Effect31 禁猟区 -sanctuary-
「なんつーか……お前よくパイロットになれたなぁ」
秋雄の答案を手作業で採点しつつ、思わずマークが漏らした台詞だった。
「俺たちも筆課は最低限のものを詰め込んだような杜撰なものだけど……お前専門教育を受けた候補生上がりだろ。これじゃ功績を上げても筆課で落とされて昇級逃すぞ。まがりなりにもパイロットは士官以上って扱いで、頭の方もそれなりに問われるわけだからな」
「い、いや自分は昇進とかそういうのは別に……パイロットになれればそれでいいわけで……」
「生涯現役でいたいってことか? 出世欲がないんだなぁお前」
「というか、出世したらメカに乗れなくなるじゃないですか……」
小声でぼそりと告げる。その言葉はマークの耳には届かなかったようで、怪訝な顔をしたものの聞き流された。
「まあそういうことなら、言っちゃなんだが前の上官みたいな無茶はやめろよ。あんなことをしていたら5年も持たずに退役手当をもらうことになるぞ。………つーか、あの旦那の話は残念だったな」
「ええ……」
「強がっていたが……あの旦那、右半身に麻痺が残っちまったってな。まだパイロットを止めるわけじゃないが、前線を退いて後方支援にまわされるってな」
救出当初、カルロスは身体には何の異常も無いと言っていたが、右半身に微量の麻痺を感じていたらしい。それが帰投後の精密検査でわかってしまい、カルロスには《フラクタル・ドライブ》の副作用、通称《フラクタル・イド》による障害が顕在化することとなった。
一度障害が発生してしまえば、それはつまり脳が《フラクタル・イド》に耐えきれなくなっていることを意味している。今は些細な違和感でも、ここからは加速度的に障害が増えていくことになる。
「あの旦那のような無茶を全て否定するつもりはない。今こうして俺たちが地上にいられるのだって、何割かはあの旦那……あるいは『魔王』のような人間が無茶を通してくれたからでもあるわけだしな。だが、してもいい無茶としてはいけない無茶ってのもある。勇気と無謀は違うって話だな。俺たちの隊にいる以上、そこはしっかり肝に銘じておけ」
言いながらマークはちらり、とカリンに視線を送る。その視線の意味を正確に理解したらしく、カリンは小さなアゴをうなずかせて了承の返事を返してから、唇を開いた。
「私たちは軍人だ。人々の血税を対価に、己の命と血肉、そして頭を代償として差し出す人間だ。だからこそ諦めるな。美辞麗句に彩られているからと、安易な死の誘いに従うな。新兵のうちは、まず自らが生き残る方法、そして生き残れば何ができるかを考えろ。……まあ、私に言われても説得力は無いかもしれないが、こう見えてお前よりははるかに場数を踏んでいる。私の判断力を信じろ。それができないのなら、私から上に言って班を外れてもらう。それがお互いのためだ」
「はい……」
うなずいてから、秋雄は居心地が悪いように視線を彷徨わせて、それから距離感を測るかのように言った。
「あの……質問よろしいですか?」
「なんだ?」
「……こうして軍になった以上、上官と部下になったわけですし、以前と違って敬語で話すべきですよね……?」
「……あ?」
秋雄の言葉が不意打ちだったらしく、カリンが怪訝に口を広げる。
後ろでマークが噴き出した。
「そういえばカリン中尉、士官学校ではタメ口で会話してたんですよね」
「う……そ、それは」
「あ……あはは、やっぱりダメですよね。すいません。忘れてください」
「い、いや……」
カリンが何を言うべきか迷った様子で手を虚空に伸ばす。それが宙をかいている間に、どこかはやし立てるような口調でマークが言った。
「俺たちはいいんですよ。俺たちは好きでこの口調ですから」
「し、しかし……」
「俺たちと最初に接する時も、口調に関しては好きなようにとおっしゃっていましたね」
ダリルも横で口添えする。
2人の部下のフォローを入れられても、むしろカリンは意固地になる様子で強い口調で言った。
「それでは班の風紀が締まらないだろ! マークやダリルは秋雄より経験が豊富で、年齢も上だ! それなのに秋雄だけがフランクだったら訳がわからなくなる!」
