Effect30 負う物 -one's duty-
captain teemo on duty! ^v^
(特に関係はない)
『国家』。
この言葉はEOMパンデミック後、ほぼ意味を失うまでになっている。その一因はもちろん、EOMによって地上に数百あった国家が領土を失い、事実上滅んでしまったからだ。
残された領土は、宇宙に存在する15機のコロニーのみ。各コロニーには様々な国からの避難民が流入し、多様な国籍の人間が混在しており、そもそも国籍というものがあまり意味をなさなくなっている。
そして極めつけは、その残ったコロニーの中に、いずれの国家にも所属していないものが、幾つか存在するからだった。
コロニーの建造には莫大なコストが絡む関係上、国家規模のバックアップが必要不可欠だった。このため、一部の例外を除いてコロニーとは国家の所有物であった。
――だが。
EOMパンデミックの混乱の最中、元々の国家から離反したコロニーが幾つか出たのだ。
その内情は様々だ。混乱の中、事実上のクーデターで一部の人間が権力を奪った事例もあれば、コロニーの政治機能が麻痺することを怖れて止む無く離反した場合もある。
コロニーは宇宙という隔絶された環境のため、EOMパンデミック前から独自のコミュニティが形成されていた。そこにいかに祖国とはいえ、コロニーの実情を知らぬ者が来て政治を任せろと言われても、それに容易く頷くことはできない。
でなければ、逃げてきた彼らの代わりに、自分たちが宇宙の外に放り出される羽目になるかもしれなかったからだ。
コロニーは最先端の技術を味わえる場所と同時に、まだ安全性の確立されていない辺境という見方もある。コロニーによっては、立場の低い人間が島流しのように送られていたものもあったため、EOMパンデミックの最中で主従の逆転が発生したものもある。
自らと、自らの仲間の命のために、祖国の命令すら拒む。
それが必要とされる時代だったのだ。
「まあ、結局こうなるわけだな」
つまらなそうに、グレン・コウラギは鼻を鳴らした。
彼の視線の先には、げっそりとした顔でうなだれいているリサと、漆黒の機体――アトモスフィアがある。もっとも、装甲の追加を施され、専用装備を搭載された今の機体は、先の事件の時とは別の機体と見紛うほど外観が異なっていたが。
「どうやらそのようね……」
深い諦観をにじませた表情で、リサがうなずいた。
「上層部も何を考えているのかしら……技術提携という話は聞いたけど?」
リサの唇は、グレンの半歩後ろに控えるエルサにむけられていた。
エルサは事務的な表情を崩さずうなずき、流麗な言葉で紡いだ。
「私どもプロヴィデント社はアマルガム関連も含めて様々な研究をASUSと協力して行っております。今回で言えば、私どもの『ランディーニ』が使用している武装、そしてアトモスフィアに配備された新武装のテストと改修です」
エルサは左手をグレンの機体に、右手をアトモスフィアにむける。
グレンの機体は、先の『サスガ・エフェクト』で実際に搭乗した『プロヴィデント-PrtII』である。正式配備が開始された現在は、花の名前を名付ける慣習に乗っ取って『黒百合 』と呼ばれている。カラーリングも、よりグレン好みに黒紫色に変更されている。
一方、アトモスフィアの方もかなり外観が変わっている。薄かった装甲が追加されて、痩身だった体躯がいくらか無骨なものになっている。武装を搭載するための接続具が新たに付け足され、おそらく普通の人間が見てもアトモスフィアとはわかるまい。
カラーリングも、メッキ塗装用の味気ない灰色から、黒に変更されている。
本当は一度、リサの趣味で銀色だった時期があるのだが、リサの上官になったライラが『派手すぎて憲兵隊の風紀に合わない』と言い出し、今は憲兵隊を象徴する漆黒に塗り替えられている。
「アトモスフィアの武装は私どもが開発しました。その使い心地の意見交換と改修を平行できるのは、お互いに益があることかと思います」
エルサが見せた隙のない論調に、否定の言葉が思い浮かばずリサが目を瞬かせている。
