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Effect14 嘘 -white lie-

 不意に走った後頭部の痛みに、シュウは顔をしかめた。


「ツ――くそ、カリンの奴、なんだってんだ」


 カリンがシュウに打ち込んだ呪いの(くさび)は、たしかにシュウの胸の奥に刻み込まれている。

 疑問符は絶えない。なぜカリンがあのことを知っているのか。――仮に知っていたとしても、彼女はなぜあんなことを言いだしたのか。

 ――視界がかすむ。脳裏の記憶がフラッシュバックする。疑似投影された星々のきらめく宇宙(そら)に重なって、あの炎に包まれた廃墟の悪夢が、映りこんでいるようだった。

 体が重い。機体との適応率を示すグラフを見ると、本当にひどい数値だった。――おそらく、彼がこの学校に来てワーストワンの数値。


「……ひどい呪いだぜ。あのぺちゃぱい野郎!」


 毒づくことで彼女への怒りを呼び起こす。それでどうにか、普段に近い数値へと適合率を戻していく。 今は、とにかくグレンに手心をくわえさせない、普段どおりの力が欲しかった。

 ――遠くから赤い光を迸らせて、漆黒の機体が迫ってくる。グレンの機体の肩口に画かれた髑髏のエンブレムが、シュウを見て舌なめずりをしていた。


「……!」


 シュウも応じるように加速する。今回、最初からシュウは銃で戦うつもりなどなかった。グレンに挑むのは、そんな消極的な戦い方じゃない――彼の得意とする近距離でなお応戦する、そんな限界領域。

 ただし――シュウだって、テクニックに関しては自信がある。

 シュウは片腕のライフルを、離脱(パージ)させて宇宙空間に投げ捨てた。

 代わりに、2本目のセイバーを抜き放つ。

 射撃兵装を一切放棄した形だ。普通なら、距離をとった相手に一方的に狙撃されるワンサイドゲームの始まりだが、相手はグレン。――そんな興ざめなことはしない。

 グレンから通信が入った。


『おもしろいじゃねぇか。お前の二刀流、一度見てみたいと思ってたんだ』


 ――本来、アマルガムは二刀流ができない。機構的には可能なのだが、そのためのプログラムが組み込まれていないのだ。電子機械の塊であるアマルガムは、あくまでプログラムされたことしか実現できない。

 二刀流プログラムが入れられていないのには、一応の理由がある。

 アマルガムというのは実際のところかなり脆い。ウェイブ砲を数発、当たり所の悪いところに当たればそれで機能不全を起こす。またEOMに直接取り付かれれば、そのまま間接をねじきられかねない。危険を避けるために銃での戦闘が基本とされ、二本の腕がふさがる二刀流のプログラムは需要がなく、インストールされていないのだ。

 しかし、アマルガムのプログラムは、ところどころ書き換えることが可能だった。


『ツイン セイバーモジュール起動……』


 コンピュータが電子音を告げる。ネットの海をさらった時、作りかけのモジュールを見つけてシュウが改修したオリジナルの二刀流用モジュール。――両腕を合わせた稼動域は本来の180%まで拡大し、片腕では不可能な多彩な角度、方向からの攻撃が可能になる。

 作りかけがあったとはいえ、こういったモジュールを素人が組むのは不可能だ。アマルガムとEOMの知識を手当たり次第に吸収した、シュウだからこそできる芸当だった。


 グレンの大型セイバーと、シュウの二刀が交錯する。異なる波長のエリュダイト粒子の衝突は、両者の相殺とともに、強い反動が発生する。相殺の衝撃で、二人の機体が弾きとんだ。

 今の打ち合いによって、シュウのセイバーの刀身が消滅した。

 グレンの大型セイバーは、出力と反応速度の差もあり、まだ強い光を宿している。

 相殺の反動ですぐに追撃が迫ってくることはないが、シュウが相殺された刀身にようやく刀身を再形成するのと同じぐらいに、追撃が襲ってくる。

 このまま徐々に刀身の再形成が間に合わなくなり、押し切られたのがいつかのカリンとの勝負だ。だが今は、2本の剣がある。

 刀身の再形成を待たなくても、2本目の剣があるのだ。それどころか、衝撃でグレンが仰け反っているときに、2本目の攻撃を放つことができる。

 攻撃は最大の防御――双手による連撃が、グレンへと襲い掛かる。二刀流モジュールは、本来のアマルガムではなしえない角度からの攻撃と、剣戟弾き(パリィ)をされたら不可能であるはずの追撃を可能とする。八つの角度、斬り、払い、突き、様々な方向へと変化する剣閃がグレンへと襲い掛かる。

 シュウの斬撃をショットガンの銃身を使って塞いだグレンは、使い物にならなくなったショットガンを宇宙空間に投棄しながら吐き捨てる。


『正直ここまでとは思わなかったぜ。なるほど、予想よりは面白かった』

「………」

『ここからは、俺も本気で行くぜ』


 グレンの機体が赤い光輝を宿して加速する。そしてシュウと距離を取ると、片手に握っていた大剣を、大上段に構えてぐんと迫ってきた。


「――ソードモジュール!」


 二刀流とは違い、両手持ち(ソード)モジュールは、標準で組み込まれている内部モジュールだ。

 大上段から振り下ろされた斬撃を、交錯させた二刀で受け止める。――全身を駆け抜けた衝撃を、シュウは歯を食いしばって堪えた。

 ――2本で受けたにも関わらず、シュウの二刀はともに消滅し、グレンの手にある大剣はまだ赤い光を宿していた。


(出力差がまずいっ! 2本合わせても1本の剣に追い付かないのか!?)