「え、カリンの口から風紀なんて言葉が出るんだ……?」
「悪いか! 私だって1年で少しぐらいは成長するんだ!」
素の口調で漏らした秋雄に食って掛かると、カリンはこめかみを抑えながら言った。
「私も……1年前はそういった形式とかは嫌いだった。それに自分が出世するとか部下を持つこととかには無頓着だった! だが班を運営する以上、班のムードとかも意識せねばならん! 秋雄には前言を覆すことになって悪いが、最低限、形式だけは整えてくれ!」
「いえ……それについては気にしていないから全然かまいませんけど……」
「けど? なんだ?」
聞き返してきたのは、カリンではなく微笑をたたえたマークだった。
「いや……カリンも色々成長したんだなぁ……って」
その不用意な発言が、カリンの中で何かがブチッと切れる音を誘発した。
「悪かったな! 私がお子様で! だがこれだけは言わせてもらう! お、ま、え、だけには! 言われたくない!」
「え、ええっ!? いや……まあ俺はバカですけど! そこまで言わなくても!」
「バカでアホなんだ! だいたい成長したっていうなら他に何か言うべきことはないのか!」
言いながら、カリンは伸びた黒髪を指先で払う。それから頬をわずかに染めながら、胸をそらす。
「……胸はさほど変わっていませんよね」
「くそっ! リサにはあんなになびいていたのにあたしは眼中になしか!?」
少なからず、この一年のうちにそれなりに蓄積していた自信が足場から崩され、カリンは威厳もへったくれもなしに鉄柱にローキックをかました。
それらを横で聞いていたマークは、腕を組んで宙に視線を彷徨わせた。
「はー。リサって言ったらあの金髪の女の子ですよね。憲兵隊に進んだっていう……。あー、もしかして」
何かに得心したらしく、マークは手をポケットにいれると、携帯端末を取り出す。
それから画面を操作し、秋雄の首に腕をまわすと、その眼前に端末の画面を差し出した。
「な、何っスカ? 先輩」
「いいからこれ見ろよ」
「ほっ、ほわっ!? こ、これは?」
「俺が訓練兵だったころの基地のアイドル、アンジェリカちゃん。で、こっちがステファニーちゃんで、こっちがミシェル。これはドナ」
「せ、先輩! この方々の連絡先を伺うことは……!」
「……おい、なんだその喰いつき様は」
明らかな反応の格差に、目が半眼になりつつカリンが訊ねる。
マークはひらひらと手を振りながら、秋雄を指さして言った。
「あー中尉。こいつ中尉ではダメです。白人系のブロンド美人専門ですわ。ちなみに胸の大きさは関係ありません」
「……胸囲で判断する男も大概だが、髪と肌の色で差別するのも大概だな! わかった、そっちが女と見ないのならこっちも容赦の必要はないよな?」
「い、いや別に女の子として扱わないとは言っていませんよ。……その、見れないだけで」
「なるほど、なるほど。了解した」
言いながら、カリンは指で首を掻っ切った。
死刑宣告である。
マークは、秋雄の首に手をまわしながら、先輩の教えを授けた。
「秋雄。これは覚えておくといい。機嫌の悪い上司と女の前では、正直者は馬鹿を見るってな」
「それ、教えてくれるのが遅いっすよ……」
ASUSは常備軍を持たない。
しかし、加盟団体から兵力を提供してもらい、連合軍を組織することができる。
EOMパンデミック後、ASUSはこの招集権を発動し続けており、主にEOMの災害から人類を守っている。
この軍は人類の統括された意思のもと組織されることから統括軍と呼ばれ、現在はその活動の大部分を地上に移している。また、現在地上に駐留している軍隊は全て統括軍だ。
これは地上の領土権についていずれの組織にも口出しさせないためだ。
治安を守っているのは人類全体の軍隊である統括軍であるから、誰の功績も関係ないという理屈によるものだ。(統括軍に提供する人材や資金の多寡は組織によって大きな隔たりがあるのだが、富める者が身銭を切るのは義務であるという原理に従い、実質的に多大な貢献をした者でもこの件については見返りを主張できない。統括軍とはあくまで人類全体の治安維持のための平和のための軍隊というのが基本理念であり、領土獲得などの経済活動のために用いられるわけではないという意思によるものだ)
