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Effect10 危険な追跡者 -dangerous tracer-

 仮想訓練装置にはリプレイ機能がある。

 過去に行った訓練内容を映像で振り返ることによって、自分の動きを見直すことができる。これはパイロットにとって必須とも言える反省作業だ。

 このリプレイ自体はただの映像なので、ロビーにあるモニターで確認することができる。

 別に今シュウがしているように、わざわざ訓練筐体に乗り込んで《フラクタル・ドライブ》につなぐ必要はない。

 が、秋雄の映像の見直しなんて今まで何回もしてきた。秋雄の行動を解析するためには、映像だけでは測れない何かが必要だ。

 ただでさえ《フラクタル・ドライブ》での加速世界は、パイロットによってまちまちだ。現実には1秒の時間しか流れていなくても、パイロットによってはその1秒が2倍に感じられる人間もいれば、3倍に感じられる人間もいる。

 より、秋雄の動きを正確に解析するためには、彼と同じものを見るだけではなく、彼と同じスピードで物事を見なければならない。彼がどのような物を見て、どのように感じて、銃口を動かし引き金を絞ったのか。その状況を。


 もちろん、それは生易しいものではない。


 いや、はっきりと言おう。――これは違法であり、紛れもない危険行為だ。特にシュウにとっては。

 秋雄は実技の成績はクラスでも最底クラスだが、その理由が狙撃の下手さにあるのは散々話した通り。《フラクタル・ドライブ》との適合率はクラスでも平均的な値と言っていい。

 一方、その秋雄の動きをトレースしようとするシュウの適合値は、クラスでも最底辺だ。

 シュウがしようとしたことは、足の遅い自分が、足の速い秋雄に追い付こうとする無謀なのだ。

 その無茶は、目に見えない毒素として、シュウの脳裏を侵食する。

 ――《フラクタル・イド》と呼ばれる名前の毒として。



 そう。

 シュウはリサを怒らせてまで、教官権限が無ければいじれない設定をする必要があった。

 彼がいじった設定値は一つだけ。

 《フラクタル・イド》検知時の強制終了機能のオフ。

 それはシュウの体がどれほどの毒素に汚染されても、彼を除いた誰以外にも止められないことを意味していた。





(か、ぎ、あ、ぐ――!)


 歯を食いしばって、自らの物ではない加速世界の苦痛に耐えながら、シュウは目を凝らす。

 秋雄だけが持つ世界で、秋雄だけが見た視点で、秋雄だけが見つけられたものを。

 秋雄が言葉にすることができなかった、秋雄だけが見ることができたその情景を。

 ――そして、彼はすぐにつかんだ。秋雄が持っていた、唯一にして最大の欠点。


(――そういう、ことか)


 それは、予想外に単純なことだった。今まで散々頭を悩ませたことを考えれば、ひどく馬鹿らしい初歩的なミスだ。

 シュウの脳裏をかけめぐったのは、虚脱感よりもなによりも、秋雄への溢れんばかりの怒り。


(あの馬鹿――明日出会ったらぶっ殺す――)


 純度の高い殺意を抱きながら、シュウは《フラクタル・ドライブ》を強制終了しようとした。

 ―――ところで。


(あ、れ――?)


 シュウの意識が、どす黒い闇に落ちた。

 ――《フラクタル・イド》。

 それは時として、本人に自覚症状を与えないまま、意識を冒す。





「―――はっ!?」


 シュウが気づくと、仮想訓練室のロビーに横たわっていた。

 自分は確か、秋雄の加速世界をトレースするため、筐体の中に入って《フラクタル・ドライブ》と接続していたはずだ。

 そして原因をつかみトレースを終了しようとしたところで、《フラクタル・イド》に飲まれ、意識を失ったはず――だ。

 思い返すだけで血の気の引くような思いだ。だけどそれならなぜ助かったのか――と見渡すと、眉間に皺を寄せたたリサの顔があった。


「この、馬鹿っ!」


 リサが、唇を震わせながら叫んだ。


「《フラクタル・ドライブ》のリミッターを外してドライブするなんて何を考えているの!? 違反行為ってだけじゃないわ! 下手をすれば命を落としかねない行為なのよ!?」

「俺はなんで……戻って……?」

「カリンがドライブして、引き戻してくれたのよ」


 リサが指示した方をを見ると、カリンの姿があった。シュウ同様、地べたに座り込んで、荒い息を吐いていた。


(そうか、カリンが――。でもそれは簡単なことじゃない。並々ならぬ適性を持つカリンだからこそ、できたことだ。下手をすれば、カリンも一緒にひきずりこまれた)


