Effect16 発露 -emotional blast-
EOMによって地上を追われた人類は、宇宙にあるいくつかのコロニーへと避難をした。しかしそこすら安住の地ではなく、たった1年で2つのコロニーが立て続けに破壊された。しかし3番目のコロニー――シュウの故郷『トライアル3』が破壊されるまでには、4年という歳月が開いている。
これは2つのコロニーが襲われた時の様子から、EOMが持つ『高いエネルギーがある物に吸い寄せられる』という習性に人類が気づいたためだ。
それ以後、EOMがコロニーに近づいてきた場合、強力な発電装置や燃料資源を放出することで、人類は矛先を逸らしていた。
だが、『トライアル3』の事件は、そもそもそれが不可能だった。
――数十体規模のコロニー内部への直接ジャンプ。
それが起こってしまったから、多くの人々がコロニーという檻に閉じ込められて、脱出の猶予すら与えられなかったのだ。
ちょうど今の『サスガ』のように。
『――繰り返す! コロニー内に現れたEOMの数は約80! 各員非常態勢で住民の避難に当たってください! アマルガムパイロットは、すぐに所定の指揮下へと移動お願いします。繰り返します!』
状況を知らせる伝令官の声も悲鳴じみている。彼女も混乱しているのだろう。EOMのジャンプの予兆は、その数秒前に起こる磁場の乱れだけだ。気づいたときには、彼女にとっても目と鼻の先に無数のEOMが現れたのだ。慌てるのも仕方ないもの。
「……っく。しかし、80か」
喉から競りあがったものをなんとか飲み込み、シュウはつぶやいた。
「……この基地には100人を越えるパイロットがいるはず……ダミー・ジェネレーターの配備も欠かしていない。最悪のケースであるコロニー崩壊だけは、防げる、ハズだ!」
シュウの見立ては、決して虚勢のつもりではなかった。
だが、
「………20人だ」
「え?」
「今このコロニーにいるパイロットは……20人しか残っていないんだ!」
叫んだのは、カリンだった。彼女は叫ぶと同時に、エンドリックに目くばせを送った。
エンドリックは彼女の眼差しを受け止めて、深くうなずく。
「うむ。カリン君にリサ君もアマルガムに乗ってくれ。テオ君と合流次第、出撃してほしい。私も『カナーリア』で出る」
エンドリックの言葉に、弾かれたようにリサが駆けだした。その後ろにカリンが続く。
シュウは、残ったエンドリックのそでを思わずつかんだ。
「ちょっと待って下さい。……20なんて数、どういうことですか? 『サスガ』には常に100人以上のパイロットがいるはずでは」
「君も『サスガ』の住人なら、人工衛星『カグラ』は知っているだろう?」
「もちろん……。巨大なソーラーパネルを持っていて、『サスガ』で消費する電力のほとんどをまかなってくれているんでしょう?」
「その『カグラ』が浮かんでいる中域に昨日、70体規模のEOMの大群が出現した」
「!」
「この基地のフシミ指令は、熟慮の末、80人のアマルガムパイロットを送った。コロニー内への直接ジャンプが起こった事なんて、今まででも数えるほどだ。起こってもせいぜい4、5体。例え10体や20体きたとしても、残ったパイロットで何とかなっただろう。だが――数十体規模のジャンプが、こんな近くで同時に起こるなんて思わなかった。いや、違うな。想定しても、他に選択肢はなかった。『カグラ』を見捨てることを我々は選べない」
「……………」
『カグラ』の電力供給は、『サスガ』全体の電力消費の70%をまかなうという。それが失われるとすれば、現在、設計上の許容居住率の400%の人口が存在する『サスガ』にとって、とてつもなく致命的な事態だ。
――最悪の場合、EOMパンデミック当事起きたように、同じコロニーに住む住人から、人を選別し、追放する――あの苦い惨劇を、繰り返さねばならない。
それだけは避けられなければならなかった。
「……すまないが、君にかまっていられる時間は無い。戦力が足りない。私も『カナーリア』で出る必要があるだろう」
「……待って下さい」
シュウは、絞り出すような声で叫んだ。
「戦力が足りない、というのなら………」
――その眼差しの強さを見て、エンドリックは瞠目する。
「クラフツマンさんが開発した試作実験機……それに俺を乗せてください」
この少年ならあるいは、といった予感を覚えさせる意思の強さだった。
だが、危ういところでエンドリックは自制し、首をふった。
「……無理だ。あれは悪魔の兵器だ。君を乗せられない。あれには――武装が無いんだ」
「武装がない?」
「あれは完全兵装という理論のためにクラフツマンが開発したものだ。そのためにあれはASUSの規定サイズを逸脱してしまった。あの機体――アトモスフィアが使えるのは、専用の『サブパッケージ』だけだ」
「!?」
「悪いが……この基地には、君に任せられる機体は無い。《イモータル・クラフト》である君は……、並のパイロット以下でしかないのだから」
残酷な事実を告げて、エンドリックはシュウに背をむけた。
一人取り残されたシュウは――
「………そうだ、俺には力が無い」
無力感を痛切に感じながら、手のひらを握りこんだ。
「そして………お前には武装が無い」
――違う。
「嘘だろ? お前には……武装があるじゃないか」
『サブパッケージ』と言う名の武装が――
シュウは駆けだした。
