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Effect21 在りし日 -past days-

 白いシーツの上で赤子のように丸まった少女は、うっすらと身をよじる。

 白を基調とした室内は、お世辞にも女性らしい華やかさはない。必要最低限のものしか置かれていない室内は質素で、ハンガーにかかっている衣服のほとんどは男物だ。

 ベッドの上で丸まっていた小柄な少女は薄くまぶたを開き、のそりとした仕草で上半身を持ち上げる。肩先にかかった黒髪が、ふわりと揺れた。

 伸びをしながらその口腔を開き、間延びした空気がその口から洩れた。


「ふわぁー……あー……」


 盛大なあくびを上げて、それで二度寝の未練を断ち切ると少女はベッドから降りる。

 慣習で指先が自然とリモコンのスイッチへと伸び、モニターにニュースチャンネルを映し出した。

 少女はそれを聞き流しながら身だしなみを整えていく。下着を取り換え赤色の軍服を着こみ、彼女はふと、鏡台を見た。

 鏡に映った自分を見つめて、肩にかかった髪を一房つまみながら、一人ごちた。


「髪、伸びたな……」


 彼女の名はカリン・リー。

 ちょうど一年前の事件を契機に、短く切っていた髪を伸ばすことを決めた。

 その黒髪はすでに背中の半ばまで達している。体の発育も進み、それも相まってか、一年前と比べて私服の男装をしていても男性に間違われることはほとんどなくなった。

 ――髪を伸ばし始めたころから、男性から声をかけられることが多くなった。

 男に間違われることが多かった自分は、てっきり女性的な魅力が無いのか、と思い込んでいたが、どうやらそうでもないらしい。男に間違われるといっても、それはつまり男性と女性の見分けがつく前の、二次性徴途上の少年に間違われるという意味で、自分の容貌はむしろ、中性的で整ったものだったらしい。

 髪を伸ばすことで女性らしさが生まれ、それが周囲には意外な豹変ぶりに思われたようだ。

 でも、彼女はそれらの誘いを全て断っている。

 彼女の失恋の傷は――まだ癒えていないのだ。


 ちらり、とカリンはモニターを見る。

 朝のニュースチャンネルは、わずか数分程度のものであるけど、特集を行っていた。ちょうど一年ほど前に起こった事件――『サスガ・エフェクト』の特集だ。

 カリン自身もまた、当事者だった事件。『シューティング・スター』所属でありながら『サスガ』の危機に緊急出動し、仲間とともに少なくない戦果を挙げた彼女は事後の式典で表彰を受けた。

 そしてそれは、あの2人の少年も。

 彼女の回想をなぞるように、モニターはとある過去の風景を映し出した。

 それは、事件の犠牲者を悼む慰霊祭と同時に行われた、勲章授与式の一幕だ。

 

 テレビ側ももっといいシーンはなかったのか。――いやあの時の彼は終始このような剣呑とした目つきと苦虫を噛み潰したかのような仏頂面をおさめなかったのだからいた仕方ないか。

