Effect15 創造せしえぬ者 -immortal craft-
「シュウ君のような症状は、君たちの業界で、《イモータル・クラフト》と呼ぶそうだね」
「――はい?」
エンドリックの執務室に招かれたシズクは、差し出されたコーヒーとともにむけられた言葉に、驚いた声を上げた。
「……ええ、そうです。技術者の間だけでかわされる隠語ですけど。私はシュウの適性検査の結果を見た時ほど、《イモータル・クラフト》を実感したことはありません」
「理論上、素質的には高い《フラクタル・ドライブ》との適合値を示すはずにも関わらず、内的な要因によってそれが満たされない人物、か………」
「…………シュウの場合は、想いが強すぎたんです」
シズクは我が子のように思う甥の顔を浮かべながら、目線を伏せた。
「『トライアル3』から避難してきたシュウを引き取った時、すでにシュウはEOMを倒すことに並々ならぬ情熱を燃やしていました。………そのころの私は、あの子の意思の強さに頼もしすら感じたんです」
「シュウ君はどこまでも強く優しく、そして責任感があった。妹を殺したEOMを倒すために、彼は力を強く求めすぎた」
「そうです。その想いの強さが、あの子自信を苦しめたのです。……あの子は紛れもない『トライアル3』の当事者だった。シュウ本人だって本当はとてつもない恐怖をEOMに抱いていたはずなんです」
アマルガムが存在しなかった当時、EOMとはすなわち死と破壊の象徴だ。疑似的にとはいえ思考を持つものが、逃げ惑う人々を捕食していくのだ。――だが実際に目の前でEOMを目撃し、その様を体験した者は、今の時代をしても少ない。
「あの子は、目の前で4千万もの人間が住むコロニーが引き裂かれる姿を見たんです。恐怖を抱かないわけがないじゃないですか……」
シズクの目の端に涙が溢れた。そう、自分は気づけたはずなのだ。シュウの異常性に。
「シュウは目の色を変えるように、EOMを倒すための手段を探しました。子どもが読めるようなものではない論文にまで手を出して。でもそれはつまり、自分の恐怖の根源と向かい合うことで、あの子は向き合うほどに自分の心を痛めつけました」
「……情報を読み返すたびに、彼は『トライアル3』の出来事と妹の死に際を思い出しただろうな。そして調べれば調べるほどに、出てくるのはEOMに対する人間の無力さだ」
「アマルガムが開発されたニュースが流れた時――あの子は本当に喜んだんです。自分がしたことじゃないのに、テレビに食いついて涙を流して――。当時一介の精神科医に過ぎなかった私は、SAI波形の技術を学び、そしてよりによってその適性検査を、シュウ本人に伝えたんです」
「彼は何千万という被験者の中でも、類を見ないほどの《フラクタル・ドライブ》の適合者――であるはずだったが」
「……シュウは、《イモータル・クラフト》でした。SAI波形が示す数値は理論上は高い適合性を示すものの。シュウは自らの恐怖の根源へと向き合うことを繰り返したが故に、心の中はぼろぼろで。……《フラクタル・ドライブ》の論理演算に回せるほどの思考の余裕というものがほとんどありませんでした」
「……《フラクタル・ドライブ》と精神疾患は複雑に影響する。シュウ君は、重度の心的外傷後ストレス障害を発症していた。彼はEOMの写真一枚、教本の挿絵ですら発作を覚えるほどの重度の病を抱えており……研究者の道も、それが理由で断念せざるを得なかった」
「ええ………。研究者を志していたあの子は、よりよって大事な入学試験で発作を起こし、病院に担ぎ込まれました。その時私は初めて、あの子の異常性に気付いたんです。……あるいはあの子の頭の良さならば、パイロットになれなくとも、歴史に残るような名科学者になれたかもしれない。だけど、何錠もの薬を飲んで、発作を覚えながらも机にかじりつく姿は、私にとっては寿命を削る行為に思えてなりませんでした。………だから私はシュウ自身にすら隠して、検査結果を書き換えて、榎原に入学させました」
「《イモータル・クラフト》……………。いや、既存の言葉で置き換えることができないほどの適合率を示すはずだったシュウ君は、ハンデを抱えたその身ですらアマルガムを動かすことができた。それどころか、まわりの生徒に気づかせないほどの二面性を演じ続けた」
「シュウは強すぎた子です……。本当はあの子の心はぼろぼろなのに。それをまわりに気づかせずに戦い続けた。アマルガムに乗るようになってから。EOMを直接倒す手段を見つけてから、シュウの容体は安定しだしたんです」
「EOMを物理的に倒す手段を見つけたんだ。………それは彼の救いになっただろう」
「シュウの《フラクタル・ドライブ》の適合値は……本人も気づいていませんが、少しずつ上向いています。このままならあるいは、シュウは数年後には本来の力を取り戻すかもしれません」
※※※
シュウ・カザハラは普遍的で、普通なことが特別に見えるほど理性的な青年だった。
そんな彼が狂人だったと聞いて、うなずく人間はいないだろう。
むしろ彼は、一歩引いてまわりに気を配る姿が特別に見えるほど、普通で理性的な少年だった。
だがそれはつまり、普通に振舞えるだけで、彼の本質がそうだったとは限らない。
『人々が思い描く普通』の人間を振る舞えるだけで、どれほど歪な本性を抱いていたか。
その彼の本質を、二面性を、カリンとグレンという2人の人間が刺激した。
………人とは、怒りを抱く生き物だ。
それをつつかれたならば、怒りをもって返すのは当然の権利ではないだろうか?
