Effect13 呪詛の楔 -moment shift-
シュウとグレンは無言でシミュレーションルームへの廊下を歩いていた。
緊迫した面持ちの2人の後ろを、クラスメイトたちの列がぞろぞろと続いている。
シュウとグレンが正面から衝突する機会は少ない。
シュウ自身が他人の束縛を嫌い、他人を従わせることよりも、他人のフォローに回る方を得意としていた。
E班の他の面子も、秋雄は能天気だが自己主張に乏しい面があるし、合気道を身に着けたコジロウも他人に合わせることは得意としていた。
グレンを中心として、E班は無骨ながらもひとつの班としてのまとまりを見せていた。
それでももし何かがあった時、直接拳をぶつけ合うのはシュウではなく、グレン並みに我儘なコジロウの役目だった。
殴り合いにしろアマルガムを使った勝負にしろ、シュウよりもコジロウの方が、実力的にいい勝負ができるという面もあった。
そういうこともあって、グレンを諌めるのはコジロウの役目で、シュウはその後のフォローにまわることが多かった。このことは同じクラスの人間たちも理解している。
だが珍しく、シュウがグレンに応じた。
多くの人間は、シュウが成すすべも無くグレンに蹂躙されるだろうと思っている。
だが同時に『もしや』という期待感も抱いていた。
それほど、シュウの特殊性は生徒たちの間で浮いていた。
それはシュウが『サブパッケージ』をほとんどの汚染無しに使える、というのもある。
それだけでなくシュウは、性格的にも成績的にも目立つ生徒ではなかったが、なぜか思いのほか、存在感のある生徒だと認識されていた。
狂犬であるグレンを飼いならし、見た目詐欺のコジロウと波長が合い、宝くじと揶揄された秋雄を一流の狙撃手に仕立て上げた。
これだけでもそうであるが、まずクラスの目が変わったのはあの日の出来事からだろう。
榎原士官学校は軍人学校であるが、普通の学校とそう変わらないイベントがある。普通の学校よりは過激で硬派だが、体育祭や文化祭に似た学年行事は開催される。
そういった時にクラスをまとめるのは、カズハの役目だった。むしろ彼女に頼り切りだったと言ってもいい。勉強もでき気配りもでき、容姿に優れるカズハは、クラス内でもカリスマがあった。実際に彼女の仕事にはそつがない。荒くれ者も少なくないパイロットの候補生をしつけるさまは、影で女王様と揶揄されるほどだ。
そのカズハが風邪を引いた時、クラスの会議は荒れた。文化祭のクラスの出し物を何にするかの会議だった。時期的に時間的な余裕もあったため、クラスメイトたちに危機感は無かった。結果、クラスメイトたちは口々に自分勝手な意見を口にした。カズハの代役を引き受けた女子生徒は、その意見をまとめる方向を見いだせず、涙目になってクラスメイトの無責任な意見に翻弄されていた。
その時にその女子生徒はシュウの手を取った。この時シュウの手をとったのはたまたまシュウが最前列に座っていたからにすぎず、特別な意味は無かったのだろう。その女子生徒は何でもいいからすがるものが欲しかったのだ。
この時にシュウがしたことは、強いリーダーシップを発揮して次々と物事を決めていくこと――ではない。
傍らで涙ぐんでいた女子生徒を盛り立て、口々にわめく生徒たちのニーズを一つ一つ拾い上げて黒板に書き出し、あまりにも馬鹿げたものは笑い飛ばし――そんなこんなで会議の流れを作っていったことだ。
シュウはこの時、何一つとして自分で決定を下さなかった。
だけどこの時の会議をまとめ上げたのは、誰から見てもシュウだった。
シュウ・カザハラが問題児だらけのE班を率いていきながらも、それを壊させずに持って行った力の一端は、あえて言葉にするのなら俯瞰力だろう。
彼は班長という役割に一般的に求められるような、リーダーシップやカリスマ性というものは持ち合わしていない。
ただ彼は全体の流れを見極める能力に秀でていた。独断専行を行うグレンの動きをつぶさに監視し、足をひっぱりがちな秋雄をフォローし、同じような能力を持つコジロウを信頼しながらもそのタカが外れた時には手綱をひくことを忘れない。
