Effect11 医療点検 -medical check-
例の一件以来、シュウは定期的に東墺基地を訪れていた。
《フラクタル・イド》の検査のためには高価な機材の使用が必要で、もちろん持ち出しできるようなものでもない。検査のためには直接基地に出向く必要があった。
(しかしよく許可がおりたなぁ……)
以前、似たようなことがあってシズクに検査を頼んだ時は、シズクの旧知の医者をたより、本来は脳外科などの別の目的に使うための機材を駆使して、多角的な検査をした。
人目を忍ぶためにそういう手段をとらざるを得なかったそうだが、今回リサらに頼むとあっさり基地の検査機材の使用許可が下りたらしい。もちろん、シュウが違反行為をしたことは隠した上で。
(まぁ。この人は何か知っているっぽいけど……)
シュウの視線の先には、ビール樽のような体型を白衣で包んだ男性がいる。
アーノルド・クラフツマン。
初期のアマルガム開発にたずさわった研究者の一人だ。業界では名高い人物で、シュウも顔ぐらいは知っている。
「お邪魔します。クラフツマンさん」
「やあシュウくん。手続きで手間取らせてすまないね。何分規則でね」
ここまで受けた身体検査などを含めたセキュリティのことを言っているのだろう。
でっぷりと太った体型に、よれよれの白衣を着流しながらクラフツマンが告げた。
「カリンたちは? もう実験機の方ですか?」
「ああ、3人ともそっちにむかっている。僕もそろそろ顔を出すところだよ」
クラフツマンが呟いたところで、奥からシズクが顔を出した。
「シュウ。検査の準備はできているから早く来なさい」
「あ、はい」
いつも家にいる時とは異なるシズクの厳しい声に、シュウは首をすくめた。
「迷惑かけます。叔母さん」
「いいのよ。それより……クラフツマンさんに変なこと頼まれなかった?」
「変なことって?」
身に覚えがないシュウは、不思議そうに聞き返す。
シズクは、途端にお茶を濁した。
「心当たりがないならいいのよ」
シュウは不吉な予感を覚えながらも、シズクの後に続いた。
エンドリックが久しぶりに『シューティング・スター』3人娘の元を訪れると、残念ながら3人とも不在だった。
(ならば引き返すか)
そう思ったが、間が悪いことに通りがかったクラフツマンにつかまってしまった。
「やぁ、エンドリック大佐」
「クラフツマンさん」
エンドリックの声色には、一抹のうんざりとした色が隠せていなかった。ここ数日のやりとりで、エンドリックはすこぶるこの男が苦手になってしまった。
そんなエンドリックの心中がわからないでもなかろうに、クラフツマンはにこやかな態度を崩さず言った。
「どうですか。テストパイロットの方は見つかりそうですか」
「いえ……申し訳ないですが。まだ」
実のところ、情報局に通達して調べさせた結果は出ている。
残念ながら、カリンを超える《フラクタル・イド》の耐性者は『シューティング・スター』にはいなかった。
ただし、この件に関して話を引き延ばしにしたい事情がエンドリックにはあった。
エンドリックの言葉に、クラフツマンはそうですか、と残念そうににじませた。
「そういえば話が変わりますが、カリン君のことですが」
「カリン君がどうかされました?」
「ここ数日、元気がないのです。《フラクタル・ドライブ》の適合値も下降気味で……」
「ほう……それは心配ですな。原因は?」
「わかりません。思春期といえばそうなのかもしれませんが」
フラクタル・ドライブの適合値は些細なことで上下する。
特にカリンたちの年代であれば致し方ない部分もある。
「カウンセラーの……シズク君の見立てでは?」
「何か隠していることがあるらしく。要領がつかめんのです」
「ふむ」
あの元気娘にしては珍しい。これがまだ恋煩いなら喜ばしいことなのだが、と老婆心めいたことを胸中に浮かべながら、エンドリックはうなずいて見せた。
「わかりました。私もそれとなく様子を見に行きましょう」
「助かります。彼女もエンドリック大佐なら心を開いてくれるかもしれません。おや」