 これが例えば秋雄やリサなら、引き戻すことすらできなかっただろう。


「カリン、すまない……」


 シュウが、詫びるように言う。その声にびくり、と振り返ったカリンは、呆けた顔でシュウを見返してきた。


「カリン……?」


 焦点のさだまらない彼女の表情に、押しつぶされる様な不安を覚えて、シュウは手を伸ばした。

 カリンの両目から、突然涙が溢れだした。


「え――?」


 その涙の理由がわからず、シュウは狼狽する。

 と、カリン自身その涙の理由がわからないのか、狼狽えた顔で涙を拭った。


「ごめん――待った。ごめん。なんでかわからないけど涙が止まらない――」





 カリンの涙がとまるまで、しばらくの時間が必要だった。シュウは自分のせいで無理をさせすぎたかと、本気になって彼女の身を案じた。

 いつのまにか、校舎の外はすでに『夜』になっていた。一応、コロニー内では照明を使い、昼夜の区別がつけられている。

 2人は、シュウが行ったことを黙っていてくれるそうだ。

 シュウが行ったのは重大な違法行為。下手をしたら退学処分にすらなってしまいかねない。特にカリンの態度がおかしかったこともあり、シュウはそれも致し方ないとシュウは覚悟していた。

 ところがリサはともかく、カリンが味方をしてくれたのだ。


「このことを言っちゃだめだ! シュウが退学なんてことになったら、死んじまう!」


 退学になっただけで死ぬとか、どれだけだよ……と思いながらも、礼はしておく。ついでに迷惑をかけた謝罪も。


「すまん。カリン」

「………いいけどさ………。こんなことは二度としちゃだめだ。自分以外の誰かのためでも」

「そうよ。シュウ。それから、《フラクタル・ドライブ》の使用はしばらく禁止よ。学校も休んで。タクマ教官らには、適当に風邪とかいって誤魔化しておくから」

「ああ、すまない」

「それから、シズクさんに事情を話して検診を受けること。それが約束できるなら黙っててあげるわ」


 シュウの叔母であるシズクは単なる寮母ではなく、シュウが榎原に入学する前まではアマルガムパイロットを専門としたカウンセラーだった。今も時々、東墺基地の方にいって診察をしている。《フラクタル・イド》については専門分野といっていい。

 シュウがここまで無茶をしたのも、シズクという秘密を守ってくれる心強い味方がいたことが大きい。

 ――ちなみに、幸いにも後日のシズクの見立てでは、シュウの《フラクタル・イド》の汚染は深刻なものではなかった。カリンにもこっそり検診を受けてもらったが、彼女の方の影響は皆無だったそうだ。





 翌朝、学校を休むよう言いつけられたシュウの代わりに、リサが秋雄の欠点を本人に告げる役割を担った。

 カリンはシュウとともに、シズクに連れられて東墺基地まで言っている。基地の機材を使って、しっかりと異常がないか調べてもらうためだ。

 なお、テオには昨日シュウがしでかした無茶を話してある。

 一緒に暮らしている以上、シュウの謹慎の理由を誤魔化せなかったからだ。


「で、秋雄の問題点ってなんだったんだ? 結局昨日の説明じゃよくわからなかったんだけど」


 テオが話を振る。リサは考え込んだ顔をして、小さな声で言った。


「仮想訓練室に移動しましょ。実際に試した方が早いわ」


 始業前の空き時間に、3人は仮想訓練室に移動した。

 秋雄に《フラクタル・ドライブ》を起動し仮想訓練世界に入ってもらってから、リサは説明する。


「結局、初歩的な設定値のミスだったのよ。秋雄の失敗は、強すぎる照準の自動補正が原因だった」


 銃を使う以上、敵を狙って打つ必要がある。

 といっても、銃はまっすぐ相手にむかって狙えば敵に当たるというものではない。

 相手も回避行動をとるだろうし、重力や空中に漂う微粒子の影響を受け、銃弾が曲がる場合もある。

 アマルガムの場合は、コンピュータがこの調整をある程度自動で行ってくれる。ただしこれでも100%当たるというものでもない。アマルガムがエリュダイト粒子の銃弾を生成して打ち出す光線(エリュダイトウェーブ)は、音速の数倍程度のスピードしか出ない。アマルガムがEOMと戦う平均戦闘距離は数キロもの距離がある。となると、着弾は数秒後。

