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Effect1 出会い -first emotion-

本作の会話は特筆していなければ全て英語で話されています。

国連決議で、英語が世界共通言語として採択されたからです。

(そこに至るまで様々なしがらみがありましたが、そこは割合)

 シュウ・カザハラは、スペースハビダット『流雅サスガ』で暮らす少年である。

 彼はEOMに対する唯一の対抗兵器であるアマルガムのパイロットを目指し、その第一期生として榎原士官学校に通う士官候補生だった。

 顔立ちは日本人のそれだが、銀色の髪と猫のような蒼い瞳はハーフの証だ。母方が白人系の血を引いているのだ。

 重たそうなダンボールを抱えたシュウの傍らには、こちらも白人系の血を引いているとおぼしき少女がいた。


「お前の仲間、というのはまだこないのか?」

「ううん……もうそろそろついているはずなんだけど……」


 きれいな横顔に焦燥をにじませながら、少女は語尾を弱めて言った。

 ――リサ・カークライトが彼女の名前だ。

 透き通るような白い肌をもつ、精緻せいちなロシア人形を思わせる少女だった。蒼い瞳も金色の髪も、どこか妖精を彷彿ほうふつとさせる。来ているのは、清楚な印象を受ける花柄のワンピース。


「ごめんなさいね。手間取らせて」

「いや、俺はかまわないよ。で、この荷物はどこに運べば?」

「あ、それは奥につんでおいて。中身は後で私が出すから」


 シュウはリサの言葉にうなずき、抱えていたダンボールを持ち上げる。周囲にはまだいくつかのダンボールが散乱している。このシュウが泊っている寮――星暦荘せいれきそうへの、新たな入居者たちのものだった。

 星暦荘は、寮と聞いてまず思い浮かべるような、大人数が住み込めるような大型の作りはしていない。外見も作りも一般的な一戸建て住宅といって差し支えない形だ。10人も住めば手狭に感じるだろう。

 今までそこに入居していたのはシュウと寮長をつとめる伯母のシズクの2人のみだった。

 そこにいきなり3人もの人間が来るのだという。

 リサの部屋には、いくつかのダンボールがすでに積み上げられている。そのほとんどは中味がまだ開けられていなかった。整理は後でやるのだろう。


「うーん、3人分となると数も中々だなぁ……」

「……そこに立たれると、奥に入れないんだけど」

「おっと、ごめん」


 シュウは背後からかけられた声に答えながら身をよけた。

 シュウなら片手でも持てそうな小さなダンボールを、大仰に両手で抱えたリサは、中に荷物を置くと入り口で待っていたシュウにふりむいた。


「今ので私の分は終わりだわ。残りは仲間の分」

「そっか。今のうち2人の部屋に運んでおくか?」

「そうね。それもいいけど。……でも、あなた疲れていない?」

「これぐらいで? 冗談だろ。これでも軍人を目指しているんだからな」


 冗談めかして言う。と、リサはくすりと笑った。


「それを言うなら私も軍人――それも貴方と違って、正規の軍人なんだけど。それは、先に音をあげた私へのあてつけかしら?」

「そういうつもりじゃないけど……でも本当にまだ何ともないんだよ」

「いいのよ。2人の分は2人にさせれば。2人が来てから手伝いましょう」


 リサはそう言うなり、自分の部屋へと引き返し、ティーポッドとティーバッグを持ってくる。そういえば時刻はちょうど3時。


「お茶にしましょう?」






「……食料庫漁ったけど、せんべいしかなかった」

「『センベイ』? 見た目クッキーみたいだけど、味が違うのかしら」


 どうやら、彼女達が来たコロニー『シューティング・スター』には、せんべいという文化はあまり普及していないらしい。初めてせんべいをかじったリサは、「しょっぱい」と短く感想をのべた。


「でもおいしい。マシュマロほどには紅茶と相性よくないけど」

「せんべいだったら緑茶が一番だな。知っているか? グリーン・ティー」

「仲間のカリンから聞いたわ。苦いんでしょう?」


 音を立てないように、端の方をポリポリとかじりながらリサが言う。西洋の文化人は食事中に音を立てないのがマナーと思っているのだろうか。こちらは日本の文化を誇示するためにも、バリッと音を立てて食べてみる。


