表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/56

Effect28 玄関口 -entrance-

次回か次々回あたりに登場人物表を挟もうかと思っています。

最低限、新キャラか既存キャラかわかるぐらいの簡単なのを。

まだ未登場ですが第二部に登場予定のあるキャラクターの名前は乗せるつもりです。

どうしてもネタバレが気になる方は見ないようお願いします。

 カリン達がタンザナ基地に異動して少し経った後。

 旧アルジェリアの首都アルジェにあるアルジェ基地の士官用宿舎の一室では、

タンクトップに短パンとラフな装いに身を包んだ女性が、携帯端末を耳に当てながら胡乱気な声を上げた。


「はぁ? 秋雄があんたの隊に配属されたぁ?」


 女性といっても、彼女は今年二十歳になったばかりだ。

 豊かなバストと押し上げるようなヒップが肉感的である。粗野な言葉遣いであるが、肌の露出の多い服装をしていることもあって、対面すれば女性であることを意識しないわけにはいかないだろう。


「へぇ~……秋雄があんたの隊にねぇ……まあ確かにあんたの隊とは相性はいいと思うけど。え、なに? 別に変な意味じゃないよ」


 端末越しにどんな言葉をかけられたのか、笑い飛ばしながら言う。


「まあいい機会だし昔みたいに鍛えてやんな。ちょっとぐらい手のかかる奴がいた方が勉強になるよ。あはは。それじゃあたしは忙しいんで」


 端末越しに不平混じりの声が漏れてきたが、苦笑を浮かべて流して、彼女――テオトール・マクレディガンは通信をきった。

 端末を胸に抱き、しばし余韻を味わうかのように思索にふけると、今度は嘆息交じりに半眼だけ開いて視線を床へと這わせた。


「で、うちの問題児さん。何か言いたいことある?」


 そこには金髪ツインテールの少女が床に組み伏せられていた。少女趣味のその髪型が似合うぐらいには愛嬌のある顔立ちなのだが、視線は半泣きになってテオのことを親の仇のように睨んでいる。今にも食って掛からんとした形相だが、組み伏せられており、傍らにしゃがみこむ黒髪の少女がおそるおそる伸ばした手で口を塞がれているため、口も手も足も出せない状況だ。

 金髪の少女を組み伏せているのは、赤毛の少年だ。身長は男性にしては小柄だが、肩幅ががっしりとしておりよく鍛えていることが伺える。逆腕をとって膝で押さえつけるという容赦のない組み伏せ方だったが、やっていることに反して本人はどこか嫌そうというか諦めの浮いた顔であった。


「リコ、タチアナ。離してやんな」


 口を塞いでいた黒髪の少女(タチアナ)はおずおずと金髪の少女から手を離し、抑え付けていた赤毛の少年(リコ)はゆっくりと金髪の少女を解放する。

 様子からしてすぐに暴れるかとも思われた金髪の少女だが、一しきりうなった後、批難するような声色で叫んだ。


「なんでですかテオ隊長! お話しするぐらいいいじゃないですか!」

「これはプライベート回線であたし用の端末にあたし宛にかけられたものだ。よってお前に取り次ぐ義務はない。以上」

「いいじゃないですか減るものじゃないですし! 私だってカリン中尉とお話したいんですよ――!」

「あんたのミーハー趣味なんて知ったことか! 時間が減るんだよ時間が!」


 静かな声色で一喝する。元々声量が多いので、さほど大声でなくとも迫力がある。

 金髪の少女ソーニャは、自他ともに認めるカリン・リーの熱烈なファンだった。テオの手から携帯端末を奪いカリンに直接ラブコールを送ろうと試みるぐらいには、熱烈である。そんな彼女を総出で押さえつけたのが、先ほどの光景の理由だ。

 回線が切れた時点でもう無駄だと悟ったのか、ソーニャも抵抗しない。テオは手を叩いて3人を促した。


「ほらほら。ミーティング始めるぞ! 3人とも横に並べ!」


 右手から黒髪の少女、金髪の少女、赤毛の少年という順で床に座った。残念ながら1人用の狭い部屋なので、来客用の椅子などはない。

 

