Effect17 士気高揚 -lifting morale-
黒灰色の機体が、手にした大型ブレードを一閃する。
勇壮な姿を示すエンドリックの『カナーリア』は、たった30人しかいない兵士たちの心をどれほど奮いたたせただろう。
エンドリックの『カナーリア』は、元は指揮官用汎用機『エーデルワイス』という名の機体だ。と言ったものの、今ではエールケニッヒ専用機と言った方が通りがいい。アフリカ大陸を北から南まで縦断する戦果を成し遂げるために、その場しのぎの改修と修理を繰り返された結果、機体はそれほどの外観の変容を見せていた。
大型の出力ブレードを手に、高層ビル群を盾にしてゲリラ戦を仕掛ける様は、戦場にて周囲の羨望を集めるほどの一騎当千の輝きを見せていた。
アマルガムをそれこそ手足のように動かしてみせるエンドリックを見ていると、アマルガムとは『こういったものだったか』としばしまわりは錯覚する。巧みな速度調整によって、どんな隙間であろうと、わずかなバランスの崩れも無く着地できる様は、猛スピードで走りこんできた車がそのまま縦列駐車する姿に似ている。それができる彼は、特に市街地といった障害物の多い場所では、他のパイロットと格段に違う機動性能を発揮する。
だがまわりはどうだろうか。
カンフー映画を見た後、気が強くなった少年が不良に戦いを挑んだらどうなるだろうか。
プロのオフロードバイクの選手の演技を見た後、下り坂をブレーキも利かないスピードで滑り降りたらどうなるだろうか。
実際のプロのパイロットたちがまさか、と滑稽に思えるかもしれないが――エンドリックの動きは時として周囲のパイロット達を錯覚させる。結果として彼は、その機動性を生かすために、本来チームで行動するアマルガムを操りながら常に1人だった。
(ただ、しかし―――よもや)
「私の動きについてくる人間がいようとはな」
『――あ? 何が言ったか。じじい』
粗野な狂犬のような物言いで口走ったのは、彼と背中合わせに立つ漆黒の機体に騎乗したグレン・コウラギだ。EOMの大量出現時、ちょうど試作実験機(プロヴィデント・Prt2)のテスト飛行をしていたグレンは、あろうことか機体をそのまま強奪したそうだ。彼自身が『クセの強い機体』と称した機体を駆り、エンドリックに勝るとも劣らないゲリラ戦をEOM相手に仕掛けていた。
エンドリックは周囲をめぐらす。テオ、リサ、カリンの3人もそれぞれ、コロニー内のどこかで戦っているようだ。時折、視界の端を、リサやカリンのものと思われる銀や青の機体、それからテオのバスターランチャーの赤い火線が横切っていくのが見える。
(――ここを、守れるのか)
エンドリックは自問する。答えは簡単だ。
(――無理だ)
エンドリックたちは順調にEOMを駆逐しているように見えるかもしれない。だが、実際のところ彼らが相手にしているのはほんの一部でしかない。
視線を彼方の空にむける。
そこには、無数のEOMが、黒々とした群れをつくっているのが見えた。
その中心でパッと光の華が瞬く。
「……また一機壊されたか」
群れをつくっていたEOMたちは、宙に咲いた閃光を浴びると、それで満足したかのように三々五々と散らばっていった。
ダミー・ジェネレーター。
EOMの『高いエネルギーを持つ者に吸い寄せられる』という特性を利用した囮用の発電装置だ。頑丈な隔壁に守られたこのジェネレーターが、EOMたちのほとんどのを引きつけてくれているからこそ、エンドリックたちは戦えているにすぎない。
(一応、徐々にだが数は減らしている。だが、次々と仲間を呼び寄せているから総数はそれほど変わっていまい……)
ワープ能力を持つEOMは、誘致性と呼ばれる性質によって仲間を呼び寄せる。特に目の前に大量の食糧があり、かつ数がたくさんいるときほど、増援を呼ぶサイクルは短くなる。
密閉されたコロニーの内部という環境は、EOMを最も活性化させる環境だ。
(当初は味方のアマルガムも30機ほどいたはずだが……今は何機残っている……?)
