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Effect32 試験運転 -trial operation-

 最前線を翔るのは、シュウの精神を宿し、リサが繰り手となる『アトモスフィア』。

 グレンが乗る『ランディーニ』は、その後方で不承不承といった感じでライフルの牽制弾を放っていた。

 火線が流星のように左右を追い越して飛ぶ中、『アトモスフィア』は十を超えるEOMの群れに肉薄し、左右の手に持つ散弾銃(ショットガン)を掲げる。

 アマルガムの放つ銃弾は、彗星のように尾を引く。

 基本的な原理として、アマルガムの通常兵器――すなわち『メインパッケージ』は、半固定した粒子を発射後、即座に固定を解除するからだ。銃弾として形成された粒子が、少しずつ()()ていくために、光の筋が軌跡となって残るのだ。

 それが5条。

 『アトモスフィア』の手にした単銃身のショットガンから放たれる光芒の煌きが、断続的に虚空に穿たれる。

 両手に手にした銃を交互に放つことで、5条の閃光がEOMを次々と打ち貫く。殺到するEOMの群れを前に、光芒の花が咲いた。


『包囲されつつある。気を抜くな、リサ』

「オーケイ、大丈夫、把握している!」


 通常の対EOM戦ではむしろ危機的状況であるのに、リサのヴォルテージはむしろ上がっていた。


(すごいわ、シュウ……!)


 リサは実の事を言うと、それほど優れたパイロットではない。

 デパーチ・チルドレンに選ばれただけのことはあり、例えば今年の第一期生と比べれば、確かにその水準は軽く超えている。だがその中でのこぼれ種――グレンは言わずもがな。主席生徒だったカズハと比べても、おそらくまともに競うとカズハに軍配が上がる。

 リサがカリン、テオトールと共に3人目のテストパイロット兼、臨時教官として任命されたのは、才能豊かな2人とは真逆の理由だ。近接戦闘に特化した才能を見せたカリン、支援砲撃に稀有な才能を見せたテオ。――二人とは逆に、特筆すべき才能が無い。しいて言うなら、若いながらに積んでいた高い教養。緊急徴兵されたデパーチ・チルドレンの中ではどうしても不足がちだった知識面と勤勉さ。

 ――才能の差を、努力と工夫で補おうとする本人の生真面目な気質。

 それが、リサが3人目の臨時教官として選ばれた理由だ。

 その彼女が。

 多数のEOMを相手に、ほぼ単独で大立ち回りをしている。


『トリガーハッピー気取ってんじゃねぇぞ、クソ女!』

五月蠅(うるさ)いわね。この状況でノらないなら人間なんてやる意味ないわよ! 映画の中のカウガールみたいじゃない!」

『カウガールは二丁ショットガンなんざぶっ放さねぇよ!』


 グレンが至極真面目なツッコミを入れてくる。それすらリサには愉快だった。どちらかといえば冷静であろうと自分に課してきたリサが。

 もちろん、リサにはわかっている。

 これが自分の力ではないことが。


(左、右)


 銃を掲げた左右の腕を交差させ、両側から迫ってきたEOMを同時に打ち抜く。


(正面、斜め後方)


 続いて正面の敵を右手のショットガンで打ち貫き、背中に目があるかのように振り向きざまの一撃で、後方の敵を打ち貫く。


(左上、右後方、バックして正面の敵を2体、右上、左下、背面――)


 全天360度。

 舞踏を踊るかのように機体を動かし、銃を交差させ、映画俳優かのような動きでEOMの群れを屠っていく。

 アマルガムの搭乗経験すら必要ない。映画の中のアクションスターがしばし見せる光景ではあっても、少しでも銃に振れたことのある人間であればそれがどれほど非現実的な光景かわかる。

 しかしリサには、無数のEOMの、その行動が脳裏に予測できていた。


(シェリルには悪いけど……AGオペレータの権限をシュウに譲ってもらえてよかった。こんな有象無象のEOMが何体来ようと、負ける気がしないわ)


 それは、リサ自身の能力によるものではなく、ほとんどがシュウのアシスト。

 シュウがEOMの行動を予期し、微細な信号で、リサの操作をエスコートしているのだった。


(まるで機体に動かされているみたい……。でも不快じゃない。ダンスのレッスンプロと一緒に踊っていた時以上だわ)


 自然な動きで、自分が何をすべきかわかる。

 自然な動きで、彼が自分に何を求めているかわかる。

 気が付けば何をすべきが脳裏に思い描かれ、気が付けば体が動いているのだ。


(シュウ……あなたはこんな視野で、EOMと戦っていたというの?)