クラフツマンが視線を動かす。
それにつられて視線を動かしたエンドリックは、そこに立つ銀髪の少年を見て、驚きに声をあげた。
「なぜ、君が――」
シュウは、1人先にテスト項目を消化したリサと合流した。
「疲れたわ………、クラフツマンさん、すでに終わった試験項目まで繰り返しさせるんだもの」
愚痴るリサに相槌を打ちながら進んでいると、2人の人物が見えた。
一人は今しがた話題にも上がったクラフツマン。もう1人は印象深い軍服姿の男性。
皺の寄った赤銅色の肌。そこだけは生気の灯った鷲のような相貌。シュウも直接会ったことはないが、当然と言っていいほど知っている有名人だ。
(――エンドリック・ニッケ。『シューティング・スター』が誇る魔王――)
エンドリックは、榎原の学生服に身を包んだシュウに挑むような相貌をむけて、誰何の声を上げた。
「なぜ、君が――」
シュウはエンドリックの言葉の意味を、学生服に身を包んだ自分がなんでこんな軍事施設の地下研究所にいるのか聞かれたのだと思った。
クラフツマンが何事か耳打ちすると、彼も納得したように鋭さを潜めさせた。
「そうか。クラフツマン氏の研究をサポートしているのか」
「お会いできて光栄です。ご高名はかねがね伺っています」
シュウが控えめに言葉を選んだ。
もし理由をでっち上げて基地に乗り込んでいる身でなければ、自分はもっと顔を輝かせてこの人物と接しただろう。だが下手に話してボロが出てしまうことを考えると、それは避けたいことだった。万一バレてしまった場合、クラフツマンや叔母のシズクなど、たくさんの人に迷惑をかけてしまうからだ。
気配を察したリサが、気を利かせてうながしてくる。
「シュウ行きましょう」
一礼をして、シュウはエールケニッヒに背をむけた。
遠ざかる銀髪の少年の背中を見送って、エンドリックはつぶやいた。
「成長したものだな……あの少年が」
「は?………はぁ」
「君の当ても外れたな」
「なんのことですかな」
とぼけた声を上げるクラフツマンに、エンドリックは鼻で笑った。
「彼に実験機のテストパイロットをさせるつもりで、この基地に招いたのだろう」
クラフツマンはうなずきこそしなかったが、肩をすくめて肯定を示した。
「そのつもりでしたが………。彼を検査してみてわかりました。あの実験機の使用は彼には無理です」
「そうだろう。彼は本来、普通のアマルガムに乗ることすら叶わん身なのだ……」
クラフツマンと別れたエンドリックは、その後、基地の別の区画に足を踏み入れた。
(実験機の、テストパイロット)
その言葉でふと、もう一人の少年の顔が浮かんだのだ。
ここはクラフツマンが管轄するのとは別の研究チームが管理するセクションだ。このセクションの研究にはエンドリックは絡んでいないので、本来足を踏み入れていい場所ではないのだが――そこはそれ。英雄としての特権か、セキュリティが甘い区画なら大目に見てもらえる。
そして格納庫の片隅で、不機嫌そうな顔で座り込んでいる黒ずくめの少年を見つけて近寄った。
「グレン・コウラギ君」
「わざわざフルネームで呼ぶな」
黒髪を逆立てた少年が、剣呑な表情を隠そうともせずに言った。
「嫌いかね。その名前は」
「俺の見てくれと名前からして、わざと一文字間違えて呼ぶ奴が多すぎる。そういう奴は上官だろうと殴ると決めているんだ」
そういうが、彼自身、好んで黒い服を着込んでいる節がある。これまでエンドリックはこの少年と3度顔を合わせたが、いずれの時も黒を基本とした服だった。
――そして彼の背後に鎮座した試作実験機もまた、ほぼ黒一色に統一されていた。
『プロヴィデントPrt2』。
衛星間企業として1位2位を争う巨大企業、プロヴィデント社の兵器開発部門が開発している機体だ。
すでに調整は最終段階まで終え、前線のパイロット達に数機がロールアウトされることが決まっているらしい。