これら統括軍に入っている兵士の多くは、ASUSに提供されているにすぎない。彼らは統括軍での階級とは別に、自分の組織からも階級を持っておるものが多く、古巣となる組織が存在する。
ただしアマルガムパイロットは、これらの話が当てはまらない例外的存在だ。
基本的にアマルガムパイロットはほぼ全て統括軍所属である。コロニーの防衛に当たるパイロットというのは当然いるのだが、彼らの所属はあくまで統括軍所属、もっとはっきり言うのならASUSの手の上だ。そして彼らは、コロニーなどの現地軍に『貸し出されている』にすぎないのである。
指揮系統も委譲されるため現地軍の戦力として組み込むことができるが、根本的にはASUSがパイロットの引き上げを命じればそれを拒めないことになり、やはりASUSがパイロットを管理していると言ってもいい。
ASUSは常備軍を持たないといったが、それは表向きの話であり、アマルガムパイロットは彼らが唯一保有する戦力と言われている。
『チューファー5』出身のはずのカリンが、故郷ではなく『シューティング・スター』に配属され、そして『サスガ』に出向するという経緯をたどった裏にはこういう理由がある。出身がどこのコロニーであろうと、パイロットになった以上は配属先はASUSの意向で決められる。そして指揮権も委譲されるため、配属先の都合で、籍は置いたまま出向という形で別の場所に飛ばされることがあるのだ。
面倒なこれらのシステムにももちろん理由がある。
ASUSがアマルガムのコア部分をブラックボックス化することでアマルガムの供給権を握ったことと同様、パイロットの管理も掌握しようとした故でのことだった。
アマルガムの数は希少であり、パイロットの適性のある人間もまた限られる。ASUSとしては両者を効率的に動かしたいわけで、そのためには乗り手の管理も自分たちで行った方が都合がいい。
また、アマルガムとパイロットがセットで動かすものである以上、パイロットの任官権も掌握しておかなければ、いざという時にパイロットを渡さないという交渉のカードを、他の組織に与えてしまうことになる。
このため、ASUSはアマルガムパイロットを他の組織が独自に所有するのを好まない。好まないだけで、規則で決められているわけではないのだが、ASUSがアマルガムの供給権を握っている以上、下手に明文化されている条文よりも拘束力が高いと言える。
かくして全体のほとんどのアマルガムパイロットはASUSによって決定し配置されるのだった。
グレンのような傭兵の存在は極めて稀であり、彼らを雇うことはASUSから多少睨まれることを承知の上で行う、雇い主側にとってもリスクのある行為だった。
定時で訓練を終えた秋雄やカリン達は、基地内のバーに姿を見せていた。
「へぇ、カズハとコジロウは今一緒なんだ」
辺りには軍服を着崩した人間や、仕事を終えたばかりと思われるつなぎ姿の人間などで、非常に賑わっている。
秋雄の歓迎会のために早々に訓練を終え、バーへと足を運んだのだ。飲酒のための年齢確認のために秋雄が実は23歳ということが判明する一幕を経て、思い思いの飲み物を注文し、酒のツマミがテーブルに並んでいる。一応言うとカリンはノンアルコールの炭酸飲料を注文した。
この場にはマークとダリルもいるのだが、秋雄とカリンの間柄、やはり榎原の話題が中心になった。マーク達も下士官上がりで士官学校というものを経験していないこともあり、士官学校での話を聞きたがり、榎原での思い出話と、カリンがいなくなってからの生徒たちの進路が盛んに話されていた。
「ええ、コジロウもカズハもともに実験部隊に配属されました。詳しいことは知りませんが、新武装のテストや評価を行う部隊だそうです」
「わりかしエリートが配属される部署じゃないか。運が良かったんだな」
相槌を打ったのはマークだった。合間に茶々を入れ、話の輪に加わるのが上手い男である。
「ええ、はい。それにはちょっとからくりもあるらしくて、コジロウの方は知りませんが、カズハの方は親のコネで入れられたらしいです」
「親の七光りって奴か……ろくでもない奴だな」