『すべてを読んでいるわけじゃない』


 リサの心の独白が聞こえたはずはない。

 それでも、シュウにはリサの心の内が読めたらしく、憮然と漏らした。


『だけど奴らの知能はそれほど高くない。不規則なようでパターンらしきものはあるんだ。サポートに徹した今なら、その行動予測ぐらいはできる』

(それがどれだけ稀有な能力なのか、あなたはわかっているのかしら?)


 言葉にはしないが、悄然(しょうぜん)とリサは漏らした。

 AGオペレータは多彩な情報でパイロットをアシストする。熟練のAGオペレータであれば、パイロットが気づいていないEOMの兆候にすら気づいて指示するほどだ。

 だがシュウは、決して本職ではないのにどんなAGオペレータよりもかけ離れた水準で支援をこなしている。それは、リサの《フラクタル・ドライブ》と同調し、自身も加速世界にいることも一因があるだろうが、それだけで片づけられる話ではない。


(私ではあなたに釣り合わないかもね……)


 数を減らしたことで、EOMの動きも目に見えて鈍ってきた。

 慎重に狙いを見定める余裕が出てき中で、リサは弱音を漏らした。

 なぜ『アトモスフィア』のパイロットになったのが自分だったのか。

 自分はシュウの最良のパートナーとなりえるのか。

 それはわからない。


(でも今、シュウを守れるのは私だけだわ)


 シュウの生存を知る者は少ない。

 唯一の肉親であるシズクはシュウを死んだものと思い、かつての級友たちも、カリンやテオも、シュウの生存を知らない。

 そもそも――機械の身となり果てた今のシュウを、彼らが受け入れてくれるのか。

 かつてのシュウを知るものの中で、唯一シュウの生存を知るグレンは、とてもではないが手を貸しそうには見えない。


(なってみせるわ。あなたのパートナーに)


 才能が無いのはわかっている。

 力が足りないのはわかっている。

 それでも諦めるには足らない。


(あの奇跡を見せてきたあなたの覚悟に報いるために。あの場でただ一人、貴方への助力を拒んだ一人として責任を果たすため。世界を敵にまわしたとしたとしても、あなたを守って見せる)






(ふざけやがって。――俺への意趣(いしゅ)返しのつもりか?)


 一方――2人の援護に牽制射撃を打ちつつ、グレンは内心唾棄(だき)すべき思いだった。

 グレンにはシュウの考えがわかる。

 時々大胆な手段を考案しつつも、基本的には堅実な手段を選ぶシュウが、なぜあのような派手な構成の装備を選んだのか。

 地点制圧者(ポイントマン)

 アマルガムでの兵科区分に存在する言葉ではないが、言うなればそんなところだ。

 他人数の戦闘において、戦術的に優位に立つために、重要なポイントを制圧する役目を担う切り込み役。

 散弾銃は制圧力に優れた武器と言われている。射程距離を大幅に犠牲にする代わりに、火力、命中率、連射性を高い水準で保つ武器だからだ。

 その散弾銃を2丁持つことで、既存のアマルガムには不可能な迅速さでEOMを殲滅して制空権を確保し、自軍の動きやすい状況を作る。――基本的に集団戦とされる対EOMで、自陣営の被害を抑えつつ勝利をもたらすためには、それが最善の手段だと、シュウはわかっているのだ。