それから、そっぽを向いて横目でグレンを見る。
「そこの男は了承したのかしら。私は顔も見たくなかったけど」
「うるせぇ女だな」
「胸に手を当てて心当たりを探してみれば?」
「………」
険悪のムードが漂うが、それを止める者はいない。
エルサは沈黙し――リサの背後にあるアトモスフィアも、沈黙している。
睨み合う2人を一瞥していたエルサが、わずかの間の後発言した。
「正直に申し上げれば、今回はグレンの希望もあるのです」
「え?」
リサが虚を突かれた顔でエルサの顔を振り返る。
一方、グレンは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、リサの脇を通り過ぎてその背後のアトモスフィアの脚部に手を添えた。
「おいてめぇ……。例のプログラミングモジュールの件だが」
『……今、迂闊に会話しにくい状況なんだが』
苦笑交じりの合成音が響く。
それはアトモスフィアに宿るシュウの意思が発したものだった。
『格納庫にいる全員が俺のことを知っているわけじゃない。会話を聞かれれば不審に思われる』
ここは機密区画の格納庫だが、今は移動してきたグレンに関連した装備と資材の搬入のために多くの人間が出入りしている。彼らの多くは、アトモスフィアにシュウの意志が宿っていることはもちろん、擬装用の身分である試作AI『トロポスフィア』すら知らない人間だ。迂闊な会話はできない。
ただし、そんなことがわからないほど、グレンは疎い人間でもない。
鼻を鳴らしながら言い返した。
「お前には文字通り人間離れセンサーがあるだろ。そいつで聞き耳立ててる奴がいないか監視していればいいだろうが」
「ちょっと……シュウをコンピュータ扱いするのはやめてもらえないかしら。シュウは確固たる人間よ」
これだけは譲れないといった調子でリサが言葉を放った。しかし当のシュウが、そんな彼女にむけてやんわりと言った。
『いや、いいから。グレンの口が悪いのは昔からだ。……グレン、俺のセンサーがあれば近づいてくる人間ぐらいはわかる。だが、俺の体は所詮対EOM用のアマルガムがベースなんだ。ハイテクな盗聴器みたいなものを隠し持たれていたら俺では見つけることができない』
「ふん。それを言うならお前の抜け目の無さだったらこんな迂闊なやりとりをしないだろうが。今の会話、すでに聞かれていたらアウトだぜ」
『……まあな』
だてにお互いに4年間を共にしていないということか。お互いの癖を見抜き、グレンはシュウが『真っ当に』返してきた時点で、その心配はないと見ぬいているのだ。
『だけど、盗聴の心配がないと言っているわけじゃない。万一俺たちの会話を聞かれたとしても、俺はそれで困らないと思っているだけだ』
「そうだったな。お前も俺同様、好き好んで黙っているわけじゃなかったな」
『俺たちの事を隠したいのはASUSだ。根本的な話で言えば、俺が自分の事を隠し通す理由は無い。あるとすれば、ASUSに脅されているからだ』
シュウの言葉にエルサがぴくりと眉を動かす。
「やはりシュウさん達にもそのような?」
「そりゃあもう。記録に残らないような遠回しなやりかたでね」
リサが腹に据えかねた様子で言う。
「私は軍人である父の話を事あるごとに持ち出されたし、シュウも叔母のシズクのことを言外に言われているわ。可哀そうなのはシズクさんよ。シュウのことを知らないで死んだものだと今も思っているのよ」
「まあ実際に死んだわけだけどな」
「……あんた、あたしにひっぱかれたいの!?」
「……グレン」
脅しではなく、本気でリサが言い募る。エルサも脇で柳眉を潜め、視線に非難するような色を浮かべた。
一方のグレンは、ふてぶてしい表情で言い捨てた。
「お前もそいつ自身も見ただろうが。コクピットから、シュウの遺体が運び出されるのを。奴の遺体には脳も含めて全ての臓器が揃っていたそうだぜ。他ならぬその遺体が検体として差し出される同意書にサインしたのも、そこのそいつのはずだ」
『……』