「いえ、逆です。カズハは親の反対を押し切ってパイロットになることを選んだんですけど、親の方が心配してしまって。前線に出ない実験部隊に配属されるよう、裏から手をまわしたそうなんです。本人は前線に出られないって不満げですよ。もちろん実験部隊も重要な仕事なので、それはそれで真面目にやっていると思いますが」
「話にはよく聞くが、そういうこともあるんだなぁ。親父さんは軍人?」
「いえ、大企業の社長令嬢です。たぶんマークさんでも名前ぐらいは聞いたことあると思うんですけど。……TMCです」
マークはあやうくビールを噴出しかけた。
複数のコロニーに渡って影響力を持つ大グループの根幹企業の名前がでてきたのだった。
「スケールが違いすぎるぜ……玉の輿を狙おうという気にもならん」
口ぶりからして秋雄から紹介でもしてもらおうと思ったのかもしれない。
「今はあれですよ、あれ。例の……なんでしたっけ」
「それだけ言われてもわかる奴いるわけないじゃないか」
カリンが憮然とこぼす。
秋雄は愛想笑いを浮かべて流し、必死に思い出す。
「ええっと……何だか画期的にアマルガムの機動制御が楽になるアルゴリズム。確か……ロバート。そう、ロバート・ウィンベルっていう謎の研究者が構築したっていうアルゴリズム!」
「なんだ? その謎の研究者って」
カリンが訝しむ。脇でマークが口を挟んだ。
「ASUSお抱えの研究者だろう。顔出しを嫌ってプロフィールを隠しているという」
「ええ。現代のプログラムってよほど画期的なものでなければどうしても大規模になるから、その反証っていうのがすごく大変なんです。どんなに凄い発見や画期的なアルゴリズムだって、それが間違っていないかだれかに確認してもらわないと、世間では認められないですよね」
「うーん……何かニュースペーパーで見たことあるな。どこぞの研究グループが新粒子を発見して報告したけど、しばらくどこも取り上げず、数年たって別の研究グループが検証してようやくその功績が認められたって」
「まさにそんな感じです。ですから、研究者というのは自分の権威を気にして、プロフィールを公開したがるんですよ。どこの研究室に所属しているとか、どこの有名大学を出たとか。そういう後ろ立てがあれば、それだけ取り合ってくれやすくなるからですね」
「そのロバートってのは、そういうのを非公開にしているということ? ASUS所属と言っていたけど」
「ええ、はい。ASUSは何人かの研究員をお抱えにしているんですけど、その中でもアドルフ・ガレノス博士の次に謎なぐらいの人です。一部では実は不道義技術に抵触する自己増殖型AIだとか、複数人で構成されたチームとか言われていますけど」
「そんなに凄いのか? そのロバートが発表したのは」
「えっと……ロバートっていう研究者はたくさんいるので、ウィンベルと呼ぶ方が一般的です。で、ウィンベル教授が作ったのは、脳波感応型のアシストシステムって言われているんです」
「脳波感応型………? 脳波を測定して、何かするの?」
「はい。脳波を測定してパイロットの動きを読み、それによって機体の重心制御をアシストするんです」
「? もう一回言って」
秋雄の説明に、カリンは疑問符を浮かべる。
「機体の重心制御を半自動化するアシストシステムなんですよ。正確には、脳波を測定してパイロットのしたいことを読み取り、それをサポートするように自動的にバランスをとって機体制御を簡単にするんです」
「……ようは、自転車の補助輪のようなものか? 未熟なパイロットでもバランスがとれるようになるっていう」
「そんなに万能なものではないですけど、中尉たちみたいに自在に機体を制御する人間なんて稀ですからね。普通の人には結構ありがたいプログラムですよ」
「……ちょっと待て」
眉根を寄せたのはマークだ。
「機体の重心制御のアシストは現在も行われている。ただ、あまりやりすぎるとパイロットの意識との齟齬……《フラクタル・イド》が増大するからすべてを自動化できないと聞いたが」
「そこなんですよ。ウィンベル教授のすごいところは」
「ほう?」
