライドタイプの狙撃銃を使用していた。

 もっとも、レバースライドはやはり隙ができてしまう。

 後方から狙撃に専念できる普段の状況なら問題なくとも、今回のように至近戦を挑まれている今の秋雄にとっては、少なからずネックになっていた。


(ワンショット・ワンキル、ワンショット・ワンキル、ワンショット・ワンキル……!)


 秋雄は念仏のように唱えながら、仮想訓練とはいえ、自身の生命が脅かされる状況で、一種の強迫観念に駆られる様に、高い集中力でEOMの動きを観察していた。

 自分の一撃が、確実に状況を変えさせるタイミングを見計らって。


 EOMの追撃を振り切り、確実に葬れるタイミングで弾丸を射出する。

 安易には弾を撃たない。

 連射の利かない彼の銃では、その一撃を無駄に使うことが、命取りなのだから。


(包囲されないように、まわりこむ奴を狙う。エネルギー砲の発射動作を見せた奴を狙う。確実に安全な時に狙う)


 シュウから教え込まれたいくつかのルールとタブーを脳裏に思い描きながら、狙撃銃の銃口をさまよわせる。

 無数のEOMの包囲網に囲まれた中、秋雄は感覚的に自らに降りかかる死線が見えていた。

 無数のエネルギー砲の光芒が機体のそばをかすめる。

 光を明滅させるEOMが、空中を滑るように動きながら殺到してくる。

 いずれは足を踏み外したかもしれない瀬戸際だったが、それでも諦めず時間を稼いだ事が功を奏した。


『よくやった、ルーキー!』


 ほどなく駆けつけたマークとダリルが、秋雄の前に割って入り、秋雄が狙撃しやすいように壁となってくれる。


(よし……先輩たちなら信頼できるな。こういう時のセオリーは、死角をつぶすこと)


 EOMの攻撃手段は、2つある。

 一つは直接攻撃。

 個体によって、鎌を持っていたり、触手を持っていたり、体当たりを仕掛けたりと様々だが――どれも喰らえば致命的だ。エネルギ―生命体とも呼ばれる彼らの肉体は、触れるだけで膨大なエネルギーで装甲ごと焼き切られかねない。

 ただし、加速世界を持ち、EOMと同じぐらいの機動力を持つアマルガムであれば、深追いして体勢を崩すか、よほどの劣勢下になければこの攻撃を食らうことはない。

 マークやダリルの腕であれば、まず心配ないだろう。


 問題となるのがもう一つ。

 亜光速で飛来するエネルギー砲だ。

 亜光速。つまりアマルガムの加速世界であろうと視認してからの回避が100%不可能なほどの瞬間的な遠距離射撃。撃たれた瞬間、外れるか命中するかが決まる。回避行動の余地なんてない瞬間攻撃だ。

 ただし、EOMがこのエネルギー砲を放つには、光が凝縮する充填時間(チャージタイム)が存在する。その光さえ見逃さなければ、事前に射線を避けることは不可能ではないし、仮に一撃や二撃喰らっても、即座に行動不能になるほどの威力は無い。

 問題なのは、何発も被弾することにより機能不全を起こし、機動力を低下させたところでEOMの直接攻撃を受けてしまうことだ。

 実際にこの砲撃を全てかわし切ることは難しく、このエネルギー砲によって機体が損傷し、弱ったところを直接攻撃でトドメを刺されるのが、パイロットの命を脅かす危険なケースと言える。


(先輩たちなら放っておいても近接攻撃はかわせる。なら俺は死角をつくらないよう、厄介な位置から砲撃してくるEOMを潰せばいいはずだ!)