「お前が、俺の知るシュウ・カザハラだって言うなら当然気づいているはずだぜ。この矛盾に。まさか最後にシュウ・カザハラの魂が乗り移ったなんてファンタジーな考えを持っているわけじゃないだろう。お前自身が、自分が何者であるか。わかっていないはずだ」
グレンの指摘は適確であると言えた。あまりにも適確すぎて人の情緒に欠け、いたわりなど存在しないが、それこそがグレンという存在を象徴していると言えた。
そして、グレンの指摘通りシュウも気づいている。
シュウ・カザハラは死んだのだ。ASUSによって、彼には同名で公式サイボーグとしての戸籍が用意されているらしいが、そんなものは入れ物にすぎない。
『……たしかに、お前が言う通り、俺はシュウ・カザハラではないかもしれない』
「……やめてっ!」
込み上げるような声でその場を引き裂いたのは、リサだった。
「彼はシュウよ! 記憶もある。意志もある。じゃあシュウじゃないなら誰だって言うのよ!」
「だからそれを聞いているんだろうが。コピーなのか知らねぇが、シュウは死んだんだ」
「じゃあ彼に死ねって言うの? シュウが死んだから、こうして生きている彼も死ねというの?」
差し迫る口調で言うと、リサはグレンの胸倉をつかみかかる。
さしものグレンも勢いに呑まれたのか、動きを硬直化させる。そんな彼の顔面に、息が吹きかかるような距離でリサが叫んだ。
「そんなことがあっていいはずがない! シュウは自分の身を犠牲にしてまでたくさんの人を救った! そんな人が死んでいいはずがない! だから私は彼に死んでほしくない。シュウ本人なのかコピーなのかなんて関係ない。私が彼に死んでほしくないの!」
そこまで言い捨て、グレンの体を放り投げる。しかしグレンが頑強に地に足をつけていたため、反動で逆にリサの方が後ろに跳ね飛ばされる結果となった。
わずかにたたらを踏んでソールで足音を鳴らし、それからリサは、静かながらも力のこもった声で言った。
「誰もがあなたのように強い人ばかりじゃない。別れは……悲しいのよ」
「ふん……俺には理解できない感傷だ」
グレンは言い捨てたが、その横顔にはわずかにいつもの覇気が無かった。グレン・コウラギとて、決して人の心を持たないわけではないのだ。強がっているが彼には当然、人が通常持てるだろう感情も持ち合わせているはずなのである。
「だがまあ、お前がシュウだろうが偽物だろうが俺にはどうでもいい話だ。俺が聞きたいのは、お前がこの前渡したモジュールのことだ」
『……ああ。使い心地はどうだった?』
「悪くねぇ」
グレンは漏らし、それから怒涛のように注文をシュウに投げつけてきた。
シュウはそれらの一つ一つを聞き、答えを返している。
何事もなかったかのような話題の転換のさせ方だ。
たった今、存在を否定された者と否定した者同士であるはずなのだが。
(なによ……元チームメイトだからお互いの心の内がわかるってこと?)
存在否定とも言えるセリフを突きつけた者と、突きつけられた者同士が、対等な立場で忌憚無い意見をぶつけあっている。先ほどのやりとりなど微塵も感じさせないその姿に、
(男の子って、ずるい)
そんなそねみを浮かべるリサだった。
シュウ・カザハラは、《イモータル・クラフト》であるが故に実技の成績が奮わず、クラスでも下位の成績に甘んじていた。
一方で学業の方では優秀な成績をマークし、得意科目にバラつきがあるものの、総合的な評価で言えばクラスでも群を抜くほどの成績を持っていた。
――が、得意分野とすらされたそれらすら、実はシュウの実力はほとんど発揮されていなかった。
シュウ・カザハラは重度のPTSD――つまり精神疾患である。精神という言葉は広義では『心』を指す言葉だが、心因的な病気は、時に脳も含んだ臓器にも異常を与える。
シュウもそうであり、彼は慢性的な症状で日常的な生活すら並外れた苦痛を感じるものだった。EOMの挿絵一つで発作を起こし、それを強力な薬と並外れた精神力で押さえつけ、纏まらない思考を強引に制御し、それでいて並のクラスメイトを凌駕する成績を出していた。