 照準をまっすぐ合わせて撃っても、着弾するまでの時間にEOMが移動していることの方が多い。

 そのため、一流と呼ばれる狙撃手は、全てをコンピュータ任せにせず、コンピュータの情報を参考に、自分の手で補正を加える。

 必要と思えばコンピュータが導き出した照準の位置を動かし。

 必要と思えばコンピュータが指示をした発射のタイミングをずらす。

 癖は人それぞれだが、狙撃手たちは第六勘とも言うべき内からの声によって、時にコンピュータに逆らって照準をつける。

 秋雄もそういうタイプの狙撃手だった。理屈よりも本能で当てるタイプだった。

 ただ――


「追尾性という設定値があるの。説明を見ると、より強力に敵を追尾する数値とあるけど、この説明書きは正しく意味を伝えているとは言えない。秋雄、あなたはこの追尾性の設定をマックスに設定していたけど、これは何で?」

「え? だって機械が自動的に追尾してくれるんだろ? 高い方がいいんじゃないか?」

「いいえ。これは正しく言えば自動的に照準を補正してくれるようなものじゃないの。パイロットの操作にどれだけ逆らって自動補正を優先するかの値なのよ」


 例えばであるが、追尾性が50に設定され、火器管制が自動的に照準を右に動かしていたとする。

 ここでパイロットが100の力を加えて左に動かそうとしたとする。

 すると、100の力で動かしたにもかかわらず、照準は左に50しか動かない、ということが起こる。

 もちろん実際にはもっとマイルドな照準補正を行うが、こと銃の場合はたった1度のズレでも致命的だ。

 シュウが秋雄の動きをトレースした時、照準が不自然に『暴れる』感触があったという。最初は、秋雄の照準が単にむちゃくちゃなだけかと思った。ただよくよく観察してみると、秋雄の勘としか思えない補正を、機械が強引に制限をかけたために起こったものだったのだ。

 シュウの言葉をそのまま伝えると、


「秋雄は元々、コンピュータの自動補正に頼らず、わりと本能で照準を合わせる傾向があった。それなのに設定値で、コンピュータの補正を強力に受けるように設定していた。最大の持ち味を殺す設定をしてしまったわけだ」


 ということだった。

 そんな説明をリサがしても、肝心の秋雄はまだわかっていないようだ。リサは奮起した。


「とにかくやってみなさい!」


 リサに言われるまま、秋雄は設定値を変更し、仮想訓練で試射する。


「あれっ! すげぇ! なんか照準が面白いぐらいに動くぞ!」


 本人は嬉々としてはしゃいでいるが、それを見ていたリサとテオは頭を抱えた。

 宇宙空間を360度高速で動くEOMを、動きを先読みするとばかりに次々と撃ち落としていくからだ。

 それは何というか、神がかっているというか、もうEOMの気持ちがわかるといわんばかりの異様な光景だった。


「こいつの頭の中、訳わかんない(ねぇ)……」


 2人は同時に疲れた声を出した。





 なお、フォローしておくと、この追尾性という設定値は実のところすごい曲者だった。

 秋雄が元々乗っていたAMという兵器は、日本の自衛隊が開発した兵器で、2本の足と5本指の腕を持つ、人間に近い外観をしていた。そのため、アマルガムを開発する際に土台になった兵器で、AMに使われていたプログラムは一部アマルガムに流用されている。

 この時どういうことが起きたかというと、元々AMからあった設定画面に加えて、新しくアマルガム用の新しい設定画面がつくられることになった。ただ元々AM時代からあった設定画面はそのまま残されており、メニューの奥底の目立たないところでひっそり息をひそめていた。

 普通のパイロットは、マニュアルにも載っている新しい方の設定画面を利用する。そのため古い方の設定画面は知られず、教官であるタクマですら存在を知らなかったという。

 ただ、元々AMに造詣があった秋雄は、古い方の設定画面を見つけたのだろう。

 追尾性という設定値は、この古い方の設定画面からしか操作できない値で、彼はよく理解しないまま設定値を操作し――自分ですっかりそのことを忘却した。

 かくして今回のようなことが起きた。

 シュウがこの古い設定画面について知っていたのも、依然別のことを調べている拍子にたまたま知ったにすぎない。むしろ今の今まで忘れていて、『秋雄はAMの搭乗経験がある』という話をタクマから聞かされなければ、ついぞ思い当たることはなかったかもしれない。

 ちなみに後日念のため、アマルガム科の全学年の生徒を集めて、この古い方の設定画面をいじっていないかチェックがなされた。

 当然、そんなたわけたことをしたのは秋雄以外いなかった。

 後に榎原の生徒たちに語り継がれることとなる秋雄の狙撃王伝説は、ここからはじまった。


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