 タチアナ・トルスタヤ

 ソーニャ・リューリカ

 リコ・シュタイナー


 テオの部下となった3人の少年少女の名前である。

 タチアナ、ソーニャは共にロシア系、リコは西洋系の名前だ。3人ともデパーチ・チルドレンだが、その中でもカリンと同様、終盤の募集のほぼ年齢制限ぎりぎりに滑り込んだ最後のデパーチ・チルドレンである。秋雄たち候補生制度の第一期生を含めても、パイロットの中で最年少に入る部類だ。

 『サスガ・エフェクト』時の功績を認められ異例とも言える速さで隊長職についたテオとカリンの2人だったが、2人のその後の偏向性は真逆と言ってもいい。

 カリンは年長の部下を率いて、あちこちの戦場を渡り歩き、とにかく場数を踏んだ実践的な道を進んでいる。

 一方テオは、年若いパイロットを率いて、同じ基地に配属されての定点防御が主である。EOMとの交戦は地上に来てから数えるほどしかなく、勘を鈍らせないために仮想訓練筐体にお世話になる毎日だった。その代わり、複数の班での連携訓練を日々こなし、座学で戦術知識も身に着け、より指揮官らしい経験を多く積んでいる。

 もう一つ、カリン班は近接戦闘を主体とした切り込み役であるが、テオの班は全員、後方からの支援砲撃に特化した支援班であるのも大きな違いだ。EOMを食い止めるフォワードが存在しないため班単独では真価を発揮できないが、前衛として立ってくれる別の班がいれば連携して威力を発揮できる、集団戦闘の花形とも言える。

 しかし悩みの種はやはり実戦経験を詰めない事。

 そもそも幼い部下3人は実践経験が驚くほど少ない。効率が悪いことを自覚しながらも、こうして日々のミーティングでお互いの齟齬を埋める努力をしなければいけない。


「……やる気があるのはいいことだけど、ソーニャはやっぱり突出するきらいがある。普段はそれでいいんだけど、EOMの厄介なところはどこにでも転移してくることだ。後方からの支援部隊であるあたしたちは間近にEOMが転移されると対処に手間取る。そうしてあたしたちの支援が途切れれば、前線のパイロット達の負担が増えて前線が崩れる。そうならないように、後方の私たちがEOMの転移に備えて常にフォーメーションを維持しなければいけないんだ」

「それは……わかりますけど……」


 歯切れの悪い口調でソーニャが、傍らの黒髪の少女を見る。黒髪の少女は肩をちぢこませた。


「ご、ごめんなさい。私が、動きが遅いから……」

「まあ、タチアナはもうちょっと思い切りがよくてもいいかもな。私たちが躊躇していたらそれだけ前線の負担が増えるんだ。踏み込めるところは踏み込んでいきたい。で、リコ」

「はい、何でしょうか」

「あんたは判断に迷いが見られるな。ソーニャが突出していてタチアナが遅れている時、どちらとも言えない中途半端な位置に着くことが多い。そういう時は思い切って偏れ。あとははぐれた方が勝手に自分で判断するだろう。あんたはいざという時のうちの核なんだからな」

「……了解しました」


 リコは表情の読めない顔でうなずく。他人に対して警戒心の強い様子が見て取れた。


「これで今日のミーティングは終わり。あとは自由にしていいよ?」


 テオが人好きのする気取らない笑みを浮かべる。魅力的な笑顔だった。

 リコ、タチアナが腰を上げようとする中、ソーニャが手を上げた。


「テオ隊長! 質問があります!」

「なんだい?」

「リー中尉の端末番号を教えてください!」

「却下だ!」


 返答と同時に、そばにあった枕を投げる。顔面で受け止めたソーニャが「きゃっ」と悲鳴を上げて後ろに倒れ込んだ。タチアナが慌てて起こしにかかり、リコがやれやれと言った様子で体を支えてやる。


