Effect20 出発者たち -departure-
「おい、あの女……」
「ん? ああ……」
格納庫の片隅。
作業着を着こんだメカニックの男と、パイロットスーツに身を包んだ男が話をしていた。
2人は白い息を吐きながら、湯気の立つコーヒーカップを暖をとるように両手で抱えている。
このコロニー『サスガ』はまだ一年前の『サスガ・エフェクト』と呼ばれる災害から完全には復旧していない。
基幹部こそ損傷は免れたものの、市街地戦の常として、表層の街並みには甚大な被害を受けていた。空調の制限も資源節約の一環だった。
彼らが見つめる先には、パイロットスーツに身を包んだ、一人の金髪の少女がいた。
整った鼻梁が、彼らの位置からでもよく見て取れる。
「………憲兵隊のラプンツェル嬢か」
「ラプンツェル? 俺が聞いたのはこう………もっとひどい言われ方だったぞ」
「あれだけの美人だ。ラプンツェルとでも言った方が華があると思わないか?」
「まぁな……ラプンツェルって言うとあれだろ? 塔の中に閉じ込められたお姫様で、王子様の助けを待つっていうグリム童話の……」
「そう。王子様はまだいないがね」
「難攻不落の塔の中に囚われたお姫様、か………まあ、彼女は閉じ込められているんじゃなくて、自分から閉じこもっているんだが」
「……誰がラプンツェルよ」
視線をむけられていた当人――リサ・カークライトは、漆黒のパイロットスーツに身を包みながら一人唇をとがらせた。
スーツの襟に輝く、三本線の飾りは憲兵隊の証だ。
憲兵隊とは、軍内部に置かれている風紀を司る部署だ。違法な物品を持ち込んでいないか、捕虜の虐待、戦略的に無意味とされる兵士への死守命令などは行われていないか。そういった軍規が守られているかどうかを、内部から監視する役目だった。
あえて言うなら、軍の内部では筆頭にあげられる嫌われ者だ。
同じ軍人であるが、監視者と監視対象者では、立場が違う。
さらに憲兵隊になれるのは一般的にエリートとされる優等生ばかりだから、僻みそねみが混ざって爪はじきにされるのは仕方ない物だった。
リサが憲兵隊にまわされたのは、一年前の『サスガ・エフェクト』から少し経っての事だった。
自分でも当時は驚いたものだが、エンドリック大佐含めて数人の上層部の思惑が絡み合って、適任者として彼女に白羽の矢が立った。正直なところを言えば当人であるリサは不本意甚だしかったが、下った辞令を拒むことはできず、似合いもしない制服を着こみ任務にあたっている。
彼女が臨時講師を引き受けていた榎原士官学校は、先の『サスガ・エフェクト』で半壊の憂き目にあった。
仮想訓練筐体を含む様々な機材が使用不可能になり、そのあおりを受けて、リサたち3人の臨時教官としての役目も解任され、それぞれ立場を異にした。
秋雄たち候補生たちは別の士官学校で残りのカリキュラムをこなし、先日、一名を除いた第一期卒業生の全員が宇宙連合統括局により正式なアマルガムパイロットとして認可された。
ただし、グレンは正規のパイロットではなく傭兵としてプロヴィデント社に雇われる道を選んだ。
『サスガ・エフェクト』時の強奪事件での示談の結果だった。
訓練生である彼が戦闘に参加した行為は、シュウの尽力もあって世間一般では美談として放送された。また状況的に緊急避難が適用されるため、強奪の件は不問に処すというのが大筋の予測であったが、元々傭兵になるつもりだった彼の進路と、世界中に名の売れた彼を広告塔として利用したいというプロヴィデント社の思惑が重なりあって、そういう結果になったのだという。
カリン、テオの二人は地球に降りた。
本人たちの希望であったらしい。EOMの災害を目にした彼女らは、より自分たちの想いを強くさせた。EOMを駆逐せずには、人類に明るい未来はないのだ。
かくいうリサも、彼女たちよりわずか遅れて、地球に降りたつ予定はある。
でも、今は――。
「…………」
リサは無言で、自分の前にそびえる、銀色の機体を見上げる。
アトモスフィア。
かつては地味な灰色一色だった機体も、今では銀色を基調としたカラーリングが施されている。装甲や武装も追加されたために外見はあのころとはかなり違って見えた。
だがその機体は、一年前、『サスガ・エフェクト』と呼ばれる一つの奇跡を成し遂げた機体であることには間違いなかった。
「まさか……あなたを『悪魔の兵器』呼ばわりした私が、あなたのメインパイロットに選ばれるなんてね」
運命の皮肉さと一抹のやるせなさを抱きながら、リサは愚痴をこぼす。
それから彼女はインカムのスイッチを押した。
「私よ。いつものメンテナンスをするから、ハッチのロックを開けて」
『了解』
インカムごしに響いた声を聞き流しながら、彼女はリフトの端末を操作して、コクピットブロックまで上がる。
