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Effect2 補修授業 -supplementary lesson-

 AMARGAM(アマルガム)と呼ばれる兵器がある。

 対EOMの唯一の対抗策として知られるこの兵器は、概観を人に似せて作られている。

 だが本来、兵器を作る際にあえて2本足で作ることはあまり効率的ではない。人を人たらしめる『2足歩行』も、当の人類ほんにんたちの分析によれば、多脚型やキャタピラ式の方が力学的に理にかなっているらしい。

 だが対EOM用の兵器として開発されたアマルガムは例外なく2足歩行――

 その理由は結局のところ、『それが一番理にかなっている』からだ。

 8年前――アドルフ・ガレノスと呼ばれる人物によって発見された『エリュダイト粒子』は、それまで無敵とされていたEOMに対して絶大な効果を発揮した。しかし、発見されたばかりの粒子を安定して運用するためには、核兵器などと同様に封印されていた《フラクタル・ドライブ》と呼ばれる技術を利用するより他なかった。

 この《フラクタル・ドライブ》はすごく大ざっぱに言えば、人間と機械を直接接続し、人間の脳の無意識下を使って高速の演算を行うシステムだ。

 このシステムを操る人間は一時的に電脳世界へとダイブし、実際に肉体を使うのではなく、その意識の世界で兵器を操作する。

 ここでアマルガムが人型でないと問題が生まれる。人型でないと、いや厳密に言えば人型であってもなのだが、搭乗者の精神の方に異常をきたすのだ。

 単純に動かすだけなら一応キャタピラだろうが何だろうが可能なのだが、《フラクタル・ドライブ》を長時間使用していると、時に本人の自覚無しに、精神に悪影響が出る場合がある。

 この悪影響をできるだけ低減するのが、アマルガムが2本足の理由だ。

 ちなみに、『アマルガム』という言葉には元々『合金』という意味があり、人と機械が混ざり合うことが、命名の由来とされている。



 ※※※



「俺としては2本足の方がロマンあっていいけど、結局この負荷ってどんなもんなんだろうなぁ」


 パイロットスーツに着替えながらそんなことを言ったのは、シュウと同じE班に所属する遠藤秋雄だ。

 スーツに袖を通しているところで話しかけられたシュウは、教科書の最初の方に書いてあったんだけどな、と思い返しながら応じた。


「実際のところ大げさに言うほどではなくて、言ってしまうと精神疾患(PTSD)とかを助長する程度の効果らしい。俺たちは入学試験で《フラクタル・ドライブ》の適性検査を受けて合格したから、そこらへんの精神汚染はほとんど心配しなくていいらしいよ」

「でも世界中で禁止されていたんだろ?」

「毒性が強いからっていうより、過剰な競争を避けるための取り決めだったらしいよ。スポーツでドーピングを禁止するようなものさ。副作用のあるドーピングをルールで許してしまったら、体を壊してでもドーピングした奴が勝ってしまう。それじゃあドーピング合戦になっちまって健全な試合なんて行えない。なら世界的に《フラクタル・ドライブ》という技術を禁止して、そもそも誰も扱えないようにしたというわけだ」


 世論がそういう方向に動いていった背景としては、世界的に厭戦ムードが高まっていたのもあるそうだ。《フラクタル・ドライブ》という技術が確立した当時、国際的情勢は大きく変化し、戦争と呼べるほどの戦闘が起こっているのはごく一部に限られ、それらもほぼ冷戦状態だった。《フラクタル・ドライブ》は便利な技術ではあるが、同時に副作用もある。あまり乱用したくないしされても困る技術なら、いっそ全世界で禁止してしまえばいい――

 それが《フラクタル・ドライブ》禁止の背景らしい。同じような技術はいくつかあり、クローン技術や核兵器がその最たる例だ。


「EOMさえ現れなければ、《フラクタル・ドライブ》なんて技術が堀り起こされることもなかったんだろうけどなぁ……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもない」