「そのカリンっていうのは、日系の血を引いているのか?」

「中国系の血を引いているみたい。出身は『チューファー(ファイブ)』なんだってさ」


 宇宙にあるスペースコロニーの建造には、とてつもない出費がかかる。それこそ一流クラスの国家か、複数の国家が関わるのが必要なレベルだ。そのため、各コロニーには出資元にいずれかの国家がかかわっているのが普通だ。今シュウたちがいるこのコロニー『サスガ』は日本国であるし、リサ(と連れの仲間たち)が来た『シューティング・スター』はアメリカ。今しがた話題に出た『チューファー5』は中国だ。

 もちろん出資元とは関係ない血統の人間がいるのは変ではない。この『サスガ』も、今では半分以上が日本の血をまったく引いていない人間だ。とはいえ、それぞれのコロニーにはやはり、特色というものがでてくる。


「それにしても、なんで今の時期にパイロットが異動なんだ?」

「ん。ああ、私たちは異動したわけじゃないわ。まだ所属は『シューティング・スター』よ。ただ、編成のごたごたで、ちょっと所属が宙に浮いてしまったのよ。だから『サスガ』に出張してきたってわけ」

「なんだそりゃ」


 貴重なパイロットの編成を宙に浮かせるなんて、『シューティング・スター』はもったいないことをするなと思っての発言だった。


 Energy Organize Monster――直訳すると、エネルギーで組成された化け物。

 2200年、俗にいうEOMパンデミック時に忽然と現れた、未だ生物がどうかすら定かではない『化け物』は、AM特性と呼ばれるあらゆる物理攻撃を無効化することができる特性と、人類がいまだなしえていないワープ能力まで持っていた。

 忽然とフランスの凱旋門上空に現れたこの化け物たちは、誘致性という特性によって、ワープ能力を使って援軍を呼び込み、世界中を席捲せっけん――人類は地球上を追い出された。

 比喩ひゆでも何でもなく、人類はこの『サスガ』のように、わずか15機のスペースコロニーに、避難せざるをえなかった。

 だが6年ほど前に、アドルフ・ガレノスなる博士によって、アマルガムと呼ばれる兵器が開発された。この兵器が現状、EOMに対する唯一の対抗策である。

 その繰り手である、彼女ともう2人の仲間たちは貴重な存在のはずだ。アマルガムの操縦は一朝一夕に身につくようなものではないのだ。


「なんでまた『サスガ』には来たんだ? 援軍か何かか?」


 シュウの言葉にリサはカップを置くと、どう言おうか悩んでいるそぶりを見せた。どう驚かせようか。そんな風にもったいぶった思惑が透けて見える。


「私たち。貴方達の臨時講師できたのよ」

「まじ?」


 何かくるとは思ったが、さすがにその答えは予想外だったので間抜けな顔で聞き返してしまう。リサは、今年19歳になったシュウと同い年なのだ。

 リサはデパーチ・チルドレンだ。

 6年前開発された、EOMに対抗する唯一の対抗策である兵器アマルガム――この兵器は、早急な配備を急がれる背景と、パイロットに求められる特殊な資質から、当初のパイロットの採用の範囲を、大幅に広げた。

 才能と実力さえあれば、14歳以上の男女全てにパイロットとなる資格があったのだ。

 厳密な適性検査を行ったところ、それをパスした約半数近くが、20歳未満の少年少女だった。そんな彼等を、メディアは人類の希望と扱い、始まりの子供たち(デパーチ・チルドレン)と呼んだ。

 初期公募と呼ばれるその募集は現在は終了し、規定によりシュウ達のように専門の候補生訓練を受けた19歳以上の人間しか、パイロットになれないことになっている。

 シュウはその最初の年度の生徒である第一期生。

 リサとは同い年であるが、それぞれ異なる数年間を歩んできた。


「へぇ……驚いた。将来は教官にでもなるつもりがあるのか?」

「そういうわけじゃないわ。上からの命令。私達もよくわかっていないんだけど……。まあ、いい経験になるだろうとは思ってる。ああ、誤解しないでね? 貴方達の指導をいい加減な気持ちで引き受けたわけじゃないから」