部外者であるエンドリックがこの区画に足を踏み入れても気にされないのは、開発のための『秘密』の段階から、販売のための『お披露目』の段階に入ったのも理由の一つだろう。むしろ『シューティング・スター』内外で発言力の高いエンドリックは、お得意様とみられている節がある。
エンドリックは漆黒の機体の持つシルエットを見上げて、かねてから抱いていた感想をつぶやいた。
「面白い機体ではあると思うが」
その言葉を受けて、グレンは鼻を鳴らした。
「クセの強すぎる機体だ。欲しがる奴は少ないだろうよ」
この新型機――『プロヴィデントPrt2』と呼ばれている試作実験機のコンセプトは、実体のある忍者なのだという。
言われてみれば、流線型の装甲板で組み上げられた機体は、フィクションに登場する漆黒のスキンスーツに身を包んだ近代ニンジャに見えなくもない。
アマルガムが開発される前の兵器事情は、汎用性よりも特化性を求められる時代だった。制空権を得るために空戦を重視した音速機、分厚い装甲で銃弾をはじく装甲車、果てはその戦車に対抗できるよう、歩兵でも持ち運べる携行性と火力を備えた安価な対戦車無反動砲。
すべからくコンセプトが提示され、だからこそ開発のための多額の予算が組まれた。いや、その流れもアマルガムに関しては変わっていない。対EOMという目的のために、アマルガムは重点的に強化されている。言ってしまえば、電子防御など既存兵器への対策が無防備な点が、アマルガムには散見される。
ただことアマルガムという兵器の枠組み内において考えると、現在のところ汎用性が重視されている。
何しろ開発されてまだ8年しか経っておらず、目前に迫るEOMの脅威に対して数を揃えることが重視された。宇宙空間用、大気圏内用、コロニー内などの市街地専用――そういった専門的な分化はなされていると言い難い。兵装によって運用は大きく変わるし機体も数種類のバリエーションは用意されるものの、それは主に機動性を重視するか装甲を重視するかといったパイロットの好みの違いだ。
その中でのこの『プロヴィデントPrt2』は、白兵戦を重視した機体だ。関節部分の可動域が広く、通常のアマルガムに比べてより柔軟に白兵武器を振るうことができる。
ただし、多くのアマルガムパイロットは白兵戦を好まない。
《フラクタル・ドライブ》の加速世界にも限度がある。何より機体が光速で動けるわけでもない。下手な近距離戦を挑むと、不意にゼロ距離から見えても避けられない砲撃を打ち込まれるといった『事故』がまま発生する。
わざわざ好き好んで近接戦闘を挑む必要は無く、可能な限り遠距離から仕留めた方がいい。それが定石だった。
――カリンのように積極的に至近戦を挑む人間もいるが、その割合はパイロットの中でも少数だ。
広大な宇宙空間で戦闘することも多いアマルガムは、銃撃の方が融通が利く場合が多い。
全くいないとは言わないが、進んでこの機体を選ぶ人間は少ないだろう。
そのことを当のテストパイロットが言うのは色々問題なのだが――そういったTPOをこの少年に求めるのなら、人選からして間違っている。
そもそも、エンドリックがここにやってきたのは別にこの試作実験機目当てではない。このグレンという少年に会うためだ。
クラフツマンの要請に応じ、それにこたえられるパイロットがいないか探させた結果、浮上したのが候補生に過ぎないこのグレンだった。
カリンは『シューティング・スター』が誇るエースパイロットの一人だ。《フラクタル・ドライブ》との適合値は全コロニー広しと言えど並ぶ物がいるかどうか。しかし、致命的な弱点がある。銃の扱いが下手であり、また戦術的な高度な駆け引きに関しては若干苦手な部分がある。
だがこの少年は違う。銃の扱いは上手いし、戦術的な駆け引きはエンドリックをして舌を巻く。
驚くことに、グレンの場合は経験値が違う。もちろん彼は候補生だ。単純にアマルガムへの搭乗時間はデパーチ・チルドレンであるカリンの方が圧倒的に多いだろう。だが彼は仮想訓練において、本来4人1班で当たるような任務を独断専行し、自ら死地に飛び込むかのような立ち居振る舞いを見せる。