※※※
シュウがこれまでついてきた嘘を打ち砕いたグレンは、赤熱した大剣を振り上げる。
それを聞いたシュウは――
『…………っざけるなよ』
深く怨嗟のたぎる声を絞り出しながら、右腕を振り上げた。
『見殺しにしただとっ!? あの時力が無かった俺はどうしようもなくて、でも今、俺には力があるから――だから――』
モニターの中に映るシュウの機体が、全身から悲鳴のような軋み声を上げる。
その関節からは、光の粒子のようなきらめきが漏れ出ていた。
『力があるお前がカイリを見下すな――!』
シュウは右手に持っていた壊れたセイバーを投げ捨てる。
次の瞬間、煌めく光芒がその手に生まれ、継ぎ目のないデザインの槍が握られていた。
「なっ……! その槍は!?」
グレンが驚愕に目を剥く。
「閃光兵器………! アマルガムの試作初号機が初めて使った、名実ともに人類初の対EOM兵器じゃねぇか! それをなぜおまえが使える――!?」
グレンは知らないだろう。時代遅れ過ぎて現在ではパイロットが選べる『サブパッケージ』のラインナップからも外されているその兵器の設計図を、シュウがどれほどの思いで見つめこんだか。
怒りの余り、ほぼ無意識でその手に再現できるほど、彼の脳裏に刻みこまれていたか。
『死ねよ! 糞野郎が――!』
人類の希望の象徴とも謳われる武器を、狂騒の雄叫びと共にシュウが振り上げた。
慌ててグレンは斬撃を避ける。
(――!? 疾ぇっ)
《フラクタル・ドライブ》の適合値にして勝るはずのグレンが、反応を送れるほどの動きをシュウはして見せた。
グレンは慌てて大剣を引き戻す。
しかし、その程度では無駄だった。
上下左右。
空間360度の都合、6本。
虚空から生み出された無数の槍が、グレンを6つの角度から狙っていた。
シュウが、普段の彼とは思えないしゃがれた声で死刑宣告を下した。
『――弱者は、てめぇだ』
グレンは自らの処刑の時を覚悟し、瞳孔を開いた。
しかし、その槍がグレンの体を刺し貫くことは無かった。
6本の槍が彼の体を刺し貫く前に、仮想訓練装置のリミッターが作動し、仮想訓練が終了したからだ。
※※※
「……馬鹿、な?」
仮想訓練装置の強制終了を告げるピーピーという間の抜けた電子音を聞きながら、グレンはしばし虚空を見上げて呆然としていた。
我を取り戻した彼が仮想筐体の中から飛び出した時――カリンが、動揺するクラスメイトたちを押しとどめているところだった。
「みんな! 驚かせてごめん! 今のはグレンを懲らしめるためにあたしがシュウの機体のパラメータをいじったんだ!」
ンな馬鹿な、とグレンはつぶやいた。
カリンの説明はもっともらしく、むしろそうであるほうが納得しやすい。だが、グレンがシュウから叩きつけられた殺意は、演技で済ませられるようなものではなかった。
しかしグレン以外の生徒たちのほとんどはカリンの言葉を信じた。そうでもなければ、シュウのしでかしたことは説明がつかない。事前にカリンがシュウを呼び出した出来事も、2人の間で何らかの打ち合わせがなされたように見えたのもあった。
「おい、カリン」
グレンは俺はだませれねぇぞと、剣呑とした雰囲気をまといながら言った。
ふりかえったカリンがむけてきたのは、それを真っ向から見返す視線ではなく――
小さな瞳が、震えながらグレンを見上げていた。
「グレン……。悪いけど今はシュウと2人きりにしてくれるかい……?」
「ち…………」
グレンは先手を打たれたように舌打ちする。
(糞が……。胸糞悪い。基地の方にでも顔を出して、あの悪趣味な機体を動かしてくるか)
腹立たしげに上着だけを羽織りながら、グレンは訓練室から外に出た。
※※※
カリンがすべての生徒を訓練室から追い出しても、シュウは仮想訓練用の筐体から出てこなかった。
カリンは、ロックのかかっていた筐体の蓋をあけた。
――その瞬間、黒い影がカリンの小さな体を突き飛ばした。
