Effect23 従軍心理 -operator pride-
AGオペレーター。
アマルガムのパイロット達につけられるオペレーターをそう呼ぶ。
あえて説明するまでもないかもしれないが、彼らはむさ苦しいおっさんのダミ声を耳心地のいい綺麗な女声に変換してくれる伝令官のお姉さん――などではなく。
その本分は『機器の操作』――すなわち様々な観測機器と通信装置を操作する機械操作のスペシャリストだ。
通信規格に関しても今では様々な規格が存在する。短距離通信や長距離通信の使い分けや暗号化などのアレンジを加えると、最適なものを選び出すだけで膨大な知識を必要とする。
さらに、彼らは観測手としての技能も問われる。空間震動計や帯電センサーなどを駆使してEOMのワープの兆候を感知し、可燃物や逃げ遅れた住人の存在を発見した場合はパイロットに報告する。その仕事量は際限無く、卓越したオペレーターは一人で無尽蔵な量の情報を処理する。
専門技能としては、パイロットよりもはるかに高次元の技術を持っているといっていいだろう。
――と知識で理解している一方で、カリンは客観的判断として、今回自分たちにつけられたAGオペレーター(ちなみに男性)の手腕から、
(少し通信にラグがあるな)
と思った。
といってもそれは侮蔑を含んだ見下した評価でも、苛立ちをぶつけた不満でもなく、一種の感慨めいた感傷。
(たぶんこいつも、新人なんだろうな)
という心の奥から想起された共感だった。
リクエストしてから情報が送られてくるまでのわずかな時間の齟齬。細かな認識のズレ。一つ一つは些細なノイズだ。カリンでなければ気づかなかったかもしれない違い。年齢と外見にそぐわぬ一流のパイロットであるカリンは、一種の野生の勘とでも言うべき豊かな感受性で、普通の人間では気づけないようなAGオペレーターの経歴を的確に見抜いていた。
そしてそのことに感傷を覚えたのは、自らも新人であるという追想によるもの。
彼女は隊長職になって一年も経っていない。英才教育を施されて帝王学を学んでいたわけでもなく、その実態はスラム出身の孤児。人生経験はとてもじゃないが足りていない。
それでも、人類はそんな彼女でも、一人前の指揮官に育てなければいけないようだ。――一年とちょっと前、急遽、士官学校の臨時教官に任命されたこと。そして隊長職への抜擢。――どうやら軍の上層部は、カリンを前線で身を粉にする一兵卒で留まらず、人を教え導く先導者へと仕立てあげたいらしい。――カリン自身の思惑とは裏腹に。
出生欲や野心など持ち合わせていないカリンにとっては晴天の霹靂だった。逃げ出したい、とも思う。前線で刃を振るう修羅となることが、一兵士としてあの怪物たちを屠ることこそが自分の生涯なのではないか、とすら思っていた。今でも、人を使う存在よりも、使われる兵器となる方が、カリンはよっぽど楽だと思っていた。
だが――もっと大局的に見た時。
人という種自体が、長きに渡って存続するためには、後進の育成とそれを教え導く存在の確保を両立しなければならない。それを怠った時、それまで築き上げてきた文化と技術、そして知識が失われる。そしてそれこそが人類という種の衰退、時には滅亡を意味する。
人類はかつての疫病の大流行で、あるいは紛争によって、その散逸を経験した。
EOMパンデミック時に技術者と教育者の確保が優先的に行われたのもその経験によるものだ。そしてその流れに、カリンはどうやら巻き込まれてしまったらしい。
そんな諦観じみた感傷と並行して、カリンはAGオペレーターと言葉をかわしていた。ダリルやマークとともに、すでにそれぞれの機体に乗りこんでいる。今回の作戦に関して情報を交換しているのだ。
「では、タンザナ基地から援軍が送られるんだな?」
『はい。――部隊編成から到着まで半日ほどかかりますが、それまで中尉の隊には機体に搭乗したまま待機して欲しいそうです』
「了解した。事態に変化があった場合知らせてくれ」
『承知しました』
耳通しのいいテノールを最後に、通信をクリアにするために接続していた回線が切れる。