(にしても、タンザナ基地か)


 現在カリン班がいる、旧ウガンダ領に建造された基地のことだ。少し前まではどちらかというとアフリカ大陸の南で活動していたカリン班が、ここのところ北上する気配を見せていた。


(現在、うちの基地では例の計画が進行しているし……もしかしてカリン班もそれに参加を? いや違う。カリン班の用途を考えて、例の計画のために空いた穴を埋めるための補助要員ってところが妥当な線か)


 脳裏で計算を働かせながら、ふと、テオは助け起こされているソーニャを見た。


(もしかしてカリンとは直接顔を合わせる機会もあるかもね。……ま、教えてやらないけど)


 確実なことではないし、期待させるだけ損だと思っての事だったが、少し意地の悪い笑みを浮かべながら部下をみやる。

 と、いよいよ退出する間際になって、戸口に立ったリコが室内をふりかえってきた。


「ん? どうかしたかい?」


 首をかしげてたずねかけると、リコは視線を逸らした。それは惜しげも無く肌を晒すテオに遠慮してのことだったが、テオには自覚したところはない。

 リコは視線を逸らしながら口を開いた。


「さきほどリー中尉との通信ででてきた秋雄とは、遠藤秋雄のことですか?」

「ん? そうだけど?」

「遠藤秋雄っ!?」


 素っ頓狂な声は、すでに部屋から退出したと思われたソーニャだった。


「カリン中尉の班に配属されたのって、あの『サード・シード』遠藤秋雄なんですか!?」

「あ、ああ……そうだよ」

「く、くぅうぅ……よりによって同じ狙撃手に残りの席をとられるなんて!」


 どうやらソーニャ、この口ぶりからして3人班だったカリン班の最後の席を本気で狙っていたらしい。それが、自分と同じ大口径ライフルを操る秋雄にとられたのが悔しくて仕方ないのだろう。

 地団駄を踏んで悔しがる部下を見つつ、ふとテオに感傷めいた感慨がもたげた。


(あたしも、あの子らも、随分偉くなっちまったねぇ……)


 1年前までは思ってもみなかったことだった。

 シュウ・カザハラ、グレン・コウラギ、『シューティング・スター』の三姉妹(スリー・シスターズ)、『サード・シード』。ニュースサイトで自分たちの名前がでるなどとは思ってもみなかった。出るとすれば、それは戦死者名簿とかその程度だと思っていた。

 ただ――その中で、戦死したシュウ・カザハラを除いて一人、所在が全くつかめない人間がいる。


(リサ……あんたは今どこにいるんだい……?)


 リサ・カークライト。ともに『サスガ・エフェクト』を乗り切った同僚は、その後行方を晦ませた。

 『サスガ・エフェクト』直後は言葉をかわす時間ぐらいはあったのだが、そのころからリサの様子がおかしかった。何か隠し事をしているようで歯切れが悪く、時々何かをこらえるかのような表情を浮かべていた。様子がおかしかったのはカリンも同様ではあったが、その心情を推察できる分、カリンの方が理解ができた。そして傍から見る限りカリンの方が重く、テオはそちらにばかり注力していた。

 そうしてお互いの溝を埋める機会がないまま、リサは憲兵隊の配属が決まってしまい、突然連絡が遮断されてしまったのだ。これはテオにとっても大きな誤算であり、リサが今どこにいるのかもつかめない。

 テオとカリンの昇進も異例なことではあったが、リサが憲兵隊になったのはそれに群を抜いて異常なことだった。彼女が今どのような立場に立たされているかは、テオの感知の外にいる。


(元気にしているといいけどね……)