 シュウの口伝は、当たり前といえば当たり前のことだった。

 それでも秋雄の中にはシュウの教えが息づき、そして確実に彼の力となっている。






「おい、お前」

「え、なんですか? マークさん」


 仮想訓練筐体から降りたところで、真剣な顔で問い詰められ秋雄は聞き返した。


「あんな動き、どこで身に着けた?」

「どこって……士官学校で、ですけど……」


 士官学校を卒業後も、二か月ほどの訓練期間はあったが、そこでは軍内部で団体生活を送るための規律の学習や、模範的な団体行動の繰り返し。

 一言で言えば、秋雄にとっては退屈な行事で、自分が今回のような動きを身に着けたのは士官学校時代が主だった。


「何か不味かったでしょうか?」


 不安になってたずねると、マークとダリルは顔を見合わせた。


「士官学校ってのは、あんな希少的な例外ケースの訓練も行うのか?」

「いや。アマルガムの基本操作だけだ。噂の榎原というものが、よっぽど例外的な指導をこなしているのなら別だが」

「というと、こいつ自身の機転か……?」


 マークが腕を組んでうなる。

 人の緊張を解そうとわざと軽薄な笑みを浮かべる普段のマークとは、真逆の真剣さに秋雄は戸惑った。


「……? 何が気になっているんです?」

「いや……お前、頭悪いだろ?」

「自慢じゃないですが、悪いです」

「それなのにあんな現場での状況判断ができるのか……。熟練の兵士だって判断を見誤ることもあるのに……」

「そりゃあ、グレンとシュウがいたからだよ」

「あ、中尉」


 新たな声が割ってはいり、それに3人は振り向いた。

 そこには腰に手を当て、背中に垂らした黒髪を揺らすカリンが立っていた。


「前も話したと思うけど、グレンという問題児を抱えていたせいで、そいつらE班は例外ケースでの経験というのを非常識なぐらい積んでいるんだよ。そこを、シュウが秋雄でもわかりやすいように色々と教え込んだ。どんな訓練してたのか見てなかったけど、秋雄にとっちゃ何度も経験したものなんじゃないの?」

「ええ。正直、先輩たちはシュウが教えてくれたセオリー道理に動いてくれたんで、やりやすかったです」

「新兵の癖に、あの状況をやり易かったと言い張るのか……」


 マークが唇の端を歪めながら返す。

 カリンが小さく微笑んで、手を振った。


「幸いだけど、新兵訓練の手間はいくらか省けるってわけだ。もちろん、注意を怠るわけにはいかないけどね。マーク悪いね。雑用任せて」

「いやいや、お安い御用です。中尉のようにお偉いさんのご機嫌とりよりよっぽど気が楽ですよ」


 疑問が解決したことで満足したらしく、マークはいつもの軽薄なノリで返していた。

 一方の、カリンは、マークのからかいともねぎらいともつかない言葉に大仰に肩をすくめた。


「それがどうやら、私じゃご満足いただけなかったようだ。基地から厄介払いされることになったよ」

「お……移動ですか?」


 マークの言葉にカリンがうなずいた。


「そう。決まった。次はアルジェ基地だ」

「アルジェ基地? ……って、あのアルジェ基地ですよね。またずいぶんと遠方に回されましたね」


 マークが不思議そうにぼやいた横で、アルジェ基地の場所が頭に思い浮かばなかった秋雄は聞き返した。


「アルジェ基地ってどのあたりです? と聞いても、わからないと思うので、どのらへんにあるかだけ教えてもらえればいいんですが」


 親切に答えたのはマークだ。


「アルジェリアって言ったらわかるか? ようはアフリカ大陸でも北の沿岸部分。ほぼ最前線に近い場所だよ」

「おおぉ……。そうなんですね」

「もう一つ、アルジェ基地の特徴は、宇宙港があることだ」


 補足するように付け足したのは、ダリルだった。


「あの辺りでは珍しい、宇宙と直接物資のやりとりができる運搬港となっている。補給線の要にもなっている」

「あ……。思い出しました! 『クエンティン・エルバ』が停まっているんですよね!」


 突然喜色を滲ませた秋雄に、『クエンティン・エルバ』の存在を知っているカリンを除いた、マークやダリルの2人が呆気にとられる。


「なんだ? その『クエンティン・エルバ』って……」

「アルジェ基地に停泊している強襲機動空母ですよ! 知らないんですか?」

「ああ……あれのことか。そんな名前だったんだな……」


 ようやく合点が言った様子でマークがうなずく。強襲機動空母が停泊していることは知っていても、空母の名前までは把握していなかったのだ。『クエンティン・エルバ』が人名からつけられており、馴染みのない文字列であることも理由の一つだろう。