 同時に、その役目を背負う自分はもっとも危険であることを自覚しながら。

 ――候補生時代のグレンは今の『アトモスフィア』と似た近接戦闘に重きを置いていた装備を使っていた。

 それは今のシュウのようにポイントマンになろうとしてではなく、自分を追い込むために難易度の高い近接戦闘を仕掛けただけだが――。シュウの行為はかつてのグレンの行為をなぞるようにも映る。

 そして今、シュウとリサの2人をサポートするグレンは、候補生時代のシュウそのものだ。


(気に入らねぇ)


 グレンは思った。何がと言われても困る。だが、自分以外の人間が、自分よりも最前線で、自分以上に体を張っているその事実が。

 無性にグレンを苛立たせた。


(俺の獲物を独り占めするんじゃねぇ!)


 己の感情の迸るままに、グレンは切り込んだ。

 今まさに『アトモスフィア』が撃ち殺そうとしたEOMの前に割って入り、代わりに手にした実大剣に粒子の刃を生み出して受け止める。


『ちょっと! 危ないじゃない! 一緒に撃つところだったわよ!』

「今回は俺の武器の試験もかねてんだぞ。一人で気持ちよくなってんな!」

『べ、別に気持ちよくなってるわけじゃ……。わかったわよ、ここからは2人で倒すわよ。シュウ、データ収集の方はどう?』

『ああ。リサの戦闘行動ついでにそっちの方も進んでいる。そのまま殲滅してくれてかまわない』

「いくぜ。遅れるなよっ!」

『あいつっ……! サポートにまわるって話だったじゃないっ!』



 リサが愚痴を漏らすが、すでにグレンは聞いていない。手にした大型セイバーに光を灯し、肉薄する。

 『ランディーニ』の開発コンセプトは、『実体のある(ソリッド・)忍者(ニンジャ)』。――白兵戦用に重きを置いた機体で、流線型の丸みを帯びた装甲で覆われたスリムな機体となっている。見かけ上はスキンスーツに身を包んだサイバー忍者のようにも見える。

 ――なのだが、そんな『ランディーニ』が持っている新兵装は、ファンタジーの戦士が持つような、巨大な両刃の大剣だった。巨大な刀身の両側に粒子の刃が形成されており、その全容は剣を超えて槍のようでもあった。

 超大型セイバー『ジャイアント・スローター』。大型のEOMの対策に試作された巨大剣である。基本的に言えばEOMとは4mから14mのS級からL級にくくられているが、稀に14mを超えるLL級と呼ばれる存在が確認されており、それらへの対策として開発された兵器だ。

 スリムな体系のサイバー忍者が、西洋風の光輝の大剣を振るう姿はミスマッチだが、非常にインパクトがあった。

 その性能はニッチなものだったが、


(――悪くねぇ)


 グレンは手ごたえを感じていた。


(これなら2体や3体、まとめて薙ぎ払える。L型がきても遠距離射撃で体をそぎ落とすなんて面倒なことをする必要はねぇ。思うがままに戦場で暴れられる!)

『ちょっと。あんた近接戦闘ばかりじゃない。銃の方の試射はいいの?』

「ああ――」


 そうだったな、と思い出してぞんざいにグレンは銃を構える。

 セイバーが大型な分、手にしたライフルはスマートな外見をしており、口径も小さい。その名もスマートライフルという分類の武器で、連射性や精密性を重視した作りになっており、その分一撃の威力は低く抑えられている。敵を一撃で打ち落とすためではなく、体力を削ったり牽制したりと敵の動きを鈍くするために使う、補助的な用途を目的とした武器だ。


(こっちは俺には物足りねぇな。普通の奴ならちょうどいいかもしれねぇが、俺ならもっと大型の奴でも扱える)