 秋雄に返しながら、シュウはスーツのファスナーをしめた。

 と、先に着替えて待機していたはずの戸坂コジロウが姿を見せた。シュウを見つけるなり、手招きしてくる。


「シュウ。キミにお客さんだってよ」

「客? だれだ」

「カリンって女の子だよ」

「カリン………。あぁ」


 黒髪のボーイッシュな、というかぱっと見だと少年と間違われそうな少女を思い出す。


「よくカリンが女ってわかったな」

「え? どこをどうみても女の子じゃないか」


 コジロウが何を言っているんだいと返してくる。

 コジロウは上に4人、下に2人の姉妹を持つ女系家族の唯一の男子らしい。それにふさわしい――と言ったら偏見だと怒られてしまうかもしれないが、ちょうどカリンと真逆の容姿で、長い髪に線の細い体型と、女性に間違えられかねない姿をしている。

 ちなみに実家は何でも合気道の道場をやっているそうだ。唯一の男子なら跡取りじゃないかと以前聞いたが、後継ぎは長女の許嫁に決まっているらしい。

 シュウはコジロウに礼を言って別れてから、カリンの元に急いだ。


「どうした? カリン。俺に何か用か?」

「休み時間中悪いね。今朝も話したと思うけど、今日はあたしらもこの学校に着ているんだ。それで……その、よかったら帰りも、一緒に帰らない?」


 ただそれだけのことなのに、なぜかカリンは気恥ずかしそうに言う。


「悪いけど、今日は無理だ。補習授業がある。帰りが遅くなるよ」

「補習授業?」


 カリンが聞き返してくる。


「もしかしてシュウって落ちこぼれ?」

「……うるさいな。人が気にしていることを……」


 シュウはため息を吐く。


「そっちはどうかわからないけど、榎原ではパイロットの生存を第一に教え込んでいるんだ。で、仮想戦闘シミュレーションの実習中に、同じ班の1人でも撃墜されたらペナルティが課せられる。それが何度も重なると補修って形の罰になるんだ」

「へぇ、いい授業じゃないか。死んでもいいからたくさん倒せって授業じゃなくてよかったな」

「そっちの方が気が楽だったのかもな……」

「へ?」

「ともかくそういうわけで、俺は帰るのが遅くなると思う。悪いな、せっかく誘ってくれたのに」

「いや、いいけどさ。そっか、リサたちにも伝えておくよ」


 カリンはそういうと、手を振りながら消えていった。

 シュウも訓練室に戻ろうときびすを返す――と、振り返ったところでコジロウの姿があったので思わずのけぞった。


「コジロウ、いつの間に?」

「ずっと後ろにいたけど?」

「お前って合気道じゃなくて忍者の家系なんじゃないのか…?」


 コジロウという時代錯誤の名前もそうだし、と思いながら言うと、コジロウは笑いながら否定した。


「あはは、それは違うよシュウ。合気道というのは、合気の言葉通り、相手の呼吸を盗んでそれに合わせる技術のことだ。気配を消すってのは相手の死角にまわることだから、原理的な部分では合気道と通じる部分があるんだよ。別に忍術を学ばなくてもね」


 さらっと高度なことを言う。それからこんなことを付け加えた。


「シュウも合気道を学べば、すぐにマスターできるんじゃないかな。どう? 3番目の姉貴を紹介しようか? 年下が好きなら妹でもいいけど」

「発想が飛躍しているぞ。なんで合気道を学ぶことが姉妹きょうだいを紹介することにつながるんだ」

「わかっているくせに」

「お前の冗談はすごくわかりづらい……」


 シュウは疲れた声で漏らした。



 ※※※



 校内にある応接室。

 革張りのソファに腰を沈めながら、カリンはあらかじめ待機していたリサとテオに声をかけた。


「シュウはダメだって。今日は補修があるんだってさ」

「そうか。それじゃあ仕方ないねぇ」


 テオが相槌を打つ中、リサは小首をかしげた。


「……補修、っていうことは、シュウはあまり成績がいい方ではないのかしら」

「どうもそうみたい。あ、でも、補修の理由は班のメンバーに死人が出たからってさ。この学校面白いよ。訓練でチームに死人が出るたびに、ペナルティを課すんだって」

「へえ、それはいい訓練だね」


 テオが感心の声を漏らす。


「あたしらの時代は、アマルガムの訓練と言えば個人種目だったものなぁ」

「榎原以外の養成学校も、たいていはそうよ。アマルガムを形作る《フラクタル・ドライブ》は、おおむね束縛ない自由な精神が適しているとされている。どこも、団結心よりは個性を伸ばす方向でパイロットを育成しているみたい」


