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Effect26 仲間 -friend-

「ん――あれ?」


 遠藤秋雄は、ふと異質な感触に首をひねった。


「ええと――うん。俺なんでここにいるんだっけ?」


 自分がいるのは榎原士官学校の仮想訓練室の前の廊下。

 それはわかる。

 ……だがあそこは、EOMによって破壊されたと聞いたような……?


「どうした秋雄。何をぼうっとしているんだ?」

「え、シュウ……?」


 自分を不思議そうに眺めている銀髪の少年を見つけて、秋雄は首をかしげる。ぬるま湯につかるようなかすかな違和感を覚えたが、独りでに足が小走りに動き、彼の背中を追いかけた。


(えーと? ……えーと?)


 何か、決定的な何かを忘れている気がするのだが、それが何か思い出せない。

 もどかしい思いをする中で、あくせく奮闘した唇が、ようやくのことで疑問を口にした。


「えーと……シュウ。俺たち何をしようとしているんだったっけ?」

「ん? ……居残り」


 シュウは気取ったところが無く、そつなく答えを返す。

 秋雄は思い出して相槌を打った。


「あ、ああ……そうだな、居残り練習だな。俺たち、そんなことをよくしていた(・・)ものな」


 秋雄の発言には決定的な矛盾があったのだが、彼自身でそれに気づかなかった。それは目の前のシュウも同様で、彼らは歩調を変えずに、仮想訓練室の扉をくぐる。

 気が付いた時には、彼らの服装は、榎原の制服のそれから、士官候補生用のパイロットスーツへと変貌していた。


(ああ、うん……そうだ。こんなことをよくしていたな………)


 先ほど呟いたのと同じことを繰り返しながら、秋雄はシュウと鏡合わせのように別々の仮想筐体へと身を滑らせ、筐体の起動スイッチを押した。


(だって俺たち、劣等生だったんだものな)


 そう。

 『サスガ・エフェクト』の英雄と讃えられるシュウも、『サード・シード』と呼ばれることになった自分も、ともに劣等生だった。

 今ではそれぞれ、根本的な原因を抱えていることはわかっているが、それはこの時点では未来の話で、2人はともにコンプレックスを胸に抱えて生きる劣等生だった。


(俺も、シュウも、コジロウも………グレン以外の3人は皆、パイロットの初期公募に落選した、『あなたは才能がありません』と言われた身だ)


 いわゆる『外れの世代』にあたるのが、秋雄たち第一期生たちだ。

 才能ある人間は、事前に行われた初期公募によって既にパイロットとしての訓練を積んでいる。残っているのは、そもそも興味が無くて初期公募に応募しなかったグレンや、社長令嬢という立場で家族を説得するのに時間がかかって同じく応募できなかったカズハのような、特殊な事情を抱えていた例外。

 それ以外のほとんどは落選者だ。

 同じ落選者でも、コジロウは機転や応用力といった適性検査では数値化できなかった要素で光るものを見せ、クラスでも上位の成績に食い込んだ。

 だがシュウは致命的なまでに《フラクタル・ドライブ》との適合値に劣り、どう努力してもクラスでは下から数えた方が早かった。また秋雄は銃を当てられないという存在価値さえ疑われる欠点を抱えていてクラスでも最底辺だった。

 今となっては、それぞれに問題となる根本の原因が存在したことがわかっている。

 それでも当時の2人は紛れも無く劣等生であり、遠藤秋雄とシュウ・カザハラは、共に同じコンプレックスを共有するクラスメイトだった。


だけど(・・・)その前提が(・・・・・)おかしかったんだ(・・・・・・・・)


 シュウ・カザハラが本当に劣等生だったのか。

 秋雄はそうは思えない。

 シュウ・カザハラという少年は、改めて言うまでも無くクラスで浮いていた。

 それは疎外感的な意味ではなく、彼の成績と彼の実情が乖離していたのだ。

 まずはミリタリーオタクの秋雄に苦も無くついていける知識量。自分で言うのもなんだが、ミリタリーオタクの秋雄が身に着けた知識は、実用目的で学ぶパイロットが身に着ける知識とは微妙に食い違っている。秋雄が学業でも最底辺をマークしていたのは、その知識を生かせなかったからだ。(もっと言えば、その知識を生かせる応用力を持っていなかったのが大きい)