「エルサ」

『何ですか?』


 作戦が始まって初めて、グレンは己のAGオペレータと交信をとった。


「この装備じゃ気に入らねぇ。あとで開発者に引き合わせろ。不満点を直接伝えたい」

『グレン……あなたの本当の仕事は、開発した武器の広告塔となっていただくことなのですが……。仕方ないですね。コンタクトをとれるよう取り計らいましょう』

「ふん」

『ただし』

「……なんだ?」

『言葉遣いには気をつけて下さいね。私たちの関係はギブ・アンド・テイク。お互いの信用を無くせば立ちいかなくなるんですよ』

「ふん。じゃあせいぜいその担当者が気の長い人間であることを祈っておくよ」






『………』


 シュウ・カザハラは、彼らの通信を聞き流しながら、淡々と自分の作業をこなしていた。

 機械の身となった彼独自に設計されたダイレクト・インターフェイスで機械にアクセスし、複数のCPUを並列で動かせる。それもまた、彼が超次元的なリサのアシストをしている理由であった。


(……データ採集完了。詳細な分析は帰ってからだが……オーダーを受けた123項目は全て終えたな)


 リサのアシストをしながら、シュウは同時に機体に積まれた観測機器を動かしていた。エリュダイト粒子で寸断された肉片や、致死的なダメージを受けて体を崩壊させるEOMの姿を克明に記録したものだった。

 それらを軽く精査してから通信をつなぐ。


『コトミさん。念のため帰投前に収集したデータだけ転送しておきます。確認しておいてください』

『は、はいっ! お疲れさまです』

『コトミさんが設計に協力してくれた武器のおかげです。リサもグレンも、そんなに苦労していませんよ』

『そ、そうですか……。ともかく、データ承りました! ご帰還、お待ちしていますね!』

『はい。では後ほど』


 その通信が途切れた向こう側では、コトミが頬を緩ませていた。


(くぅうぅ、私の設計した武器のおかげだって! ほとんどはシュウさんがアイデア出して、ちょこっとハード部分をリモデルしただけなんだけどなぁ。謙遜してシュウさんはすごいなぁ)


 コトミが今いるのは輸送機の格納庫部分であるが、シュウの助手を務めるコトミはシュウの戦闘状況をモニターすることができた。シュウとリサのコンビが、どのようにEOMを圧倒したのかわかっている。


(自分で武器の開発もできて、EOMの生態の研究もしていて、そして自分が戦うこともできるなんて! すごいなぁ。完璧超人だなぁ)


 悦に入った顔で端末を動かし、情報が送信されていることを確認する。

 そんな彼女の脳裏に描かれたのは、生前のシュウの横顔――ではなく、『アトモスフィア』の硬質な巨躯。


(凄いなぁ。あんな人をお婿さんに(・・・・・)欲しいなぁ)


 メカニックとして、長年機械と触れてきた彼女にとって、人と機械の違いなど些細な話だった。






「あいつら……2機であのEOMの群れを殲滅させちゃいましたよ……?」


 副機長の呆然とした声が漏れる。

 それを耳で聞き流しながら、機長は手元のファイルを覘き込んだ。


(グレン・コウラギにリサ・カークライト……)


 世間の世情に特別詳しい身そらではないが、人づてに、2人の活躍は聞いている。

 何より目の前の光景を目にしたことで、機長は2人の存在が、彼の中でのパイロットの価値観を大きく変容させるに至った。


(あのような若者がいるのならば、人類の未来は明るいのかもしれぬな……)


 機長は長く軍属にいる。それはすなわち、絶望の時代と言われたEOMパンデミック当時からだ。

 アマルガムが開発され、地上の領土を取り返しても、彼の脳裏からこびりついて離れないのは、EOMへの恐怖だ。

 『サスガ・エフェクト』を、人類が奇跡を成し遂げた吉報などとは彼は思ってはいない。むしろ、崩壊の予兆ではないかとすら思っていた。

 いつか、今までの試算を超える数の規模のEOMが大挙してワープし、対抗策であるアマルガムさえも、数の暴力で蹂躙していくのではないか。

 そんな危惧が常に彼の中にはある。

 だが今回、若い世代の活躍を目にして、そんな彼にすら希望の種を芽吹かせたのだった。


 EOMの脅威は未だ晴れないが、確実に前進している。

 機長がそう胸に新たに希望を抱いた時。


 ――ウオオオォォォン


 野太いいななきのような声が、響いた。


(いや、まだはやいか)