「《フラクタル・イド》が増大するどころか、むしろ低減されたんですよ。パイロットに認識の齟齬を与えるどころか、むしろ自然な一体感を与える、そんなプログラムなんだそうです」
「ほう……」
マークもカリンも息を飲む。
「……ちょっと興味が沸いてきたな」
アマルガムが人型を模している理由は、《フラクタル・イド》の増大を防ぐため。
パイロットは電脳世界に接続することで、実際に自分の手足を動かすことなく意識の世界でアマルガムを動かすことができる。
これだけの説明を話すと、パイロットはまるで自分の手足のように機体を動かすことができるように錯覚させてしまうかもしれないが、実際はそうではない。
アマルガムの肉体は、あくまで鋼の肉体。全身に神経が張り巡らされているわけではなく、あくまでそれは自分の肉体とは異なる部位だ。
例えるなら義手や義足、あるいは松葉杖に近い。それらを自在に使うのは難しく、ある程度の慣れがいる。それが、全身の内の一部分であればまだいいが、アマルガムは全身どころか、視神経や聴覚にあたるレンズやマイク、様々な計器類に及び、それらの制御を時速100キロを超える戦闘機動の中で行わなければならない。
加速世界のおかげでただ生身のまま動かすよりははるかに余裕を持って制御を行うことはできるが、それでもパイロットによって挙動が違うのはそれが一因だ。
基本的に集団戦となる対EOM戦では仲間や敵の動向を常に注意しなければならず、機体制御と平行して様々な情報を処理しなければならない。自在に動かせるのはよほどの加速世界に適性のある人間か、元々微細な機体コントロールが得意な人間に限られる。
ウィンベル教授という人間が開発したのは、そんな突出した才能を持たない人間でも操作が簡単になるよう、それをアシストするプログラムなのだろう。カリンやマーク達のように、高速戦闘を苦も無くこなせる人間には恩恵は薄いだろうが、そのレベルに達していないパイロットたちへの全体の底上げにつながるはずだ。
「ウィンベル教授は他にも色々と論文を書いているそうですよ。最近は自分でプログラムを組むことは減って、アルゴリズムの理論面を発表することが多いらしいですが」
「プログラムのことはよくわからないけど……。まあすごい人なんだな」
「エジソンとかレオナルド・ダヴィンチとか、そんな人なんでしょうね。ネットでは個人でこんなに多数の理論を考えられないとか言われて、集団であるという説と、いや、だからこそこれほどの開発力を持つチームが一個人を名乗る理由がない、と論争が起きてます」
「お前、そういう話題は昔から好きだよな。シュウともよく話し合っていたが」
「ええ。……シュウもアマルガムが開発される前は研究者を目指していたらしいですからね。……そういえば」
「なんだ?」
「ウィンベル教授が初期に発表した論文の中に……シュウが組んだ二刀流モジュールとよく似たものがあったような……」
「……おい、なんだあれは」
呆然とした声が漏れた。
それは、アマルガムを搭載した大型輸送機の操縦席に座る、年かさの経た機長の口から呟かれた。
機長よりかは幾分若い副機長が、ごくりと唾を鳴らしながら、それに答える。
「二丁拳銃……でしょうか。自分も初めて見ました」
遠隔視用のモニターの中に、2機のアマルガムの姿がある。
片方は、グレン・コウラギが機乗する黒紫色の機体『ランディーニ』。
こちらもこちらで、見慣れない新武装を所持しているのだが、それ以上に目を見張ったのはもう一つの機体。
憲兵隊を象徴する漆黒に塗り染められた機体、『アトモスフィア』。
パイロットはリサ・カークライト。
通常のアマルガムの規格を外れ、わずかに背の高い機体のために、汎用武器を装備できでなかったとは聞いている。専用装備を搭載し、グレンともどもその新兵装のテストを行うというのが、今回の任務の目的の一つであるが。
副機長が発言した通り、アトモスフィアが持っているのは二丁拳銃。
いや、より正確に言えば、銃身を切り詰められたソード・オフタイプのショットガンだ。
それを二丁。
そして、通常のアマルガムであれば、両肩の上に、ランチャーなどの大型火器などの副兵装を装備する。しかしアトモスフィアの背にあるのは、空中機動時の姿勢制御を目的としたスラスターを内蔵した可変翼。