彼女の体が硬い床に叩きつけられる。苦悶に身をよじっている間に、その影はカリンにのしかかってきた。
『チューファー5』のスラム街で暮らしていたカリンは、身のこなしには自信があった。
避けようと思えば、シュウの攻撃を避けることもできた。だけどそれをせずに、そのまま押し倒される。
蛍光灯を背にしシルエットとなったシュウの姿に体を強張らせる。顔面だけは守ろうと顔をひねるが、シュウは押さえつけるだけで何もしなかった。
シュウの目の端には涙が浮いていた。カリンを鬼のような形相で睨みつけながらも。
カリンには、その気持ちが痛いほどわかった。
なぜなら――
「……《シンクロトン・ドライブ》って言うんだってな」
カリンが宙に投げかけた言葉に、シュウはぴくりとだけ反応した。
「秋雄の動きをトレースしたあんたが、意識消失を起こして……私がそれをサルベージするために使った仕組みのことだ」
言葉を知ったのは、あの一件の後だ。
「元々は《フラクタル・ドライブ》の理論を応用したもので……でもなんやかんや問題があって封印された。けど、あの時みたいなことが起こった時のために、サルベージ用の回線だけは残されていた」
詳しい理論を知らないカリンがこの方法を知っていたのは、依然、似たような出来事が起こったからだ。その時にこの技術の危険性も教わった。サルベージする者とされる者との間で、《フラクタル・ドライブ》の適合値に大きく差が開いていないと、両方が飲まれることがあるという。カリンは、シュウが相手なら問題ないと思って、止めるリサを振り切ってサルベージを強行した。
――結果として、カリンは一度シュウの意識に飲まれた。
「私が覗き込んだのはたぶんあんたの怒りや悲しみの一部だ。それであんたを全部理解したとは言わない。いやそれどころか私はあんたを理解できない。妹の死に際を背負って、身に余る覚悟と責任をしょい込んで、あんたはどれほどの怒りを溜めこんだ? そうやって自分を苦しめて、あんたはどれだけ幸せになれたんだ?」
カリンは、強く拳を握りこんだ。
それを振りかぶり――肩の力だけで、シュウの顎へと振りぬいた。
顎を打ち抜かれたシュウの体がよろめくいた隙に、カリンは彼の戒めをほどき、服に着いた埃を払うと構えをとった。
「吐き出せよ。いまさら女に拳をふれないなんて言わないだろ? あんたが溜めこんだ怒りはさ、男とか女とかそんなちゃちなことで軽くみられるほど安い物じゃないだろ」
カリンは獣のように身を低く沈めながら、シュウにむかって吼えるように叫んだ。
「殺す気でこいよ。少なくともグレンに見せたあの殺気は――私がスラムでかっぱらいをしたパン屋のおっさんより強烈なものだったぜ?」
※※※
シュウの攻撃は、気の抜けたようにしょぼくれたものだった。
怒りを抱いても、カリンが挑発してもシュウはシュウだ。小柄なカリンを本気で殴れもしない。
「ふざけんなよ!」
カリンが叫んだ。
「殺す気でこいって言ったろ!? EOMの着ぐるみでも着てこないとわからないのか!?」
「怒りを吐き出せとか突然言われても訳わかんないよ……。俺が憎んでいるのはお前じゃないんだからさ……」
「じゃああたしがぶち殺す!」
カリンの体が一回転する。
右足を振り上げてふるったのは、急角度で襲いくる回し蹴りだ。受け止められてもシュウの体ごと吹き飛ばす自信がカリンにはあった。
シュウがしたのは、右足を前に出して、カリンの軸足を払う事だ。
「なっ――!」
シュウがそれほどの冷静さを持っているのは意外だった。バランスを崩したカリンの体が、コマのようにまわってシュウにむかって倒れこむ。
その体は、シュウによって抱き止められた。
「う………」
シュウの顔をまじかに感じて、カリンは顔を熱くした。
「――《イモータル・クラフト》――。素質的には高い適合性を示すはずなのに、後天的な素養によって《フラクタル・ドライブ》に適さない症状」
「………そうだよ。あんたは、それだ」
