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Effect18 シュウ・カザハラの残滓 -effective drive-

 『コンピュータとパイロットの脳を接続する』

 《フラクタル・ドライブ》のもっとも簡単なこの説明を聞いた時、同時にこんなことを思い浮かべる者もいるのではないだろうか。

 『それなら、複数の人間の脳を繋いでしまえば、もっと凄いことができるのではないだろうか?』

 この単純な発想こそが《シンクロトン・ドライブ》の原理だ。

 勿論、そんな簡単な話でもない。

 アマルガムが2本足である理由を思い出してほしい。人間の脳の無意識下部を利用する《フラクタル・ドライブ》は、極端に自身と異なる操作を行うと齟齬が発生してしまう。これによって発生した精神汚染こそが《フラクタル・イド》だ。

 複数の人間の脳を接続する《シンクロトン・ドライブ》は、技術的に他人の意識の影響を受ける。そのために《フラクタル・イド》の増大を防げなかった。これこそが、まず《シンクロトン・ドライブ》が封印された理由の1つだ。

 エンドリックは、その《シンクロトン・ドライブ》をこのアトモスフィアに組み込んだと言った。

 しかし説明を読んだシュウは、それが間違いであることに気づいた。


『……違います』

「ん?」

『これは、《シンクロトン・ドライブ》じゃない』


 アトモスフィアに搭載された技術は、確かに《シンクロトン・ドライブ》と似通った部分がある。詳しくない人間が見れば、同じ技術だと勘違いしてもおかしくない。

 しかしアマルガムについて並々ならぬ造形を持つシュウは、その技術が《シンクロトン・ドライブ》とは異なる系譜にある技術であることを看破した。

 少年の慧眼を受けて、エンドリックは目元を緩ませると、優しい声色でささやいた。


「………そうだ。この技術は《シンクロトン・ドライブ》を改良した発展系だ。技術的に改良を加え、《フラクタル・イド》の増加を抑えた」


 エンドリックが、生まれ出でた我が子を慈しむ愛おしさで、声を発した。


「《エフェクティブ・ドライブ》。それが、私がそのアトモスフィアに託した可能性だ」


 《エフェクティブ・ドライブ》。

 この技術は《シンクロトン・ドライブ》と同じく、複数のパイロットの脳を繋いだものだが、全体でたった1人の強力な指揮官を決定する点が異なる。その指揮官の役目は、自動的にアトモスフィアのパイロットが担う。

 《シンクロトン・ドライブ》が引き起こす《フラクタル・イド》の増大は、複数の人間の意識が混濁することによって引き起こされる。それをたった1人の強力な指揮者を置くことで混同を避け、パイロットへの負担を劇的に軽減することを可能とした仕組みだ。

 例えるなら、1人の強力な指揮者に率いられる楽団(オーケストラ)が近いだろうか。

 全体の流れを調整する指揮者がいることで、各演奏者は自分の演奏に専念できる。異なる複数の楽音が混ざり合う中、各自が担う役割(パート)に専念することで、全体の混同を避ける。そうしてお互いの力を合わせることで、1人では響かせることのできない和音を響かせるのだ。


『だが、この技術は未だ発展途上の技術だ。指揮者に当たるアトモスフィアのパイロットの《フラクタル・イド》は、十二分に減らせていない』

「だから、並みのパイロットではアトモスフィアのテストを任せられなかった」

『そうだ。君だけにしか動かせない。いや、』


 エンドリックは言いなおした。


『君でも動かせない』


 エンドリックがシュウに託したのは、彼が天才的な実力を持っていたからではない。

 《イモータル・クラフト》であるシュウは、にわかには信じられないことだが、おそらくさきほどの『サブパッケージ』(フラクタル)()乱立起動(エフェクト)を、本来の力が抑制された状況でやってのけた。

 『サブパッケージ』がもたらす《フラクタル・イド》の汚染と体の異常を、全て精神力でねじ伏せたのだ。それは完全兵装理論を実現するため、徹底的に『サブパッケージ』の使用に特化したアトモスフィアをしても、容易ならざることだ。