そして機械の体となったことで、シュウは皮肉にもそれらの諸症状の大部分から解放された。その結果、シュウは常人離れした情報処理能力を発揮できるようになったのだ。
現在、シュウには『トロポスフィア』という身分の他にも『ロバート・ウィンベル』という名の新人気鋭の研究者としての身分がある。主にアマルガム関連の制御アルゴリズムに関する論文を発表しており、グレンにはテスターとしていくつかの試作プログラムを渡してある。
「自律制御の感度は悪くない。だが並列ロックオンでの重心制御にバラつきがあって銃口が定まらねぇ」
『ああ……すまない。それは俺も詰みきれてないことを感じていた。シームレスフェイスとの同期がとれてないんだ』
「シームレスフェイス? それはんだ?」
「ああ、シームレスフェイスというのは――」
(もう遠い存在ね)
リサは一人ごちた。
(1年前は私の方が教えていたなんて嘘みたい。ううん、当時でも知識に関しては私よりシュウの方が優れていた。シュウはそれを発揮できなかっただけ。アマルガムの操作もそう。シュウに教えることよりも、彼に学ぶことの方が多かったかもしれない)
独断行動を行うグレンを補佐することを繰り返し、そしてそれを可能とするシュウの先見の明は、派手さこそないが光るものがあった。
縁の下の力持ちとは必然的に黒子となるものだ。
なぜなら彼らこそが危機を未然に防ぐのであり、彼らが活躍するということはすなわち危機が存在せず、何事もなく過ぎていくからだ。
シュウとグレンの議論は熱を帯び、すでにパイロットの中でも頭脳派のリサでもわからない域に達している。そこでふと、リサはじっと佇むエルサに一瞥を送った。
エルサはマネージャーであると同時に、グレンのAGオペレータを務めている才女である。慇懃な態度を崩さない不思議な距離感を持つ女性だ。東洋人の血筋であることと背が低いこともあって、リサやグレンとともにいても同世代に見える。
(でも彼女がグレンの手綱をとっているのよね)
どういう仕組みなのか、リサとしては教えを乞いたいところだった。ただしグレンの目の前でそんな質問をすることはリサのプライドが許さず、当たり障りのないことを聞いた。
「エルサ、あなたは2人の話がわかる?」
「いいえ、私程度ではさすがに。お2人の話題ですから、お2人がわかればよろしいでしょう」
「そ……そうね。ところであなたは、これからのスケジュール、聞いてる?」
リサが訊ねると、それまでグレンを中心に据えていた視線を動かし、エルサはリサに視線をむけた。
青い瞳がリサを見据え、小さく首肯すると、薄い唇を開いた。
「はい。多少は、ですが。シュウさんを含めてASUSと共同研究をしながら北上し、最終的にはアルジェ基地にむかうことになっているようです」
「アルジェ基地……か。前線基地では唯一、宇宙港も備える主要基地の一つよね。そこからまた宇宙に飛び立つのかしら」
「さあ。それはわかりませんが。……宇宙が恋しいのですか?」
「ううん。そんなことはないわ。……ただ地上に来ても、不自由なのは変わらないってだけ」
リサの言葉に、エルサはわずかに視線を下げ、リサが袖を通す軍服とその階級章を見やる。
お世辞に似合っているとは言えない、漆黒の詰襟姿を見て、エルサは感想を述べた。
「監督する立場にも関わらず、監督されるとは、妙なものですね」
「しょうがないわ。今の私たちの状況は、杓子定規では測れない複雑なものだもの。エンドリック大佐のように閉じ込められないだけマシな話よ。そっちはどうなの?」
「……我が社とASUSは持ちつ持たれつです。全ての秘密を共有しているわけではないですが、お互いに切れるカードを用意しています。それを上手に切りながら、最低限の自由を確保している状況です」
「グレンは我儘だから、手を焼くでしょう?」
「ええ、まあ」
その時初めて、エルサは顔をほころばせた。
「ですからこそ、やりがいのある仕事です」
エルサが見せた表情に、一瞬呆けた顔で見つめながら、リサは浮かんだ疑問を述べた。
「あなた、グレンのマネージャーは志願したの?」
「その質問をする前に誤解があると思うのですが、私はシュウさんよりもグレンとは付き合いが長いのですよ?」