その代わり、腰の部分に大型のライフルのようなものが装備されている。こちらも従来の装備に比べると銃身がわずかに短くなっており、今は腰の背部にマウントされている。察するに、戦闘時はスライドして銃口を前方にむけて発射するのか。
「……通常の装備が使いまわせないとは聞いていましたけど……また変わった機体ですね……」
「ああ……銃を二丁っていうのはわかるが……2丁拳銃だと? どんなコンセプトモデルだ……」
二刀流ほどではないが、銃を二丁持つこともまた珍しい。
EOMの不意の転移によって、急に接近戦を強いられた際の保険のために白兵武器を持っておくという意味合いも強いが、もう一つはやはり扱いづらく、実際に有効に使用できる者が少ないというのが理由だ。
銃という物は、ほんの微細な角度の違いから、着弾地点にはとてつもなく大きなズレが生まれる。風圧や重力、大気中の微粒子の影響も受けるため、当てるのは一丁の銃でも存外難しい。
そこを二丁に増やして弾数で補おうとしても、アマルガムの場合はエリュダイトという不安定な粒子を使うことと、パイロットへの《フラクタル・イド》の増大から、そこまでの連射性は発揮できず、効果的と呼べるほどの弾幕は形成できない。1丁の銃に注力し、正確に狙いを定めた方がいいことを、パイロット達は訓練の間に経験で学んでいく。
もし2丁の銃を使うとすれば、それは右手と左手という、異なる射角からの銃弾の軌道を正確に制御できる稀有な技術を持つ人間だ。
ただ、そうだとしても普通は遠距離用のライフルを使うのが普通だ。
短銃身であれば、おそらく命中性は長銃身の銃に劣ってしまうだろう。さらに彼らはそこまで見抜けなかったが、アトモスフィアが持つ二丁の銃はどちらも散弾銃。近距離でこそ絶大な火力を発揮するが、距離が離れるほど加速度的に威力が下がる、いわば銃という名の近接武器なのだ。
加速世界に身を置くアマルガムであれば、銃だけで近接戦闘を行うことも不可能ではない。しかし、それなら片手に白兵武器、もう片方にライフルを持つというスタンダードなスタイルがすでに存在している。
機長と副機長が抱いた疑問はそういうものだった。
「中距離戦を副兵装に依存した、新スタンダードな機体でしょうか。腰のライフルが主武器という」
厳密に定められているわけではないが、通常、手に持つ武器を主武装と呼び、それ以外の装備を副兵装と呼ぶ。通常のアマルガムであれば肩に背負う物だが、このアトモスフィアは、腰に装着した2門の可変式ライフルが副兵装に当たる。
アマルガムも人体同様、腕の方が自在に動かすことができるように設計されており、より多く使用する武器を腕に装備するのが普通で、主武器と言えば自然と腕に持つものになる。
だが新武装のテストということを鑑みて、あえて今の主流から外れて、腰の可変式ライフルに中距離戦を依存した、今までと異なる流れで設計された機体ではないかと副機長は言っているのだ。
しかし、同僚のその発言を聞いても機長は否定的だった。
「いやしかし……あの位置にあの長さじゃ、展開中は動きが制限されすぎだろう」
「そうですね……で、あれば」
自分でも、自分の推察に穴があると感じていたらしく、副機長はうなずいてから画面を操作して確認した。
「今回の作戦のもう一つの目的……EOMのデータ採集のための装備じゃないでしょうか」
ここは、アフリカ大陸に幾つか存在する『禁猟区』。
他でもない、EOMを放牧する場所だ。
その理由はEOMの種の保存のため――ではなく、主な理由は研究用のモルモットだ。
EOMの生態の研究や、武器のテストのためには、EOMがいなければまず始まらない。前線に出れば彼らはごまんといるとはいえ、いくら何でも前線でそれらを行うのはリスクが付きすぎる。
そこで用意されたのがここのような禁猟区だ。
アフリカ大陸には幸いというべきか、不毛な荒野や人が住むには難しい山脈が無数にある。そういった場所に誘致したEOMを、殲滅せずに孤立させ、後は数が増えすぎないように定期的に間引きしながら、数を管理するのだ。