 アマルガムのパイロットが、通常の軍の規律から考えてかなり解放的なのも、これが理由だ。人類の切り札である彼らを、規則でガチガチに固めても力を発揮できないわけだ。


「ところで、担当の人はまだ来ないの?」

「ああ、もうちょっとかかるだって。……あ、ほら」


 扉の外から、カツンカツンというヒールが床を叩く音が聞こえてくる。生徒たちがヒールなんて履くはずがないから、当然、教職員なのだろう。3人は居住まいをただした。

 コンコン。二度ノックした後、扉が開かれる。

 現れたのは、長い金髪を背中に垂らした、スーツ姿の女性だった。凛々しい面差しで、長いロングヘアーを背中に垂らしている。


「お待たせしました。アマルガム科副担任のミアン・藤堂です」


 ミアンが名乗った瞬間、テオが腰を浮かせる。


「ミアン……中尉?」


 カリンとリサが訝しげに彼女を振り仰ぐ中、ミアンは顔をほころばせる。


「久しぶりね、テオ。立派になった貴方と出会えて私も嬉しいわ」

「テオ、知り合い?」


 カリンが呆けた顔で訊ねてくる。テオは顔を硬直させたままうなずいた。


「ああ……パイロットの訓練を受けていた時にお世話になったんだ。退役して教官にはなったと聞いていたけど……そうか、榎原に来ていたんですね」

「ええ、タクマも一緒よ?」

「タクマさんも!?」


 テオが声を裏返させる。懐かしさと驚きがないまぜにったような表情だった。

 ミアンが薄く笑みを浮かべると、たしなめるように言う。


「つもる話もあるけど、まずはお仕事の話をしましょう。あなた以外の2人もいるわけだしね。それでは、本校で御指導いただく特別授業について、ご説明してもよろしいでしょうか」



 ※※※



 3人がミアンから説明を受けている頃、シュウは同じE班のメンバーとともに、仮想訓練の最中だった。

 状況設定シチュエーションは、コロニー近隣宙域の小惑星が点在する宙域に、EOMが数体現れたという設定である。

 無数に漂う小惑星が視界を防ぎ、見通しが悪い。

 シュウがメニュー呼び出し周囲の状況を調べていると、担任教官であるタクマの野太い声が流れた。


『これから、任務内容を説明する』


 タクマは元パイロットでありながら、足の怪我で退役したという経歴の持ち主だった。ちょうど今カリン達の相手をしているミアンの旦那さんでもある。


『場所はコロニー近隣宙域の残骸デブリ地帯。そこに、7体のEOMが出現したという状況だ。この宙域のEOMを全て駆逐すれば任務完了とする』


 ワープ能力を持つEOMは、距離に関係なく仲間を呼び寄せることができる。そのため、数が少ないからと放っておくと、いつのまにか大規模のグループを形成し、対処できない数でコロニーに襲い掛かってくることがある。見つけた場合は即叩くのが王道セオリーだ。