AGオペレーターとのコンタクトが終わってから、一呼吸挟んで、彼女はいつもの調子で部下たちに言葉を飛ばした。
「聞いての通りだ。これから長丁場になるぞ」
『『了解』』
ダリルもマークからも短い返答が返ってくる。よく訓練されたもので、その瞳には辟易とした感情はない。任務においては全く頼もしい部下だった。
タンザナ基地から出発し、先行して到着したカルロス班から、予想外の報告が上がった。
EOMの数が想定されているよりも多かったのだ。
まさしくその可能性を考慮してカリン達が予備戦力として送られたのだが、彼女たちを頭数に入れても、少々手に余る数だったらしい。
散発的に起こる野良EOMの転移だが、同時に転移してくるのはそう多くは無い。EOMに破壊された第三のコロニー『トライアル3』の事例や、1年前の『サスガ・エフェクト』などのような数十体規模の同時転移は(最近は少し考えを改められているものの)想定外の事態とされており、通常であれば1匹や2匹、多くても片手の指で数えられる程度なのが普通だ。
それから時間経過によって数を増やすにしても、このあたりはろくに森林もない荒涼とした山岳地帯のため、EOMの数は大して増えないと思われていた。
ところが現地に先行したカルロス班は、12体のEOMを観測した。といっても大部分は4メートルから6メートルまでの小型の個体(通称S級)であり、カリン班と共同して当たれば殲滅は難しくないと言えた。
だがそれなりの苦戦は強いられるだろう。万一、パイロットに被害がでないとも限らない。実戦で絶対はないものの、可能な限りリスクを抑えるという意味で、基地からの援軍を待つことになった。
軍人は消耗品である――これはある意味では真理だ。実際、今の人類はそれを痛感している。無敵とされたEOMの侵攻を食い止めるため、ただの時間稼ぎ程度の意味で、人柱として軍人が前線へ送られた時代だ。――それによる摩耗こそが、現在、熟練した軍人が希少で、カリンのような若い逸材に頼らざるを得ない最大の理由だ。
しかし消耗品である以上、その価値も計らねばならない。果断なく、人の価値を決めるのは道徳的に反する行為であろうが、国防に携わる者はその冷徹な判断を下さねばならないのだ。――そして、兵士自身も。
皮肉か、幸いというべきか、アマルガムも、アマルガムのパイロットもそうそう代替の効くものではない。高度な精密機械の塊であるアマルガムは非常に高価であるし、アマルガムのパイロットも一定以上の資質を要求される。訓練すれば万人がなれるものでもなければ、資質があっても一朝一夕に操縦できるものでもない。訓練にも大きなコストがかかるのだ。機体もパイロットも、(本来、人命というのはそう扱われるべきものなのだが)使い捨てにできるような代物ではない。
だからこそ、討死してもいいからEOMを倒して来いとは言われない。もちろん、それも時と場合によるのだが。
(しかし、機体の中で待機とはねぇ……)
部下の手前、不平は口にしないが、カリンは内心顔をしかめた。そして手を伸ばしてコクピット内の収納ブロック――非常時の食料や応急キットなどが入っている――を開き、そこから丸薬を一つ取り出した。
大変不本意であるが、利尿作用を抑え尿意を抑制する薬である。
彼女たちのスーツはいわゆるオムツとしての機能はあるわけだが、カリンも女性としての――レベルは持ち合わせているかは怪しいが――一般人レベルの品位としてそういったものを恥らう感性はある。
部下たちと違和感なく笑顔で談笑するためにも下世話な事態など招きたくないのだ。
しかし悲しいかな、どんな鉄人でも、自律神経に作用する生理反応を抑制するには限度がある。
――身もふたも無く言えばそんなに我慢できない。
覚悟を決めながらも、己の尊厳を守るためにも薬の力に頼ることにした。
――一方。
『いっちゃなんだがよう。こう、我慢してたものを出すときのスーッて感覚? あれは得も言えないものがあるよなぁ』