「もしかして俺たちもそれに乗れるんですかねー!」


 喜色を滲ませて秋雄が声を上げる。

 帰ってきたのは、沈黙だった。


「……?」


 空気が読めないことに自負はある秋雄は、そんな周囲の反応に態度を硬直させる。

 気まずげな沈黙の中、マークがカリンに言葉を振る。


「……どうなんです? 中尉」

「そこまでは知らない。まあ可能性としては、ある話だと思う」

「え? 本当に俺たちの出番があるんですか?」


 秋雄としては、半ば冗談のつもりでの発言だった。

 そんな秋雄の反応を見て、マークが嘆息交じりに言った。


「中尉も知らされてないんじゃわからねぇけど……ただ、そう喜んでもいられないぞ」

「なんでです?」

「強襲機動空母の強みは、単独で宇宙と地上の行き来ができることにある。でも専用装備さえ搭載すれば、アマルガム単独でも宇宙からの降下はできるんだ。逆に地上での移動なら、わざわざランニング・コストのかかる強襲機動空母を使う必要はない」

「えーと……まあ……そうですね」

「俺も絶対とは言えないが、強襲機動空母を使うっていうのなら、単独で降下と浮上を行う作戦……つまり、最前線を飛び越えて、EOMの支配領域をかき乱す陽動としての役目をさせられるんじゃないか?」

「簡単に言えば」


 ダリルが短く告げる。


「すごく危険な任務ということだ」

「お、おぉ……でもなんか、敵の支配地域での少数陽動なんて、格好良くないっすか?」


 秋雄らしい感想に、マークが苦笑を浮かべ、ダリルが小さくうなずく。

 カリンは淡々とした口調で言った。


「やる気を出してもらえるのなら結構。まあ、どんな役目をさせられるかはわからないけど、ある程度の無茶ぶりも覚悟しておきなよ」

「『クエンティン・エルバ』に乗れるなら俄然(がぜん)やる気だしますよ。さすがに内部の撮影とかは無理ですよねー?」

「日本人って本当わからねぇな」


 マークが呆れ顔で漏らす。

 カリンは横目でそれに返した。


「日本人が特殊なんじゃない。秋雄が特殊なんだ」






 ライラ・マルベスタはイスラム教徒である。

 戒律の厳しいイスラム教徒の中では、比較的柔軟な宗派であるが、1日に5回の礼拝はかかさない。

 簡略化した作法も現代では広まっているが、状況が許すならライラは作法どおりにこなしていた。古くから伝わる作法であり、その一つが方角。

 現在、彼らにとっての聖地であるメッカはEOMの支配地域にある。

 文化的に貴重な財産である神殿跡などは、人命よりも優先して宇宙に避難させられたため、主だったものはすでに存在しない。

 それでも変わらず、彼らはメッカの方角に祈る。

 それは聖地だからではない。神とは全知全能的な存在と考え、偶像崇拝が禁止されているイスラムでは、何かを通して礼拝をおこなうという概念がそもそも存在しないからだ。

 彼らが決まって一緒の方角に祈るのは、そのことに必然性があるのではない。

 ――必然性がないからこそ、それが自身の信仰の証明になるからだ。


 基地内にある礼拝室から出たライラは、自分の職場に戻った。

 憲兵隊の精査室。

 その一角を間借りしている身である。

 方向音痴の彼女だが、ようやく覚えた道筋で自分の席にたどり着く。忙しく人が動きまわる精査室の中で、本来のそこの住人達の島からはやや離れたところに、2つの机が並んでいる。