試作実験機――アトモスフィアは、パイロットを乗せて出撃させるつもりはないらしく、搬送が開始されていた。どうやら『サスガ』を脱出させ、別のコロニーで研究を継続するつもりらしい。
シュウは搬送を監視していた兵士の一人を突き飛ばし、手から銃を奪い取った。その銃をかまえながら、アトモスフィアに走りこむ。
「どけ――! その機体には、俺が乗る!」
恫喝するように叫んだシュウは、頭上に向かって銃の引き金を引き絞った。
周囲が騒然とする。この場には避難誘導をするために、銃で武装した兵士たちがいる。彼らが、銃を振り上げたシュウにむかって銃口を構えた。――避難に支障が出るほど足並みを乱す者が出た場合、それを射殺するのも彼らの役目だった。
シュウは、自分が暴徒ではないことを明かすために、銃を放り捨てた。あくまで堂々とした態度で胸を張り、アトモスフィアを背に携帯端末を取り出した。
「ここに俺の戦闘データがある。俺はアマルガムパイロットの候補生だ。俺は『サブパッケージ』の6本同時起動ができるほどの《フラクタル・ドライブ》への適性がある!」
叫びつつ、シュウは近くにいた女性メカニックらしい作業着の女性に携帯端末を押し付ける。画面を確認した彼女は、驚いた顔で周囲をふりむいた。
「ほ、本当です! 『サブパッケージ』6本起動……仮想訓練ですが、確かに三次元空間に投影成功しています……!」
「この機体を俺に貸してくれ! 今『サスガ』には、1機でも多くの機体が必要なんだ!」
体格のいい中年の男が、スパナを振り上げて声を張りあげた。
「学生如きが何を吠えてやがる! これはガキが扱えるようなものなんじゃねぇんだぞ!」
「じゃああんたが扱えるのか?」
「ああん!?」
「じゃあ誰が扱える? 俺以外の誰が扱える!?」
「それは、おめぇ……。こいつは実戦用の代物じゃねぇ。実験機なんだ!」
「それでも武器はある。武器はあるんだ」
シュウは力強い口調で言う。
「アマルガムは、パイロット1人じゃ動かせない。だから………あんたらの力を貸してくれ」
いかめしい顔をしたメカニックは、たじろいだように振り上げたスパナを元の高さまで下した。
「………お前はわかっているのか? ……こいつは兵器じゃない。実験機なんだ。それで戦場に出るのがどういうことか………」
「覚悟ならこの制服を着た時に済ませた。あんたらは俺を生徒だ、子供だと言うかもしれない。でも俺は、軍人になるためにこの服を着たんだ」
「………あ」
気圧されたように男がよろめく。
「死ぬぞ、お前………」
「今も、そして、今までも、俺たちの先輩たちが戦場で命を散らしてきた。誰かを守るために」
「……くっそっ、軍人の癖に骨がありやがる」
メカニックは振り返ると、まわりの仲間たちにむかって、スパナを振り上げた。
「てめぇら……! こいつを手伝うぞ! いいか、責任は俺がとる!」
シュウはアマルガムのコクピットに身をすべらせる。
先ほどの女性メカニックが即興で調整をしてくれるらしい。身を乗り出して上体をシュウの膝に押し付けながら、コンソールを直接いじってくれている。そのおかげでシュウは、試作実験機のデータを洗い出し、この機体について短い時間で習熟する作業に専念することができた。
するとシュウのパイロットデータを呼び出し調整の参考にしていた女メカニックが、食い入るように画面を見つめた後、シュウを見返した。
「あ、あの、あなたのこのパイロットデータは………!」
「問題があるのか?」
シュウが力強く告げる。女性は一瞬言葉を詰まらせた後、しかし強い口調で言い返した。
「『サブパッケージ』の6本起動なんて、無理です……! あなたは、《イモータル・クラフト》なのではないですか?」
この一瞬でそれを見抜いた女メカニックの有能さに舌を巻きながら、シュウはうなずいた。
「いいんだ」
「ですが――」
女性メカニックの言葉をさえぎり、シュウは彼女の体をそっとコクピットの外まで押し出した。
少しだけ抵抗した女性メカニックは、よろめくように自らの足でコクピットを離れた後、両手を口にあて、メガホンのようにしてから叫んだ。
「このコロニーを頼みます!」
かすれた涙声の彼女に目線だけで応じ、シュウはコクピットの蓋を閉めた。
パイロットは、常にとある二律違反と戦っている。
『サブパッケージ』の使用は、《フラクタル・イド》の増大を招く。だが逆に言えば、《フラクタル・イド》の汚染を覚悟すれば、多少の無茶もできるということだ。
『サブパッケージ』しか無いアトモスフィアは、誰が扱おうと例外なく《フラクタル・イド》の増大を招く死の兵器だ。だからこそエンドリックはこの機体に誰も乗らせまいとした。今の『サスガ』の絶望的な状況を前にして、使い潰すなら後世の研究に役立てたいという思いもあっただろう。
(けど俺は、その選択を選べなかった)
シュウは拳を握りしめる。
(だって俺は――弱いから)
シズクは、シュウを強すぎると言った。
カリンは、シュウを最強の人間だと言った。
でも本当にそうなのだろうか?
(――違う。俺は弱いから、大切なものが失われるのを耐えられなかった。俺は弱いから奪われるのが耐えられなかった。だから俺は――)
シュウ・カザハラをせき立てるのは、実のところ善意でも誇りでも意地でも何でもない。
ただどうしようもなく胸を急き立てる、ねじれるような慟哭だ。
「だから俺は……誰かを守りたいんだ!」