 機長は思いなおす。


(あのような化け物がいるのだからな……)


 機長が脳裏でつぶやいたの同時、同じくいななきを聞いた副機長がコンソールを操作し、とある光景を望遠モニターに映す。


「LLクラスEOM……『ブラッドフォート』ですね」


 2人の視線の先のモニターの中には、巨大なゲル状の生物がうごめいている。

 現在確認されているEOMの中でも最大クラスのEOM――真紅の要塞『ブラッドフォート』。

 その全長は100mを超える。優に小さな島ほどもある巨大な個体だ。無数の触腕を伸ばして周囲の生物を捕食し、地面を腐食させながらゆっくりと這いずりすすむ。一説には、その巨大さからEOMたちのキング・クイーン種ではないかと言われている。

 しかしこの化け物、アフリカ大陸だけでも3体の存在が確認されている。

 1体は前線を押し上げる上での大きな障害となり、無数のアマルガムが投入されたがその悉くを駆逐。最終的には討伐に成功するものの、予想の試算を遥かに上回る被害が出た。ついたあだ名が『百機喰らい』。

 そして二体目の『ブラッドフォート』は突然、拠点の一つの近くに転移してきて進行を開始。少数でこの迎撃に当たるしかなく、この時最前線に立ったのが『魔王(エールケニッヒ)』エンドリック・ニッケ。

 エンドリックの勇名が轟く様になったのも、この戦功が大きなきっかけだ。

 しかし、彼自身は生還したものの、やはりその時も、防衛部隊には甚大な被害が出た。

 そして最後の3体目が、今機長と副機長の前にいる個体。

 戦闘を行うのはあまり賢明ではないと判断され、こうして戦術上無意味な禁猟区に誘致され、思い思いに徘徊している。


(いずれはこいつも駆逐したほうがいいのではあろうが、今人類にそれほどの力はない。口惜しいが野放しにせざるを得ないか……)


 機長が脳裏につぶやいた、その時だった。


(――!?)


 突然背筋をぞくりと刺すものが走り、謎の浮遊感が突き上げる。


「な、にがっ……!?」


 傍らの副機長も同じものを感じたらしい。泡を喰ったような顔で計器類に視線を送る。

 一方、その感覚に経験があった機長が一番に目をむけたのは、先ほどまで『ブラッドフォート』が映っていたモニターだった。


「馬鹿な……」

「えっ……? あっ……」


 機長の視線に気づき、副機長もモニターを見て声を上げる。

 モニターの中には、先ほどまで映っていた『ブラッドフォート』の姿が無かった。


「百機喰らいが、転移した……?」

「奴め……この禁猟区の外に出たか……」


 機長は重く呟く。

 EOMがどこにワープするかなどわからない。もしかすればどこかの居住区やコロニーを襲うために転移したかもしれないし、もしくははるか何万光年も先の、人類が全く関与しない場所に跳んだ可能性もある。


「EOM………ウイルスよりも性質の悪い化け物たちめ……」


 深い怨嗟とともに、機長は呪いのことばを吐いた。






 ――リサ達がEOMと戦闘をしているころ。

 カリンは一人で基地の廊下を歩いていた。


「二週間か……長い『休暇』だったな」


 ため息交じりの言葉は、そのままの意味ではない。

 二週間というのは、カリン達がこのタンザナ基地に移動してからの期間だ。

 『便利屋』として広く使われるカリン班は一つところにとどまることが少ない。移動続きの中で、珍しい基地での待機という時間を、茶化して『休暇』と言ったにすぎない。

 2週間というのは短いようで、カリン達の感覚ではむしろ長いとすら言えた。


(秋雄が入ったばかりだからもうちょっと待ってくれるかと思っていたが……まあ秋雄は相変わらず秋雄だったし、問題はなかったけどね)


 鈍いというか、マイペースというか。

 秋雄は順応性が高く、マークが世話好きなこともあって班にはやくも馴染んでいる。腕の方も申し分なく、おそらくカリン班の激務にも彼ならついていけるだろう。


(それにしても気になるのは秋雄が言っていた話……)