 黒髪の凶暴な目つきの少年が、銀髪の少年が映った写真を抱えてモニターに映っていた。


 写真を持つ黒髪の少年の名は、グレン・コウラギ。

 写真に写る銀髪の少年の名は、シュウ・カザハラ。


 共に、独断専行で基地で建造中の試作実験機を強奪し、誰に乞われたわけでもなく、戦場に飛びだした2人の少年だ。

 どちらも少なくない戦果を挙げた。いや、シュウ・カザハラにいたっては、絶望的な状況で5千万を超えるサスガの住民を救った。

 だがその奇跡の代償として、シュウ・カザハラは命を落とした。

 ――それが、グレンが仏頂面で抱える遺影の意味だ。――シュウ・カザハラという少年は、もうこの世にいない。


「シュウ……あれから一年経ったよ」


 過ぎ去った年月を語りながら、ちくりと刺す胸の痛みを覚える。

 彼女の、結局伝えられなかった少年への思慕は風化せず――少女の胸に、破片を残していた。


「まだ、EOMは駆逐できていないよ」


 許しを請うように、弁明するように、唇を揺らす。


「……まだ、あたしたちの戦いは終わらないよ」


 ――少年が、彼女に残した言葉。

 EOMを根絶するまで戦いは終わらないと吐かれた言葉。

 ――かつて、彼女は禁忌の技術を通して少年の心に触れた。

 表面上は普通に笑い、普通に怒る普通の少年――と周囲に見せかけた少年の内面には、おそらく誰一人として想像だにしなかった、ドロドロとうずまく劣情が存在していた。

 殺意や憎悪とも評するのも生易しい、煮え滾り、混在し、荒れ狂う激情。

 ――少年の救いは――唯一、EOMを倒すことだけだった。仲間に囲まれ、その中で浮かべる笑みも、全て心の底からの笑いではなく、場の空気を壊さないための演技――少年は自分以外のためにしか笑えなかった。

 少年は、もう自分のために笑う事はできなくなっていた。自分自身で深い闇に囚われ、自分にはそんな資格などないと思い込んでいたから。

 ――そんな闇から、少年を救い出したかった。


「なんで死ぬのかな……馬鹿野郎」


 恨み言を告げて――少女は目元の雫を拭う。

 それだけで、少女は戦士の貌を被った。

 少女の生まれて初めての失恋は、少女を少しばかり大人にした。

 自らを軍人であると――かつて恋した少年が、自らがそうであると架したように、誰かを守る盾であろうと。

 その想いを強くした。


「いってくるよ、シュウ」


 彼女は軍服を羽織り、画面の切り替わったモニターを消す。

 君が居るトコロに逝くまで、奴らを倒し続けると胸に誓いながら。


 彼女は知らない。

 予想だにしない。

 彼女の死んだはずの想い人の意志が、彼が最期に乗機した機体に宿っているなどと――






 部屋を出ると同時に彼女は表情を感傷めいたものではなく、外向け用のいつもの表情に戻した。

 飄々とした顔をつくりながら、基地の廊下を進む。

 一年前の出来事から、彼女の周囲の状況もめまぐるしく変化した。

 『サスガ・エフェクト』時の功績を認められ、彼女たちカリン、リサ、テオの3人は全員少尉から中尉へと昇進した。リサはエリート部署である憲兵隊に送られた一方、テオとカリンはともに地球に降りたち、それぞれ別の基地に配属、さらに部下までつけられた。

 テオの方は問題なくやれているようだ。いや、問題児を抱えてその教育にてんてこまいのようだが、笑い話とともに繰り出される愚痴を聞くに、まずまずの関係を築けているらしい。

 カリンの方も、幸い直属の部下とはうまくやれている。

 テオと違って部下が年上というギャップがあったが、幸い彼女につけられた2人の部下は年の差という細かいことに固執する人間ではなかった。

 上官に対する敬意というものは希薄で、年下扱いされてあしらわれることはあったが、上下関係についてはしっかりと身に染みついており、軍務に関わることでカリンを軽んじることは無い。

 背中を任せるに足る存在として、お互いを認識できる。

 それだけでカリンはいい部下をもったと思う。

 士官が集う指令室に足を運びブリーフィングを受け、そこから部下が待つ待機室へと移動する。

 他の隊員たちとの輪から少し外れたところで、カリンの部下である2人の男性はストレッチをしていた。

 どちらも金髪の白人男性。2人の顔立ちにははっきりとした差異があるのだが、カリンには2人がどの民族なのかなどはわからない。2200年のEOMパンデミックにより、民族や国籍などは一度無秩序化した。それがいい意味でも悪い意味でも人種の普遍化につながっている。


