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Effect24 交戦 -brute force-

「交戦を開始した……?」


 AGオペレーターからもたらされた伝達に、カリンは訝しみの声を上げた。


「どういうことだ? 急を要する変化があったのか?」

『ご……、ご存じの通り救援ビーコンが点灯しました。それを感知したEOMが活性化したため、カルロス中尉は救助を強行したようです』

「………。」


 言われるまでもないことだった。

 カルロス達と同じく、カリン達も救助要請ビーコンの信号をキャッチした。それにより、EOMの活性化も予見している。事態が急を要することを理解した上で、援軍を待つかそれとも今この場にいる2班で救助を試みるか、班内で話し合っていたところだ。

 だが、1班で救助を試みるという案はそもそもでなかった。

 それは少々無謀であるし、両者の位置がそれほど離れていない以上、その選択肢をとるメリットがほとんど無かったからだ。


(ありきたりな話では功名心に(はや)ったというところだが、事前に言葉をかわしたカルロス中尉はそんな人物には見えなかった……)


 事前の面通しの際に、カリンはカルロスの人柄を見ていた。性別・年齢・出自と、とにかく人に反感をもたれやすい要素を抱えているカリンは、相手が自分をどう思っているか気にかけておく必要があった。しかし最初に会ったカルロスは気さくで、裏表なくカリンと接した。

 強行な判断を下した理由に思い当たるものが無い。

 ほとんど刹那に近い逡巡で、カリンは声をあげた。

 

「カルロス中尉と交信したい。回線をつないでくれ」


 AGオペレーターもカリンの言葉を予期していたらしく、間髪入れずに回線が開かれる。


「カルロス中尉。状況はどうなって――」

『カリン・リー中尉。申し訳ない。連絡が遅くなったのはこちらの不手際だ』


 いますか、と続けようとした言葉が謝罪の言葉に遮られ、カリンは面食らった。

 実のところで言えば、この時点まで、カルロスが功名心から独断専行した可能性を一番危惧していたところだ。

 だがこの第一声により、それはないとカリンは思い至った。


「何が起こりました?」

『すでに交戦中のため事情をかいつまんで言う。EOMの活性化を確認した我々は、人命救助を優先するため、コクピットブロックの奪還を試みることにした。現在交戦中でまもなく接触できる。だが、首尾よく奪還に成功したとしても、我々だけではEOMの追撃を振り切れない。中尉の班は、我々の撤退を援護して欲しい』

「……了解しました。ただちに発着(リフト・オフ)、現場に急行します」


 カリンは答えながら部下たちに目配せを送った。出撃の合図。――通常状態での待機ではなく、《フラクタル・ドライブ》と接続して、いつでも発進できるようにとの指示だった。


「一つ、質問をよろしいでしょうか」


 唇を湿らせつつ、カリンは一呼吸置いて言った。

 それは傍目から見れば芝居染みた一言だったかもしれない。幼さもあってカリンは、相手を何が触発するかわからず、慎重な態度をとった。


『なんだね? カリン・リー中尉』

「私たちに連絡なく交戦を開始した理由を聞いてもよろしいですか?」

『それについては諸君らは気に病む必要はない。私たちの落ち度であり、それは交戦記録のレポートにも記載するよう命じている』

(なんだこれは?)


 カリンはまたも違和感を覚えた。

 必要以上に自分たちの落ち度を強調している。――これではまるで、カルロスは自ら罪を被るかのようだ。


(まさか――)


 カリンが勘付いたのは、やはり彼女の持前の勘の鋭さによるものか。


「カルロス中尉。何か無茶を(、、、、、)しでかす(、、、、)つもりですか(、、、、、、)

『……………。鋭いな、中尉。……これからの話は公的記録から抹消したいのだが、よろしいかね?』

「内容によります」


 譲歩する理由はなかった。カリンは即答した。

 カルロスは乾いた笑いを一度挟んで、鷹揚に答えた。


『それでも結構。我々は現在の戦力差を客観的に分析したところ、目の前のEOMを殲滅するのは中尉らの手を借りても手に余ると判断した。が、事態は一刻を争うのも事実だ。そこで我々は救助だけを優先して行うことにした』

「救助だけ……それは一見簡単な用で、実際は敵の殲滅よりも難しいことだと思うのですが」

『そうでもない。なぜなら我々アマルガムパイロットは、刹那の時であれば無敵になりえるからだ』

「そっ――!」


 カリンの喉元を、名状しがたい空気の塊が押し寄せた。

 この一年は幼さを忘れ、年甲斐も無く人を率いる者であろうと己を押し殺してきた。そんな彼女が、感情の迸るままに表情を険しくさせ、純度の高い敵意すら(、、、、)、隠そうともせず剥き出しにした。