男女混合のカリン班と違い、男所帯であるカルロス班は隊長自らぶっちゃけていた。――ちなみに彼らの担当のAGオペレーターは女性だったので、間接的なセクハラである。本人は沈黙を決め込んで無視していたので、彼らが糾弾されることはないだろうが。
『いやまぁ、股間が冷たくなるのは嫌だから俺も薬飲むけどよ。ふと思うんだ。一仕事終えた後のあの一滴は、仕事のあとの一杯とも比較できないものなんじゃないかって』
「はー、そういうものですか」
カルロス班ではTPOを弁えない上官の相手も新人の役目ということになっている。
秋雄は気の無い相槌を返しながら、指先で画面を操作した。その手つきはおっかなびっくり、まるで最新機器を前にした老人のようなものだ。熟練のAGオペレーターが見ればそれこそ鼻で笑われかねない。――秋雄は、ハードは得意なのだが、ソフトの操作は苦手だった。
数回キーを打ち間違え、メニューを閉じたり開いたりを繰り返し、目をこすりながらようやく目当ての項目を見つける。それを見て、わずかばかし秋雄は目をしばたかせた。
「S品目?」
『――ん? 秋雄、どうかしたか?』
秋雄の独白に気づいたカルロスが、目ざとく声をかけてくる。
「いえ……任務の中に輸送品の回収ってあったじゃないですか。だから何が積まれているか確認したんですけど………」
『でばがめか』
「S品目。つまり秘匿コードがかかっていました」
『ふむぅ』
カルロスが息を漏らす。
『新開発の秘密兵器か。――さもなくば、お偉いさんが取り寄せた100年もののワインか。まあ珍しいことじゃない』
実際はそのようなことはない。今秋雄が参照したデータは、今回の任務のために新たに打ち直されたようなデータではなく、輸送時に使われるデータがそのまま使われている。輸送する品物が秘匿されているようでは積み荷のチェックもできない。あまり乱用されるようなコードではない。
カルロスが言葉で切って捨てたのは、暗に詮索するなと言いたいのだろう。
(いやまぁ、俺も藪蛇に首突っ込むつもりはないけど……)
秋雄という青年、見たままだが小市民な気質を持っている。
「そういえば隊長。パイロットからの通信はまだなんですよね」
『ん――ああ、な』
カルロスはわずかばかし言葉を濁した。
『墜落の前の報告を最後に、通信が途絶えている。墜落の衝撃で通信機器が破損したか――意識を失っているかだ』
オブラートに包んでいるが、そこには死亡という状況も過分に含まれている。むしろ、カルロスはその可能性が高いと考えているだろう。
墜落した輸送機は中型の部類で、コクピットの強度もそれなりのものだ。墜落の衝撃に耐えうる可能性は十分ある。だがそれは裏を返せば、生命線となる通信機器も容易には破損しないということで、パイロットが生存しているのなら連絡を寄越さない理由が無い。カルロスが告げたように意識を失って生存している可能性はあるが、カルロス達が到着するまでに半日近い時間が経過しており、深い傷を負っている場合はどの道助からない公算が高くなってしまう。
そもそも――輸送機のまわりにはEOMがひしめいている。彼らの食欲は主に、墜落の衝撃で機体から分離した格納ブロックに集中しているが、それでも両者の距離は目と鼻の先だ。これでは近づくこともままならない。
救助するにもEOMを排除しなければならない。そのためには戦力が足らない。
今秋雄たちには待つことしかできなかった。
そんな時だった。
『ん……?』
カルロスが声を上げた。それと同時に秋雄も異変に気づいた。
救助要請を示す無線ビーコンが点灯していた。――発信源は、墜落した輸送機だった。
『生きていたか……』
隊員の先輩の一人が、呻くように漏らす。
可能性の話であれば、EOMが機体をひしゃげさせた際に、機械が誤作動で信号を発した可能性もある。だが、潰えたと思われた命の光明を否定する材料にはなりえない。
しかし――無残にひしゃげた機体が示す、絶望的な状況。たむろするEOMは人類にとって死神の象徴だ。アマルガムはそれに対抗する手段でありながら、それでも絶対的な勝利を約束した代物ではない。
