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10.猫の欲しいもの

夢の底から浮かび上がる感覚。夢と現の間の心地よさを吹き飛ばす目の前の顔。…またか。なんでこの猫は人に抱きつくのが好きなんだ。

「何時…あ、もうこんな時間。」

セットしてない目覚まし時計が教えてくれたのは夕方をちょっと過ぎた時間。ご飯何にしようかな…などとぼんやり考えてたら、蒼も起きたようだ。

「ん~…ん?菜緒ちゃん起きた?」

とろんとした目であくびをひとつ。おもむろに手を舐めようとして、間違えた…って言った。寝起きの毛繕いをしようとしたらしい。

「お腹減った~」

「それでなんで膝に頭を置くのかな?」

なんか自然な流れで膝枕になったんですが。ふわふわの髪がくすぐったい。

「菜緒ちゃんの太もも気持ちいいんだもん…」

「それは太いということですかね?」

足が太いの気にしてるのに!落としてやろうと思ってぐいぐい押したら逆に腰にしがみつかれた。

「そうじゃなくて!ふわふわしてて柔らかくて…」

「おんなじことじゃん!」

思い切って立ち上がると蒼はベッドの下に落ちた。心配してやるもんか!

「さて、ご飯ご飯。」

足早にキッチンに向かった。


「いってぇ…」

俺誉めたつもりだったんだけど…大体菜緒ちゃん細いし。もうちょい肉つけてもいいと思うんだけどな。俺が力入れたら壊れちゃいそうで怖いし。

…でも、膝枕のことはなんにも言わなかった。嫌って言われないかちょっとドキドキしてたんだよね。そんな小さい事がどうしようもなく嬉しいってきっと菜緒ちゃんは知らないんだろうな。そんなとこも好きだと思う俺はもう重傷かも?



ご飯を食べてお風呂に入ってダラダラしていると、蒼が横に座った。そして、真剣な顔で菜緒ちゃん、と呼ばれた。

「あのさ、お願いがあるんだ。」

あんまり真剣だからなにを言うのか身構えてしまう。

「俺に、首輪付けて欲しい。」

「首輪?」

そんなものをなんで改まってお願いするんだ?

「ばぁちゃんに俺のこと聞いただろ?昔は飼われてたって。」

「うん。聞いたよ。」

人間に化けるからと捨てられたこと、思い出して胸がちくちく痛い。

「そのときはちゃんと首輪されてたんだけど、ばぁちゃんとこで外してさ。それからは野良として生きてきたからずっと首輪なし。…それからさ、首輪してるやつが羨ましかった。」

寂しそうに下を向いて、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。

「たかが首輪って思うだろ?でも俺から…捨てられた者からしたら、主人がいて帰る家があるって証はなによりも欲しいものなんだ。それを知ってるから余計に。」

ある日突然帰る家も頼れる人もいなくなる。それは恐怖でしかないだろう。もう一度を願うのは当然。同時に、また捨てられたら…の恐怖も生まれる。相反する感情に苦しむことも容易に想像できた。

「俺は菜緒ちゃんに拾われた。菜緒ちゃんがご主人様だ、って証が欲しい。」

しっかりと合わせられた視線。その瞳は温もりを欲する強い願望と、孤独を恐れる痛みが混ざっていた。強く握り締められた手は微かに震えている。

ずっと一人でいたこの猫が欲しいのは、安らげる場所なんだろう。それと、自分を認めてくれる人。私は蒼を放り出す気は毛頭ない。だって、もうこんなに大切な存在なんだから。

うつむく姿に猫の姿が重なる。首輪程度で安心して貰えるなら、いくらでも付けてあげる。だから、

「そんなに怯えないで。」

優しく抱き締めて、頭を撫でる。私の想いが少しでも伝わるように、ゆっくりと。蒼の肩の力が抜けたところで、重大な問題に気付いた。

「蒼、首輪について問題がある。」

「え…」

また不安気に瞳が揺れる。

「猫のサイズで首輪したら、人間になったら首締まるんじゃない?」

首の太さが違いすぎる。そう言うと、蒼がぽかんとして、それからまた項垂れてしまった。

「何を言われるのかと思ったら…そんなことかよ…」

そんなことじゃない!これは大変なことだ!人間のサイズにしてしまったら大きすぎるし、かと言って猫が首輪外せないし…どうするのがいいか考え込んでいたら、背中に蒼が抱き着いてきた。

「猫のサイズでいいよ。力込めたら人間になっても人間用の大きさになるから。」

「そんな便利なことができるの!?」

悩まなくてよかったじゃん!そう言ったら、後ろからくすくす笑う声が聞こえた。

「菜緒ちゃんってやっぱり変わってる。」

「はいはい。私は変わり者ですよ~。」

人間になってもあるものなら、単純な首輪じゃだめだな。チョーカーみたいなやつがいいかな?でも売ってるかな…作るか。

「なにブツブツ言ってるの?」

まだくすくす笑いながら乗っかってきた。重い。

「デザイン考えてるの。普通の首輪じゃ人間が付けてたらおかしいじゃん。」

男物だからシンプルがいいよね。

「作ってくれるの!?」

蒼がびっくりしたみたい。

「だって猫用で人間も使えるデザインのなんて売ってないもん。」

ないなら作るよ。そう言ったら、蒼が前に回ってきた。

「じゃぁさ!もう一つお願い!イニシャル入れて!」

おぉ!じゃぁイニシャルをトップにした革のにしよう!

「Nって付けて!」

「ん?蒼だからSだよ?」

どこからNが出てきた?

「菜緒ちゃんのN!菜緒ちゃんのものって意味。」

そういうことか。

「蒼がいいならそうしよっか。」

明日も休みだから手芸品店に行こうかな。

「明日も出掛けるから早く寝よ。」

うん!と頷いて猫になってベッドに走って行った。私も追いかけて布団に入り、細かいデザインや買う物を考えているうちに眠りについた。




次の日に材料を買ってきて早速作り始める。シンプルだから簡単なんだよね。蒼に猫になって貰ってサイズを調整。苦しくないように、だけど抜けてしまわないように。ぴったりのところで金具を付けて出来上がり。黒の少し太めの革に、ラインストーンのついたシルバーのトップ。黒い毛並のアクセントになっている。

「なかなかいいんじゃない!ちょっと人間になってみて?」

本当にサイズが変わるのか確かめないと。

「よ…っと。こう?」人間になった蒼の首にぴったりのチョーカー。ほんとにサイズ変わったよ!

「どう?苦しくない?」

首を動かして確かめてもらう。

「大丈夫!ありがとう!」

鏡を見ながら嬉しそうにチョーカーをいじっている。あれだけ喜んでもらえたら作った甲斐があるなぁ。

「俺散歩に行ってくる!」

猫になって外に飛び出して行った。帰ってくるまで本でも読んで待ってようかな。





~おまけ~


キラキラ光る文字が見えるように胸を張って歩く。俺は菜緒ちゃんの猫なんだぞ!って見せびらかすように。慣れない首輪は少し窮屈だけど、それさえ嬉しい。

問題があるって言うから、何か条件がいるのかと思ったら人間だと首締まるって…そんなこと考えもしなかった。ほんと菜緒ちゃんの考えることは俺の想像の斜め上だよ。

可笑しいのと同時に、本当に俺のことを考えてくれてるんだって思った。素材なんかも似合うものをって悩みながら作ってくれた。俺を真っ直ぐ見てくれてるのが伝わってくる。

町中回って、ばぁちゃんとこにも見せに行かなきゃ。あぁ忙しい!



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