彼女がハッチの前まで上ると、センサーで感知したのか、ハッチが自動的に開いた。リサは体を前かがみにしながらハッチをくぐり、筐体内部に体をすべりこませる。
同時に、自然とライトが灯る。
幾つかの計器が発光する。
薄暗い筐体内部に色とりどりの光がちりばめられた様は、まるで星空のようだった。
「気分はどう? ――シュウ」
『どう……って言われてもな。いつもと変わりないよ』
かすかに合成音混じりのかすれた声で、相手が返答を返す。
「社交辞令みたいなものだから。あまり深い意味は考えないで」
『大丈夫だよ。少し退屈はしているけど、ネットに繋がっているおかげで色々な情報を見聞きできる。何も問題は無いさ』
「そう……そうだといいのだけれど」
自分から会いに来たのに、いつも彼女は話題に困る。
もともとそこまで多弁ではないリサは、異性との間の取り方にはいつも四苦八苦していた。
だから――とても不本意であるが、こうして『彼』と出会う時はいつも『彼』がリードしていた。
『エンドリック大佐の初公判が開かれたんだってな』
「ええ……。裁判の内容は非公開だけれど、エンドリック大佐は研究のことを包み隠さず話すみたい」
『……『サスガ・エフェクト』か。一年前の俺は、こんな風な問題の広がり方がするとは、考えていなかったよ』
『サスガ・エフェクト』。
数十体規模のEOMの直接ジャンプを、たった30余機で乗り越えたあの事件は、その事実だけを鑑みれば人類に希望の種を芽吹かせる吉報だった。
――だが、その奇跡を実現せしめた技術について――すなわち《エフェクティブ・ドライブ》の技術が明るみに出るにつれて、論争を巻き起こすようになった。
あの技術は、指揮者であるたった一人を犠牲にする。禁止された《シンクロトン・ドライブ》と、その点では似通っていた。
そこで再燃したのが、人道的見地に反するとして封印された様々な技術《不道義技術》の見直しだった。
人によって立場を異にして、その結論は、一年経った今でも決定していない。
そのため、クラフツマンとエンドリックが主導して行っていた《エフェクティブ・ドライブ》の開発は凍結され、このアトモスフィアも、《エフェクティブ・ドライブ》が行えないように改修が施されてしまった。
「……仕方ないわよ。あの時の私たちには他に選択肢はなかったもの。……自分の身を犠牲にしてまで、あなたは『サスガ』を救ったのよ。それは誇っていい事だわ」
『……ありがとう。でもやっぱり実感湧かないな』
「何が?」
『いや……自分がもう死んでいるなんてさ』
「――」
一年前の『サスガ・エフェクト』時――。
リサ機とグレン機が回収したアトモスフィアのコクピットからは、シュウの遺体が発見された。
その体は、《エフェクティブ・ドライブ》の負荷を一身に受けて地獄のような苦痛を受けたはずにも関わらず――口元には笑みを刻んでいた。
ところが――
アトモスフィアには、自分をシュウと認識する一つの意志が宿っていた。
その原理はよくわかっていない。ただ、リサは一つの推測を立てていた。
《フラクタル・ドライブ》の仕組みは、いくつかの点が『防衛上の観点から』ブラックボックス化されている。ごくごく一部の技術者を除いて、《フラクタル・ドライブ》には不可侵の領域がある。
その未達領域が今回のことを引き起こしたのではないか――そう思う。
今アトモスフィアにシュウの人格が宿っていることは誰にも公表されず、極一部の人間だけが知っている。
その理由は、リサには、『サスガ』を救った英雄の人権を守るため、と説明されている。
現在、様々な論争を巻き起こしている《不道義技術》がらみの問題で、もし救国の英雄であるシュウ・カザハラの人格が転写された兵器が存在するとなれば、一大ムーブメントとなる。それを警戒して、問題が鎮静化するまで一般には彼の存在は伏せておく、というのが、リサが言い含められた理由だった。
だが、本当の理由は、《フラクタル・ドライブ》のブラックボックスの部分を悟られないためではないか、と考えている。
「……自分が死んだ、なんて考えない方がいいわよ。今、あなたはこうして機械の体だけど生きている。あなたは紛れも無くシュウ・カザハラよ」
『………不思議なことだけど、それは疑えないんだよな。全てじゃないけど、俺にはオリジナルの記憶がある。今更シュウじゃない別人だ、と言われても、理解できないよ』
「だから、考えない方がいいって言ってるのよ」
シュウの人格が転写されたことについて、その原理はよくわかっていない、とされている。
一方で、シュウの人格が暴走する危険性についても言及されていた。
機械の体を持つ人間――シュウは今、そんな不安定な状態だ。
