6.猫が化けました
まさか泥棒?変質者?背中に嫌な汗が流れる。とっさに愛用の1メートル物差しをつかんで、ソイツに降り下ろした。
「うわぁ!?」
男が飛び起きてソファーから落ちた。ちっ仕留め損ねたか!
「誰だ貴様!」
もう一度物差しを振り上げて威嚇する。
「菜緒ちゃん!?えっなんで帰って…って待って、お願い落ち着いて!」
男が何故か必死に私の名前を呼んでいる。もちろん私はコイツを知らない。
「私は貴様など知らない!何者だ!」
物差しを握る手が汗でじっとりする。恐怖で震えが止まらない。
「俺です!猫!菜緒ちゃんに飼われてる猫!」
そう言うとぽんっ!と音がして男がいたところに黒猫がいた。
「…え?」
今なにが起こった?男が猫に?理解ができずに立ち尽くすと、猫が足元にすりよってきた。とたんに足の力が抜けて、へたりこんでしまった。
「あの…話、聞いて貰えますか?」
猫がまた人間になって、おずおずと顔を覗きこんできた。放心状態で頷く。
改ページ「俺が猫なのは分かってもらえた?」
頭のなかでさっきの映像がリプレイされる。こくっと頷くと、当然の疑問がでてきた。
「どうして?あなたは猫じゃないの?」
私の質問に猫はなんとも難しい顔をしてうつむいた。
「うまく説明できるかわかんないけど…俺の話すこと、全部本当なんだ。」
そう言って、自分のことを話し始めた。
「え~とね…俺はちょっと普通の猫とは違うんだ。妖怪…とも違うらしいんだけど、妖力?霊力?とにかくそういう力が強いらしいんだ。だから人間になることができる…らしい」
俺も人に聞いたからよく分かってないんだけど…と上手く説明できないことをもどかしく思っているらしい。
「人と深く関わるとバレたときどうなるかわかんないから、野良として生きなさい、でもいつか波長の合う人が見つかるわ、って言われたんだ。菜緒ちゃんを初めて見たとき、あ、この人だって思った。なんていうのかな…こう…しっくりきた、みたいな」
目が合うと、ふっと笑っていた。
「なんとか近づきたくて後ろ追っかけて家見つけて、何回も何回も来てみたりして…普通なら邪魔だろうに、菜緒ちゃんは追い出すどころか飼ってくれて…嬉しかった」
ありがとう、と言うと、猫は立ち上がって歩きだした。
「ちょっと…どこ行くの?」
とっさに服を掴んで引き留めた。
「行くとこないんでしょ?ここにいたらいいじゃない。」
びくっと跳ねて、猫が振り返る。
「いて…いいの?」
不安そうに見る猫を背伸びして撫でてやる。
「当たり前じゃない。あと、あなたの名前を教えて?」
ふわふわの髪に猫の毛並みを重ねて私の中で二人の猫が一致する。
しばらく見つめあったあと、猫が涙を流した。
「菜緒ちゃ…俺…俺…」
抱きついてきた猫の背中を撫でてやる。
「…笑わないでよ」
ひとしきり泣いた猫はばつが悪そうに見ている。
「猫って気まぐれって言うけどあなたは違うのね。」
くすくすと笑いが止まらないままでタオルを渡す。
「もう…あ、名前なんだけどさ、ないんだ。いい人に出会ったときに付けてもらいなさいってさ。だから菜緒ちゃんが付けて。」
まだ鼻声で猫が言った。…なんか今誰かの言葉と被ったような…?まぁいっか。
「名前ねぇ…黒猫…青い目…蒼…蒼とかどう?」
安直すぎ?と聞いてみると、
「蒼…いい!気に入った!」嬉しそうに笑っているので喜んでくれたみたいだ。
「ところで、あなた今までどこで寝てたの?」
ふと疑問に思って聞いてみた。
「ん?ここの大家のばぁちゃんとこ。」
その言葉を聞いて、この前トシさんに言われたことが蘇った。
「いい人が見つかったのね」
そして、私の中で一本の糸が繋がった。
「もしかして、あなたのこと教えてくれたのもトシさん?」
「そうだよ~。」
…トシさん…何者?今度聞いてみようかな…
猫、やっと人になりました。