 胸中で案じながら、テオはベッドの上に放置していた携帯端末に視線をむけた。







「困ったわね……」


 透き通るようなソプラノが、憂いを帯びて奏でられる。

 ブラックアウトした端末を片手にした金髪の少女が、白皙の肌に憂慮を浮かべていた。

 彼女がいるのはかつて南アフリカがあった土地に再建された宇宙シャトルの発着ロビー。

 普通であれば彼女に声をかける男性の1人2人いても不思議でない状況だが、今そのような人影はない。ロビーは非常に閑散としており、銃を持った警備員と職員の姿が散見される程度だ。

 それもそのはずで、地上と宇宙の渡航は未だ著しく制限されており、利用者が極端に少ない。職員たちも防犯上の理由から利用者に声をかけてはいけないことになっており、2人分のキャリーバッグを脇に佇む彼女に声をかける者はいなかった。


「あれ、リサさんですか?」


 ――そう思われたのだが、背後から声をかけられた。

 虚をつかれた問いかけに、リサは背後を振り返る。

 そこに立っていたのは黒髪黒瞳の小柄な女性だ。東洋系の血を引いているように見えるが、顔立ちからして異なる血筋も混ざっているのは間違いないだろう。ぴっちりとしたパンツスーツを着込んでおり、背が低いながらも品行性のある整った色香が漂っている。


「えっと……あれ、エルサさん?」

「奇遇ですね。リサさんたちも地上に来られていたのですか?」

「奇遇っていうか……そんな偶然あるの?」

「さあ。少なくとも私は何も知らされていませんが」


 エルサと呼ばれた女性は事務的に答える。

 不意の出会いから立ち直ったリサは、はっと身構え周囲を見渡した後、エルサが引く2人分のキャリーバッグに目を止めた。


「エルサがいるってことは、あいつもいるの……?」

「ええはい。私は彼のマネージャーですから。リサさんも同行者がおられるようですね?」


 エルサの視線はリサの脇にある2人分のキャリーバッグに注がれている。それからまわりを見ても同行者らしき人影が見つからない事を確認すると、納得したようにうなずいた。


「そして同様に、同行者が迷子になってしまったようですね」

「ええ……。ってグレンも?」


 リサが訊ね返した時だった。彼女の背後から粗野な声が響いた。


「ほら言った通りじゃねぇか」

「し、しかし案内板では確かに……」

「だからあれは出発ロビーを指してるんだっての……。左から入ってきて何で右に出ていくんだよ」


 声のした方をおそるおそる振り返れば、一応は彼女の教え子だったグレン・コウラギと、彼女の上官であるライラ・マルベスタの姿があった。ライラは中東系の血筋と思われる浅黒い肌の長身の女性であり、グレンと並んでいても遜色ない背丈だ。

 しかしそんな彼女も、今は心なしか肩をしょんぼりとさせている。リサは彼女に声をかけようか決めあぐねていると、先にグレンが彼女に気づいた。


「うん……リサじゃねぇか。なんで地上にいるんだ」

「あ、あなたこそ何でライラ中佐と一緒にいるのよ!」

「あ? こいつに道を聞かれたから案内したんだよ。本人はさんざんいちゃもんをつけて余計な時間をとらせたけどな」

「いやしかし……ぐぬぬぬぬ」


 ライラは未だ納得していない様子でうなっているが、リサは彼女の方向音痴を知っているので異論はない。そもそものリサの付き添いも、彼女の道案内兼お目付け役だったのが実際の所だ。

 それならなんで目を離したのか、と聞かれれば困るところだが、根が生真面目なリサは上官権限を使われると弱い。付き合いの浅さから、彼女の方向音痴ぶりを甘く見ていたのもある。


「で、でもあなた、ようやく出撃命令が出たって……!」

「あ? だから地上に来たんだろうが。ここ以上にEOMがいる場所なんて無いだろうが。そういうお前こそようやく『ラボ』から出られるなんてはしゃいでいたじゃねぇか」

「あ、あたしも地上で任務があるからよ……!」


 唇を滑らせたリサに気づき、ライラがジロりと睨んでくる。リサはハッと口をつぐみ、言葉を飲み込んだ。


「ふん」


 グレンは一度鼻を鳴らすと、ちらりとライラを一瞥した後、彼女を親指で指さしながらぞんざいに口を開いた。


「じゃあこいつもシュウのことを知っているのか」

「ばっ……!」


 リサは絶句し、全速力で駆けてグレンの首を掴んだ。


(あんた正気!? それ暴露するの扇動容疑が掛けられかねない事案案件って説明されたでしょ!?)