「え……そうなの?」
目をしばたかせると、リサは聞き返す。
「ってことは4年以上前……ってことよね。どういう接点があったの?」
「出会い自体はとるに足らないものです。ただ、彼は随分と退屈しているようですから、パイロットという道が面白そうだと、教えて差し上げたのが縁でしょうか」
「あなたがグレンにパイロットを目指すきっかけを与えたわけ……?」
エルサは短く首を傾げた。
「彼は人に言われて進路を変えるような人間ではありませんから、私がきっかけと言うと語弊があるようにも思われます。……たまたま、私が紹介したパイロットという職種が彼の欲求を満たしたようです」
「それこそ語弊があるわ……。パイロットに達成感を覚えるような人間じゃないでしょ、グレンは。合法的に銃をぶっ放せるから軍に入ったと同じ感覚でしょ」
「多少表現に違和感はありますが、否定はしません」
「……つまり、あなたは責任をとって……とこかしら」
おどけた調子でリサが言うと、エルサは目をしばたかせた後。わずかな微笑を刻んで首肯した。
「ええ、はい。……いえ。どちらかというと、私も、彼同様。彼のお守りをするのが面白そうだと感じたからでしょうか」
よくできた様子に、リサは心の底からため息が出た。
「あなたも奇特な人ね。私はごめんだわ」
「リサさんにはシュウさんがおられるますからね」
予想外の切り替えしをかけられ、リサの白い肌は容易に朱に染まった。
「か、勘違いしないでよね。別に私は、そんなシュウに変な感情とか抱いているわけじゃ……ないから」
「ええ、はい。ですが、男女の機微とは、得てしてそういうものです」
「だ、だから違うって」
手をぱたぱたと振りながら、紅潮する顔とともに払いのける。
エルサも、年下をからかう趣味は持っていないらしく、いつもの慇懃な顔のまま、話題を変えた。
「時にリサさん。カリンさんと連絡はとりあっていますか?」
「いいえ……? 憲兵隊に異動した時に遮断したわ。迂闊なことは話せないし、検閲されるとわかっているとメールを送る気にもならないから。私、テオと違って筆不精だし」
「でならばご存じないかもしれませんね。カリンさんと遠藤秋雄さんが、同じ隊に配属されました」
「は!? ……いや、まあ無い話ではないと思うけど。……っていうかなんでそのことをエルサが知っているの?」
「秋雄さんからグレン宛にメールが届きました」
「そっちこそ驚きよ……あの男、秋雄とメル友だったんだ」
「いえ。秋雄さん側から、時折一方的にメールが届けられるのです。最初に『どうせ読んでいないだろうけど』と断りを入れるところが秋雄さんらしいですね」
「……。相手にされないとわかっているのにメールを送る辺り、豆な性格ね、秋雄」
「グレンはついぞ返信を返したことはありませんが、必ず目を通してから、なんでいちいちこんなことを報告してくるんだ、と私に愚痴るあたり、グレンも秋雄さんのことを憎からず思っているようです」
「もうあんた達の愛情表現は私にはわからないわ」
手を宙に広げて、リサは肩をすくめる。
「そう……秋雄がねぇ。……その話、私よりもシュウにして上げた方が、喜ぶと思うわ」
「そうですか。でしたら、リサさんの口からお伝えください」
「まあ……かまわないけど」
嘆息を交えながらうなずく。
「結局訳がわからないわね。シュウの後を引き継いで班長になったから、グレンも少しは真面目になったかと思ったのに」
「私がグレンに言ったのですよ。実力は先の事件で見せていただいたので社も理解しています。ところが独断専行の件を懸念され、規律を守れる姿勢を見せて頂かないと契約の締結は難しいと。……そう言われて、規律を守る側でなく自ら班長になる辺りがグレンらしいですが」
「……俺様がルールを地で行く男が班長なんて……地獄だわ」
「チームメイトのコジロウさんとはいさかいが絶えなかったようですが。まあ、それでもどうにかなるのが男同士の友情というものでしょうか。委細は私にもわかりませんが」