『…………』
隊長であるカルロスは、口を堅く引き結び、しばし熟考した。
その口が、わずかな時間の後、おもむろに開かれ、慇懃に言った。
『キュービィ准尉。輸送機のコクピット位置を3D図示化できるかね』
カルロスの問いは彼ら担当のAGオペレーターへと繋がっていた。
不意の質問であったはずだが、オペレーターのキュービィは即答した。
『できますが。………何をされるおつもりです?』
『要救助者を救助する』
『……今この場の指揮権はカルロス中尉にありますが……あまり賢明なご判断ではないと進言します』
『忠言ありがとう。だが却下だ』
カルロスは優しい声音で切り捨て、声を上げる。
『聞いての通りだ。やるぞ、野郎ども』
それまで事態に呑まれていた秋雄は、呆けたように声を上げる。
「やるぞって……ちょっと待ってください。俺たちだけでですか?」
『ああ、俺たちだけでやる』
「え!? それはさすがに無茶すぎますって!」
『何も殲滅するつもりはない。EOMの注意を引いている隙にコクピット部分を奪還する。少々手荒くシェイクすることになるが、それに耐えられるかどうかは神に祈ってもらうしかない。……見ろ』
カルロスが指し示す先では、EOMの動きに変化があった。
『使われたビーコンは強い電波を発生するものだ。それにEOMが勘付いちまった。放っておけばカップメンよりも短い時間でバラバラにされるぞ』
「………!」
秋雄は一瞬の躊躇を覚えた。
確かに、一刻も早い救助が必要なのは自明だ。
「け、けど――! それなら、最低でもすぐ近くまで来ているエクンドゥ基地からの援軍に援護を頼むべきだと思います! 俺たちだけなんて無茶です! すぐそこまで来ているんですから、彼らを待ちましょう!」
命が惜しいわけではなかった。
秋雄にとっては、同僚であり隊の仲間であるカルロス達も守りたい対象という当然の倫理だ。
そして、自分が言っているようなことはカルロスならば当然思いつく当たり前のものであるはずだった。
だからこそ、
『それはできん』
カルロスは否定した。
絶句する秋雄に、カルロスはなめらかに口を開いた。
『エクンドゥ基地から来た奴らは、これから先のスケジュールがあるらしい。ここで怪我をさせるわけにはいかん。俺たちの隊だけでやるぞ』
秋雄はカルロスの言葉に理性と感情が乖離する感覚を覚えた。本心としてはカルロスに賛同したい意志がある。だがそれでもかろうじて残る理性の部分が、今回の任務が危険だと――紛れもない博打だと告げていた。
それは本来、容易に下してはならない判断であるはずだった。
『キリケとミッテルが囮となってEOMの注意を引きつけろ。その隙に俺がコクピットを回収する。秋雄は狙撃で援護してくれ』
カルロスの隊は、フォワードを務めるキリケとミッテルがEOMの注意を引きつけ、中衛を引き受けるカルロスがミドルレンジから援護、後方に位置する秋雄がポイントゲッターとしてEOMを撃ち落としていくのが鉄板構成だった。それを今回アレンジして、カルロスが機体の回収役にまわるようだ。
『秋雄。これはもし、万一のことだが……俺たちが危なくなった時は迷わず撤退しろ。お前はまだ若い。未来がある。そう、俺たちは本気でお前がいつか『サード・シード』として相応しい人材になると思っているんだ。だから、引きずるな。現状を冷静に把握しろ。それが狙撃手ってもんだろうが』
「やめてくださいよ、そんな遺言みたいな……。やっぱり止めましょう。リスクが大きすぎます」
言い知れぬ嫌な予感を覚えて、秋雄はあえて自らの感情に反して否定の言葉を上げた。物語のヒーローのようなカルロスの姿勢は、秋雄も憧れ、渇望していたものだ。理想の姿と言っていい。だが、彼は知っている。
本物のヒーローとして多くの人を救った彼のクラスメイトは、それで帰らぬ人となった。
死は、現実は。
容赦なく、切望を打ち砕くのだ。
『大丈夫だ』
カルロスは安心させるように、努めて明るく言った。
『俺たちには切り札がある。そうだろう、シュウ・カザハラと同じ力が』