シュウは決して目立つ生徒ではない。
だが彼の存在感は、彼がひっそりとE班を支えた足跡として、しっかりとクラスメイトたちの脳裏にこびりついていた。
だからこそクラスメイトの脳裏には、あのシュウであればもしや、という期待があった。
(―――勝てる算段は全くないけど)
背後から響くクラスメイトの靴音を耳にしながら、予想以上に大事になったなとシュウは脳裏で舌打ちした。
(勝ち目のない勝負でも――引けない時ってあるだろ)
半分、開き直りだとわかる。
だが実際に、自分とグレンの実力の差は絶望的だ。確かに、シュウには『サブパッケージ』という裏技がある。だがシュウの『サブパッケージ』の展開には一つ致命的な弱点があった。
展開の遅さだ。
お互いに《フラクタル・ドライブ》の恩恵を受けたアマルガム同士の戦いは、音速機に近いほどの高速戦闘だ。1秒以下の判断が要求される戦闘で、グレンの予想を上回るほどの速さで『サブパッケージ』を展開することがシュウにはできない。
難解のように思われるエリュダイト粒子での構造物の生成だが、大ざっぱに言うと、たった2つの工程で説明できる。
エリュダイト素粒子で生成するものの設計図を、脳の無意識下部に落とし込む汲み取り。
ダウンロードした設計図を基に、エリュダイト粒子を組み上げる実装。
難解のように思えるエリュダイト粒子の固定化であるが、かみ砕いて言うとこれだけだ。
もちろん、その裏ではとんでもない計算が動いている。
人が意識的に行うのはそのごく表層だ。だが、裏ではその計算を補助するために、《フラクタル・ドライブ》が脳の無意識領域をフルに使っている。根本的に《フラクタル・ドライブ》の適合値が低いシュウは、この計算速度が遅く、展開に時間がかかる。
パイロットが恐れる《フラクタル・イド》の副作用には強くとも、結局、計算が遅くて実用的なレベルでの使用は難しい――というひどいジレンマにあるのだ。
(グレンに勝つためにはまだ何かが必要だ)
その新しい要素は、シュウには思いもかけない形で、もたらされた。
「よう」
「カリン……?」
進路をふさいでいたのは、少年のような体躯の黒髪の少女だった。
小さな体をふてぶてしく伸ばして立ちふさがった姿は、いつもと違う迫力に満ちていた。
(最近元気が無かったけど……何かふっきれたか………?)
シュウがそんな感想を抱いていると、隣にいたグレンがカリンに詰め寄った。
「まさか、今更止めたりしないだろ?」
「しないよ。馬鹿」
そっけなく応じたカリンは――グレンの体を押しのけると、シュウの腕を握り締めた。
「少しだけシュウを貸してくれ。すぐに返すから」
「カリン………?」
物のように扱われる謂れはなかったが、付け焼刃でもグレンへの対策を練る時間が欲しかったシュウは、カリンの求めに応じた。グレンも少しなら、と前おいて、他の生徒たちを率いて一足先に仮想訓練室の方へとむかった。
「逃げるなよ」
「わかっているよ」
おまけとばかりに刺された釘を撃ち返してから、シュウはカリンに向き直った。
「それで? どうかしたのか?」
「あの狂犬と戦うんだってね」
問いに問いで返されて言葉に詰まる。
荒っぽさではお前とそう変わらないけどな、と何度殴られたかわからない顎をさすりながらシュウはうなずいた。
「ああ」
「勝てる算段はあるのかい?」
「………正直言うと難しい」
「それなら何で勝負に応じたのさ?」
うなるように問いかけてくる。今更そんなことを聞くのか、とシュウは返そうとした。
その前に機先を制してカリンが叫んだ。
「今更あの男が、あんたの忠告なんて聞くと思っているの?」
「……いや」
グレンがそんなに物わかりがいいのなら、自分はともかくタクマがあれほど悩んでいないだろう。
「けどさ………。お前だってグレンを危ないと感じるだろ? 俺たちはここを卒業したら、本物の戦場にいくんだぜ」
「……いかないよ」
「え?」
「グレンはあたし達と同じ戦場にはいかない。私たちは宇宙連合統括局に雇いあげられて、各コロニーに派遣という形で出向させられる。でもね、グレンは傭兵になるんだ」
「傭兵……?」