 だがそんな秋雄のコアな話題に、シュウはついていくことができる士官学校の中でも珍しい人間だった。

 最初は『もしかしてこいつも同類か?』と思ったが違う。シュウはEOMとアマルガムに関することなら貪欲に吸収し、秋雄の守備範囲にまで情報収集の手を広げていたのだ。

 知識量ならクラスの誰にも負けない自負はあった(ただし有効に使えるとは言っていない)秋雄を、はるか上に行く知識をシュウは有していた。

 もう一つは戦術眼。

 秋雄たちE班には、自らチームワークを乱すグレンという決定的なまでの異分子がいる。その上で班として最低限の体裁を整えていたのは、紛れも無くシュウの尽力による。

 《フラクタル・ドライブ》との適性に劣り、他のパイロットよりも圧倒的に遅い時間の流れに身を置くシュウは、その分先を読んで、誰よりも早く判断を下し、その不利を補っていた。

 シュウ・カザハラは劣等生だったのではない。

 本来は(・・・)落第生で(・・・・)あったはずなのだ(・・・・・・・・)

 そうでなかったのは、彼自身で陰ながらに努力をこなしていたのが理由の一端であるし、成績に出ない分埋もれていたが、当時から片鱗を見せていた非凡な才能による。

 秋雄はなんとなく、そんなシュウの姿に気づいていた。だから、成績においてはシュウよりも上の人間は吐いて捨てるほどいても、自分と似ていて、でも決定的に違うシュウには、憧れに近い感情を抱いていた。


(でもシュウは、『普通』だったんだよな)


 同時に思う。


(『普通』に優しくて『普通』に誰とも分け隔てなく接して、『普通』に笑って『普通』に怒って、『普通』にクラスに溶け込んだ。……逆にその『普通』さが特別に見えるぐらい『普通』だった)


 シュウには自分の非才さを嘆く権利があったと思うし、足を引っ張ってばかりの秋雄をなじっても仕方ないと思う。チームワークを乱すグレンに制裁を加えようとしなかったのも不思議なぐらいだった。

 でもシュウがそういった姿を見せることはなく、彼はどこまでも理知的で、普遍的だった。


(かっこいいと思ったよ。俺はこいつと友人でよかったと思う)


 だから、あの劣等生だったシュウが。

 ――世間から英雄と言われるようになった時――

 秋雄にはそれが、意外には感じられなかった。

 秋雄だけではない。クラス中でも、「やっぱり」「なんとなくわかる」という声は上がっていた。

 シュウ・カザハラがどこまでも普遍的な人間でありながら、同時に非凡であることは誰しもがどこかで感じていたからだ。


 けど。

 事件後の報道で、わからないことが一つだけある。


『シュウ・カザハラという少年の精神構造は、通常の人間が持つものとは大きく乖離していたはずなんです』


 コメンテーターの一人が言った言葉だった。


『事件後、検体として提供されたシュウ・カザハラのデータを分析したところ、彼は天文学的な確率の逸材であることが判明したとともに、本来ならアマルガムを動かす事すら難しいと言えるほどの、重度の障害を抱えていることがわかりました』


 難しい言葉で婉曲な表現を用いているが、その事実はこうだ。


『正直、シュウ少年の異常性についてまわりの人間が気づけなかったのが不思議なくらいです。普通であれば、まわりの人間と健全なコミュニケーションがとれるわけがありません』


 シュウ・(・・・・)カザハラは(・・・・・)狂人だった(・・・・・)


『――可能性として言えるなら、一つ。彼の内面は、硬い容器に入れて振った水が如く――その内面は激しく荒れ狂っており、攻撃的な衝動や支離滅裂な感情を抱えていても、それがわかるように表面に出さなかった。つまり周りを欺き通したということです』


 そんなことがありえるのか?