「ああ、それはありがたいけど……。他の2人も、デパーチ・チルドレンなんだよな?」

「そうよ。それが?」

「いや、なんでもない……」


 シュウは言葉を濁す。確認した理由がリサに失礼だったかもしれないからだ。

 ――教育者としてよこすのなら、経験豊富な人間を送るのがふつうなんじゃないか、という考えがよぎったのだ。

 アマルガム自体は開発されてまだそう何年も経っていない兵器なため、習熟したパイロットというものはまだ少ない。とはいえ、類似の兵器自体はいくつか存在するし、軍人という職業自体は昔から存在している。

 そういった精強な軍人は、EOMパンデミック時に避難時間を稼ぐため、そのほとんどが矢面に立ち殉職した背景もあるが、全くいないわけでもない。

 経験の点から、まだ若いリサたちが教官としてやってくるのは場違い感があった。

 そんな感想を抑え込み、せんべいをかじりながらシュウは言う。


「んー、しかしこれから教師と教え子の関係になるなら、あまりこんなラフに会話しないほうがいいのかな。仮にも教えてもらう立場なんだし」

「別にいいんじゃない? 私達アマルガムパイロットは、そこらへんの規則とか希薄だから」

「そっか。それじゃあこれからしばらくよろしく頼むよ。リサ」





 リサが用意してくれた紅茶がおいしかったので、それから2杯ほどお代わりしてしまう。それでも、まだ彼女の連れである2人はこなかった。


「こりゃ、迎えにいったほうがよさそうだな。リサ、2人に連絡はつくか?」

「ええ、2人の端末は知っているから。ちょっと待っててね」


 リサはそういうと、ポケットから端末を取りだす。と、その時にひっかかったのか、鎖のついたペンダントのようなものが転がり出てきた。

 地面で一度跳ねて、足元まで転がってきたペンダントをシュウは身をかがめて拾う。


「おっと」


 拾い上げてみると、どうやらロケットのようだった。切手サイズぐらいの写真を中に収められるタイプのペンダントである。

 シュウがリサに差し出すと、大事そうに両手で受け取ってきたので、気安くたずねる。


「家族の写真でも入っているのか?」

「うん」


 リサはコクンとうなずいた。


「家族と撮った写真が入っているのよ。父と兄の2人。母は早くに亡くなってしまったから」

「そうか。お兄さんがいるのか」

「ええ。もう死んでしまったけどね」

「――」


 なんと返せばいいかわからず沈黙している間に、リサはなんでもないように携帯端末を操作した。そして、仲間の2人と話し出す。

 最新の音響力学によって設計されたスピーカーは、よほど近づかない限り、周囲に音なんて漏らさない。こちらからはリサの声しか伝わらないが、どうやら彼女がナビをしてあげているようだ。ほどなく、リサは端末をたたんだ。


「もうだいぶ近くに来ていたみたい。後は自力でもこられると思うわ」

「そうか。迎えにいかなくても大丈夫って?」

「ええ。私は一足先に自分の部屋を片付けるわ。2人がついたら呼んでくれる?」


 リサはそういうと、自分の部屋へと引きこもってしまった。なんとなく部屋の中まで入って欲しくない気配を感じ取り、シュウは手伝いを遠慮した。

 手持ちぶたさになったシュウは、星暦荘の外に出て待つことにした。

 通りを眺めていると、ほどなく、それとわかる人物がやってきた。


(……あれだな)


 元々人通りの少ない通りだ。10代の若者の2人組となれば限られてくる。案の上、2人はこちらの姿を見つけると近づいてきた。

 赤い髪の長身の女性と、黒髪に黒い瞳の少年だった。赤い髪の女性は、かなりのスタイルの良さと、シュウとそんなに変わらない長身が特徴的だった。

 一方、もう一人の少年の方は男にしてはかなり小柄だ。見かけでは中学生ぐらいにしか見えない。


(ええっと、中国系がカリンと言っていたな……。てことは男の方がカリンで、赤毛の女がテオか)