お金で雇いあげられる非正規の兵隊のことだ。通常のアマルガムパイロットは、ASUSに雇いあげられ、その後各コロニーに分配される。しかしごく一部――本当にごく一部のパイロットが傭兵として、各コロニーや企業、あるいは個人に雇いあげられるケースがある。
「わかるかい? あんたがここであいつと無理に張り合わなくても、あいつとは違う戦場にいくんだ。自分の価値がそのままお金に代わる。扱いづらさも実力も、それも含めた自分の価値が雇い主の意向に左右される戦場に。言ってしまえば、グレンとはここを卒業するまでの付き合いなんだよ」
「………そういうことは口に出して言うもんじゃないよ」
シュウは腹立たしげに漏らした。
「お節介だってのはわかっている。でもそういうので割り切れる問題じゃないだろ」
「………あんたはさ、どこまでも優しいんだね……」
観念したように漏らしたカリンは、毅然とした目つきでこちらを見返してきた。
「それじゃあ、私が『おまじない』をかけてやるよ」
「……『おまじない』?」
「あんたが本気を出せるおまじない。そのまじないは、あんたというパイロットを殺すかもしれない」
「……何を言っているんだ?」
「……正直ね。前から思っていたんだ。あんたにはアマルガムに乗る才能がない。いや違う、あんたにはEOMを倒す才能がない。たぶんどこかでヘマをして殺されるのがオチだ」
「……お前は俺を怒らせたいのか?」
「思い出してみなよ。あの光景を」
カリンは不吉な口調で告げた。
「崩れさった瓦礫の町並みの、いたるところに火の手が上がっている。警報を伝えるサイレンが、がんがんと鳴り響いているんだ。そんなの必要ないのにな。肉眼でも見えるすぐそこに、EOMが迫っているのにな」
……? その光景、どこかで――
「半ばから折れたビルの隙間から、光に包まれた奴らの姿が見えるんだ。それを見てあんたは震えている。いや、あんたらか? ……どっちでもいい。あんたは無様に震えてて、自分が何かを守るために存在しているなんて忘れていて、ただ、震えていたんだ」
「……ちょっと待て。お前、それは――」
「どうせ、あんたの死ぬ瞬間なんてこんなものさ。EOMの腕ががらりと瓦礫を引き裂いてあらわれて、潜んだあんたを引きずり出していく。その口先が、瓦礫の隙間からあんたの下半身へとがぶりつき、咀嚼するんだ。――あれ? 違うな。食べられたのはあんたじゃない。あんたの大切な――」
そこまで言い終えて、カリンはやめた。彼女からは見上げるように背の高いはずのシュウが、見下ろせるぐらいに地面にかがみ込んでいる。彼の背中からは湯気が立ち上り、地面にぽたりぽたりと滴を垂らしていた。
シュウは、身がたぎるような震えを響かせながら、絞り出すような声で叫んだ。
「……それ以上言うな……! 言ったら、俺は――」
「……わかったよ。やめとく」
「……お前は、どこで、それを……」
――動悸をおさまらせたシュウが、わずかな声を絞り出す。だが、カリンは肩をすくめるだけで、その問いには答えなかった。代わりにこう、答えた。
「私はさ。スラムの出なんだ。生きることに精一杯だった時期もあって、盗みとかもよくやってた。本当はリサみたいなお嬢様やテオみたいにフランクな生き方をしてる奴をうらやましく感じた時もあった。でもだめだ。あんただけは認められない」
「………」
「嫌なことを思い出させて悪かった。でも、さ。……あんたは思い出せよ。自分の無力さを。この世には全てを助けられる天才なんていないんだ。あんたも私もグレンも、エンドリックのおっちゃんでも。その無力さを、認めてしまえばいいじゃないか」
カリンはそう言って、廊下の奥へと消えていった。
残されたシュウには、彼女が何を伝えたかったなど、何一つわからないまま。
残されたのは、ぎりぎりと締めあがる胸の痛みと鼓動、乾いた汗が伝える冷たい悪寒。
――それとうずき続ける、嫌な記憶だった。
※※※
一足先に仮想訓練室にたどり着き、グレンが更衣室にむかったのを見届けた後。
他のクラスメイトとともにロビーで待機している秋男は、ぽつりと呟いた。
