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Effect27 自責 -feel remorse-

「え? 俺がカリンの班に?」


 秋雄にとって寝耳に水の話だった。――彼が寝ている間に進んだ話なので、知る訳がないのだが。


「ああ。上にかけあっただけでまだ確定はしていないが、心の準備はしておけ」

「えっと……俺にはなんだか随分と急な話に思えるんですけど、裏ではそんな話が前から?」

「いや。俺が今回の件で思いついて上に打診した」

「は、はぁ……?」


 要領を得ず、秋雄は曖昧に声をあげた。


「なんでまたそんな話に?」

「……言いにくい話なんだが、俺はしばらく戦えなくなった」

「え……?」


 カルロスには見た目外傷はない。だからすぐにピンと来なかったが、やがて秋雄も思い当たった。


「《フラクタル・イド》ですか……?」

「ああ、いや。そういうわけじゃない」


 カルロスは苦笑を上げて首をふった。


「おしゃかになったのは俺じゃなくて機体の方だ。コア部分にダメージを受けて機密保持機能が作動しちまった。新しい機体をまわしてもらうまで俺は前線に出られない」


 宇宙連合統括局(ASUS)が秘匿しているアマルガムの中枢部分は、機密漏洩を防ぐために、許容量を上回るダメージを受けると自発的に内部機構を焼き尽くす仕掛けが施されている。その分生半可なダメージでは損傷しないのだが、エネルギー生命体とも噂されるEOMの直接攻撃を受ければ何重もの障壁も役に立たず破壊されることとなる。

 機密保持機能が作動してしまえば修復することは誰にもできない。そもそも、コア部分は一度作った後は、壊れるか耐用年数が過ぎるまで使い倒すという再利用性を完全に排除した造りになっている。機密保持を優先するため、そこらへんのプライオリティは全て犠牲になっているのだ。



「キリケに班長をまかして補充員をまわしてもらうのも考えたが……。正直、今のうちの班だとカッチリ嵌るような奴じゃねぇと班として機能しねぇ。それならいっそ班を解体してしまった方が何かといいかと思ってな」


 4人1班であるアマルガムは4人で機能することを前提に組まれるものだが、実際にしっかりと機能できる構成になるかは悩ましいところだ。人事部もそんな個人個人の適性など見れはしないため、人選も妥当なレベルに落とし込むと、あとは現場の指揮官の采配に頼る部分も大きい。

 集まった者同士で役割分担を考え、班としての方向性を見出すのも現場の仕事だ。実際、カルロス班もその方針でキリケとミッテルをフォワードにすえていた。

 正直な意見で言えば、カルロスが抜ければ班として機能しないかというとそうでもない。何より秋雄という優秀な狙撃手がいるため、どんな人材が着ても平均以上の戦果は挙げるだろう。


(――だが、それはあまりにもおしい)


 カルロスは常々思っていたことだった。遠藤秋雄の薄皮一枚隔てた化け物染みた射撃の腕ならどんな班構成でも腐ることはない。だがそれは秋雄のポテンシャルを100%引き出せているか――?

 秋雄は普通の人間なら手が出せない様な高速戦闘でも、適確な援護ができる卓越した射撃センスがある。秋雄が最もその特性を生かせるのは、果敢な前線への切り込み役――秋雄がいうところのブレイバーがいる状況だ。

 その点で言えばカリン班は理想的な存在と言える。カリン達も自分たちの戦闘機動についてこられる優秀な後衛を求めており、その点で言えばカルロスとも利害は一致していた。

 カリンは最終的な判断は上に任せると言っていたが、カルロスはこの人事をねじこむつもりだ。

 通常であれば、カルロスのような一介の現場指揮官が直接的に人事に口を出すのは横紙破りだ。だが秋雄を有象無象のパイロットの中に埋もれるような人材ではないと思うカルロスは、秋雄をカリン班のような特殊な環境に放り込んで鍛えてやるべきだという想いがある。


(秋雄はぽやっとしているところがあるからな……まわりから手をまわしてやらないとそのままのほほん(、、、、)としかねネェ)


 それが秋雄の長所であり、欠点だとカルロスは思っていた。



「カリン班ならお前の腕とも相性は抜群だ。別に士官学校時代に険悪だったわけでもないんだろう?」

「そんなことはないですけど……」

「なら決まりだな。沙汰が下りるのを心待ちにしておけ」


 カルロスは秋雄の背中を叩いてわざと大袈裟に言った。彼程度の階級では安請け合いできることでもなかったのだが、自らを奮い立たせるために鷹揚に言うのはカルロスの癖だった。


 一方、当の秋雄は複雑な想いだった。

 その心情が表に出て、髪に手が伸びてくしゃりとなでる。


(カリンと同じ班か……)


 遠藤秋雄とカリン・リーは親密だったか?