今回の作戦の目的は、そんなEOM相手にランディーニとアトモスフィアの両機の新兵装を試すこと同時に、彼らも詳細は知らされていないが、EOMのデータを収集するという目的があった。
機長は、彼の経験でも看破できない事態に、興味深げに息を漏らした。
「ふむぅ……」
それから顎をさすりながら、重苦し気な声で呟いた。
「なんにしろ……彼らのお手並み拝見といこうか」
『てめぇら、そんなふざけた装備で本当に戦えるのか』
『シミュレータならお前が納得するまで動かしただろう。あとは設計通りに組みあがっているかどうかだ』
『しくじったら容赦なく見捨てるからな』
「容赦も何も、あんたいつもそうするでしょ」
グレン、シュウ、リサの3人が、ぴりぴりとした緊張感を漂わせながら応酬を行う。
その模様を、グレン側のAGオペレーターであるエルサ、シュウ側のAGオペレーターであるシェリルも傍受しているはずだが、マニュアル通り言葉を挟まない。
いや、エルサはともかくシェリルという少女は、立場上AGオペレーターの席についており一通りの仕事はこなせるのだが、その仕事を全てシュウに丸投げしている。本来AGオペレーターがこなすべき様々な雑事は、グレンに軽口を返しながらシュウが行っているのだった。
『ふん。じゃあ、打ち合わせ通り俺がサポートにつくぞ』
一方的に言い捨て回線が途切れる。それを確認して、ため息交じりにリサが漏らした。
「本当に、グレンは打ち合わせ通りに動いてくれるのかしら……」
その姿は心細げだ。集団戦となるアマルガムとEOMとの戦闘は、お互いの連携が鍵を握る。突然の独断専行は、上った梯子を突然外されることに等しい。
榎原の教官時代に、グレンが幾度も仲間を見捨てる姿を見ていたリサとしては、不安でしょうがないだろう。
一方、それをやらされた身であるシュウは断言した。
『大丈夫だ、実戦に限ってはそれはない』
「……本当かしら」
『あいつが優れている能力ってのは色々だけど、その一つは体感感覚だ。数字に表されたりとか、実際に目を見なくても、動きを少し見れば、大体の結果が予想できる』
「それはつまり……危なくなったら助けてくれるということ?」
『意味もなく見捨てたりはしないよ。少なくとも、俺たちがあいつにとって使えると思える動きをしている限りは』
「シビアな話ね……」
うんざりとした口調でリサは呟いた。
それから微笑む。
「じゃあ見せてやらないとね。私とあなたの連携を」
『俺たちの装備は伊達や酔狂じゃないさ。シミュレータであいつもそれを承知している。皮肉を言ってくるのはあいつのポーズだよ』
「子どもね……」
『……強いのさ』
シュウは自嘲めいて呟く。
『強いから、全てを敵にまわせる。強いから、誰が味方でなくとも戦える。それが、グレンさ』
「……認めているのね」
『これでも、微力ながら4年間あいつを支えてきた自負はある』
「それじゃあ……今しばらくは、私のフォローをお願いするわ」
『ああ。俺はきっとそのために、今、ここにいる』
(……………)
それらの回線を傍受しながら、AGオペレーターの席に座るシェリルは、通常のAGオペレーターが見るのとは異なる画面で、様々な波形を刻むグラフを見ていた。
それらは、シュウの精神状況をモニターしたグラフだ。――『原理が不明』とされるシュウの精神状況を、彼女がどのように測定しているのかは別として。
(……やはり、あれほど不安定だったカザハラの精神が、EOMへの戦闘行動を前にするほど沈静化している)
一切、シュウ達の状況には注意を払わず、グラフのみを見てそれを確認する。
(見た目では普通に見えて、シュウ・カザハラの精神はすでに壊滅している……今回のように『狩り』の機会を用意せず、格納庫で放置していれば、いずれ精神を自壊させていたでしょう)
表情を微動だにせず、機械的に出した推論を脳裏で呟む。
瞬き一つしないので、誰も彼女が何を考えているかなどわからない。
(彼もまた、この禁猟区に棲むEOMと同じ。生かさず、殺さず。適度にEOMの相手をさせながら、その経過を確認させていただくのが得策)
人類の英知とも言われるアドルフ・ガレノス博士の娘を名乗る少女は、一切の感情を表に出すことは無く、ただ事実のみを脳裏で呟いた。




