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Effect25 後遺症 -heroic syndrome-

『それができなければ、そうなる。鮮やかな光の泡沫が、テメェの最期を彩る仇花となるんだ』


 カリンは、部下の独白めいたつぶやきを聞いていなかった。目の前の光景に目を奪われ、光の残滓に包まれるカルロスの姿に、かつての教え子の姿を重ねた。

 全身の毛穴という毛穴が開き、血液が沸騰する。心の中を煮え滾るような激熱が燃え広がり、背筋を極寒の冷気が震わせた。

 アマルガムに機乗し、急いで現場に急行したカリンは、自らが間に合わなかったことを悟った。





 ――フラクタル・エフェクト。


 この言葉は一年前のシュウ・カザハラの活躍から、一気に世間に知られることとなった。

 元々は正式な軍事用語ではなく、パイロット達の口伝にのみ登場する言葉だ。地方によっては使われておらず、パイロット同士でも意味が通じないこともあった。

 だが、先の『サスガ・エフェクト』関連の報道で、この言葉は広く世間に広まることになった。しかし加熱した報道の中で、その意味が正確に流布されたとは限らない。

 『サブパッケージ』の乱立起動を意味するこの言葉。

 それは、パイロットが秘めた最後の必殺技――ではない。


 フラクタル・エフェクトとは本来、パイロットが自らを戒める言葉だ。

 『fractal』という言葉は、『結果が幾つも予想される様』、『要因が複雑に絡み合って結末を予想できない様』という意味で、『一か八か』『やってみなければわからない』という意味合いを持つ。メディアではこちらの用法が印象的にクローズアップされた。

 だが本当のフラクタル・エフェクトとは、『fractal』という言葉の語源になった『破片(fraction)』――すなわち、『サブパッケージ』の投影に失敗した姿、『細切れの残滓』のことを指しているのが真実だ。

 虚空から刹那の瞬間に武器を生み出せる『サブパッケージ』は、パイロットにとってまるで魔法のような切り札だ。しかしそれでも高すぎる負荷のせいで、連続した稼働は地獄のような苦しみをパイロットに与える。結果、パイロットは死ぬことがわかっていても投影を手放し、光の残滓を撒き散らしてEOMに食われる。

 例えその激痛を乗り越えたとしても、今度は《フラクタル・イド》の毒によってパイロットは生涯苦しめられることになる。

 フラクタル・エフェクトを試みる瞬間とは、起死回生のチャンスではなく、すでにその時点でパイロットとしての終焉を意味しているのだ。

 先達のパイロット達は、後輩たちがそのような事態を招かないよう、安易に『サブパッケージ』に頼ることを禁止してこの言葉を使った。

 正確に伝えることを意識すれば『サブパッケージ』を使うなと率直に表現すればよかったのかもしれないが、それでは手を抜けと言っているようにも聞こえるため、苦心してフラクタル・エフェクトと言い換えたのがこの言葉の成立の背景だ。

 だが、シュウ・カザハラの活躍で、彼が己の処理限界を超えて『サブパッケージ』を乱発した奇跡がフラクタル・エフェクトと呼ばれていることを知って、一部の知識の浅い大衆は、フラクタル・エフェクトを試みるパイロットこそ、軍人らしい自己犠牲精神の(かがみ)だと誤解した。

 だがフラクタル・エフェクトとは本来、そうたやすく成功するものでもないし、試みていいものではないのだ。


 だが。


 シュウ・カザハラの活躍後、前線のパイロット達の間でも、フラクタル・エフェクトを試みて失敗し、殉職する者の数が急増した。

 フラクタル・エフェクトの苦痛を乗り切れるかどうかは、結局やってみないとわからない。

 自らの力を過信するあまり、己の限界を試して自滅したものがいる。

 苦境に立たされた時、まだ打てる手があったとしても、プレッシャーに負けて安易な手段に頼り、破滅した者がいる。

 それは、人々を沸かせた若き英雄の輝かしい伝説の裏にある――(さざなみ)が如き後遺症(エフェクト)の一つと言えた。





 その『代償』をまざまざと目の前で見せつけられたカリンは、血流が加速する感覚を覚えた。

 全身を苛む熱量が臨界点を超え、血液に放出されたアドレナリンが猫のような瞳を猛禽のそれに変ずる。


「――おおぉぉぉおぉぉおぉぉぉ!」


 感情が迸るままに、野太い咆哮がその小さな唇から漏れた。同時に機体が爆発的な加速をした。戦闘機動で2人の部下を伴いながらキリケ、ミッテル両名とEOMの間に割り込むと、その熱を放出するかのように彼らに代わってEOMと刃を交えた。