「たぶんその場にいてもわからないわよ。……なるほど、あなたから焚きつけたのか。それならうなずけるわ」
「何がですか?」
「いえ……結局あの3人、優勝しちゃったことよ」
学年末トーナメント。
榎原士官学校のアマルガムパイロット科の生徒たちが学年末に行う、アマルガム同士の対抗戦の通称である。当日には一般人立ち入り禁止のはずの学校の敷地が解放され、試合内容が巨大スクリーンで上映される。もっぱら学外への宣伝が目的と噂のイベントだ。
ただこのイベント、実の所そうは大っぴらにはできないものだった。
アマルガム関連の技術はASUSが握っている通り、その技術をひけらかすことは、通常、容易にはできない行為である。
であるのだが、榎原士官学校は学年末トーナメントの詳細をASUSに報告していなかった。口コミで広がり、ASUSも当然知っていただろうが、特に何も言われないからこのまま続けよう、と内々に続けていたのが生徒も知らない実態だったのである。
そのために、あくまで学年行事の一環であると取り繕う努力はされており、観光ガイドには載せないよう旅行代理店にも打診し、やろうと思えば出店や広告費で利益が得られそうであっても、慎ましく開催されていた。
ところが、『サスガ・エフェクト』で在校生だったシュウとグレンが活躍をし、また校舎が崩壊し生徒たちが各地の学校に散ってしまったことで、この学年末トーナメントの存在も、広く世間に知られることになった。
――実際にメディアでもほとんど放送されないアマルガム同士の戦いが見られる。
――しかも今年は、『サスガ・エフェクト』の英雄の一人、グレン・コウラギがいる。
なのであれば、見てみたい。
そういう意見が広く寄せられることとなった。
しかし榎原士官学校はすでになく、その意見は榎原の生徒たちが分散転入した各士官学校に届けられることになる。
さてどうしよう、と考えた各士官学校は、協議を持ち、一つの決断を下した。
――もう大っぴらにやってしまうか。
かくして行われることになったのが、コロニー『サスガ』内の全士官学校を巻き込んでのアマルガム同士の対抗戦、『闘機祭』。
来年以降は競技を増やす計画も話されているが、今年は学年末トーナメント同様、アマルガム同士の対戦のみが実施された。それを、各士官学校の最上級生徒が参加して行う。
この大会に関してはASUSに正式に打診し、条件付きで承認された、公式的な大会と言える。
そして、この大会に元E班――シュウの後を引き継いで班長となったグレン、遠藤秋雄、戸坂コジロウも参加する。シュウが抜けた穴は、下級生が特例で出場することで補った。
そして、元E班は実際に第一回目のこの大会で優勝してしまったのだ。
それは、素人目に見ても鮮やかな戦いぶりだった。
正直な話でいうと、訓練生程度の人間の対戦を見ても、アマルガムにふれたことのない人間には物珍しさこそ当初はあっても、退屈を感じただろう。重心が高い位置にある不安定な二足歩行のアマルガムのバランス制御は難しく、並みの腕では緩慢とした寸劇のような挙動しかできない。
だが、グレンの動きは明らかに違っていた。
出場者たちの機体性能の差は全て一律。現在前線で活躍している汎用機の幾つかから好きなのを選び、後は規定内で搭載した武装が違うだけで、性能の違いというものはほとんどない。
そんな中、アニメの中で量産期を圧倒する主人公機のように、一人鮮やかな機動で、他を圧倒する姿は、一種爽快ですらあった。
そこに秋雄の精密な狙撃が確実に敵を打ち落としていき、グレンの無茶な機動をコジロウが密かにフォローしてささえていく。臨時で入った下級生は、正直3人の動きにはついていけていなかったが、そんなハンデをものともせず、彼ら元E班は順調ともいえる動きで優勝したのだ。
グレン・コウラギの鮮やかさは、別段コアなファンでもない人間の脳裏にも焼き付くほど、印象的なものだった。
……だが。
試合終了後の戦績発表の段取りになって、もう一人の主人公が登場する。
撃墜数19/24。
優勝した元E班が倒した24機の内、その内の75%を1人が撃ち落としていたことが試合後の戦績発表で判明したのだ。この撃墜数は、全参加者を含めても2位以下にダブルスコアを叩きだしている。