 こう問われたとすると、何とも微妙な気がしてしまうのが2人の関係だった。

 教官と教え子という枠を越えて、友人だったと秋雄は思う。プライベートで言葉をかわすことも多かった。

 ただカリンと秋雄の間には、必ずと言ってもいいほど、カリン達と一緒に暮らしていたシュウか、秋雄が思いを寄せていたリサのどちらかの姿があった。ファッションという共通の趣味を持っていたグレン(意外というかなんというか、グレンと最も仲良くなったのはカリンだったかもしれない)よりもある意味秋雄はカリンという少女の中に踏み込めてなかったと言える。

 味気なく言ってしまえばカリンは『友人の友人』だったというのが近い。


(でも、いい機会かもしれない)


 一方で、秋雄はカリンのことを気にかけていた。

 『サスガ・エフェクト』以来、元生徒たちが連絡をしても、カリンからは全く返事がかえってこなかった。ようやく卒業の段階になって、親しかった女子生徒数名に短いお祝いのメールを返してきた程度だ。

 秋雄が知る限り、カリンはこのような薄情な態度をとる人間ではなかった。

 時期から考えて『サスガ・エフェクト』前後で心情の変化があったことは想像に難くない。

 級友たちからもカリンを心配する声は上がっており、その想いは秋雄も同じにしていた。


(あとでコジロウやカズハにもメールしてやろう)


 そう心に誓うのであった。






(……そろそろいいかな?)


 感動の対面(?)に水を差しても悪いかと思い、カリンはしばし遠巻きに様子をうかがっていた。

 カルロスには言いたいことがあるのだが、彼が目覚めてから会いに行くと『秋雄をお前の隊に入れたい。ダメか?』と唐突に言われ、曖昧に言葉を返すと『それじゃあこれから仕込みがあるから、話は後にしてくれ』と真剣な顔で言われて追い出された。仕込みとは何だったのか、まああれほど真面目だっただからきっと大事なことなのだろう……と思いつつ、何か違和感のあるカリンだった。


「カルロス中尉、いいだろうか?」


 カリンはある意味、EOMを前にするよりも悲愴な覚悟を持って声をかけた。カルロスに対して年下の自分が咎めるようなことを言っても、そのまま相手が受け入れるとは限らない。むしろカルロスの矜持を傷つけ、反発を買う公算の方が高い。

 賢いことではないと思う。でもそれはカリンには言わずにはおれないことで、だからこそ彼女は強い覚悟で臨んだ。

 そんな彼女を――ミッテルも合流したカルロス班4人は、正座で出迎えた。

 ジャパニーズ正座で出迎えた。


(――……は?)


 カリンの表情が凍りつく。

 中国人であるし、日本由来のコロニー『サスガ』にいたこともある彼女は正座は知っている。だが一見してカリンはそれが正座とはわからなかった。

 秋雄以外の3人は慣れない正座に身もだえして歯を食いしばっている。

 時々唇の端からうめき声を上げ、もぞもぞと身をくねらせながら出迎える姿は、カルト教団の宗教儀式かと見紛う意味不明なものだった。


(うおおお足痺れてきたぁ……ジャパニーズはえぐい拷問考えやがる……)

(いや正座は別に拷問じゃ……)

(く、うおおお、なんだこの感覚は………痛し痒し……未知の世界が開けそうだぜ……)

(なんで俺こんなことしてるんだ……?)