「キリケ、ミッテル! 貴様らは私たちとフォワードをスイッチして後退しろ!」

『だがカルロス隊長が!』

『貴様らがいても邪魔なだけだ! カルロス中尉の信号途絶により貴様たちは私の指揮下に入る。異論は認めない!』

『く……い、イエッサー!』

「私は女だ!」


 律義に返しながら、きつくした視線をカリンは前方のEOMの群れにむける。

 そこでは、カルロス機がEOMによって『解体』されている情景があった。EOMの触腕によって、両腕をもぎ取られたカルロス機は、バランスを崩して横転しかけたところ、肩口にかぶりつかれ不自然な宙吊り状態で支えられることとなった。ケーブルを切断され噴出した黒い冷却液が、EOMの口腔の隙間からまるで血潮のように飛沫を飛ばした。


「……馬鹿野郎が」


 カリンは短い悔恨を載せて、罵った。


 自らの命を賭して、他人の命を助けることは、美談以外の何物でもない。

 だがそれは素人にだけ許される特権だ。カリン達のような軍人やレスキュー隊などの人命救助のプロの場合、ミイラとりがミイラとりになる事態は最も避けなければならないケースの一つと言える。

 それは非情に思えるし、実際に現場のカリン達も矛盾を感じる時がある。だが、自らの命を代償に戦場に立つカリン達兵士は、だからこそ、自らの命の用途を考えなければならないのだ。

 世界から英雄として祭り上げられたシュウ・カザハラ。

 彼をして、問題児と言い捨てるカリンの心情は、そこに起因する。 

 それがどれほど美しく、正しいことであっても、教え導く存在としてカリンは彼の犠牲を認めることはできないのだ。







「………カリン・リーって………カリンのことだったのか…………」


 隊長であるカルロスの通信途絶と、本来喜ぶべき再会の狭間で、秋雄は一時期茫然自失となっていた。メカオタクな彼は、カリンの機体については見覚えがあり、ようやく彼女が誰であるか合点がいった。


「隊長も人が悪いや……はは」


 カルロスも当然、カリンと秋雄の関係は知っていただろう。だが秋雄には何の説明もなかった。戦場での師弟の感動の対面。そんなものを演出したかったのだろう。カルロスらしい悪戯心だった。

 しかしもう、その悪趣味を責めることもできない。

 ――秋雄はそう思っていた。


『――遠藤秋雄』

「……カリン」

『中尉と呼べ』


 短く訂正してから、秋雄の反駁する隙を与えず、カリンは告げた。


『お前の腕は錆びついていないか』

「え……?」

『『サード・シード』……世間からそう呼ばれるようになったその腕は、この半年で錆びつかせていないか』

「そ…………れ、は………」


 秋雄の口から泣きたいような声が漏れた。

 条件反射として彼はその名前を否定したく思った。

 第三のこぼれ種――『サード・シード』。

 コロニー『サスガ』を襲ったEOMの大量出現事件に、臆することなく飛び出し、世間に英雄として讃えられることになった2人のクラスメイト。

 ――その2人に続く三番目のこぼれ種。そんな称号は、彼には荷が重すぎた。

 だがここでそれを否定することは何を意味するのか。

 仮にも一時期は師であった人間に、自らは不肖の弟子だったと。――あなたの期待には答えられませんと答えるのか。

 ――自分の可能性を信じ、背中を押してくれた上官が死に瀕している時――。俺はもう戦えませんと吐露するのか。



――わかったよ、ルーキー。じゃあいつか、お前自身でその名を呼べるようになる日を楽しみにしているぜ――


 つい先ほど交わされた言葉だ。その時(、、、)が来ようはずもない。

 ならばいつ来るというのだ?

 いつもそうではなかったか?

