11,出勤です
「…なんで毎日毎日…」
抱きついて寝てるんだこいつは。寝るときは猫なのに、起きると人間になってるんだよね…
「今日からお仕事か…」
昨日店長から帰ったとメールが来た。お眼鏡に叶うものが見付かったらしい。
「菜緒ちゃ~ん…」
蒼が抱き着く。引き剥がして起きると、蒼が膨れている。
「もうちょっと寝ようよ~?」
「今日から仕事。もう準備しなきゃ。」
何食べたい?と聞くと、次は背中に抱き着いてきた。
「離れたくない~…」
「お馬鹿言うんじゃないわよ。」
おでこをつつくと、う~…と唸って大人しくなった。
「ねぇ、何時に終わるの?」
出るまでずっとくっついてるつもりらしい蒼が、背中から聞いてくる。
「とりあえず6時だけど?」
「迎えに行くね!」
えらく張り切ってるなぁ…
「じゃぁスペアキー渡しとくね。」
仕舞いっぱなしだったスペアキーに猫のキーホルダーを付けて渡す。
「家を出るときは必ず鍵を掛けるのよ!」
「了解!」
大丈夫かなぁ…心配…
「じゃぁ行ってくるね。」
「あ、待って!」
玄関で引き留められた。
「なぁに?」
「行ってらっしゃい!」
ほっぺにちゅーされた。新婚か…恥ずかしい…そのまま振り返らずに家を出た。顔、赤いし…
☆☆☆
菜緒ちゃん行っちゃった…人間てお仕事しないといけないなんて忙しいなぁ…こういう時は猫でよかったと思うんだよな。
「外暑そうだな…」
今日も太陽は元気だ。家の中でゴロゴロしとくか…
☆☆☆
「お帰りなさい。」
店長は早速仕入れた布を広げていた。
「見て見て!いいシルクでしょ?」
純白のシルクは、上品な光沢を放っている。
「うわぁ素敵…高かったんじゃないですか?」
店長、安物絶対買わないし。
「知り合いだから安くして貰っちゃった。」
…無理矢理値切ったな…可哀想に…
「こんないいシルクで何作るんですか?」
「ウェディングドレスよ。」
「…は?」
うちはフォーマルドレスまでしか置いてないよ?
「実はね、知り合いがやってるレストランが、少人数のブライダルをすることになったの。そこの宣伝の為にドレスを作って欲しいって言われてね。ドレスはそのままそこのシンボルにしたいそうよ。」
成る程ね。シンボルとして置くからにはオリジナルがいいんだろう。店長顔広いなぁ…
「デザイン画を来週までに出してくれる?」
…ん?
「店長が作るんですよね?」
「菜緒にして欲しいんだけど?」
なんだと!?
「えっ?は?」
「菜緒が卒業制作でドレス作ってたでしょ?向こうがそれを気に入っててね。同じ人に作って欲しいって。」
卒業制作として、みんな一着ドレスを作って、ショーに着て出た。それを見に来ていたらしい。
「出来ればモデルも菜緒がいいって。式場のイメージにぴったりなんですって。」
「私が!?」
大役じゃない…私には荷が重すぎる…
「もちろん私も手伝うわ。やってくれないかしら?」
これは…大きなチャンスかもしれない。私のデザインがシンボルになる。責任重大だけど、とても遣り甲斐のある仕事だ。
「やらせて下さい!」
私のドレスを気に入ってくれた人がいた。それがすごく嬉しい。
「そう言ってくれると思ったわ。私も菜緒のドレス好きだもの。」
マリー・アントワネットの時代をイメージしたドレスは評判が良かった。私自身最高の物が作れたと思う。私という人間を表した一着だ。
「相手からは何も指定はなかったわ。貴女の思う物を作りなさい。」
一気に火が付く。帰りに雑誌買って帰ろう!
☆☆☆
店長から会場の詳しいイメージを聞いて、大まかな構想は出来た。それからはいつも通りのお仕事。
そろそろ閉店の時間なので片付けをしていたら、カランとベルが鳴った。
「いらっしゃいませ…蒼?」
「迎えに来たよ!」
ニコニコ笑う蒼が立っていた。
「菜緒の彼氏?」
「そうです!」
違うでしょ!ツッコミたいけどペットですなんて言えないから黙ってた。
「…菜緒、ちょっと彼の横に並んでくれない?」
店長がじーっと蒼を見ている。
「こうですか?」
カウンターから出て蒼の横に立つ。うぅ…身長差が…
「…いい雰囲気ね…貴方、モデルしない?」
店長が蒼にそう言った。
「「モデル?」」
二人で首を傾げる。
「朝言ったブライダルのね、菜緒の相手役。後から探すことになってるんだけど、彼ならぴったりじゃない。身長あるし、顔もいい。それに彼氏なんだから二人とも自然な雰囲気でいられるし。」
電話しとくから今日はもう帰りなさいって言われたので、蒼と二人で店を出た。
☆☆☆
「ブライダルって?」
雑誌を買って、家につくと蒼が聞いてきた。
「店長の知り合いの方が結婚式の式場を作るんだって。そこのモデルと、シンボルになるドレスを作る事になったの。」
「菜緒ちゃんすごい!」
蒼の目が輝いてる。
「で、私の相手を蒼がすることになるかも…巻き込んでごめんね?」
多分決定だろうな…そんな気がする。
「菜緒ちゃんと結婚できるの!?」
なんか嬉しそうだぞ?
「本当にはしないよ?撮影とかはあるんじゃない?」
まだ詳しい事を聞いてないから分からないけど。
「菜緒ちゃんと結婚できるならする!!」
「だから実際にはしないってば。」
聞いてないし。なんだか舞い上がってる蒼は…ほっとくか。
さて、デザイン画を書かなきゃ。最高のドレスを作ってやる!