「あんたがシュウかい?」


 近づいてきたテオ(と思われる方の赤毛)が、確認するようにたずねてくる。

 シュウの名前を知っていたということは、むこうも、こちらの話ぐらいは聞いていたらしい。


「ああ。そうだ。2人はテオとカリンの2人で間違いないか?」

「ああ、そうだよ。あたしがテオトール・マクレディガン。今みたいにテオって呼んでくれ。で、こっちがカリン・リー」


 やはりテオだった赤毛の方が、黒毛の小柄な少年を指し示す。

 黒毛の少年――カリンは、呆けたような顔を崩してから、右手を上げて挨拶してきた。


「よろしく。……シュウだっけ?」

「ああ。シュウ・カザハラだ。よろしく、カリン」


 そう言って左手を差し出す。カリンがそれを握り返してきたので、失礼のないように力を込めながら、シュウは言った。


「安心したよ、カリン。全員が女だったら肩身が狭い思いをするところだった。同じ男同士仲良くしような」


 そう言った瞬間――カリンの表情がピシりと固まった。

 その隣でテオが、やっちまった的な顔をしながら言った。


「――あー。シュウ。カリンはな、その」


 ……ん? 俺何かやらかしたか?

 シュウがそんなことを思い返したとき――


「私は女だ! ばかやろー!」


 叫びながら放ったカリンの右ストレートが、アゴに炸裂した。





 リサも呼んで2人の荷物を運びこんだ後、再びリサお気に入りの紅茶を引っ張り出し、ティーパーティーとなった。


「いや、悪い。格好が男っぽかったものでつい……」


 首筋をさすりながらシュウはカリンにわびる。直接殴られたアゴよりも、その時の衝撃で首筋を痛めたのだ。これまでずっとこんな調子でカリンに詫び続けているのだが、カリンの機嫌はいまだに直っていないようだ。

 しかし幸いにも、カリン以外の2人――テオとリサは、シュウに同情的だった。


「あなたが悪いのよ、カリン。そんな男物の服なんて着ているから」

「でもさー。男物の服ならテオだって同じだぜー?」

「まあ、そりゃ、あたしとカリンじゃ体型が違うからな」


 苦笑を浮かべながらテオが言う。


「あたしからしたら、カリンみたいなのも羨ましいんだよ? 私みたいなデカ女じゃ、女物の服なんて似合わないから」

「嘘つけ。この前のパーティドレス姿なんか反則級だったじゃん。卑怯すぎるぜそのビックバンは!」

「び、ビックバンてあんた……」


 テオがひきつりながら言う。……ビックバンか。確かに……と、ついついシュウの視線もテオの胸に引き寄せられる。と、それに気づいたのか、テオが赤面しながら胸を隠して咳払いをしてきた。こちらも慌てて視線をはずす。

 テオは話題を戻すために、カリンに話を振った。


「でもさ、あんた今まで男に間違われるなんて慣れっ子だっただろ。何も殴りかからなくていいじゃないか」

「それは……。い、いいだろ別に。なぜかシュウに言われるとムカついたんだから!」


 初対面にしてはひどい嫌われようである。とはいえこちらに非があるので弁解できない。


「悪かったよ。……じゃあ、これからはちゃんと『カリンさん』とでも呼ぼうか?」


 ぶっ

 シュウが何気なく言った瞬間――テオとリサの2人が噴き出した。


「カ、カリンさん……ぷっ、くくく……!」

「ぎゃーっはっはっ、冗談くさいぜシュウ! カリンさんって……くくく!」

「笑うなよ2人ともー! あーもう、こいつら嫌い! 絶対嫌い!」


 カリンが顔を真っ赤にしながらバンバンテーブルを叩く。どうやら、『シューティング・スター』でもいじられキャラだったようだ。

 2人に何を言っても無駄と判断したらしいカリンは、顔を真っ赤にしながらこっちに怒鳴ってきた。


「もういいよカリンで! その代わり二度と私の体型のことは言うなよ!」

「わかったわかった。『カリンさん』」


 ぶはっ

 シュウが言った瞬間、リサとテオの2人がこらえきれず爆笑する。


「笑うなよこんにゃろー!」


 そんな2人に、カリンが顔を紅潮しながら殴りかかる。

 これが、シュウと3人の出会いだった。

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