「マーク、ダリル、準備はできているか?」

「あー、中尉。おはようございます」


 マークが腕のストレッチをしながら応じる。ダリルはその後ろで足を伸ばしている。


「俺たちはいつでもいけますよ。中尉こそ夜更かしして寝不足じゃないですか?」

「ばーか。規則正しく消灯時間に寝たよ。大の大人のくせに携帯ゲームにうつつを抜かして夜更かしするお前らと一緒にするな」

「そんな老人みたいな生活してると俺たちより先に老けますよ」

「早く寝かせたいのか夜更かしさせたいのかどっちなんだ」


 仲がいいのか悪いのかわからない、でも不思議と悪い気はしないやりとりをかわしながら、カリンはホワイトボードに近づき、そこに張られた自分のネームプレートを動かす。

 『未出勤』から『出動』へと。

 年齢はマークが27でダリルが28だ。自分より一回り年齢が上の、背伸びしても身長が全然届かない2人を振り返りながら、カリンは言った。


「今日からこの基地から異動だ。エルゴン山付近に不時着した輸送機の救助を行ってから移動、次の配属先はタンザナ基地だ」

「やれやれ、この仮宿に来て10日しか経っていませんよ。働かせすぎじゃないですか」

「あたしらは便利屋だからねぇ。まあ、もうすぐ控えた配置変えまで待ちな」


 カリン達アマルガムパイロットは、その人事権の根幹は宇宙連合統括局(ASUS)が握っている。細かい異動は不定期に行われる物の、それでも一度組まれた班のメンバーが入れ変わることはあまりない。配属が変わる場合は、基本的に班単位で異動する。一度組まれた班はしばらく一蓮托生だ。

 そして、その班の構成が大きく変わるのが、一年に二度ある編成期だ。この時期は現在解放されたアフリカと全コロニーを含んで大規模なアマルガムパイロットの班編成と配置変えが行われる。

 もちろん全てのパイロットを同時に移動させると日々の作戦に支障をきたすため、一度に移動するのは全体の1割から2割といったところだ。しかし、環境に不満がある人間にとっては待望する時期でもある。それをもうすぐまで控えていた。

 ――ただ、ダリルやマークは異動続きの今の生活もまんざらではないと思っているのではないか、とカリンは思っていた。――自分と同じく。

 通常、アマルガムは4人でチームを組む。ただどうしてもメンバーに端数は出るため、カリン班のように3人構成だったりする班はある。場合によっては端数が出た班同士で再編成されることもあるが、カリン班については今の所そのような話はでていない。

 その代わり、カリン班は『便利屋』として広く使われていた。

 人数に端数が出ている3人班は通常の防衛ローテーションには組み込み難い。巨大な機動兵器であるアマルガムは1機の欠如でも大きな戦力差が生まれ、4人班と3人班ではどうしても戦力的な期待値が違い、ローテーションを組もうとするとその齟齬が指揮者を悩ませる。

 しかし、そこは見方を変えてローテーション外の予備戦力として割り切り、状況に合わせて人員が足りない場所への援軍として運用する。

 カリン班は足りない戦力を穴埋めする『便利屋』としてまだEOMの脅威が晴れないアフリカ大陸を奔走し、戦力の足りない場所への救援に奔走していた。

 人選はおそらく最初からそれを見越していたのだろう。

 カリンもダリルもマークも精神的にタフで順応性が高く、個人個人の力量も優れ、フットワークも軽い。

 3人で色々な基地や戦場に顔を出した。

 それによって顔が広くなり、デパーチ・チルドレンでも珍しい隊長職にある17歳の少女という名声もあって、転属したばかりの基地で知らない人間に声をかけられることも多かった。

 頼られることは嫌いではない。

 ――女の子らしくない。と周囲から苦笑まじりに残念がられることもあったが、カリンは今の自分に満足していた。


「……あれ? 中尉。何かいいことでもあったんですか?」

「うん? どうしてそう思うんだ?」

「いや、今笑ってませんでしたか?」

「ああ――」


 カリンは薄く微笑んで、相槌を打つ。

 真っ正直に語るのはさすがにはばかれた。

 だから咄嗟に別の言い訳を考え、今朝のブリーフィングで伝えられた情報を思い出して、告げた。


「どうやら一年ぶりに、教え子に会えるらしいんだ」

「へぇ、『サスガ』で臨時講師をしていたときの?」

「ああ」


 短く答えてから、今でも色褪せないあの日々を思い出して、自然と笑みがこぼれた。


「その中でも、すこぶる問題児だった奴だよ」


 ――あのコロニーでは、悲しい記憶も刻まれたけど、大切な思い出の方が、多かったと胸を張って言える。

 口に出してから、自分が最後まで面倒を見ることができなかった教え子たちが、どのような成長を遂げたのか――

 それを見たいと楽しみに思うようになっていた。

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