「お前は、『アレ』を使うつもりか――!」

『無論、その危険性は理解している。リー中尉はその保険と考えていただきたい。万一のことであるが、我々が――いや、私がしくじった場合は、残りの部下をまとめ、戦線を建て直していただきたい』

「馬鹿か!? 『アレ』がなぜ『そう』呼ばれているのかわからないのか!? それは、私たちパイロットが安易にすがっていいものじゃない――!」


 語気を強くする。

 決死の形相は相手が王侯貴族ですら射抜かんとするものだった。――だが、それも、顔も見えない相手には届かなかった。


『他でもない『それ』によって、初めての教え子を失った中尉の心情もわかる。だから謗りは受けよう』


 カルロスは一定の理解を示した。――だからこそ、それは受け入れられなかった。


『だがその謗りは、私が帰投してからにしていただきたい』

「おい、やめろ――! 畜生(チクショウ)、回線を切りやがった!」


 口汚く罵りこめかみに血管を浮き上がらせると、苛立ち混じりにカリンは声を張り上げた。


「ダリル、マーク! 言うまでも無いな! 全速力であいつらの首根っこをひっつかんで連れ戻すぞ!」





 ――数が多い。


 秋雄はその事実を肌で感じていた。

 《フラクタル・ドライブ》と接続することにより、アマルガムのパイロットが受けられる最大の恩恵――それが加速世界。

 自分たちの数倍もの数の敵であろうと、その一挙一足を眺められるほどの思考の加速。

 それはこの上なく強力な武器である反面、行動を縛る足枷となる側面もある。

 EOMの動作が一つ一つわかるからこそ、どのようにすれば自分たちを死に至らしめることができるか、それが予測できてしまうからだ。

 もしそれがわからなければ、蛮勇のままに行動を起こし、結果的な勝利を手にすることもあるだろう。だが、それがどれほど危険な行為かわかるパイロットは、慎重であるが故に勝機を逃すこともある。

 頭で考えることが苦手な秋雄は、そんな命の危険を漠然としたイメージでとらえていた。

 あえて言葉で形容するとすれば、それは幾重にも張り巡らされた『死線』。

 自分たちの数倍の敵がいる現状、目に見えないその『死線』は、縦横無尽に張り巡らされており、迂闊な動きをすればそれに捕えられる。

 といっても、彼自身は理解していないことだが、彼が思うように動けない理由は、自分自身のだけではなく、他人の『死線』を見ることができる稀有な能力を持つからだ。遠方から戦場を俯瞰し、長射程の狙撃銃を使い(あまね)くその手を伸ばすことのできる彼は、仲間へ襲い来る『死線』を打ち払う行為に追われていた。


(さっきからっずっと、足止めしか、無理ぃ!)


 さしもの彼も、内心悲鳴を上げている。だが実際の所は彼の援護が無ければ、僚機の1機や2機は落ちても不思議はない状況で、彼は新兵らしからぬ奮戦をしていると言えただろう。

 その援護を支えに、フォワードを務めるキリケ、ミッテルの両先輩も果敢にEOMに切り込んでいる。そのわずか後ろでは、援護の銃火を噴かせつつ、隊長のカルロスがコクピット奪還のために突入するタイミングを測っていた。

 個々の技量はともかく、連携はとれているチームだと言えた。


(数が多い。けど、エクンドゥ基地からの援護が来れば――)


 ちなみに、その援軍が他ならぬカリンであることを、秋雄はまだ気づいていない。

 先ほど、カルロスが交信した際に、ずばり『カリン・リー』という名前が飛び出したのだが、この時秋雄はその『カリン・リー』が一時期とはいえ自分の教官を務めた年下の少女とは結びつかなかった。――こんな決定的なことを見逃す当たりが、遠藤秋雄が遠藤秋雄たる由縁かもしれない。


(――いける、かもしれないけど――)


 カルロスは、その事態をよしとせず、自分たちの班だけで行動を起こしたのだろう。

 どうも、エクンドゥ基地からの班には何か重要な任務がこれから待っているようだ。おそらくカルロスは、事前に上官か誰かからそれを打ち明けられていたのだろう。だから彼らに怪我を負わせるわけにはいかず、どうしても博打の要素がある今回の作戦にはあえて協力させなかった。連絡を怠ったことも無愛想な態度も、カルロスなりの不器用な配慮の裏返しだ。

 だが、客観的に分析して普通の手段ではこのEOMの群れを突破するのは無理だ。


(本当に隊長は『アレ』をやるつもりなのか――?)


 安易には口にすることができない、パイロット達のタブーを思い浮かべて、自然秋雄の背筋に悪寒が走った。

 まさにその時だった。

 カルロスが不意に加速した。


(――ッ、無茶だ――ッ!?)