(あ? だから不審がられないように気を使ったんだろうが。別にシュウの話題を振るぐらいおかしくはないだろ)

(だからって不意打ちしすぎよ! っていうか今ので私の心証悪くなかったから本気で止めて!)


 リサのその言葉がグレンの琴線に触れたらしく、おもむろにリサの束縛を振り払うと声を荒らげた。


「お前の事情なんて知るか! で、どうなんだ!?」

「し、知ってるわよ! ええ、私の上官ですから知ってるわよ、そりゃ!」


 若干半切れになりつつリサも釣られて声を荒らげる。


「でも迂闊にそれ口に出さないでよね!? 公私混同ってものがあるでしょ!」


 公私混同どころか非常に公的なことに絡む問題なのだが、半ば悲鳴を上げる心持でリサは声を上げた。士官候補生時代も含めて、このグレンという男を制御できた試しが無い。非合理で無軌道で社会性に欠けるグレンの行動は、リサに理解しろと言われても致命的に相性が悪い。


「それを言えば話が早いんだよ。あいつも来ているのか?」

「だからやめてって言ってるでしょうがぁ!」


 金切り声を上げるリサを見ていて大体の事情は察したのか、ライラが咳払いをして注意を引いた。


「そうか。お前がグレン・コウラギか。すまない。人の顔を覚えるのは苦手でな」

「てめぇは道を覚えるのも苦手だろうが」

「………。我々軍人の活動は、民間人に公開できるものではない」


 怜悧な容貌を怒りで震わせながら、ライラが絞り出すような声で言った。


「だが、リサは相変わらず例の実験機のパイロットであることは伝えてもいいだろう。ただし無論、このことは機密情報だ。賢明な対処を望む」

「はっ、せこせこと。お上は大変だな。いいぜ、俺も他人の秘密を吹聴する趣味は無い」


 グレンは言い捨てると、3人が言葉を交わす中、表情を変えずにじっと佇んでいたエルサへと近寄った。


「エルサ。行くぞ」


 促されたエルサはというと、軽く非難する口調でグレンを見上げた。


「グレン。私はあなたのマネージャーですが使い走りではありません。荷物ぐらい自分で持ってください」

「ああわかってるよ!」


 ひったくるようにキャリーバッグを受け取り、遠ざかる黒髪の男女を見送る。

 その姿が入り口ゲートの方に遠ざかるのを待って、重い疲労感を抱えながら、リサは上官を振り返った。


「ライラ中佐、すみません……全く礼儀のなってない奴で……」

「ああまったくだ。私は決して方向音痴などではない」

(え、この人ジョークで言っているの?)


 思わず見上げるが、極めて真面目な態度を作っている上官に気づいて戦慄する。


(えぇぇ……だから治らないんじゃないの?)

「何か異論が?」

「いえ! 特には!」


 悲しいかな、潜在意識に染みついた階級意識が追従してしまう。しかしそれで誤魔化せたらしく、ライラは視線を再び遠ざかる2つの姿にむけた。


「よりによって、士官の席を蹴って傭兵を志すような人間が『トロポスフィア』を知ってしまうとはな。時限爆弾のような奴をよく上層部は放っておくものだ」

「プロヴィデント社を間に挟んでうまくやったみたいですよ……あいつ、見た目に反して生活力はあるんです」


 褒めるのは癪だが、といった様子でリサは唇をとがらせる。そこではっと気付き、声を上げた。


「あ、中佐。急ぎましょう。今からいけば次の便のバスに間に合うかもしれません」

「ああ、そうだな」

「あそっちではないです」


 強引にひっぱって従わせ、リサは入り口ゲートへと向かった。


 『サスガ・エフェクト』時、動きを止めたアトモスフィアのコクピットに一番最初に乗り込んだのは、グレンとリサの2人だった。

 そこで2人はシュウの遺体を発見するとともに、アトモスフィアにシュウの意識が宿っていることまでも知ってしまった。このことは即座に機密扱いされ、リサがチームを組んでいたカリン、テオの2人にも結局知らせることはかなわなかった。