 ちなみにこうなった経緯は


「ヘイ秋雄! あの嬢ちゃん絶対カンカンだぞ! 何かうまい言い訳を考えろ!」

「えぇ……素直に謝ってくださいよ隊長……」

「馬鹿! その反省がうまく伝わる方法を考えろって言っているんだよ! じゃなきゃ顔面にモミジが咲くぜ!」

「えぇ、部下にそれ聞きますか?(カリンならグーだと思うなぁ) ……とりあえず正座とかどうです?」


 という感じである。

 その是非はともかく、インパクトは絶大だった。

 カリンが表情を凍らせているのを見て取って、話す余裕のない先輩方の代わりに秋雄が口を開いた。


「えーっとカリン……中尉……。この通り隊長たちも反省しているので勘弁してください……」

「は、反省? ああ、その正座はそういう……正直エクササイズのヨガに失敗した誰かを思い出したが……秋雄が教えたの?」

「いやまぁ……そうなるのかな?」

「また適当なことを……とりあえず立ってください、カルロス中尉」

「お、おう」


 せめても威勢だけは保とうと鷹揚な声を上げ――カルロスは足をもつれさせて転倒した。カリンは眩暈がする思いで額に手を当てた。


(ああこいつら――)


「秋雄……」

「え?」

「お前……いい仲間を見つけたな……」

「え……そうかな? はは……」


 乾いた笑いを上げる秋雄を横目で見つつ、カリンは溜息をついた。


(秋雄と同類の馬鹿か……)


 生暖かい目で見られていることに、キリケ、ミッテルは気づき、心外そうな顔をしていたが無言を貫いた。その馬鹿を止められなかった時点で、自分たちも似たようなものだと理解しているのだ。







 仕切り直し、カルロス達の足の痺れがとれるのを待ってからのことだった。


「弁解がしようもない。カリン中尉がいなければ俺は死んでいた」


 カルロスは腹を割った様子で、担架の上であぐらをかき、カリンにむかって深々と頭を下げた。


「俺はあの時の俺の判断を後悔していない。だが――間違いだったことは理解している。俺は自分の力を過信していた。シュウ・カザハラができたことなら、その真似事ぐらいなら俺にもできると思っていたが、ご覧の有様だ。戦場をともにしてきた愛機をみすみすEOMの餌にしてしまった。中尉と中尉の部下たちの奮戦、それと秋雄がいなければこうして再び外の空気を吸う事もできなかっただろう」

「………」


 カリンはじっと押し黙った。カルロスからは反省の色が伺えるし、親子ほどの年齢の違う自分に対して頭を下げたことに感じる部分はある。


(――でも違う)


 カルロスとカリンの間には根本の原理に違いがある。

 それはあるべき軍人像とでもいうべきものだ。

 自らの命を投げ打ってでも人を助けることを尊いというべきか。

 それとも、軍人も1個の人格と尊重するべきか。

 カリンにもカルロスにも、両方の考えは持ち合わしているだろう。だがそこにかける比重が違う。

 カリンは人命が絡む場合でも、冷静に状況を分析し命を懸ける価値を計る。それは言いようによっては非情な判断だ。目の前で潰えようとする命を前にして、自らの命と、仲間の命を懸けるに足る死地か、命の重さを計る(・・・・・・・)

 だがカルロスはその判断が――甘い。

 特に自分の命に関しては、軽い。

 それはある意味で軍人として理想とも言える。自らの命を差し出す覚悟は、軍人である以上必要なのだから。一方で対極とも言える。軍人にとって命とは究極的に言ってしまえば資源だ。自らその資源を手放すのは決して賢いとは言えない。

 カルロスは両方をはらんだ危うい存在とも言えた。


(同じことがあったらこいつは同じことをする。反省をしたというのも、データを積み重ねただけだ)


 自分には『サブパッケージ』を扱えない。

 じゃあ別の手段があれば――?

 カルロスは多少の博打を承知でまたその手段を選びかねない危うさがある。


(……シュウと同じだ)


 カリンはまだ忘れていない。

 天を蒼い光が包んで、色とりどりの光を灯したアマルガムが空に図形を描くあの光景を。

 それは奇跡の具現だった。

 ――誰にもできないと思われた奇跡の行使だった。


(……シュウと同じ馬鹿だよ、こいつ)