「シュウがキレるの、珍しいな」
「そうだね」
かたわらのコジロウが相槌を打つ。
たかが外れたグレンと衝突するのは、沸点が低いコジロウであることが多かった。
「やっぱり、病院だったからかな」
「うん?」
「グレンがさっきの訓練で撃ち抜いたの、病院だったじゃないか」
「ああ……」
「ほら、前言っただろ。シュウには妹さんがいるって」
「ああ。カイリちゃんだよね。お母さん似だっていって、可愛い子だった」
「でも会ったことないだろ。話したがらないけど、たぶん病院にいるんだよ」
「なるほどね……」
※※※
「あの野郎……遅いな?」
すでに更衣室でパイロットスーツに着替え終えたグレンは、軽く首を傾げる。シュウが逃げたとは夢にも思っていない。やはり彼は彼なりに、シュウという人物を買っていた。
実際、今いるクラスで一人、パートナーを選ぶとしたら、彼はシュウを選ぶだろう。単体としての実力が優れている人物なら、シュウ以外にもいる。だがグレンが「ここにいてほしい」というところに必ずいてくれるのは、シュウぐらいのものだった。
「それでも俺が負けるなんてことは、100%ないが」
グレンが拳を握りしめたところだった。彼の携帯端末が鳴り響いた。はて、誰だろうと首をふる。ディスプレイには相手の端末IDしか表示されていなかった。
「間違い電話だったら承知しねぇぞ。……もしもし、誰だ?」
『グレンか? あたしだ。カリンだ』
「……カリン? おい、どこにいやがる。シュウはまだこっちに着てねぇぞ」
『たぶんそろそろそっちにつくころさ。少々いじめすぎたかもね』
「……あん?」
『こっちの話さ。……ところであんた。シュウの本気を、見てみたいと思わないかい?』
「……シュウの本気?」
『そうさ。まさかあんた、普段のあいつが全力を出していると思っていたのかい? ハ、ならお笑い種だね。お山の大将にはぴったりだ』
「何わけのわかんないことを……あいつが手加減してたってのか?」
『手加減してやってたのさ』
カリンの挑発するように物言いに、グレンは笑みをやめなかった。むしろ、その顔色はちょうどいい獲物を見つけたとばかりに犬歯をむき出しにしていた。
「面白いじゃねぇか。それじゃこれから、あいつの本気にあえるってのか?」
『……それは無理だね』
「あん? ……てめぇ、ハッタリかよ。つまんねぇことしてんじゃねぇぞ!」
『うるさいね。ハッタリじゃないよ。でも、あいつは優しいから、そんなこと練習だってしないのさ。……でもあんたのことだ。本気のあいつを、味見したいと思っているんだろ?』
「……ああ。本当にそんなのがあるんならな」
『じゃあ、あんたに『おまじない』を授けてやるよ。そうすればあいつの本気に近いものは、見えるだろうさ』
「おまじない?」
『なに、試しにやってみな。……言っておくけど、呪いみたいに強力な奴だから、どうなっても知らないよ?』
※※※
それが少し前にグレンとカリンの間に交わされたやりとりだ。
あの後、カリンの言葉の通りに、シュウはすぐに姿を現した。全身から汗を絞り出したような姿にグレンは呆気にとられたが、心配してやる謂れは無い。本人も戦う意思を見せたので、お互いに訓練用の筐体へと体を滑らせた。
「……あいつの出していない本気だって? ……まさかな……」
徐々に鳴動を強めていく筺体の中で、グレンは一人ごちた。
彼の頭の中では、カリンの言葉を否定している。そんなことあるはずがない。
だが、カリンのあの自信を無視できるかと言ったらNOだ。
「おまじないね……本当にこんなのが効くのか?」
色々と教わったものの、その一つ一つの意味はわからない。
「ふん……ハッタリだったら承知しねぇぞ」
――システムの読み込みが終了する。コクピット内全体が鳴動し、いくつものランプが点灯する。全身を揺さぶる衝動に、彼の頬に自然と笑みが刻まれた。
――ここは彼の巣だ。今ではそう思う。この全身を揺さぶる衝動と一体感が、この学校に来るまで彼が渇望したものだった。
「シュウ……てめぇに隠された力みたいなものがあるっていうのなら。――まるごと喰らってやる!」