シュウが自棄になったり、人格崩壊を起こしたりといった危険性も、リサには知らされていた。
こうやって毎日会いに行くのも、彼の退屈を紛らわせるためであり、危険な精神異常の兆候が出ていないか、モニタリングする目的もある。
そのせいで、毎日必ずアトモスフィアに搭乗する彼女を見て、周囲が『ラプンツェル』だとか『引きこもり』だとか『芋女』なんて呼ぶのは些細な………そう、きっと些細な問題だ。
思考の寄り道の結果、ふつふつと湧いてきた怒りを紛らわすために、かぶりを振って追い払うと、気をとりなすように、リサは訊ねた。
「ところで……あなた自身はどう思っているの? 《不道義技術》について」
『ん? ……そうだな』
シュウ・カザハラという人間が――EOMに恐怖を抱きつつ、それを抑制し続けた人間が、どれほどの痛い想いで、EOMを倒す手段を求めたか――それは想像の範疇ではあるけれど、リサにも推察できる。
彼は人としての道徳を侵してまで、その手段を求めるのか。
それともあくまで禁忌として、理性を保つのか。
それをふと、知りたくなってしまった。
『俺は………たぶん、認めないと思う』
「それはどうして?」
『……こういうと矛盾していると思うけれど……やっぱり誰かを犠牲にした勝利なんて、俺は認められないんだ。子供のような理屈かもしれない。必要な犠牲だ、と言われればそうなのかもしれないけれど……俺は自分自身で選べる立場だったら、その選択を捨てる』
「……あなた自身は……自分を犠牲にしたのに?」
『自分だったから……だな。たぶん、エンドリック大佐もそうだったんだと思う。エンドリック大佐は、本当はアトモスフィアには自分が乗るために開発したんじゃないかな』
「エンドリック大佐が……?」
『そう。『サスガ・エフェクト』なんて起こらず、順調に《エフェクティブ・ドライブ》の改善ができていたら、自分自身がアトモスフィアに騎乗して、自分自身の身を犠牲にしてでも、EOMの問題を取り除こうと考えていたんだと思う』
「確かに……エンドリック大佐のしそうなことね。……まったく」
嘆息を交えて、リサはたしなめるように言う。
「あなたも、大佐も、勝手な事ばかり」
『い、いや、俺は……』
「いい? 何度だって言うからね? あなたもエンドリック大佐も、恰好つけすぎよ。自己犠牲精神なんて、ヒーローに憧れる子どものような勝手。残された人のことなんて考えていないんでしょう?」
『あ、う……ごもっとも、です』
「自分の身を犠牲にしてとか、青臭い理想論、捨ててしまいなさい。……そんなことしなくても、あなたには私たちがいるんだから」
『……リサ?』
「一人で抱え込まないで、って言ってるの。……人間は弱い種族だわ。でも人には知恵があるし、結束力がある。……誰かが傷つくのが嫌だなんて想いは……あなただけが持っているものじゃない。だから……私たちのことも頼って」
『………』
つかの間の静寂が灯る。耳たぶまで真っ赤に染まっているのがわかる。これだけは彼に伝えなければならない、という自分でもどこから湧いて出たのかわからない、使命感からの告白だった。
でも彼には、闘うのは一人ではないことを、伝えなければならないと思った。
コクピット内を包む静寂。
それを破ったのは、細々とお伺いを立てるように流れた、シュウの言葉だった。
『俺はこんな体に成ってしまって、自由に動くこともままならないから……本当に、リサの力に頼ることは多いと思う』
アトモスフィアにシュウの精神が宿っていたと言っても、彼がアトモスフィアの全てを自在に動かせるわけではない。噛み合わない歯車はお互いに影響しないように、機構的な処置によってシュウが自在にできる部分はそれほど多くは無い。パイロットを載せない状態での無人戦闘なども、シュウの場合は不可能だった。
『だからリサ。色んな迷惑をかけると思うけれど……これからもよろしく』
「……私は、あなたのパイロットなんだもの……迷惑をかけるのなんて、お互い様」
『リサ。……ありがとう』
「だから、もう言わないで」
気恥ずかしくなり、自分でも頬に熱がこもるのを感じながら、それを振り払うようにリサは手を振る。
「今の私たちには、戦う事ができる手段がある。……ただ一人の兵士として、真摯に戦い抜きましょう」
『ああ……。そうだな』
合成音が、かつてのシュウを想起させる、でもかすかに違う声で告げる。
『俺たちの戦いはこれからだ! ……なんてな』
「それ、色んな意味で爆死フラグよ」
自分たちの未来は、まだ幾何学的だ。
でも絶望ばかりではない。この手には確かな希望がある。
シュウの意志が宿るコクピット内で佇み、そんなことを想起しながら、リサはつかの間の平穏に想いを馳せた。