「……そうか。なんとなく、そうじゃないかと思っていた。けど……俺は、あれが俺自身の力かわからない。あの時グレンにむかって叩きつけたのが俺の力なら、その力は欲しいと思う。でもあの時の憎悪はいらない。俺が欲しかったのは誰かを傷つける力じゃなくて、誰かを守る力だったから」
「じゃああんたは、そうやってどこまでも自分を痛みつけるのか?」
「……いけないのか?」
「え………?」
「それはいけないのか? 俺の体は俺だけの代物で。色んな人が支えてくれたけど俺だって誰かを支えたくて。………俺は俺だけの力じゃ全てを守れないかもしれないけど………。それでも抗うことだけはこの先一生やめることはできない」
「………あんたはそうやってこれから一生、苦しむつもりか……?」
「それはわからないよ。だってさ………」
シュウは、苦笑を浮かべながらも、優しい顔でカリンを見返した。
「俺が死ぬ前に、EOMが絶滅するかもしれないじゃないか?」
カリンの瞳に涙が溢れた。
人は言葉で十全を表すことはできない。
何でもないようにシュウは言う。けどシュウの意識と記憶に触れたカリンは、シュウがどれほどの想いで力を渇望したのかを知っている。
何でもないようにシュウは言う。
でもその裏に込められた闇は、あっさりとした言葉で片づけられるほど浅いものではないのだ。
「シュウ――」
カリンはシュウの体にすがりついた。
「ごめん――」
「なんだよ。謝るならはじめからこんなことするなよ」
優しい声すらかけてくれる彼に申し訳ないのに。
「ごめん――」
(私じゃ、あんたを救えない――)
人は言葉で十全を表すことはできない。
カリンはこの時、自分が本当は何について謝りたいのか伝えられなかった。
※※※
力を求めているのは、シュウだけではない。
仮想訓練用の筐体から降りたリサは、視線を感じて振り向いた。
「クラフツマンさん」
「陰ながらの努力かい。せいがでるねぇ」
「自分の生き死にがかかっていますから………」
指先で、頬に張り付いた髪を払いながらリサは言った。
「榎原にも仮想訓練機があるだろうに。わざわざこっちに来て練習かい?」
「……こちらの方が最新鋭ですから。それにあちらは生徒たちが使うこともあります」
「教え子達に努力している様は見せられないかい?」
クラフツマンのからかいに、リサは眉根を寄せた。
「クラフツマンさんは? お暇なんですか?」
精一杯の嫌味を持って言う。クラフツマンは、お手上げという風に両手を上げた。
「息抜きだよ。テストパイロットがどうしても集まりそうにないんでね……理論値を下方修正する方向で調整しているところだ」
「……そもそも、あんな機体を動かせる人間が………いえ」
クラフツマンに恨み言を言いそうになって、慌ててリサは言葉をきった。
「………完全兵装理論ですか。時代を先取りした考えとは思いますが……」
クラフツマンが機体に組み込んだ理論は、彼が提唱する『完全兵装理論』と呼ばれるものがベースになっている。
内容は極めて簡単だ。アマルガムの兵装を、全て1からまで10までエリュダイト粒子で生成した『サブパッケージ』で揃えてしまおうという考えである。
「武装を全てその場で組み上げることができるのなら、確かにアマルガムの汎用性と機動性は増します。でもそんなもの扱えるパイロットがいないでしょう? ………いえ、扱えることは扱えます。乗り込んだパイロットを片っ端から使い潰す悪魔の兵器として」
テオが用いていた、一射で数体のEOMを屠れる大口径ランチャーであるRVC‐2825‐ INFERNO。
攻撃力だけならアマルガムでもトップクラスを誇るこの兵器を、好んで使う者は少ない。状況を選ぶ武器だからというのもあるが、それ以前に扱える人間が少ないのだ。大口径の銃弾を使用し、しかも連射機構まで持つインフェルノは、使用時にパイロットの脳にとてつもない負荷がかかる。