 任務が開始され、シュウたちE班の人間は動きはじめる。今回は他の班の生徒や、コンピュータが制御するAIパイロットはなし。シュウを含めたE班の4人だけが戦力だ。

 今回のシュウの機体の兵装は、全体的に狙撃用にまとまっている。長距離用のライフルに、前方に障壁を発生させるアクティブシールドがメインの装備。

 シュウはチームメイトの2人に声をかける。


「秋雄、コジロウ。機体の調子はどうだ?」

『大丈夫。各部異常はないよ』

『こっちもだ』


 タクマは実習において本当に厳しい教官だ。

 予告なしに、機体の故障トラブルを組み込んでくるのである。シュウ達生徒たちは、呼吸するように機体の安全管理が染みついていた。

 2人の返事を聞いてから、確認するように最後の1人に話をふる。


「グレンはどうだ?」

『ねぇよ』


 無愛想な返事がかえってきた。

 とはいえ、これがいつもの反応なので慣れたものだ。


「よし、それではいくぞ。秋雄、コジロウはいつもどおりに」

『『了解』』


 2人は間髪入れずに返事を返す。グレンに声をかけないのは何を言っても無駄なのがわかっているからだ。


 シュウ・カザハラ

 戸坂コジロウ

 遠藤秋雄

 グレン・コウラギ


 この4人がシュウを班長としたE班の面々だ。


 《フラクタル・ドライブ》との接続によって、電脳世界に入り、意識の世界から操れるアマルガムの操作を、シームレス・インターフェースと呼ぶ。

 レバーやペダル、スイッチなどの機器を媒介とせず、継ぎ目なく(シームレスに)操作できることがその由来だが、これが結構曲者だ。

 実際に自分の手足を動かそうとする感覚では、機体は動いてくれないのである。アマルガムは所詮、鋼鉄のロボットにすぎない。神経の張り巡らされた人とは違うのだ。

 シュウ達が初めてアマルガムに搭乗しようとするころ、教官であるタクマは『己に新たな神経の経路バイパスを通す感覚』と説明した。

 その感覚は他人から言葉で説明されて理解できるものではないとも。

 それらに加えて、電脳世界のパイロットの脳裏にはアマルガムのレンズカメラから撮影された視界と当時に、無数の計器の情報が流れている。聴覚と視覚が同時に受け取れるように、様々な情報が重なって脳裏を流れるのだ。

 《フラクタル・ドライブ》との接続によって、加速世界にいけるパイロットは、これらの情報を処理しながら機体を制御し、音速機に近い高速戦闘をこなすのだ。



 EOMに対するセオリーは、遠距離からの砲撃戦にある。

 エネルギー生命体であるEOMと真っ向から近接戦闘を挑むのは危険だ。なにしろ、肉弾戦で一撃食らえば即死することだってありえる。

 なので、遠距離からの砲撃戦を仕掛けてまず敵を消耗させるのが常道だ。


 今回も初めはそのセオリーどおりに、射程に入った瞬間、特に遠距離用の狙撃武器を使っているシュウと秋雄が銃弾をばら撒いた。

 シュウはある程度連射の利く銃で、逆に秋雄は一発の威力が高いが連射の利かない大口径ライフル。損傷の激しいリアクター・レンズを、レバースライドにより手動で交換する、アナログ的な銃だ。

 しかし、思ったような成果は挙げられなかったらしく、秋雄が、舌打ちをした。


『くそ、あたらねぇ!』

「こっちはヒットが3つ。撃墜はすまん、0だ」


 愚痴る秋雄をフォローするように口を挟む。と、秋雄の喝采が上がった。


『お、当たった! 撃墜1だ!』

『あらら。秋雄の宝くじがあたっちゃったね。こりゃ明日は雨かな?』

『なっ、ひでぇな、折角ヒットしたのに!』


 秋雄が叫ぶ。

 からかいあう姿は仲が悪く見えるかもしれないが、これがE班の日常だ。

 遠藤秋雄。

 彼はクラスの中でも、成績においては残念な位置にある。特にパイロットにとってもっとも必要な、アマルガムの操作技術においては、クラスでも最低といっていい。とにかく狙撃の技術がヘタで、彼の銃の当たらなさはクラスでも有名だ。――通称、宝くじ。それが彼の狙撃だ。


『そろそろグレン(おうじさま)うずき出すころだ。僕は加速するよ、シュウ』

「ああ」


 こちらの返事を待たず、コジロウが機体を走らせる。

 戸坂コジロウ。彼はクラスの中でも上位の位置に入る。実家が合気道の家系で、スポーツ万能なコジロウは、アマルガムの操作技術においても優れている。くわえて、合気道――すなわち、『呼吸を読む』術を得意とするコジロウは、こと他人に合わせるという技術に精通している。目に見える成績以上に、こういったチームプレイでは非凡な才能を発揮する。