 ()じき飛んだシュウが片方の剣の再形成を終えたのは、グレンが相殺現象で跳ね上がった剣を振りなおしたのと、ほぼ同じ時だった。

 間一髪。再出現した黄輝の刃と赤熱した光が激突して、火花を散らす。両者が大きく仰け反った瞬間に、シュウは左手の突きを放つが、グレンの剣によってやすやすと弾かれる。両手で制御する分、衝撃での仰け反りからの立ち直りが早いのだ。

 両者、つかず離れずの攻防を繰り返す。縦横無尽に駆け走る黄輝の光と、大振りに残像を穿つ紅蓮の軌跡。――一瞬の油断も停滞も許されないギリギリの勝負。両者に許されたのは、ただひたすら、目の前の敵を打ち倒すことを意識して己の剣を振りぬくだけだ。


『う、らぁあああああああああ!』


 通信回線を通して、グレンの裂ぱくの気合が迸る。シュウも何度、声を枯らせるように叫んだかはわからない。《フラクタル・ドライブ》を使った加速世界での攻防は、一瞬の意識の切れ目が敗北にもつながるのだ。

 大上段から、体ごと巻き込むように降りぬかれた大剣が降りかかる。それを、裂ぱくの気合とともに、交差された剣で受け止める。衝撃を利用して大きく後方に飛び退りながら時間を稼ぎ、その間に刀身を再形成する。

 ――否。


(………やばい)

『アラート。武器出力装置(リアクター)破損。刀身を再形成できません』


 右手のセイバーの刀身を形成する出力装置(リアクター)が、度重なる衝撃に耐えきれず壊れていた。何度意識を集中させても、刀身が再び再形成されることはなかった。

 ――そしてこれが、シュウが予想していた結末。

近接戦闘にさえ持ち込めるなら、《フラクタル・ドライブ》による加速世界の差は、二刀によるカバー力で補うことができる。でも、それでは決定打にはおそらくならない。そうである以上、出力と強度に勝るグレンの大剣よりも、自分のセイバーの方が限界を迎えるのは、わかりきっていたのだ。

 シュウは、長い長い息を吐く。


(方法が、無いのか。)


 その時のシュウの視線はまだ鋭く、グレンの機体を睨みつけていた。


(何か方法は――。)


 この時をしても、シュウはまだ勝負を諦めていなかった。

 グレンから通信が入ったのは、そんな時だった


『――そろそろてめぇの本気を出してみたらどうだ?』

「……本気?」


 突然と言えば突然さしむけられた言葉の意味をはかりかね、シュウは怪訝に返した。


『てめぇの本気だよ。カリンの奴が言っていたぜ。てめぇにはまだ出していない底があるってな』

「………」


 カリンが確かにそんな話をしていた。しかし、思い当たる節の無いシュウは困惑するばかりだ。本気どころか、この試合前には、カリンにひどい呪いを打たれたのだ。


「話が見えないな。それで? 俺にどういう本気があるっていうんだ?」

『……チ、やはりあいつのハッタリか?』


 通信を通して、一人ごちるグレンの声が漏れる。しかしもう腹を決めたのか、わずかの沈黙のあと、先ほどのカリンを思わせる淡々とした口調で述べた。


『いいぜ。お前の実力は結局その程度ってわけだ。『トライアル3』の時と一緒だな。何も守れず、救えない』

「……?!」





 ロビーでは、クラスメイトたちが、固唾をのんで2人の戦いを見守っていた。

 その中には、2人のチームメイトである秋雄とコジロウの姿もあった。


「あれ、シュウって、『トライアル3』の出身なの?」

「ああ……俺も初耳」


 その話を横で聞いていたカズハは、あなた達でも? といぶかしむ。E班は凸凹感の割に結束が固かった。あまり人にするような話ではないかもしれないが、そういう話は真っ先に共有していると思っていたのだ。


「今は叔母さんと一緒に暮らしているとは言っていたよね。両親はいないのは察していたけど、妹が一人」

「そうそう。写真で見たことあるよな。あんまり見せてもらえなかったけど、電子化されていないアナクロな写真。――たしか、名前は――カイリ」


 ――スピーカーから漏れ出したグレンの声が、秋雄の声にかぶさった。


『てめぇの、妹を、見殺しにした時と一緒なわけだ』



「――あれ?」


 聞いていた話との食い違いに、2人は戸惑う。


「ちょっと待って……シュウの妹は、カイリちゃんは生きてて、そのために戦っているってシュウは……」


 混乱する二人には、かわりにカリンが答えた。


「………それはあいつの嘘だよ。あんたらが初めて会った時、あんたらはひどい顔をしていたじゃないか。だからあいつはあんた達を心配させまいと嘘をついた。『トライアル3』の生き残りでもあることも隠して、本当につらかった妹さんの死も隠して、あいつは嘘をついた」


 シュウのような悲劇は、今を生きる世代の人間のどこにもありふれていた。

 だからこそ彼は真実を隠して、悲痛な痩せ我慢をつき続けていた。


「僕たちのために、そんな嘘をつき続けて………」


 コジロウが呆然と声を漏らした。

 秋雄が涙ぐみながら叫んだ。


「馬鹿だろそんなの! そんなことされなくっても俺たちは――」

「その通りだよ。あいつは馬鹿だった。馬鹿すぎた。馬鹿だったから誰だって当然のようについてもいい嘘を、言い訳を自分自身で許せなかった」

「――え?」

「シュウ・カザハラは……アマルガムも存在しなかった当時、本気でEOMを殺そうとした、世界で最強の人間かもしれない」


 つぶやいてから、カリンは言葉を選びながら言った。


「だからこそ、シュウ・カザハラは病んで、世界でも特に《フラクタル・ドライブ》に適さない人間にまで成り下がった」

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