 この秘密を知ってしまったことで、リサのその後は大きく変わってしまった。カリン、テオと違って自分の隊を持つことなく、憲兵隊へとまわされてしまったのだ。

 これはかなり異例中の異例である。まず、憲兵隊にはアマルガム部隊が無い。彼らの役目は軍人の素行や任務遂行を監視することにあるので、別に戦場に立たなくていいのだ。冷房の効いた部屋で通信を傍受しカメラから映像を受けとり記録を精査するだけで事足りる。

 リサは試験的に導入された現場巡視員の、憲兵隊初にして唯一のアマルガムパイロットだ。

 『超高級な戦場カメラ』とは自虐的に自分を指して言ったリサの台詞である。

 ただしその実態は彼女自身監視される立場であることは疑いようもない。四六時中監視がつくようなことまではないが、シュウのことは幾度となく念押しされている。通信に関しても気軽にとることはできず、彼女は憲兵隊に異動してからほぼプライベートな通信を遮断していた。

 他でもない彼女にアトモスフィアのパイロットを任されたことも、これ以上の機密の拡散を防ぎたい思惑があるのだろう。

 ちなみに『サスガ・エフェクト』後、リサはしばらく『ラボ』と呼ばれる機密扱いの研究所で、実験パイロットとして日々を過ごしていた。

 そこには榎原を卒業しプロヴィデント社の傭兵になったグレンも顔を出すようになり(おそらくシュウのことを知る者同士、一緒にしやすかったのだろう)、マネージャーのエルサと知り合ったのもその時期だ。

 グレンと顔を会わせる度に喧々諤々としながら日々を過ごし、ほぼ同時期に、上からの御達しでそれぞれ『ラボ』を離れる事になったのだが……。


(……偶然よね……?)


 だが『トロポスフィア』――シュウについてのコードネームのようなものだ。『対流圏』を意味する言葉で、『tropos』はギリシャ語で『混ざること、混合』といった意味合いを持つ――を知る自分とグレンはできるだけセットで扱いたい存在のはず。それが同時期に地上に送られることになるとすれば……。


(嫌な気しかしない……)


 いじめっ子と同じ班にされたいじめられっ子の心境になり、胃が痛い想いをするリサだった。


「あ――」


 そんな彼女だが、入り口ゲートをくぐった瞬間、飛び込んできた光景に目を奪われた。

 それは見上げるばかりの群青。

 快晴の空だった。


「これが……地上の、空……」


 現在主流のスペースコロニーの構造とは、遠心力によって疑似的な重力を発生させる仕組みで、円筒上の内側に街が形成されておりいわゆる空が存在しない。正確に言えば、空にあたる先には、反対側の地面が天上となって垂れ下がっているのだ。

 コロニー育ちにとって青い空とは、映像メディアでしか見たことの無いものだった。


(それに風がある……。人工じゃない、自然な風……)


 彼女の髪をはらみ、耳元を過ぎさる感触。

 傍らの上官は、長い黒髪を風にさらわれ鬱陶しそうにしている。


(シュウ……あなたに土産話ができたわ。あなたと私たちの故郷。地上の光景……)


 今は機械の体に閉じ込められているため、容易には外には出られない少年の意志を思い出して、胸に秘める。


(あなたもきっと……遠からずこの空を舞うことができるわ……)


 他ならぬ『風』の名を冠した少年の名を思い出し、リサはしばし通り抜ける風の感覚を全身で感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