「アマルガムは、空間中を飛び交う見えない微粒子を集めて、一見何もないところから物を作り出すことができる………。こういったことを話すと、多くの人が魔法使いのようだと言います。でも現実には、私たちパイロットはそんな魔法は使えません。完全兵装理論は………パイロットを消耗品として扱う、悪魔の理論ではないのですか?」
クラフツマンは苦笑を漏らした。
「それなら、エンドリック大佐が認める訳がないと思わないかい?」
「はい………」
全くのその通りだった。いや、エンドリックがいなくともクラフツマンはそんなことをしないだろう。
彼は狂科学者であると同時に名声も求める。世間で認められない研究を進んでしようとはしない。
それを知りながら挑発するように言ったのは、リサが知識を求めたからだ。
このサスガに来るまで、自分はただのテストパイロットとして、言われた通りに試験項目を消化すればいいと考えていた。だが、榎原で生徒たちに勉強を教え、シュウとともに様々なアマルガムの知識に触れたリサには、意識の変化があった。
――ただ唯々諾々と。パイロットだからといった理由で、理論を学ばなくていいというわけではない。
クラフツマンは、リサの意思を理解したらしく、愉しそうに言った。
「――これから言うことはオフレコだよ。これは自分自身、悪癖だと理解しているのだがね。私はあえて誇張した表現でまわりの関心を集めようとすることがある。そう………君が今言ったじゃないか。人々は、まるで魔法使いみたいに自在に物を生み出す姿をアマルガムに求める、と。完全兵装理論とは、誰しもがわかりやすいアマルガムの理想の姿なんだ。でも、私が本当に目指したのは、そこじゃない。その途中だ」
「………?」
「今開発中の実験機の武装は、5つの段階に分けられていてね。理論値通りのテストパイロットがいたとしても、実際に実現できるのはレベル3までだ。そして私が目指すのは――というか私が提唱する『完全兵装理論』の本当のゴールは、そのレベル3までだ」
それがクラフツマンのやりくちだった。
妄想染みた誇大広告で他者の関心を引き寄せ、最終的には現実的な話をして相手を納得させる。
『完全兵装理論』という、誰もが脳裏に描きながら現実を鑑みて諦める題目も、クラフツマンにとっては撒き餌でしかない。
「君も知っての通り、今の『サブパッケージ』にあるのは、どれも一枚岩から削り出したような単純な作りのものばかりだ。私はそこに、銃を加えたい」
「それは……銃型の『サブパッケージ』は、確かに、パイロットも求めているものです。でも銃のような複雑なものは、《フラクタル・イド》の汚染が強すぎて実用化ができないのでは………?」
「そのための裏技があるのだよ。エンドリック大佐が目をつけているのも、実はそちらの技術だ。君は知っているかい? 《フラクタル・ドライブ》に連なる技術で、しかし一緒に世に出ることは無く封印された、悪魔の技術を」
「それはどういう―――?」
リサが聞き返した時――それを遮るように、クラフツマンの携帯端末が鳴り響いた。
「いいところだったのに………。なんだ、カリンか。ちょっと失礼」
クラフツマンはリサに一礼をして、携帯端末を取り出した。
「どうしたんだい? こんな時間に。――ああ、テストパイロット? まだ見つかってないよ。………心当たりがある? ………わかった。今すぐ警備兵に許可を出すから、ラボの方まで来てくれ。それじゃ」
クラフツマンは携帯端末を着ると、リサにむきなおって肩をすくめた。
「悪いけど急用ができた。勉強会はまた今度にしよう」
※※※
カリンに連れられたシュウが、東墺基地の格納庫に足を踏み入れると――そこにはすでに、クラフツマンとエンドリックの姿があった。
エンドリックがここにいる理由は、すでにシュウも理解している。彼はクラフツマンの研究の後援をしているそうだ。
もう1人、不機嫌な顔をしたリサもいた。彼女は寸前まで仮想訓練筐体を動かしていたそうで、パイロットスーツ姿だ。