 だってシュウは普通だった。

 『普通』に優しくて『普通』に誰とも分け隔てなく接して、『普通』に怒って『普通』に笑って、

 『普通』だからこそ特別な少年だったのだ。

 そんな彼が狂人? それは何の冗談だというのだ。

 だが、色んな識者たちは口を揃えて言う。いかにシュウ・カザハラが逸材で、それでありながら、異常な人間であったかを。

 ――それは、『不道義技術アンロウフル・テクノス』に関する意見交換をするために、事実を明確化するために専門家が下した判断で、ある意味で公正な意見だったのだが、世間は本当のシュウを理解していないように秋雄には映った。


 ――そしてもしシュウが、狂人だというのなら――


 居残り練習にも嫌な顔せず付き合っていた彼は、

 秋雄がヘマをしても笑って流してくれた彼は、

 チームの改善のために頭を悩ましていた彼は、


 ――それら全てが、演技に過ぎないとするのなら――


(本当はお前は、俺をどう思っていたんだ……?)


 遠藤秋雄はシュウ・カザハラを友人と認識していた。

 しかしそれが相手も同じだという保証は既に証明ができようもない。

 それどころか、『普通』であれば。

 足をひっぱることしかできなかった遠藤秋雄に、シュウ・カザハラの友人であると名乗れる資格など、どこにあるというのか――。






「――夢か」


 遠藤秋雄が目を覚ましたのは、輸送機内にある仮眠室だった。

 包帯が巻かれた彼の腕には液体チューブが刺さっており、ベッドの脇に置かれた点滴スタンドへと伸びている。

 狭い室内には彼以外に人の姿は無かった。


(ああ、そうか……)


 意識が冴えるのは早かった。

 カルロスがフラクタル・エフェクトを試みて失敗し、そこにカリン達が駆けつけ思わぬ再会に戸惑ったところ、カリンは戦闘続行を宣言し、EOMの殲滅を行った。

 殲滅には成功し、無事にカルロス機を奪還したのだが、コクピットの開口部の隔壁が歪んでおりその安否はすぐには確認できなかった。

 なので常どおり、秋雄たちアマルガムパイロットは随行していた後方支援チームに後を託した。

 当然であるが、アマルガムは人型兵器とはいえ万能な兵器ではないし、現代の軍戦略では適材適所の分担作業が基本の形である。

 アマルガムパイロット達は警戒行動という名の待機状態に移行し、後方支援チームがカルロスと輸送機のパイロットの救助と積み荷の回収作業を行う――はずだった。

 しかし、緊張を強いられる戦闘で秋雄の生命兆候(バイタルサイン)に乱れが見られ、それを医療チームによって指摘された。そこで大事を取って、秋雄は一人休息をとるよう命じられたのだ。


(新兵扱いするならもっと別の所でそうして欲しいところだけど)


 上官の安否が絡む状況で呑気に寝ていろと言われて、うなずけるほど秋雄は淡泊でもない。

 結局渡された薬を飲んで無理やり眠ったのだが、目覚めた秋雄が気にかけたのはやはりカルロスの安否だった。


(それにしてもシュウの夢なんて初めて見たな……。まあ思いがけずカリンとも出会えたし)


 カリンと会うのは実に一年ぶり――『サスガ・エフェクト』以来と言える。

 リサとテオの2人は、卒業後しばらくの間は在校生とメールを取り合っていて少なからず情報は届いていたのだが、カリンに関してはほとんど音信不通だった。

 水臭いとは思っていたものの、何か想うことがあるのは想像に難くなく、心の隅にとどめていたのだが――。


(………カルロス隊長は無事だろうか?)


 今はそちらの方が秋雄は気がかりだった。

 仮眠室を出た秋雄は、誰ともすれ違わないまま昇降口へとたどり着き、そこから輸送機の外へと出た。

 外はすでに夜の闇に包まれており、大光量のライトが点けられ、あたりを眩しく照らしている。

 強い光を受けしばし腕で顔を覆った秋雄は、その眩しさに目が慣れると、視線を彷徨わせた。

 その視線が、見覚えのある横顔を見つけた。


「キリケさん」

「あ――アキオ。目覚めたか」


 ぎくりと肩を震わせたキリケが、ぎこちなく振り返る。

 違和感を覚えながら、秋雄は背の高いキリケを見上げて訊ねた。


「……隊長は? もう救出されましたか?」

「ああ――……もう、コクピットからは出された」


 キリケは咳払いをしながら、喉に何か詰まったような物言いをする。

 その違和感に、何かあったのか尋ねようとすると、その前にキリケは背中をむけて歩き出した。


「ついてこい。……隊長が待っている」

「は、はい」


 秋雄は言われるままにその背中を追う。

 普段は広いその背中が、どこか所在なさげだった。

 キリケは積み荷の回収作業に従事する作業員を脇に、無言で歩いていく。

 別段寡黙ではない――というか、一仕事終えた後はカルロスの子どもっぽさを肴に愚痴を言うキリケにしては、異常と言えた。

 自然と嫌な予感がもたげ、その背中に続く秋雄の手のひらにはびっしりと汗が浮いていた。


(まさか――)