『不可能を可能にして見せなさい。それが、私が君という人間に期待することだ』


 ――シュウが最初にアトモスフィアに乗せてくれとエンドリックに頼んだ時――

 エンドリックは、シュウが見せる眼差しにもしや、という可能性を抱いた。

 今の『サスガ』が陥った危機を救えるのは、アトモスフィアが搭載した最高クラスの武装の運用が必要だろう。

 だが、仮にシュウが本来の力を持っていたとしても――レベル4以上の武装は《フラクタル・イド》の汚染無しには扱えない。


『シュウ、やれるな』

「できます」


 少年は力強く、不可能を可能とする言葉を吐いた。


「やらせてください」





 ――今の時代を生きる人々は、絶望と希望の時代を知っている。

 あらゆる武器の利かぬEOMに、ただ蹂躙される絶望の時代と、

 アマルガムが開発されたことにより、EOMに奪われた土地を取り返すことができた希望の時代を。

 いつかエンドリックは、彼の叔母を前にして、シュウを今の人類の縮図と例えた。

 それは間違いではない。

 故郷を蹂躙され、妹を殺され、絶望を味わい、

 ――それでも諦めずに、倒す手段を模索しアマルガムという手段を手にした彼は。

 絶望も希望も、穴が開くほど知っている。





「悪魔の兵器とか、ひどいよな」


 《フラクタル・ドライブ》の電脳世界に意識をたたえ、シュウは安穏とした響きすらする声でささやいた。


「そもそも………お前は、兵器ですら無かったのだし」


 アトモスフィアに乗り込もうとするシュウを(いさ)めた中年のメカニックは、このアトモスフィアを兵器ではない実験機だ、と言った。

 あの中年メカニックも、直接コンソールをいじって即興の調整をしてくれた女メカニックも、そしてエンドリックも――本当は、この機体を悪魔の兵器だなんて思っていなかったはずだ。


「本当にお前に託されたのは、未来への可能性で……他のアマルガムと一緒で、人を守るために作られたんだ」


 《フラクタル・ドライブ》の電脳世界に佇むシュウは今、心地いいと感じた。

 起動した《エフェクティブ・ドライブ》からいくつもの意識が流れてきて――それらの濁流にのまれそうになりながら、それでも。


「アマルガムは――………パイロットを使い潰す兵器じゃない。…………そうだろう、アトモスフィア!」


 シュウは、絶望の時代も希望の時代も知っている。

 同時に、今の希望の時代がたった1人の手で生まれたわけではないことも。

 いろんな人の苦心といろんな人の犠牲に今の時代がなりたった。シュウの親も妹のカイリも、友人も――それらの犠牲はとても悲しい物だけど、だがそれすら糧にして今シュウ・カザハラという少年は此処に()る。

 シュウ・カザハラは意識を集中する。

 起動するのは、5段階に分けられたアトモスフィアが持つ固有兵装の内、最高ランクに位置する者。

 レベル5 アトモスフィア(atmosphere)システム(system)

 それは、シュウが駆る試作実験機の名前であると同時に、搭載された最高の武装の名前だ。

 この兵器は既存の兵器とは概念からして一線を画する。

 そもそも、『アトモスフィア』という言葉は英語で『大気』という意味を持つ。気圧差による大きな風のうねり。天候調整されたスペースコロニーの住人であるシュウ達にとっては縁遠い言葉だが、その大きな風のうねりは、彼らの母星である地球で、時に大雨を降らせ時になにもかも吹き飛ばした。

 『アトモスフィア・システム』とは、この何もかも吹き飛ばすような風を吹きあらせるものだ。――ただし、EOMだけに有効とされる、エリュダイト粒子の風を。


『……光っている……?』


 誰かの怪訝な声が、通信回線に流れた。

 アトモスフィアだけでない。《エフェクティブ・ドライブ》を通してつながったすべてのアマルガムが、きらめく光の粒子に包まれていた。

 『アトモスフィア・システム』とは、それ自体が強力な破壊力を持つ兵器ではない。

 《エフェクティブ・ドライブ》でつながっている全てのアマルガムを頂点とし、巨大な力場を形成する範囲殲滅凝結機構。

 EOMだけを滅殺するエリュダイト・フィギュアを出現させる仕組みだ。



「指揮は俺が()る。だから――


 ――思うが(まま)に、空を舞えッ――!」



 黄輝(こうき)紅蓮(ぐれん)紫紺(しこん)深緑(しんりょく)橙灯(だいとう)、そして、(あお)。――無数の軌跡をなぞったアマルガムが、空を駆け巡って幾何学的(フラクタル)な図形を描いていく。

 虹色に彩られたフィギュア・スケートの乱舞。

 この日、大量のEOMに襲われたコロニー『サスガ』の空を、無数の光を灯したアマルガムが舞い、天を蒼く包んだ。

 後に『サスガ・エフェクト』と呼ばれたEOMの大量出現事件は、こうして終わりを告げた。

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