「カリンから送られたデータは見たよ。君のデータは素晴らしい。君なら、悪魔の兵器と言われたこの実験機を、動かすことができるかもしれない」
「悪魔の兵器…………?」
「そう言う人物がいてね。私としては言いがかりと言い返したいものだが」
クラフツマンは、視線をリサにむけながら苦笑を浮かべた。
「《フラクタル・イド》の汚染が強いんだ。並みのパイロットには操ることができない。だが、君ならできるかもしれない」
「……クラフツマンさん。すみません、そのデータの数値を俺は自在に出せるというわけではなくて…………。俺はもう二度とその数値を出せないかもしれません」
シュウの告白を、クラフツマンは聞き流した。
「君が《イモータル・クラフト》であることなら知っているよ」
視界の端で、エンドリックが目を反らしたのが見えた。
「知っているかい? そこのエンドリック大佐こそが、君を榎原に入学できるよう取り計らったんだよ。君の叔母君に頼まれてね」
「エンドリック大佐がですか………?」
「そう。君と言う若い才能をつぶすのが忍びなかったらしくてね。いや、私は……その行為は正しかったと思うよ。君と言うパイロットを失うのは人類の損失だ」
答えたクラフツマンは、両手を広げながら腹を震わせた。
「シュウ君。この油臭い格納庫にようこそ。歓迎しよう。卒業を待つまでも無い。君は、傭兵としてこのサスガで働けばいい」
※※※
クラフツマンは、外せないミーティングがあると言って、それだけ告げて姿を消した。
シュウ以外にその場で残ったのは、殴り合った時のボロボロのままのカリン、それからリサ、エンドリックの3人だ。
エンドリックは、歴戦の戦士にふさわしい重圧感を漂わせながら、シュウに話しかけた。
「…………グレンを打ち負かしたというのは本当かね」
「はい」
なんでこの人はグレンのことを知っているんだろう……といった感想を浮かべつつ、シュウはエンドリックの言葉にうなずいた。
「君は、自分自身がアマルガムを扱うのに致命的な欠陥を持っていることを知っても、それでもパイロットを続けるのかね……」
エンドリックはシュウから視線を反らさずに言う。
風格を漂わせる姿に、シュウはごくりと生つばを飲み込みながらうなずいた。
「はい……」
「ならば私からはもう何を言うまい………」
エンドリックは、渋い表情を漂わせ、今度は視線をカリンにむけた。
「カリンも……それでいいのかね」
カリンはふてくされた顔でうなずいた。
「……しょうがないじゃないか。本人がなるって言っているんだから」
「……この娘はね……《シンクロトン・ドライブ》で君の心に触れて、身に余る業を背負う君を、救いたいと言ったんだよ」
「ちょ、ちょっと大佐! やめてくださいよ!」
「救いたいって………。なんか俺殴られまくったんだけど?」
青痣のできた頬を撫でながら言うと、カリンが顔を真っ赤にした。
横にいるリサからの視線は何故か冷たい。
「そ、そんなことよりも大佐。これからのシュウのことだけど……」
エンドリックがうなずいた。
「ああ……。ちょうど明日は学校が休みだったな。その間になんとか移転手続きを終わらせるとして……。シュウ君、申し訳ないが明日またここに来てくれないか」
エンドリックの言葉に、シュウがうなずこうとした時だった。
基地全体にけたたましい警報が鳴り響いた。
『緊急警報――!』
格納庫内を騒然とした空気が包む中、伝令官の悲鳴じみた声が響き渡った。
『コロニー内にEOMの大群のジャンプを確認! その規模約80! 繰り返す――!』
「80!?………そんな馬鹿な。コロニー内への直接ジャンプなんて……」
リサが彼女にしては珍しく、声を震わせて驚きを隠せないでいた。その場にいた全員が、おそらく同じ感想で、――そして同じ事を思い出しただろう。
エンドリックが重くつぶやく。
「……『トライアル3』の悲劇の再現」
シュウの胸を、トラウマを抉られる痛みが押し寄せていた。