「カリン中尉」


 背後から声をかけられ、カリンは振り向いた。

 振り向く前から誰の声かわかっていたが、予想通り前の秋雄の上官であるカルロスだった。

 車椅子に座り、気さくな笑顔を浮かべている。


「カルロス中尉……」


 例の一件以来、カルロスと直接言葉をかわすのは初めてだった。理由としては、カルロスが車椅子を使っているのがそれに当たる。


「お体の方は?」

「問題ないよ。本当は松葉杖でいいんだが、せっかく支給されたのでね」


 電動の車椅子を叩いてカルロスが苦笑をにじませる。


(……残念な話であるけど)


 救助された後、カルロスは、体には何の異常もないと言っていた。

 だが、それはどうやら虚勢だったようで、本人は右半身に微量の麻痺を感じていたらしい。

 それが帰投後の精密検査でわかってしまい、カルロスには、《フラクタル・ドライブ》の後遺症――通称《フラクタル・イド》が顕在化していることになった。

 それはつまり、脳が《フラクタル・ドライブ》の副作用に耐え切れなくなっていることを意味する。今は微量の麻痺でも、これからは《フラクタル・ドライブ》に接続すれば接続するほど、加速度的に障害が増えていくことになる。


「実を言うと中尉にはお別れを言いにきたんだ。中尉より一足先に、後方支援として裏方にまわされることが決まってね」

「そう……ですか」

「秋雄はどうしている?」


 若いカリンが、返す言葉を見つけられず返答に窮しているのを察してか、カルロスは言葉をつづけた。


「はやくも馴染んでいますよ。腕に関しては逸材ですからね」

「全く……中尉もとんでもないものを育てたものです」

「あれは……本人の資質ですよ。あれを教えられる奴はいません。……いえ、一人を除いて」

「一人? 誰ですか?」

「シュウ・カザハラです。シュウが秋雄の欠点を見抜き、秋雄でもわかるように集団行動の基本をマスターさせたんです」

「シュウ・カザハラですか……。閃光のように現れ、閃光のように消えていきましたが、あれもまた逸材だったんですなぁ」

(それすらも、私たちは気づかなかったけど)


 秋雄も、シュウも。

 どちらも劣等生だと思っていた。

 人類皆平等。努力で才能の差を補えられる――そんな綺麗ごとを打ち砕く、容赦のない運命的な差。――その事実に潰されることなく、よく頑張っていると暖かく見守っているつもりであった。

 ――だが本当に気づいていないのは自分たちだった。

 カリンがシュウの本当の力に気付いたのは、《シンクロトン・ドライブ》の原理を利用して、意識消失フラグ・スプレーションを起こしたシュウの意識をサルベージしようとした結果にすぎない。

 『サスガ』での慣れない臨時教官としての経験は、カリンにとってあらゆる意味で悔恨しか残さなかった。

 その苦さこそが、幼い彼女に指揮官としての自覚を芽生えさせるきっかけとなったのだが。


「秋雄には、お別れは?」


 カリンの方から話題をふると、カルロスは破顔した。


「実は中尉に相談しようと思ったのは、その件でしてね。俺のことは、中尉の方から伝えてほしいんですよ」

「実際に会わなくていいんですか?」

「そういうのは苦手でしてね」


 男臭い笑みを浮かべて、カルロスは言う。男には、そういうプライドもあるのだろうと、カリンは理解した。


「では、秋雄には私から。何か伝えたいことがありますか?」

「そうですね……。正直中尉が言ったように、私から教えられることはないんですが」


 飄々とした表情を一瞬真顔に戻し、カルロスはつぶやいた。


「『気負うな』……ですかね。マイペースがお前の武器だと、そう伝えておいてください」

「わかりました。カルロス中尉の言いたいことはなんとなくわかります」


 秋雄は鈍い。

 一方で、繊細でもある。

 矛盾しているようでそうなのだ。場の空気が読めず、暴虐の限りを尽くすグレンにも物怖じせず友人と接することができた。

 一方で、チームの足枷であることを人一倍気にしていたのは秋雄だった。自分が実はシュウ達より年上であることを言い出せなかったのも、立場を気にしたのではなく、本人の申し訳なさから来るものだった。