 だが、問題は最後の1人。

 シュウたちの中で誰よりも先行している、グレン・コウラギだ。

 グレンは、実技においてはクラスでもトップの実力を誇る。それどころか、彼はタクマ教官をして、「天才だ」とうならせるほどの実力の持ち主だ。

 アマルガムパイロットの適性とは何か、と言われても一口に答えるのは難しい。操作技術はもちろん、判断能力やチームワークが問われる場合もある。

 だがその中で最も重視され、実際に戦果を挙げる素養がある。それが《フラクタル・ドライブ》との適合値だ。

 グレンはこの《フラクタル・ドライブ》との適合値において、他の生徒の追従を許さない実力を持っていた。それこそ、本人が初期公募を受けていたら、問答無用でデパーチ・チルドレンに選ばれていたほどに。

 ――が、彼は実技の成績はトップであっても、主席ではない。そして、この班内でもっとも撃墜されることが多いのは、操作技術がクラスで最低な秋雄ではなく、グレンの方だった。


「く、今日もグレンの奴、突撃しているな……!」


 グレンという人間を端的にあらわすなら、不良という言葉が一番適しているだろう。

 彼は素行が悪く、独善的だった。4年間一緒のチームメイトだったシュウでも、彼が何を欲しているのかいまだに理解できていないほど。

 グレンは本来、チーム行動が当たり前のはずのこの手のミッションにおいて、毎回のように無茶をしていた。そこは自暴自棄になっているとか、そういうものではなく――あえて自分の限界に挑戦するような――シュウたちチームメイトが援護できない死地にあえて飛び込むような。そんな行動を常に選んでいた。

 ゆえにE班は、クラスでも断トツで、《死亡者》を出すのだった。


「秋雄! このままじゃだめだ、ルートを変えよう。ついてきてくれ!」

『お、おう!』


 秋雄に声をかけ、シュウは移動を開始する。

 周囲は無数の小惑星群の残骸デブリが乱立する地帯だ。敵にむかってひたすら突撃するグレンとコジロウをこのまま追いかけても、残骸に邪魔されて射線が通らない。

 グレン達の動きを予測し、あらかじめ援護できるポジションへ移動する必要がある。

 グレンと組んで一つよかったと思えること。それはどんなありきたりなミッションでも、頭も体もフルで動かす必要に迫られることだった。いやがおうでも鍛えられるというもの。

 秋雄と共に想定していたポジションへと移動の完了をする。グレンとコジロウの動きも予想どおりだ。


「秋雄、そっちも射線が通っているか? ここから援護するぞ!」

『ラジャっと!』


 軽快な返事とともに、秋雄の狙撃銃が光の光芒を放つ。エリュダイト粒子を放つアマルガムの銃弾は、時にビーム兵器のようだとも例えられ、機体ごとに調整された異なる光を放ち、射線に残光を残す。

 シュウも秋雄に続いて弾丸を放った。

 グレンとコジロウを囮にすることで、ヒットを効果的に量産していく。

 前線では突出するグレンを、四苦八苦しながらコジロウが支えている。

 無茶な戦い方だが、EOMの数をかなり早いペースで削っているのも事実だ。


(よし、このままなら行けるか――)


 シュウがそう算段をつけたところで、野太いタクマ教官の声が響いた。


『EOMのワープ反応を確認。出現宙域は、シュウと秋雄の後方だ。数は5』


 ――敵の増援だと!?

 対EOMで最も怖いもの――それは、不意をついてやってくる敵増援のワープだった。ワープ能力を持つEOMは、時に何の前触れもなく現れることがある。

 しかも出現位置が最悪だった。位置は秋雄とシュウの後方。2人は狙撃用の兵装で出撃しており、今回は近接戦闘用の武器は装備していない。

 こういうとき、グレンが援護してくれれば――

 一縷の望みをもってグレンの姿を目で追うが、グレンは目の前のEOMにかかりきりだった。むこうもコジロウと2人で大量のEOMを相手にしている。


『シュウ、どうする』


 グレンを援護していたコジロウが、珍しく緊迫した声でたずねてくる。グレンの援護をやめ、シュウ達の救援に駆けつけるか。それとも、シュウと秋雄を信頼する形で、グレンの援護を続行するかの問いだった。