 兄が死んだときも、彼の友人が英雄と讃えられる代償に命を落としたあの事件も、初めからEOM(やつら)は待ってくれなかった。

 間に合わなければ、また大事なものが失われるだけだ。


「い、いけます……」


 かすれた声で秋雄は言葉を返した。


「やれます。………やらせてください。正直、名前負けだと思いますが……俺はその名前で呼ばれたころから、一時も腕を錆びつかせていません」

『いいだろう。――なら』

「――?」

『貴様らの上官を助けるぞ』

「そ、それは――」

『キリケ、ミッテル。お前たちはミドルレンジからの援護に終始しろ。前衛は私とダリル、マークの3人で務める。秋雄は後方から援護。いいな、己の領分を逸脱するな。私たちは決死の救出劇を演じるわけではなく、常通りの任務の延長線上として要救助者を救助するにすぎん』


 秋雄はそれを詭弁だと思った。上官のカルロスが、カリン達への配慮で連絡をしなかったのを、自らの手落ちだと語ったように。

 カリンの技術は知っている。『シューティング・スター』の3姉妹(スリー・シスターズ)として、少なからずニュースを賑わせた彼女たちの手腕は、士官候補生時代にも経験している。だが彼女一人で突破できるような状況でもない。

 だが、カリンという名の少女は、そんな詭弁を弄せるような少女だったか――?

 秋雄が一抹の疑念を覚える中、カリンが短く宣誓した。


『作戦目標、敵勢力の殲滅(アニヒレート)。速やかに敵性反応を除去した後、カルロス中尉および輸送機のパイロットの救助を行う。雑念を捨てろ。私の揮下にある以上、己をただ任務をこなす兵士だと思え』

『『了解』』


 カリンの言葉に彼女の部下――マークとダリルが口を開き、その後に秋雄とキリケ、ミッテルの散発的な声が響く。

 それに満足気味にカリンは機体をかしがせると、手にした大太刀に青い刃を生み出しEOMに切り込んだ。


(――っ。カリンならそれぐらいやってのけるっ、けどっ!?)


 秋雄が息を呑んだのは、彼女の後方にぴったりとつき従う濃緑の機体(マーク機)灰色の機体(ダリル機)の姿を見たからだ。

 3機は入り乱れるように位置を変えながら、EOMの群れの中をかき分ける。

 その動きは、ミリタリーオタクであることから、趣味と実益を兼ねて多くのパイロットの動きを観察した秋雄の認識でも、かなり高次元の動きと言えた。

 そんな彼の喉元をせり上がる言葉があった。


(これは……部下の2人とも、『ブレイバー』か!?)


 アマルガムパイロットの内、好んで近接戦を行う者をブレイバー――BlaverあるいはBraver――と呼ぶ場合がある。

 といっても軍関係者が口にすることはまずない。一部の愛好家たち、コアなミリタリーファンの界隈でかわされる、とてもアンダーグラウンドな表現だ。

 ブレイバーと呼ばれる理由の一つは、アマルガムの使う近接武器がエリュダイト粒子の性質上、全て(Blade)を持つこと、もう一つは『勇ましい』という意味を持つ『Brave』からだ。

 不安定なエリュダイト粒子を銃弾に使う性質上、現在の技術力では弾速は音速の数倍程度しか出せない。威力をとっても命中率をとっても、遠距離武器は近接武器に比べてそれほど優位性はない。むしろ、アマルガムの変幻自在の機動力と加速世界の恩恵をフルに生かせる分、近接武器の方が信頼性においては上とさえ言える。

 だが近接戦闘を挑む分、敵の攻撃を集中して受ける側面ももつ。攻撃面では恩恵が多い加速世界も、こと防御面となると死角ができやすいことや、見えても避けれない攻撃を受ける頻度が高まるなどの大きな問題をはらむ。

 総合的な評価で言えば近接戦闘はデメリットの方が多いと言えた。

 だからこそ、ミリタリーファン達のオタク心をくすぐり、ブレイバーという呼称が生まれたとも言える。酔狂な近接戦闘を挑み、大量の戦果を上げて帰還するパイロット。そんな存在を見つけた時、サッカーで芸術的プレイを見せるエースストライカーを見つけたかのように、コアな愛好家たちはブレイバーと賞賛する。

 自然と秋雄の口をついて出たのはそんな言葉だった。

 同じ隊のキリケとミッテルもフォワードを務めるが、彼らにはついぞ浮かばなかった表現だ。彼らが前衛を務めるのは班内の役割分担の話で、そもそも攻撃にも銃を使うことが多い。言いづらい事だが技術的にも今のカリン達には遠く及ばず、彼らをブレイバーと呼ぶことはなかった。


 ――この3人………レベル高い!?