そしてそれを成し遂げたのは、あれほど鮮やかな動きを見せたグレンではなかった。
それは誰か。――それが誰なのか、すぐにはわからなかったのである。
なぜかというと、今大会ではすべての生徒の名前が非公開だったからだ。
すごく今更な話であるが、今大会は通常のスポーツ大会とは違う。色々と突っ込みがありそうだが、これはあくまで軍事学校のカリキュラムなのである。作戦行動の詳細が一般にほとんど公表されないのと同様に、生徒たちの名前は秘匿されていた。グレンのみは、内部リークによってどのチームのどの機体であるかは公然の秘密状態であったが、例えば遠藤秋雄や戸坂コジロウなどは、その名前すら知られていなかった。
この圧倒的な戦績と、さらに有志によって、このXが大会の中で見せた達人芸、いわゆる着弾までのラグまで見越して敵の移動先を打ち抜く『偏差射ち』といった技術などのシーンを取り上げた動画が投稿されることによって、このXの存在もまた、グレンと並ぶ第一回目の大会の話題を攫う存在となった。
候補生制度で採用されることになった第一期生は、基本的に初期公募に漏れた人材で構成され『外れ年』とされていた。しかしこのXは、シュウ・カザハラ、グレン・コウラギに続くその例外、『第三のこぼれ種』とされ、そこから『サード・シード』と呼ばれることになったのだ。
そう、このXとは遠藤秋雄である。
「カリン中尉。本当ですか?」
「う、うん」
普段は寡黙なダリルが喰い気味にかけてきた問いに、カリンは思わず背を逸らしながらうなずいた。
正確に言えばただ再確認に訊ねられただけなのだが、剛直な気質のある部下がずいっと踏み込んで念押ししてきたとなれば、体格差もあって多少身構えてしまうのも仕方ないだろう。
「まー。上でどのようなやりとりがあったかはあたしは知らないけどね。そういうわけで、遠藤秋雄はうちで引き取るよ」
そう――辞令によって正式に、『サード・シード』遠藤秋雄はカリン班の配属となった。
カリンはノータッチだ。上からの意向調査にも、全て『上の決定に従います』と判を押すように答えたのだが、カルロスの思惑通りの結果となった。カルロス曰はく『コネは無いが熱意で押し切る』とのことだったが、それが報われたということだろう。
それだけ聞けば満足だったらしく、ダリルは通常通りの無言モードに入った。
そんな風に同僚の気が済んだことを確認して、マークが物思いにふけるように腕組みしながら口を開いた。
「秋雄の腕は動画で見た時と遜色ないレベルでしたね。実戦でどこまで動けるか不安でしたけど、あれは新兵の動きじゃないですよ」
「おや、あんたが手放しに褒めるなんて珍しいね」
「いや……だから怖いっていう話ですよ。つまり、正規の手順を踏んでいないってことですからね。誰しもが失敗や恐怖を経験して前に進んでいく。じゃあその経験をせずに一足飛びに来る奴がいたら、いざって時にどんなことをやらかすかわかりませんからね」
「そういう怖さは、秋雄にもあるだろうね」
「だが天才というのはある意味でそういうものだ」
野太く言葉を発したのはダリルだった。
「人と違うから天才であるのだし、だからこそ人と違うことができるのだ。デメリットばかりに目をむけてもしょうがない」
「……ま、つまりはあたしたちで可愛がってやりましょうって話だね」
カリンは言いながら、入り口の方へと流し目を送った。
そこには、カリン達がたむろしていた訓練場屋内に、おずおずと顔を出した秋雄の姿があった。
カリンの視線に気が付くと秋雄は、胸を張った姿勢で敬礼を送った。
「本日からお世話になることになりました遠藤秋雄少尉です! よろしくお願いします」
「挨拶はまだだったな」
長い髪をそよがしながら、カリンはダリルとマークの背後にまわると2人の背中を押した。
「ダリルにマークだ。見ての通りあたしたちより年を喰っている。敬意を払え」
「マークだ。見ての通り上官は寛大なお方だ。無礼講で構わない事を率先して実行なさっている」