 迷う時間はない。シュウは即答した。


「こっちはこっちでなんとかする! コジロウはそのままグレンを援護してやってくれ!」

『――わかった』


 コジロウの返事を待たず、今度は秋雄に指示をする。


「秋雄! そこの残骸デブリ群に避難してくれ。近づく敵は俺が食い止める!」


 シュウはそういうなり、持っていた狙撃銃を背中のバックパックに収納する。そして虚空に手を伸ばした。


兵装パッケージ――換装。生成ジェネレイト二股の槍(スナーク)!」


 狙撃銃を収納したシュウの手に現れたのは、鈍色に光る銀の槍。継ぎ目もなく装飾もない。鉄板とも称したくなるような銀の弧槍は、近代的なアマルガムと比べて時代錯誤な感がある。

 シュウは虚空から生み出したその槍を手にEOMの群れに躍り掛かった。

 振れればそれは死を意味するEOMの攻撃をかいくぐり、槍をその懐に突き立てる。だが、この虚空からの槍の実体化は負担が大きい。槍を維持を続けられたのはここまでだった。

 

(いまは、とにかく分断だ――!)


 EOMの亜光速で飛来してくるウェイブ砲をなんとか回避し、秋雄が逃げ込んだ残骸群に自分も避難する。

 当然のようにEOMはそれを追ってくるが、視界を遮る残骸群が、数で勝るEOMの連携を阻害する。

 振り向きながら一度は背後に収納したライフルを取り出し、ほぼゼロ距離といってもいい至近距離で、EOMの頭部を打ち抜いた。

 友軍である秋雄の位置と、盾となる残骸群と、そのむこうにいるEOMの位置。

 それらを脳裏に思い描き、できるだけ秋雄の援護を受けられるように、そして敵の一匹一匹が孤立するように、神経を尖らせながら機体を操作する。


 ――訓練とかそんなことは関係なく、死ぬ気での死闘だった。

 本来は、もっと簡単な訓練なはずだったのに。



 ※※※



「結果を報告するぞ」


 ――シミュレーションを終了して、タクマ教官の無機質な声が響く。

 一方――それを告げられるE班の人間は、床に這いつくばって荒い息を吐いていた。タクマの声が聞こえているかすら危うい。


「シュウ機は右腕の上腕部破損、及び敵EOMのウェイブ砲の被弾多数。防御フィールド用のリアクターが出力限界に、機体表面の装甲板を全面改修だな。……オーバー・ホールしたほうが速いか。これは。次は――」


 そんなこんなで全員の被害状況を伝えた後、タクマは盛大にため息を吐いた。

 この強面の教官が、人を怒鳴り付けることはあっても、呆れてため息を吐くのは稀だ。


「このミッションの想定被害指数は130ポイントだ。それに大してお前等のは、ざっと3倍近い322ポイントだ。班長のシュウ・カザハラ、何か言いたいことは?」

「……面目ありません」

「………。その代わり、撃破にかかるタイムに関して。これは通常の3分の2というところか。唯一褒めてもいいところだな。さて、グレン、シュウ。2人がまずこっちにこい。その後ろに秋雄とコジロウが並べ」

「はい……」


 のっそりと立ち上がって、シュウとグレンはタクマ教官の前に並ぶ。タクマ教官は、そんな2人の頭をわしづかみにすると――ごちん、と互いの頭をぶつけた。


「~~~~~~~~!」


 手加減なしの一撃だった。シュウはおろか、グレンまで一緒になって地面でのたうちまわる。後ろに並んでいた秋雄とコジロウも同様の儀式を喰らわされ、4人、タイル床の地面に転がった。


「まったく……毎度のことながら、なんでお前達はいつもそうなんだ」

「面目ありません……」

「いや、いい。班長のお前に非がないことはわかっている」


 タクマが嘆息を漏らした。

 タクマは厳しいが、決して冷徹な教官でもなければ、生徒を愛さない鬼教官でもない。彼の厳しさはそのまま、生徒への愛情の裏返しといっていい。――それを4年もたって、シュウ達も理解してきた。