 トラウマ(・・・・)が胸を苛んで、カリンは自分の胸のあたりを押さえた。拳を握り込んでその震えを抑え付けると、カリンは瞳に怒りを浮かべて言った。


「反省をされているようなので、私も多く小言を言うつもりはありません」

「ああ……」

「だが一つだけ言わせてほしい」


 カリンは己の枷を外した。年齢の差も忘れ、とりつくろったような敬語も剥ぎ取り、生の感情を剥き出しにした。


「シュウ・カザハラの栄光を汚すな」

「――……」

「シュウ・カザハラは己の命を焦がした。その命を火にくべて、人の限界を超え人類の道を照らした。……だがその奇跡は、誰にでも行えるわけではない」


 カリンの顔をのぞきこんだカルロスは、呆けた顔で彼女を見上げている。


「あれは紛れも無く奇跡であり、シュウ・カザハラにしかできなかったことだ。私にも、あの『魔王(エールケニッヒ)』 にすらできなかった栄光だ。あれはシュウ・カザハラにしかできなかった奇跡だ」


 いからせた肩が震え、長い髪を揺らして顔に陰を作った。強めた語気が唾液となって飛び散る。


「今後一切、シュウ・カザハラの真似事をしようとするな。部下にも誰にもさせるな。それが許されるのは、奇跡を起こせるものだけだ。それができないのなら、黙って死ね」


 迫真のままに言葉を紡ぐ彼女を、カルロスたちは黙って見上げていた。


「奇跡を試みるのなら、死ぬ気で生還しろ。それが奇跡を行おうとした義務だ。――代償が存在する奇跡なんて、私は決して認めない」


 高まった感情が臨界点を超える。それ以上抑えられないことを実感したカリンは、くるりと踵を返すと足早に去った。


 カリンの後ろ姿を見送ったカルロスが、ようやくの思いで、口を開いた。


「……なんだ、あの嬢ちゃん………目に涙浮かべてたぞ……?」






(なんで死んだんだ? なんで死んだんだ?)


 理性を失ったカリンはうわごとのように無秩序な言葉を脳内で吐いた。


(人を助けて死ぬなんてそんな絵物語がお前がしたかったことだったか? ――違うだろう)


 ――シュウ・カザハラは狂人だった。

 カリンはそれを知っている。榎原士官学校時代の意識消失事件を経て、カリンはシュウの心に直接触れた。

 シュウの源泉は怒りであり破壊衝動であり、怯えだ。

 大切なものを奪われる恐怖、大切なものを守れない恐怖、大切なものが砕け散る恐怖。

 ――そして、そうなる前に全て壊してしまえという至極単純な理屈による純粋な衝動だ。

 それがシュウ・カザハラの根底に根差すものだ。

 ――一方。

 シュウ・カザハラにはそれとは異なる観念が存在する。

 それは理性とでもいうべきものだ。あらゆる衝動を包み込む、獣を人足らしめる唯一の防波堤。それがかろうじてシュウという少年を繋ぎ止め、人の中で暮らすことを可能とした。


(だけどそれがシュウを苦しめた。……感情の迸るままに力を行使していれば? 気に入らないものを気に入らないと言っていれば? シュウは狂わなかったかもしれない――)


 シュウは優しかった。

 優しい獣だった。

 ――それゆえに狂った。

 狂っていても、外の人間には誰にもわからなかった。

 ――優しかったからだ。


「なんでだよ……」


 切れ切れの声がこぼれた。


「なんで私は、お前を助けられなかったんだよ……」


 言葉とともに、指の間をこぼれた水滴が、乾いた地面に落ちた。






「シュウ・カザハラっていう男も、罪つくりな男だよな。ダリル」

「………」


 寡黙な同僚は同意もせずに、腕組みしたまま、黙って夜の闇を見つめている。

 返事が返っていないことをいつものこととして、マークはおどけた独白を続けた。


「手前一人で5千万人の命を救ったんだ。俺だってくらっときちまうよ」

「……中尉がシュウ・カザハラのことを気にかけているのは……そういうのとは違うと思う」

「わかってるよ」


 マークは笑みをはりつけながら、首をふった。


「ありゃ恋する乙女の顔じゃねぇよ。……子どもを殺された親の顔だ。何よりも自分自身が許せないって奴」

「………」

「うらむぜ。シュウ・カザハラ。……俺たちのアイドルに、癒えない傷を刻み付けちまったんだからな」


 少年の姿は、この時代の人々にフラクタルな影響を与えている――。

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