Effect22 出撃前 -newcomers-
ZEOMの名前をASUSに変更しました。
アフリカ大陸。
地表における人類の拠点だ。
アマルガムの開発に成功した人類は、性急に戦力を整えると、比較的EOMの数が少ないアフリカ大陸へと降下作戦を開始した。
ウイルスにも例えられる増殖性を持つEOMに対して、戦力を一極集中させての殲滅・掃討戦だ。地表を埋め尽くし光を明滅させるEOMに対して、大気圏降下装備を搭載した無数のアマルガムが空から飛来し、エリュダイト粒子の銃弾を叩き込んだ。
激戦の末、EOMを退け、南アフリカの国土であった地帯への降下に成功すると、拠点を築き、すぐさま同心円状に部隊を展開していった。
紛れもない対EOMの最前線では、当時希少と言えた軍務経験のある軍人たちが大量に投入された。だが、デパーチ・チルドレンという言葉が生まれた通り、従軍経験の少ない少年兵の存在も少なくなかったという。
そこまで性急な作戦を展開したのも、どのコロニーも資源枯渇に喘いでいたからだ。開発されたばかりの兵器を一極投入するという賭けといえる作戦に出たのも、人類がそれほど瀬戸際に追い込まれていたという判断による。
幸いにもその作戦は成功し、度々EOMのジャンプは発生するものの、宇宙を漂流していた難民たちの入植も進んでいる。
現在、人類は虎視眈々と勢力拡大を目論んでいる。
「――と言っても、今、人類の足並みは揃っていないんですって?」
「ん……? ああ……そうらしいな」
エルゴン山付近に墜落した輸送機の救援のため、カリンは部下のダリルとマークの2人とともに輸送機に乗り込んだ。
不意にマークに話しかけられ、条件反射で鷹揚に答える。年相応に振る舞えず、さりとて必要以上に居丈高に振る舞ってしまう自分が子どもみたいで内心辟易しつつ、マークに目線をむける。
彼は鷹揚なカリンの態度に視線を逸らすことなく、白人男性とみてもやや高い長身からカリンを見下ろしている。
「なぜでしょう、中尉?」
マークの手の中には気を効かせて注いだらしい湯気の立つコーヒーがある。差し出されたそれは高高度を飛行し寒い機内では中々にありがたいものだったが、片目をつむりつつかけてきた問いに、礼を言う機会を失する。
受け取ったカップを両手で包み込むように持ちながら、半眼で目の前の優男を見つめた。
――そんなこと、私より地球に来て長いお前の方がよく知っているだろう。
彼の口元に浮かんだアルカイックスマイルを見ての第一の感想だが、カリンはそれを口にはしなかった。
今回のように、マークは時折、カリンをテストするかのような問いを口にする。
カリンはそれに逐一答えていた。
命を預ける上官の資質を試すのは、部下にとって当然の権利だとカリンは思うからだ。だから答えられる限りで答えるし、答えられない場合は後日勉強して返答する。重要そうな事柄について予習する習慣がついたのも、彼のおかげとさえ言える。
――もっともマークが問いかける真意は、カリンが考えているのとは違い、出来のいい妹のように思うカリンを鍛えるための親心というのが実情だったが。
幸いにして、今回はカリンも答えを知っている問いだった。口をすぼめてコーヒーに口をつけ、上目使いでマークを見上げながら、落とし穴がないか慎重に検討しながら答えを紡いだ。
「人類の足並みが揃っていないっていうのは……一言で言えば領土争いだろう」
ぽつりと口にしてから、それが呼び水となったのか、続きの言葉は流れるように出てきた。
「EOMが現れたことによって、一度地上の領土権は白紙に戻された。仮にそれをとり返したとして、今度は誰のものになるのか、人間同士の醜い争いが起こることは目に見えている。スラム暮らしの私にはよくわからないけど、EOMが現れたのはたった13年前。地上に故郷や祖国を持っていて愛着心を持つ大人たちもいれば、宗教の聖地みたいに心の拠り所にしている人がいる。ただ人間の手にとり返せればいいって単純な問題じゃない。自分たちの手にとり返さなければ、と捉えている人たちも大勢いるんだ」
「では……今の時点で、勝手に軍隊を送りこもうという組織が出ないのは? また、このアフリカ大陸でそんな領土争いが起こっていないのは? 武力で弾圧してしまえばいいでしょう?」
「そういう、いわゆる実効支配を考えている奴はいる。でもそれが起こらないのは、まあ……政治的な駆け引きが色々あるらしいが、一番大きいのは、宇宙連合統括局の手柄だ。……手柄っていうのはちょっと違うが、ASUSがアマルガムの供給権を握っているからだ」