 個々の技術、そして連携がどれも高水準だ。率直に言って浮動要員として扱われる3人班のポテンシャルではない。

 ――が、秋雄は感心ばかりしてはいられなかった。


(ちょっと、後ろを信頼しすぎてやしませんかっ!?)


 秋雄は喉を引きつかせながら引き金を絞った。

 その一撃が、カリンを包囲しようとしていたEOMの一体を撃ち落とす。

 彼ら3人は、明らかに自分たちで仕留められる敵を討ち漏らしていた。それは作業の効率化を突き詰めた末に、後ろの援護を期待して任せていることは秋雄にもわかったが、これは即席のチームである。

 援護する側の秋雄が戦慄するほど、彼らの判断は無防備に思えた。


(くっそっ、そういえばあのころはいつもそうだった! カリンの授業はいつもの3割増しでスパルタだった!)


 とにかく、周りに要求するレベルが高いのだ。一緒のリサやテオトールの口からも、オフの時は時折愚痴がこぼれていた。

 鬼軍曹。

 強面のタクマをさておき、その名前を与えられたのがよりによって臨時講師をつとめた3人の内で最も年少で小柄な少女だった事実を思い出し、秋雄は歯噛みした。






(いや、やっぱりお前は凄いよ、アキオ)


 ミドルレンジで、銃の照準を持て余し気味に動かしながら、キリケは内心呟いた。

 おそらく、秋雄以上に長年付き添ったミッテルも同じような心境だろう。

 秋雄はカリン班のリクエストに応えて援護の銃火を放っている。だがそれができるのは秋雄だけだ。

 キリケとミッテルの2人はそれができない。彷徨う照準は決定的な像を結ぶことができず、時折おこぼれのようにはぐれたEOMを散発的に打ち抜くだけだ。

 ――フォワードを務める3人の動きが曲芸過ぎて、加速世界をもってしても彼らの腕では追いつけないのだ。下手に意地を張って手を出せば、友軍であるはずの彼らの動きを阻害してしまう。

 あれに手を出せるのは、狙撃兵としても高い素養を持つ一握りの天才だけだ。


(お前なら、隊長が言ったように『サード・シード』と名乗れる日も……いやそれを越えて『サード・アイ』すら名乗れる日も近いと、俺たちも思うぜ……)


 内心呟きながら、その心の内には諦念が浮かぶ。

 嫉妬や敵愾心を浮かべることもできない、レベルの違いを思い浮かべて。


 秋雄を含めて、カリン達3人の挙動も、およそキリケ達が逆立ちしても到達できるレベルではない。

 彼らの実力を知っていれば――。また異なる判断もできたかもしれない。

 キリケは友人や同僚を何人も死なせてきた。時には目の前で失うこともあった。戦場とはそういう場所なのだから。

 しかし、もちろんそれらを甘受してきたわけではない。


(生きていてくださいよ隊長……。あんたには俺たちと一緒に、あの女の子に折檻される権利ごほうびがあるんですからね……)


 自嘲気味に呟き、彼はせめても戦場に彩りを添えてやろうと、レティクルを睨んだ。

※fractalという言葉は造語です。(物語中では西暦21XX年ごろ成立した言葉、という設定)

 正確に言えばfractalという言葉はすでに存在しているのですが、私が今回の話中で説明したものとは用法が異なっています。

 この他、自分の使う言葉には独自解釈した言葉や文法的に間違っている言葉(あえて間違っている場合と間違いに気づいていない場合の両方)があるため、注意してください。

 特にサブタイトルは、日本語訳と対訳になっていないものがほとんどだったりするので、鵜呑みにして周囲の人に使うと赤恥をかきます。(作者は現在進行形でかいているとも言う)

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