それはそれで至極問題なのだが――その分、1対多という状況や予想外の奇襲といったイリーガルな状況への経験値はズバ抜けていた。周囲の地形を利用し、敵や仲間といったあらゆる環境を利用し出し抜く術を、彼は心得ていた。
エンドリックはそんな彼の独自性に惚れ込んだ。
かくいうエンドリックもまた、盛んに独断専行と命令無視を繰り返した人間だ。アフリカ大陸を北から南へ横断する無謀とも言える戦果は、同時にそれを諌めようとする声すらふりきって成し得た――そう。この男もまた非常に周囲の人間の頭を悩ませた問題人物なのだ。
――ほうっておけば、この少年は人類にとって毒にも薬にもなりえる。
ならば、唾をつけておくのも悪くは無い。そう思っていたのだが――あいにくだが、エンドリックが彼に声をかけた時、すでにプロヴィデント社に雇われていた。
エンドリックが初めてその調査結果を部下から聞いた時、彼は思わず声を立てて笑った。
まさか自分が書類仕事をしている建物の真下で、やらせようとしていたことをアルバイトでしていたとは思わなかった。
そういう事情もあって、エンドリックはもうグレンをテストパイロットにするつもりはない。それに彼でもクラフツマンの試作実験機の起動は無理だ。一応データをクラフツマンに見せたが、首を横にふられてしまった。
今回グレンに会いに来たのは、世間話だ。
「君はシュウ・カザハラという少年を知っているかね」
「シュウ………? なんでここであいつの名前が出てくるんだ」
「君と同じ班だと聞いているが」
「ああ。俺の班の班長だよ」
「どういう人物かね。よければ話を聞かせてほしいのだが」
グレンは胡乱気な視線をエンドリックにむけた。それからぽつりぽつりと話し始める。
「変な野郎だよ。《フラクタル・ドライブ》との適合値は並以下。それなのにサブパッケージを仮想訓練装置のリミッターの作動無しに発動して見せる。だがそれ以上に、何より読みが鋭い」
「読み?」
「むかつく話だ。俺はあえて一人で戦いたくて振り切って飛び込んでいるのに。気が付いたら、あいつは俺を援護する絶好の位置で、援護をしてやがる」
先ほども言ったが、グレンは味方を出し抜くことに関しても抜群だ。邪魔な味方にはわざと撃ち漏らしをしたEOMを押し付けることすらして、自ら最前線へと飛び込んでいく。
それなのに気が付いたらいるのだ。自分の背後から迫ってきたEOMを横から打ち抜き、剣を振りかぶったところで横から獲物をかっさらっていく灰色の機体が。
シュウのことを憎たらしく言いながら、グレンの脳裏をふと新しい考えがよぎった。
4年経った今でも、独断専行をやめない自分の動き。それはことごとく自分の動きを読むシュウの裏をかいてやりたいという子供心と、
……自分の期待を超えてサポートしてくれる。そんなシュウヘの信頼があるのかもしれないと。
……いや、そんな馬鹿な。自分の考えを脳裏で打ち消して、グレンは首をふった。
「一応言っておくが、奴の総合的な実力は中の下だぞ。肝心の《フラクタル・ドライブ》との適合値が低いから反応速度に欠ける。《フラクタル・イド》を気にせず自爆特攻しろと命じればまだ役に立つかもしれないが………正直、あいつはアマルガムの開発者とかやらせた方が役に立つんじゃないか」
散々な物言いだが、これは間違ってもいない。秋雄の設定値のミスにも気づいたとおり、シュウはパイロットとしては少し異常な知識を溜めこんでいる。グレンは最近、開発者やら技術者と密接に接したことも手伝って、シュウはそういった仕事の方がむいているんじゃないかと本気で思えてきた。
その話を聞いて、エンドリックは眉間に皺を寄せながら言った。
「その道を選べれば、彼もまた幸せだったかもな……」
「うん?」
「いやなに。………しかし君たちの年代は面白いな」
「なんだ、突然」
「シュウ・カザハラに君と言う少年……種類の違う天才が、同時に存在するのだから」
「……俺の話を聞いていなかったか?」
「ああ……たしかに。今は、な。私がしているのはそう……可能性の話だ」
エンドリックは、遠くを見るまなざしで告げた。