 タクマはE班の現状をかなり危惧している。訓練で撃墜が多いということは、そのまま実戦でも『死亡』する危険性が多いことになるからだ。そして当然、その原因がグレンにあることも、この教官は理解している。

 タクマ教官の骨の折り方は、班長であるシュウ以上だ。グレンを度々呼び出して説教したり、母親――グレンは母子家庭だ――を一緒に呼び出して面談したり。だがそういった努力が実を結んでいるかと言うと難しい。

 タクマ教官はいまだに珍しい熱血教師である。だが、このグレンという特異な天才は、その手に負える範疇を超えていた。


「ひとまず、今回は撃墜者を出さずにミッションを終えられた。これで補修課題をクリアしたものとみなす。以上、解散!」


 と――タクマが告げた瞬間だった。

 入り口の扉が開き、現れたのはテオ、リサ、カリンの3人だった。

 開口一番、うろたえた声を上げたのは、テオだった。


「うぇあ?! タクマさんすみません、まだ実習中でしたか?」

「……君はたしか、テオトール君だったか? 『シューティング・スター』配属の君が、なぜここに?」

「は……その、今度こちらに臨時講師として赴任することになりまして、校内を散策していました。すみません、授業中とは気づかずに入ってしまって!」

「いや、それは気にしなくていい。どうせちょうど終わったところだ。しかし、ほう、君が……これは奇遇だな。ミアンとはもう会ったか?」

「はい! これから私たちが担当する特別授業に関して、ご説明いただきました」

「そうか。あいつも喜んでいただろう。今度よかったらうちに着なさい。歓迎するよ」


 タクマは、生徒相手には滅多に見せない穏やかな笑みを浮かべて、退出していった。一方、テオは緊張から解放されたかのように息を吐いた後、詫びるように片手を上げながら、シュウに声をかけてきた。


「悪い、シュウ。邪魔したな」

「いや、かまわないよ。本当に終わったところだし……。テオって、タクマ教官の知り合いなのか?」

「ああ、訓練生時代の先輩教官だよ。タクマ教官とミアン教官の2人には本当にお世話になったんだ。……それであんたらの補修の方はどうだった?」

「首の皮一枚で撃墜数0。なんとか解放されたよ」

「かなりしごかれたみたいだねぇ。凄い汗だね」

「なになに? シュウの知り合い?」


 3人に興味が沸いたのか、コジロウと秋雄も近寄ってくる。

 グレンは興味ないだろうから、一人先に更衣室に引き返すだろうと思ったが――

 リサの隣で様子を見ているカリンを指さしながら、話しかけてくる。


「おいシュウ。あいつはお前の知り合いか?」

「ああ。カリンだよ。現役のパイロット……デパーチ・チルドレンの3人だ。今度、臨時講師をしてくれるらしい」

「へぇ? デパーチ・チルドレンね……」


 闘争本能が刺激されたのか、グレンは犬歯をむき出しにしてたのしそうに笑う。

 そのまま、不意にカリンに近寄った。


「おい、てめぇ……」

「ん? なんだ?」

「そのジャケット、ショネア・ブリテンの限定モデルか?」

「お!? よく気づいたな! 『シューティング・スター』の直営店でしか扱っていない超プレミア物! 珍しくてパチもん呼ばわりされるんだけど、やっぱりわかる奴にはわかるんだなー!」

「ち……『シューティング・スター』人かよ。わりぃ、ちょっと近くで見せてくれ」

「――はひぃ!?」


 おそらく、グレンはカリンのことを男だと思っていたからそんな大胆な行動に出たのだろうが……。しげしげと覗き込み、手触りを確かめるためか、カリンの胸板を触る。

 ただ彼女だって、目立たなくても少しは膨らみがあるわけで……指先にふれたふにっとした感触で、グレンはすぐに自分の失敗に気づいた。


「うん? お前まさか女……ふごっ!」

「ど、どこを触っているんだよ馬鹿!」


 カリンが頬を上気させながら拳を握り締めている。電光石火の一撃だった。あれはさしものグレンもかわしきれまい。


「ああ、犠牲者がまた一人……」

「またってことは、シュウも殴られたのか……?」


 すかさず秋雄がつっこんできた。

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