6.5 ご主人様ができました
猫視点のお話。
あ、この人だ。
目が合った瞬間、体中に電気が走ったように感じた。この町に来たって言った。家はどこだろう?知りたくて、こっそり後をつけた。
着いたのは、俺を世話してくれるばぁちゃんとこのアパートだった。ここか…そういえば、昨日ばぁちゃんが明日から人が増えるって言ってたな…あの人だったんだ。二階の真ん中、部屋を確認してベランダの方から覗いてみる。彼女は荷物を片付けていた。たくさんあった段ボールが次々空けられていく。よく見ると結構いい加減に棚にしまってある。大雑把なんだな…
一通り片付いたらしく伸びをした彼女と目が合った。窓を開けて、なんと部屋に入れてくれた。ご飯をくれると言う。もちろんいただきますとも。
それからもちょくちょくお邪魔してご飯をいただいた。いつの間にかツナ缶からキャットフードになっている。自分のために買ってくれているんだと思うと嬉しかった。
「そう、菜緒ちゃんのこと気に入ったのね。」
人間の姿でばぁちゃんに報告。俺のことすごく気にかけてくれてるからちょっとでも安心させてあげなきゃね。
「菜緒ちゃんて言うんだね。ばぁちゃんが言ってた、波長が合うって分かったよ。俺菜緒ちゃんのこと好きだ。」
いつ行っても笑顔で迎えてくれる彼女を思い出すと心があったかくなる
。俺は小さいとき、人に飼われていたことがあった。自分のことが普通でないと知らなくて、飼い主の前で人の姿になり、化け物だと言われてばぁちゃんとこに連れてこられた。それからは、ずっとばぁちゃんにお世話になって、自分が普通の猫じゃないと教えられた。食べ物と寝床を用意するから、昼間は町を歩いて世界を知りなさい、生きていく力をつけなさいとも言われた。
外を歩くようになって、首輪をした猫を見るたびに幸せだった頃を思い出して辛かった。なぜ自分は普通じゃないのか。こんなことになるなら、特別な力などいらなかったのに。
人間のことは正直好きとは言えない。またなにかされるのではと考えてしまうから。好きじゃないはずだったのに…俺は菜緒ちゃんを好きになった。自分のことを知ってほしいとまで思っている自分に驚いた。ばぁちゃんに言ったら、
「あの子ならきっと大丈夫よ。」
と返された。もう一度、信じてみようか。
最近の暑さは、毛足の長い俺にはキツイ。菜緒ちゃんがいない時は人間になっていた。人間の体は毛が少ないから熱が篭らなくていい。菜緒ちゃんが帰ってくる前には猫に戻ればいいと思っていたから、油断した。まさか、こんなに早く帰ってくるなんて。俺を不審者だと思っている菜緒ちゃんは怯えている。当たり前だ。知らない男が部屋にいるんだから。真実を知ってほしくて、目の前で猫になった。あ、固まった…罵られることを覚悟してまた人間になり、話を聞いてほしいと言ったら、静かに頷いた。まだ混乱してるみたい。
自分のことを話した。普通ではないことを。菜緒ちゃんに出ていけなんて言われたら俺はもう立ち直れない…なにか言われる前に出ていこうと思った。なのに。菜緒ちゃんは俺を引き留めた。いていいと言ってくれた。化け物と言われた俺に。気が付いたら俺は泣いていた。嬉しくて、本当に嬉しくて。抱きついたら、抱き締めてくれた。この人は本当に暖かい。また涙が零れた。
泣きはらした顔を笑われた。今更ながら恥ずかしい…でも、とてもいい気分だ。菜緒ちゃんは分からないだろう。俺が今どれほど感謝しているのか、どれほど安心したか。ここが、俺の家、そして、暖かいお日様みたいなご主人様。
心がぽかぽかしてる。俺は今、とても幸せ。