 その片方に座ろうとしたところで、もう一つの席に座った人物が、声をかけてきた。


「中佐、お帰りなさい」

「……」


 声をかけてきたのは、ライラの直属の部下であるリサだった。

 そんな彼女に、軽く目礼だけで返す。


「中佐、前回の作戦行動のレポートをメールで送っておきました」


 リサが秀麗な横顔を覗かせながら、ノート型端末を操作する。

 プロヴィデント社のグレン・コウラギと共に行った、禁猟区での新兵装の試験および、EOMの生態調査について言っているのだろう。作戦行動の成果自体は憲兵隊の範疇ではないが、その中でのシュウおよびその関係者の動向については、憲兵隊が目を光らせる役目を担っている。

 軽く目を通して、ライラは目じりを抑える。


(よくもまあ、ここまで丁寧に仕上げるものだ)


 胸中で呟いた言葉は嘆息交じりだった。


(お前の報告など、何一つ求められていないと知っているだろうに)


 リサは憲兵隊に所属しており、アトモスフィアのパイロットを任されているが、だからといってアトモスフィアの監視を任されているわけではない。

 形式上、管理をしやすいようにそういう形をとっただけで、本来の監視者はリサではなく、その上官であるライラだ。ライラに言わせれば、リサもまた監視の対象なのである。

 だから先の作戦にも、ライラは同行した。通信も傍受していたし、シェリルの口からシュウの精神兆候なども聞いている。リサが今回送ってきたレポートは、全てライラが知っている情報だった。


(こいつは努力が報われると信じている偽善者か? それとも自身の浅はかな考えが見抜けないなどと思っている馬鹿か?)


 表面上は殊勝な態度をとり続けているが、リサの心証がシュウに傾いていることをライラは見抜いている。ASUSや政府上層部の意向を無視して、必要とあらばシュウの存在を世間にバラすこともしでかすであろうことに、ライラは警戒していた。


(それとも、シュウ・カザハラは存外、金の卵を産む鶏のようであったが、こいつ自身は凡庸なパイロットらしい。首を切られまいと必死なのか?)


 嘲りとともに冷徹な評価を下しながら、ライラはレポートに目を通す。

 ライラの目から見ても、非常に整った文章だ。緊急徴兵されたデパーチ・チルドレンでは、規律や、書類作成などの事務的スキルはおざなりにされてきたが、リサはかなり丁寧な仕事をしていると言える。


(まあ)


 それを確認して、ライラは冷笑を浮かべた。


(こいつが文章でまとめてくれるのなら、私も楽をできるか)






 上官であるライラからの視線が、以前冷たいことを感じながら、リサは胸中で独白した。


(やっぱり、信用はされないか)


 欠片もリサのことを信用していない上に、評価するつもりもないことが伺える。

 現にねぎらいの言葉一つない。

 それでも、


(今は、我慢しましょう)


 リサは自分に言い聞かせた。


(私がシュウのパイロットから降ろされたら、本格的にシュウは孤立無援になる。……なりふりなんてかまっていられない。馬鹿に見えたっていい。少しでも『使える』と見せて、今の立場でいられるようにしないと)


 彼女にできることは限られている。面倒な事務的スキルは、彼女が持つ数少ない持ち味だ。だから丁寧に作り込んだ。


(それにしても……アルジェか……)


 エルサの口から事前に聞かされていたが、ライラの口からも、近々アルジェ基地に移動することが告げられていた。


(アルジェって、確かテオがいる基地よね?)


 憲兵隊は鼻つまみものとして扱われると相場が決まっているが、フランクなテオならそんなことは気にせず、かつての友人のように触っしてくれるだろう。


(テオなら、機械の体になったシュウのことも受け入れてくれるだろうけど……)


 テオは残念ながら、腹芸ができない。

 秘密を共有する相手としては、少しばかり不安なのだ。


(人がいいから、巻き込むと抱え込んじゃうからね)


 テオは、パイロットになる前から軍属だったのもあって、面倒見がよくデパーチ・チルドレンの中でも慕われていた。

 頭脳労働はある意味カリン以上に苦手だが、不思議な包容力がある。

 リサも愚痴を言う相手として、テオをよく選んでいた。


(とにかく、久しぶりだし。親交を温められるといいわね)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