元々待機していたのは20機という話だが、この緊急事態に、非正規な人間もかき集めたようだ。機体を強奪するというグレンの行為が黙認されているのもそれが理由だろう。(余談だが、『問題があるなら全てが終わってから裁判所にぶちこんじまえ』という言葉が通信回線を流れた)
しかしそれでも足りるまい。
(4つ目のコロニーか)
EOMに破壊されたコロニーの数だ。
もう2度と繰り返すまいと言われた悲劇。
それが今、現実になろうとしていた。
「――カリン、もうちょっとスピードを落として!」
『おああああああああ!』
「くっそ、話を聞きなさいよ! このお!」
リサは空を疾走するカリンを追いかけながら毒づいた。遅れないように速度を上げながら、カリンの後ろから援護射撃のライフルを噴かせる。背後から迫ったテオの『インフェルノ』の赤い火線が、今しも2人に襲いかかろうとしたEOMの群れを飲み込んだ。
エンドリックとグレンは、障害物を使ったゲリラ戦を仕掛けて、たった2人で多数のEOMを足止めしている。対してリサらは、空を漂うEOMの群れに、自ら躍りかかり数を減らしていた。
空という三次元空間。
類まれな《フラクタル・ドライブ》の加速世界を持つカリンを先頭に、それに遅れ無いようついていくリサが精密性の高い狙撃で援護。2人に群がろうとするEOMを、テオの極太の火線が焼き払う。
ともすれば味方を打ち抜いてしまいかねない状況で、培われた連携を武器に、大気を切り裂いて飛翔する。
本来『シューティング・スター』所属の3人が、その場に居合わせた『義勇軍』という扱いを受けたのも、彼女たちの本領を発揮する舞台装置となった。カリンは天性的な勘で、次々とEOMの群れに飛び込み斬り裂いていく。一方、『インフェルノ』というピーキーな兵装を操るテオは、自由に自分の得意とする砲撃ポイントに移動できた。
しかし――それゆえにリサへの負担は大きい。
(はがゆいわ――)
カリンの後ろについていくのが精いっぱいだった。息を挟む余裕もなく連続で繰り広げられる空戦は、リサ自身の立ち位置を失念させていた。
カリンはそれにかまうことなくEOMの群れに飛び込み、太刀を閃かせていく。
(力が欲しい――)
ついていけないとは言わない。
言わないが――今の自分は、ブレーキの壊れた機関車を操るに等しい。
レールがある限り前には進むだろう。
しかし今の自分は、目の前に石コロが置かれていたりといったたやすい理由で、先を行くカリンすら巻き込んで転倒してしまう。
ふと、リサの脳裏をよぎったのは、銀髪の少年の姿だった。
彼もこんな心境だったのかといった想像が脳裏をかすめ、すぐに集中が途切れていたことに気づき、機体を立て直す。
彼はいない。エンドリックがそう言っていた。でも『トライアル3』の悲劇を思い起こさせるこの事態を、彼がどれほど痛い気持ちで眺めているかリサにはわかった。
(今あなたはここにいないけど……力を貸して。その想いを、私にちょうだい!)