 手の平に浮く汗を軍服にこすりつけながら、鼓動が増すのを感じた。


(まさか、まさか、まさか――)


 別段走ってるわけでもなく息は苦しくなるのに、背筋にはうすら寒いものが下りてくる。


(――まさか)


 キリケが足を止めた。

 温風発生器の傍に置かれた担架の前だった。

 そこには恰幅のいい男性が横たわっており、その顔を隠すように――白い布がかけられていた。


隊長だ(・・・)


 目を剥きながら見上げた秋雄に、キケルは硬質な声をかけた。

 その肩が、小さく震えている。


「別れの言葉をかけてやれ」


 まさか――。

 そんな現実を嘆くことは、秋雄はもうしなかった。

 EOMが出現してからのこの13年間、そのような別れは少なからず経験してきたし、軍人である以上、その別れは日常にしなければならない。


「たいちょぉ……」


 それでも声が擦れることは止められることができなかった。視界は急速に滲んでいく。

 その感覚も、この13年間に幾度も経験したものだった。

 ……のだが。


「……? どうしたんです、キリケさん」


 感傷を遮るように背後でバンバンと金属を叩く騒音がして秋雄は振り返った。

 そこではキリケが車両の側面鋼板を叩いていた。……肩を震わせながら。


「無理ッ……! もう無理ですよッ! 隊長……! 俺、笑い上戸なんですから!」

「は……? 何を言って……?」


 その時響いた声に、秋雄の思考は真っ白に染まった。


「おいこらキリケ! お膳立てが台無しじゃねぇか!」

「――え?」


 猛然と振り返れば、そこには白い布を払いのけたカルロスが、ピンピンした様子で上半身を起こしていた。


「お前が先に笑ってどうする! ここは近づいたところを驚かす算段だったじゃねぇか!」

「い、いや、無理……ひぃ、ひぃ、勘弁してください。役者が違いますよ……」


(――)


「騙しましたねっ!?」


 色々な意味で頬を紅潮させた秋雄が、憤然と声を上げた。

 カルロスはニヤついた笑みを張りつけながら、顔だけは罰の悪い顔をつくり、視線を彷徨わせた。


「いやよぅ……こういうのはあれだ……礼儀だろ?」

「どこの国の礼儀ですか!? 非常識にもほどがありますよ!」


 これにはさしもの秋雄も怒る。怒ってもいいと思う。


「発案者はどっちです!? もしかしてキリケさんですか!?」

「いや、俺は間違ってもこんなことは考えん! 隊長だ、隊長!」


 腹を抱えていたキリケが、心外とばかりに態度を改めて首を振った。

 秋雄がカルロスを睨むと、カルロスは顔をそむけて知らん顔をする。

 ほう、そちらがそう来るとなれば……秋雄は、腹の底から込み上げる怒りのままに言った。


「キリケさん……指揮権はもう隊長に返上しましたか……?」

「いや……? 隊長はまだアマルガムに乗せられないし、返していないが……、ああ、なるほど、うん」


 キリケは秋雄の言わんとすることを察し、咳払いをして態度を改めると、不自然に威厳をもった声で言った。


「よかろう、アキオ少尉。風紀を著しく乱した者への刑の執行を許可する」

「ですってよ隊長!」

「いでででで! やめろよおい病み上がりにヘッドロックかます奴があるが!」

「ぎゃはははは! いいキミですよ隊長!」

「く……指揮権が無くても階級は俺の方が上だぞ! 秋雄(ニュービー)! 奴も共犯だ! 同罪だぞ!」

「うおっしゃああ! お前ら両成敗じゃー!」

「ぐほっ……!? ぐあ、いい蹴りだぜアキオ……」

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