「ふふふ、うちの班はアットホームだろう?」
マークとカリンの2人が言葉とは裏腹に視線で火花を散らす。
そんな2人を見えていないが如く、ダリルは進み出て秋雄に握手を求めてきた。
「ダリルだ。よろしく頼む。『サード・シード』」
差し出された角ばった手を握り返しながら、秋雄はダリルの顔を見上げた。
「どうも……あの、その『サード・シード』ってやめていただけませんか?」
「……なんでだ?」
「それって噂が独り歩きしただけでしょう?」
真顔で聞き返した秋雄を、ダリルの蒼い瞳がじっと覗き込んだ。
その背後でカリンから目を離したマークが陽気な声で言った。
「日本人特有の美的感覚でしょう。自分をあえて下に置いて相手を立たせる謙遜です。『オクユカシイ』精神って奴」
「いや違うね」
カリンは素っ気なく口にした。
「本当にそう思ってるのさ。長らく埋もれていたから、しみったれの落ちこぼれ根性が染みついてんのさ」
カリンはツカツカと歩み寄ると秋雄の体を見上げる。
白人の血を引くマーク、ダリルと比べると秋雄の背は幾らか小さい。だがそれでもカリンとの上背の差はそれなりにある。見なかった一年の間に髪を伸ばし、色々と成長したカリンを間近に見て秋雄は1年という歳月が長いものだったんだなと感慨を浮かべた。
「あんたもしゃんとしなって。もういっぱしの軍人なんだからさ」
「はぁ……でも……」
そんなカリンに奮い立たされても、秋雄は煮え切らない様子だった。
それから曖昧な笑み――マークの言うところの『実に日本人らしい笑み』を浮かべて、言葉を濁した。
「やっぱり俺が三番目のこぼれ種っていうのはちょっと……。グレンやシュウと同じに扱われるなんて」
それを聞いたカリンは、拳を握りしめると思いっきり振り抜いた。
鉄拳制裁である。
吹き飛んだ秋雄の体を見下ろしつつ、拳の痛みを振り払いながら、カリンは声を荒らげた。
「煮え切らねぇ男だな! 実態なんてどうでもいいんだよ! 男ならそう呼ばれるならそうなってやるって自分を奮い立たせるもんじゃないのか!」
「……ぐああ天井が………」
「マーク、ダリル! こいつの歓迎会始めるぞ!」
「やれやれ……気の早い話ですね」
カリンの手の早さに一瞬虚を奪われつつ、(この時に、それほど秋雄は問題児だったんだな、とマークは実感した)、マークはシニカルな笑みを浮かべた。
「で何をやるんです? 走り込みですか? それとも仮想訓練?」
「そんななまっちろいものじゃねぇよ。こいつの一番の欠点だ」
言いつつ、カリンが取り出したもの、それは――
「筆記だ!」
図形や文字がずらりと並んだ紙束だった。
「……え、筆記?」
マークもダリルも機先を制された様子で体を硬直させている。
カリンは紙束を叩きながら、かつて教鞭をとっていた時のことを述懐した。
「こいつ、あの問題児だらけの班で4年間まともに過ごしていたんだから、とにかく鈍いんだよ。肉体的なしごきも精神的なしごきもどこまで効果あるかわかんねぇ。でも一つだけはっきりしていることがある。こいつのウィークポイントは頭の悪さだ」
「はあ………。いや下士官上がりの俺たちも大したものじゃないですけど。中尉も人の事言えるんですか?」
「あたしのことはいいんだ。とにかく、こいつが士官学校で学んだことをどれだけ覚えているかチェックしておくぞ。お前たちもこいつとチームを組むのならこいつの頭の悪さは理解しておくに越したことはない」
「え……はは……冗談ですよね?」
愛想笑いを浮かべつつ、慈悲を乞うかのように秋雄はカリンを見上げた。
カリンは、実に不敵な笑みを浮かべつつ、その胸に紙束を押し付けた。
「制限時間は1時間。マーク式じゃないから解答欄が1つずれていたなんて言い訳は通用しない。覚悟はいいな?」
「ああ、今のは容赦しねぇからはやく頭を切り替えた方がいいぞって意味な」
横からマークが実にありがたい翻訳をしてくれている。秋雄もカリンとは付き合いがあるので、言われなくてもわかっていたが。
遠藤秋雄は、新兵らしい”洗礼”を受けて、新しい班での生活をスタートさせた。