Association of Space Unification Station――通称ASUS。
元々は国連の下部組織に過ぎない組織だったが、EOMの侵攻によって事実上崩壊した国連から権限が移管された、現代における国連に代わる組織に近い。
宇宙空間における全人類の平等と発展に寄与する――それがASUSの当初の理念だそうだ。
実際のEOMパンデミック時のASUSはというと、難民問題や資源問題などの問題に対する、各コロニー間の意見調整の仲介役を担っていた。
しかしASUSは元々の組織である国連同様、自分たちの軍隊を持たず、実行力と呼べるような力は持ち合わせていなかった。宇宙空間における人類の平等と発展に寄与する――そんな美しいお題目を実現するにも、そこに他者を従わせる強制力は無い。
その流れが大きく変わったのは、アドルフ・ガレノス博士のアマルガムの開発だ。
アドルフ・ガレノス博士は、その研究成果をASUSにだけ発表したのだ。
それまで無敵の生物とされたEOMに対して、アマルガムの存在はまさに特効薬の発明に等しい。
誰しもが欲しがるその技術を、ASUSは一部だけブラックボックス化した。
ほとんどの技術は明かされているため、修理はできる。新機体や新武装の技術開発もできる。だが、肝心の根本部分はASUSのみが知っており、新しい機体の補充はASUSの助力無くしてはままならない。
EOMという脅威に対抗するためには、人類はASUSに頼らざるを得ないのだ。
「アマルガムの供給権。ASUSはこれを握ることによって、実質的な力を得た。今ASUSの機嫌を損ねることは、すなわち自分たちの破滅を意味する。コロニー同士の会議を無視して、実効支配に乗り出す勢力がでれば、ASUSはアマルガムの供給をストップすることを暗に示唆している。それが今、決定的な抑止力になっていると言っていいだろう」
「さすがですね」
満点だと言わんばかりに口元をほころばせて、マークは言った。
「アフリカ大陸の解放で、当面の資源問題は解決しました。新しい領土の解放を望む声は大きいですが、ASUSは後々の遺恨を残さないよう、慎重に協議した上で、ヨーロッパや中東への戦線拡大を考えているようです」
「まあ、戦線を拡大できないのは戦力が足りていないのも大きいけどな。……以前は地上にひしめていた人類も今はたった5億。アフリカ大陸一つでも手が余るのが今の私たちなんだ。EOMはどこにでも跳んできやがるからな」
地上は距離的に近いためか、宇宙空間よりもEOMの転移率がはるかに高い。なんの変哲もない山岳部や、はたまた都市部に転移してくることもあり、人類は貴重なアマルガムを分散配置せざるを得ない。EOMは誘致性と呼ばれる性質により、仲間を距離に関係なく呼び寄せる。数が少ないから、距離が遠いからと放っておくと、いつの間にか大群をつくる危険性は、宇宙空間以上に地上の方が高い。
かくいう今回の輸送機の墜落事故も、直前のパイロットの通信により、転移してきたEOM、いわゆる『野良EOM』の仕業だと断定されている。カリン達アマルガムパイロットが送られたのもそれが理由だ。
「私たちは当面、職を失う心配はしなくていいってことだ」
カリンはそう締めくくって、コーヒーを一気にあおった。
低い気温のせいか、火傷するように熱かったコーヒーも飲み干せるほどに冷えてしまっている。一気に飲んだのは、そろそろ、レーダーにEOMが映る頃合いだと思ったからだ。
動きづらいため外していたスーツの上着を羽織ると、彼女に続くようにマークとダリルの二人もコーヒーをあおり、表情を引き締める。
きたる出動に備えて意気を高める中話しかけてきたのは珍しいことにダリルだった。
「今度のタンザナ基地からの援軍、中尉の教え子がいるんでしたか」
「ん? まあね。でも援軍はあたしらの方だよ」
以前も言ったが、カリン班は『便利屋』。
その主な役割は、数合わせである。――3人それぞれの技量が高いので、しばし手伝いにいった先で中核になっていることもあるが。
今回、輸送機が墜落したのはカリン達がいた基地と、今しがた話題に上がったタンザナ基地の中間地点に位置する。そのタンザナ基地から派遣された一隊こそが本隊で、カリン達はEOMが多かった場合に備えて予備戦力として送られたにすぎない。それも、元々カリン達はタンザナ基地を経由して別の基地に異動する予定があったため、移動の『ついで』という側面も持つ。