 内心で声にならない叫びを上げるが、秋雄はわかっていた。――カルロスは無茶を承知で、それを押し通す術を心得ていたことを。

 突出したカルロス機に無数のEOMが殺到する。

 その眼前に、突如煌めく粒子が瞬き、わずかな瞬間に白銀の盾を構築した。現在アマルガムに正式採用されているアリスシリーズと言われているサプバッケージの一つ、『トーブ』。虚空から生み出すことができる、本来防御用として使われるエリュダイト粒子純正の盾だ。


『オラアッ!』


 通信回線から裂帛の気合いが漏れて、カルロス機は生み出した白銀の盾に自ら体当たりを仕掛けて跳ね飛ばした。物質として安定したエリュダイト粒子なら、アマルガムは直に触れることができるが、EOMにとっては以前、致死性の毒である。


 弾き飛ばされた盾に押しつぶされたEOMは、溶け落ちるかのように体の組成を綻びさせ、そのまま空気に溶け込むかのように消え去った。

 わずか刹那の出来事。

 その瞬間にできた空隙に、カルロス機は一気に踏み込んだ。だが姿勢が安定していない。『サブパッケージ』使用の反動で機体制御の手が緩んだのだろう。

 EOMにとっては想定外の行動だが、秋雄たちカルロス班のメンバーは、内心では複雑なものを抱えながらもこの時を待っていた。突入したカルロスを援護するために、銃火の援護を噴かせる。

 部下たちの援護射撃を背に、カルロスは中途のEOMを手にしたセイバーで切って捨て、墜落した輸送機のコクピットブロックに到達した。腕のいいAGオペレーターであるキュービィの手によって、コクピットブロックの位置は正確に3D図示化されており、どこを切断すれば持ち運べるかもシミュレートができていた。

 迷いなく、カルロスはセイバーを振るい邪魔となる輸送機の残骸を寸断する。そして本体から切り出したコクピットブロックを両手に抱えよう――としたところで、追いすがってきたEOMが殺到した。

 カルロス機は反転、意識を集中する。今まさにコクピットブロックを抱えようとしていたために、両手には何も持っていない。『サブパッケージ』に頼るしかなかった。


(ぬおっ!)


 展開された白銀の盾が、EOMの爪を受け止める。自ら毒に触れた対価として、EOMの肘から先が蒸発し、苦悶するかのように身をよじった。

 ほっとしたのも束の間。

 EOMはその一匹だけではなく、続く2匹、3匹が姿を見せる。その攻撃を受け止めるために、カルロスは『トーブ』の維持を続けるしかなかった。


(ぐおぉおっ……!?)


 カルロスが言葉にできない悲鳴を上げる。その全てをエリュダイト粒子で組成する『サブパッケージ』の処理は複雑なものだ。パイロットの処理限界を超える《フラクタル・ドライブ》の稼働は、地獄のような苦痛をパイロットに与える。


「――隊長ッ!」


 秋雄が渾身のライフル弾を放った。大気を切り裂いて飛翔する蒼穹の弾丸が、カルロスに殺到したEOMの一体を打ち貫く。下手をすればカルロスを打ちかねない、曲芸のような援護射撃だった。だが、達人技とも言えるその一撃が、カルロスに息をつく暇を与えた。

 否――。与えてしまった。


「違う! まだ気を抜いてはだめだっ、隊長!」


 自らを苛む苦痛に耐えることに神経を集中させていたカルロスは、周囲の状況の確認を怠っていた。眼前にいるEOMのさらに背後に、味方を押しのけてまさに飛び出そうとした刺客がいることに気が付かなかった。


(――)


 カルロスは、息を吐いて解除した白銀の盾を、その光の残滓がまだ消え去っていない中、また新たに展開しようと意識を集中させた。

 ――だが、限界まで脳を酷使していた彼は、再度ぶり返した苦痛に、意識を手放してしまった。


 光は像を結ばなかった。


 ――構造体を形作ることができなかった粒子が、細切れの光となって砕け散る。


『――ド素人が』


 不意に響いたのは、秋雄の聞き覚えの無い声だった。

 それが、マークという名の白人男性のものだとは、秋雄はまだ知らない。


『だから何でそれがそう呼ばれているのか知らないのか。『サスガ・エフェクト』で見せた英雄の幻想に触発されたか。メディアが報じるようにそれがゲームの必殺技か何かと勘違いしたのか。違う――それは、俺たちパイロット達が常に自らを戒める禁忌の手段でなければならねぇ』


 ――『サブパッケージ』(フラクタル)()乱立機動(エフェクト)

 その投影に失敗したカルロスは、その名が持つ意味の一つ、細かな光の残滓に包まれながら、EOMの攻撃を受けた。


『それができなければ、そうなる。鮮やかな光の泡沫が、テメェの最期を彩る仇花となるんだ』

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