むろん、今の彼女のセリフには、大きな思い違いがある。
シュウ・カザハラという少年は、今戦場に在る。
地上に現れたアトモスフィアの外見は、ひどくみすぼらしいものだった。
何しろ、ただ無味乾燥なデータをとるために作られた実験機だ。塗装はメッキ加工用に張られた味気ないもので、灰色一色という地味なカラーリングだ。無駄のないフォルムと、武装も無く佇む姿は、それが兵器でなくただのオブジェと言われても納得しかねないものだった。
グレンが強奪した機体で現れた時もそうだが、この機体が出撃してきた時、作戦司令室は大騒ぎとなった。いかに作戦司令とはいえ極秘に開発された試作実験機の全てを把握しているわけではない。突然味方か敵かもわからない兵器が地下から姿を現したのだ。
グレンの時は、彼がすぐに通信を試み援軍を申し出たから混乱はおさまったものの、アトモスフィアはついぞ自ら通信を試みることはなかった。
ただしアトモスフィアは、言葉ではなく自らの行動で、敵ではないことを明かした。
地上に現れた瞬間、間髪入れずにEOMの群れに躍りかかったのだ。
その光景を見た人間の多くは目を覆った。
無数のEOMに単身で躍りかかる姿。それはアマルガムを知る者にとって無謀以外の何物でもないからだ。
アマルガムとEOMの瞬発力の差はそれほどない。《フラクタル・ドライブ》の加速世界のおかげでパイロットはEOMの攻撃を潜り抜けることができるが、かといって四方八方包囲されれば、逃げ道が無く後れをとる――はずだった。
が――何の武装も持っていなかったはずのアトモスフィアの周囲に、忽然と現れた無数の短剣がくん、と意思があるかのように動き、四方八方から襲ってきたEOMの体を串刺しにした。
かと思えば今度は手のひらに片手剣を生み出してすれ違うEOMの胴体を薙ぎ払い、それをかき消したかと思えば、虚空から生み出した槍を撃ち出しEOMを撃墜する。
あろうことか、実現できないと言われた二丁拳銃すら手元に呼び出しEOMを蜂の巣に変えた。
次々と武器を切り替え、EOMを屠っていく姿は、あまりに人々が見慣れたアマルガムから逸脱した姿だった。
――『サブパッケージ』の乱立起動。
それはパイロットの誰しもが憧れたアマルガムの理想の姿――と同時に、
――誰しもが忌む、パイロットの終焉だ。
フラクタル・エフェクトとは、追い詰められたパイロットが最後に試す『サブパッケージ』の乱立起動だ。
《フラクタル・イド》の汚染と戦うパイロットは、逆説的に言えば《フラクタル・イド》さえ恐れなければ無茶な力を振るえる。――というのは幻想。
実際のところは、《フラクタル・イド》の汚染を抜きにしても『サブパッケージ』の展開は容易いものでもない。パイロットの処理限界を超える《フラクタル・ドライブ》の稼働は、パイロットに脳髄が焼き切れるような痛みと、自律神経の乱れからくる様々な障害をもたらす。
乱れる鼓動、それなのに呼吸の仕方すら忘れ、喉は酸素を求めて喘ぐのに肺は1ミリたりとも動いてくれず――全身からは滝のように汗が滴り落ちる。
フラクタル・エフェクトを試みたパイロットの多くは、例え自らが死ぬことがわかっていても、全身を苛む苦痛にくじけて『サブパッケージ』の投影を諦める。
結果――『サブパッケージ』の乖ど解ていく光の残滓をまき散らしながら、EOMに飲まれる。
閃光のように。
それが『細切れの残滓』の正体だ。
だからこそ、あのメカニックはこの機体を兵器でなく実験機だと言い、エンドリックは悪魔の兵器とその使用を拒んだ。この兵器は、そもそも実戦に持ち込めるようなものではなかったのだ。
(――その苦痛すら乗り気って、君はやりきるか)
エンドリックは、目頭を熱くした。
シュウが通信を途絶したままの点について、エンドリックは最初、アトモスフィアを強奪した後ろめたさから沈黙を決め込んだのかと思った。
だが違う――どうせ話に応じることができないから、アトモスフィアを駆る以上そういった戦い方しかとることができないから、シュウは無言で戦場に躍り出たのだ。
エンドリックは、愛機が手にした大型ブレードの握りを確かめる。
自分がここで止めたところで何になろう。すでに《フラクタル・イド》の汚染は少年の体を蝕んでいる。彼を救出できた時には、彼は廃人になっているかもしれない。
しかし――しかし。