「で、あたしの教え子がどうかしたか?」
「その教え子は、もしかして『第三の種』ですか?」
ぴくり、と眉根を寄せ、カリンは表情を硬直させる。――意図せずに心の動きが表情に表れてしまった。
「ん。………誰かから聞いたのか?」
「いえ。中尉の口ぶりから判断しました」
整然と答えるダリルの言葉にカリンはさらに口をへの字にする。マークもそうだが、この2人の部下は一挙一動を観察したりテストしたりと上官を何と心得ているのだろう。
「……まあ、そうだよ。だけど私の前で『サード・シード』なんて御大層な名前で呼ばないでくれ。私に言わせればあいつは今も昔もただの教え子だ」
「まあ、中尉に言わせればそうなんでしょうな」
ダリルは表情を微動だにせず、口調も平坦なものだった。
明らかに他意の無いものでありながら、痛い腹を探られたようにカリンは面白くないものを感じてしまう。それは、ダリルが無駄に言葉を発さず、1を聞いて10を悟るかのように会話を打ち切ってしまったからだ。
陽気な印象のマークとは対照的にダリルは多弁ではない。軍人というよりは武人といった趣の人間だ。
(『あいつ』のことに興味を持っているんだろうけど………)
自機へと歩み寄りつつ、脳裏によぎったのはかつての教え子の姿だった。
(『あいつ』はなぁ………)
いかんせん、あまりいい想い出は思い浮かばなかった。
受け持った中で問題児と呼びたくなるような奴は数多くいれど、その中で順番に名前を上げると3本の指に入るのが、困ったことにアマルガムパイロット第一期生の内、世間では最も名前が売れることになった3人だった。――カリンには頭が痛いことに、榎原士官学校内に留まらず、全宇宙を含んでの第一期生の中でであるから、スケールの大きさはすでにカリンの手に余っていた。
だから、
(たぶん、会ったら後悔するぞ――?)
カリンは少しだけ部下に同情した。
「―――へっくし!」
おもむろに噴き出した緊張感の無いくしゃみに、和やかな笑いが通信回線に漏れる。
彼も、彼の上官も、先輩たちも、すでにアマルガムに搭乗した状態で輸送機からの出撃を待っている。
からかうような口調で陽気な声を上げたのは、隊長のカルロスだ。
『おいおい、出撃前にずいぶん緊張感の無いくしゃみだな』
「あー、すみません、隊長。なんだか急に鼻がむずむずして……」
慌てて弁明しつつ、嫌な予感が脳裏をよぎった。
これまでの流れは、彼をからかうネタを見つけたカルロスのお決まりのパターンだった。
『まだ何回も実戦を経験してないっていうのに大物だな。さすがは『サード・シード』だ』
案の上のセリフに、脱力してがくんと頭を下げる。
彼がカルロスの隊に配属されてから幾度となく繰り返されたやりとりだが、この上官は変化球というものを覚えないのか。
「だーかーらー! やめてくださいよ、その名前は俺には荷が勝ちすぎますってば」
『ははは、何を言ってやがる。コアなミリタリーファンならその名前だけでご飯三杯はいけるって話だろ』
「ご飯三杯っていう意味も知らなかった癖に……」
部下をからかうことに関しては、堪能な学習能力を見せる上官に色々な意味で頭が下がる。それがどこか憎めないところだったが。
「ともかく『サード・シード』なんて止めてください! 昔のツレに聞かれたら鼻で笑われますって!」
『まあそう言うなよっ『サード・シード』!』
「だから……いや、もういいです」
頬をぴくぴくしつつ、脱力しながら言った。
緊張感を無くしているのは自分よりこの上官のせいではないか? と思う。
上官のニヤついた笑いを意識の外においやり、彼は深呼吸をして息を整えた。まかり間違っても自分は『サード・シード』なんて2つ名で呼ばれる人間ではない。だたの新人兵だ。過信すればやられる。躊躇すれば仲間の足を引っ張る。彼が立つのは戦場であり、古強者も新参も関係なく、生死をやりとりする場なのだから。
だから、自分を引き締めるためにも、彼ははっきりと宣言した。
「俺の名前は遠藤秋雄です。それ以上でもそれ以下でもありません」
『……わかったよ、ルーキー。じゃあいつか、お前自身でその名を呼べるようになる日を楽しみにしているぜ』
そんな日が来るのだろうか?
自分自身のことでありながら、全く想像できない未来図に顔をしかめながら、かつて『宝くじ』――そう揶揄された狙撃手の少年は、視線に力を込めた。