 周囲の賞賛にいまいち応えられないのも、その両方が作用しているのだろう。客観的に物事を見ることができないから、自分の才能にも気づかない。一方で、どんなに活躍をしたとしても、素直に自分を褒めることはできないのだ。それほど繊細だから。


「ま、言ったからどうだって話なんですがね」


 カルロスは苦笑を浮かべる。

 人を教えることの難しさは、彼も経験しているのだろう。カリンにも理解できるほろ苦さだった。


「では、お体に気を付けて」

「中尉こそ」


 社交辞令的に言葉をかわし、お互いに背をむけようとしたところで、カリンは何か忘れているような気がした。


(――そういえば)

「カルロス中尉」

「ん? 何です?」

「カルロス中尉は、私たちのスケジュールについて何かご存知だったんですか?」


 秋雄がカリン班に入ってから、カルロスが独断専行した理由の詳細も聞いた。

 その中でカリンが気になっていたのは、カルロスが、カリン達には重要な仕事があるから無茶をさせられない、と言っていたという部分だった。


「私たちはこれからアルジェ基地への移動が決まっていますが……。そこで何かあるのですか?」


 カルロスは狐に摘ままれたような顔をしている。

 何か隠し事をしているようなそぶりもなく、演技のようにも見えなかった。


「いえ――私も詳しくは知らんのですが。ただ上官から、彼らには重要な任務があるから、無茶をさせるなと小言を頂いてね。……いや、ご存知の通り、私は血気に逸るきらいがありますから」


 後半は自嘲気味につぶやいて、カルロスは言う。


「中尉たちがどのような任務に就かされるのか、詳細は知りませんよ。ああ、ただ……」

「ただ?」

「色々と噂はありますよ。そろそろ上の方での意見もまとまって、前線を押し上げるんじゃないかとか。あと……先ほどアルジェ基地に配属されると言っておられましたね?」

「ええ、そうですが」

「アルジェ基地には今面白いものが停まっているんですよ。強襲機動空母の内の一隻、『クエンティン・エルバ』がね。中尉も軍属ならご存知ですよね?」

「ええ、もちろん……。そういえばそんな話も聞きましたね」


 機動空母とは、アマルガムのような機動兵器を一度に運搬することができる巨大空母のことである。さらにそこに『強襲』という名前がつくと、単独で宇宙に浮上、あるいは降下することができる能力を持つ。

 規模としてはとてつもなく巨大なものであり、維持費も馬鹿にならない。EOMパンデミック以降、生産力を大きく低下させた人類が新たに建造する余裕は無く、事件以前から存在した機体が数えられるほどあるだけだ。

 その内のいくつかは、統括軍に提供された。――なぜなら、維持費が馬鹿にならないからだ。有用性は認めつつも、すぐに使うわけではないのに持っておくには、あまりにもコストがかかりすぎる。なので半ば押し付けるような形で統括軍に提供されたのだ。


「前線基地にほど近いアルジェ基地に『クエンティン・エルバ』が泊まっているんで、なんらかの作戦に使われるのではないかと噂されています。もしかしたら中尉にも関係あることかもしれません」

「なるほど……」


 単独での浮上・降下ができるので、強襲機動空母は作戦の中核を担うことができる強力な戦力である。

 一方で、今の人類が同規模の機体を建造するにはかなりの負担がかかる。半端な作戦に投入して消費できる代物ではない。

 カリンは『クエンティン・エルバ』の詳細なスペックは知らないが、大型の機動空母でも一度に搭載できるアマルガムは多くても20ぐらいだったはずだ。だとすれば、選りすぐりの精鋭を選ぶはず。


(私たちの腕が必要になる場合もあるか? ……帰ってからマークに相談してみるか)


 カルロスに別れを告げ、カリンは後頭部をかきながらぼやいた。


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