エンドリックの分身たる『カナーリア』の手の平が、確かな意思を持ってその剣の柄を握りしめた時。
――恐れを知らぬ1人の少女の宣誓が、全パイロットにむけて鳴り響いた。
『こちら、『シューティング・スター』よりの緊急援軍、テオトール・マクレディガン少尉。諸君らには申し訳ないが………。あの試作実験機、アトモスフィアを止める』
深い決意を乗せて鳴り響く厳かな声が、若干19歳の少女のものだと誰が想像できるだろう。
『あれには私の――私たちの教え子が乗っている。今年士官学校を卒業する、来年から私たちと同じ戦場に立つはずだったアマルガムパイロットの第一期生だ。私たちは……ここで彼の命を散らせるのを良しとはできない。――だから――すまない』
詫びる声は、しかし何を言われようと揺るがぬ鋼の響きを乗せていた。
シュウが駆るアトモスフィアは実際に大量のEOMを屠っている。焼け石に水とはいえ、それを止めるということは、同時にサスガ存続の可能性を摘む行為でもあった。それをたった19歳の、しかも現地人でもない人間が宣告することはどれほど恐ろしいことだっただろうか。
間髪おかずに響いた声は、誰の声だっただろうか。
『マクレディガン少尉の判断を支持する』
少なくとも、エンドリックが知る声ではない。
おそらくは――この『サスガ』の留守を預かった、アマルガムパイロットの一人だ。
『支持する!』『支持する!』『支持する!』『支持する!』『支持する!』
いくつもの声が輪唱し、声を張り上げた。
思わず、エンドリックの胸が熱くなる光景だった。
『サスガ』に暮らす彼らは、この『サスガ』にどれだけ思い入れがある人間だったろうに。
その彼らの痛切な願いは、エンドリックの迷いを最後まで振り切らせた。
エンドリックは意識を操作し、アマルガムの操作メニューを開いた。
「待ちたまえ」
『聞けません!』
テオ達が――正確に言えば、機動性に富んだリサとカリン、それから何故か知らないがグレンの3人がアトモスフィアに飛びかかろうとしたところだった。
エンドリックが発動した非常用コードが、外部から強制的にアトモスフィアの動きを停止させた。
――試作実験機を預かる身であるエンドリックは、実際のところアトモスフィアが何者かに強奪された場合に備えて、非常用コードを知っていた。
失速したアトモスフィアがリサ機とカリン機に受け止められたのを見てから、エンドリックは自らの言葉を、『サスガ』にいる全パイロットにむけて発した。
「こちら、『シューティング・スター』よりの緊急援軍、エンドリック・ニッケ大佐だ」
エンドリックが自らの名を名乗った瞬間、ざわめきがぴたりと収まった。
「私は……諸君らに一つ謝らなければならない。私は、この『サスガ』を救える一つの可能性を知っていた。それは、あの試作実験機アトモスフィアが搭載したとあるシステムを利用したものだ。誰しもが操れるというものではない。……それだけでなく、あれは、人類間で封印された悪魔の技術が使われている」
『悪魔の技術?』
不穏な言葉に、何人かが怪訝な声をあげた。
「そうだ。《フラクタル・ドライブ》という技術の原理を聞いた時、おそらく誰もが一度は考え付くだろうシンプルな理論に基づいた技術だ。だがそれ故に恐ろしい変革を未来にもたらすかもしれないと封印された技術。私は、このシステムを使えば、もしかしたらこの『サスガ』の窮地を救えるかもしれないと考えた。だが、同時に、このシステムの可能性を示すことで未来に災厄をふりまくことを恐れた。諸君ら『サスガ』に住む人間なら、日本国に落とされた、原爆という名の兵器に心当たりがある物も多いだろう。私は、その原爆の引き金を引く事になるのを恐れたのだ』
エンドリックは、全身の震えを抑えながら、続く言葉を放った。
『このシステムの起動には、諸君らの力が必要だ。アトモスフィアが備える《シンクロトン・ドライブ》とはまさしくそのような技術なのだから。それに少しでも応じる心があるのなら、私が今から配るモジュールをインストールして欲しい。この技術がどのような技術なのか、なぜ禁忌とされたのかはモジュールをインストールすればわかる。――この技術の詳細を理解してから、この《シンクロトン・ドライブ》に力を委ねるか、それとも拒否するかは、各自で判断してほしい』
そこまで告げてから――エンドリックは非常用コードを使い、シュウに強制的な通信を試みた。




