9.猫についてもっと知りましょう
お昼を食べて、そろそろトシさんとこにお邪魔しようかな。さっきおいしそうなおまんじゅう買ったから持っていこ。
「蒼~トシさんとこいくけど一緒に行く?」
ソファーでゴロゴロしている蒼に声をかけてみた。
「ん~いい…俺昼寝してる…」
言うが早いか猫になって寝てしまった。猫だと暑いって言ってたのに…エアコン効いてるからいいのか?
「トシさん、菜緒です。」
ドアをノックしたらトシさんが出てきた。
「いらっしゃい。待ってたわ。」
おまんじゅうを渡してお邪魔する。しばらくしてトシさんがお茶を出してくれたので二人でいただく。
「蒼くんを受け入れてくれてありがとうね。」お茶を置いてトシさんが言った。
「元々半分飼ってるようなものだったから。」
今更そんな…と言ったら、そうじゃなくてね、と続けられた。
「人間になる猫なんて、普通は抵抗あるでしょう?」
少し悲しそうに、そう言われた。
「最初はびっくりしたけど…猫だろうが人だろうが、蒼は蒼だから。」
変わってるけど、嫌じゃない。それが素直な気持ちだから。そう言うと、トシさんは目を丸くしてからくすくすと笑い出した。
「菜緒ちゃんも面白い子ね。」
普通だと思うけどなぁ…複雑な感情が顔に出ていたようだ。
「ごめんなさいね、笑ったりして。多くの人はそうは思ってくれないわ。」
そう言って、少し下を向いて話してくれた。
「あの子は、最初は飼い猫だったの。まだ小さくて力があることが理解できてなかった。ある日飼い主の前で人間になって…飼い主は気味悪がったの。捨てようとしたけど、何かされるかもしれないと思ってうちの神社に連れてきたと言っていたわ。」
湯飲みを持つトシさんの手に力が入る。
「何故置いていかれたのか分からないあの子は泣いたわ。なんで置いていくの、って…」
それはそうだろう。家族だと思っていた人に捨てられたんだから。想像しかできないけど、悲しくて不安で仕方なかっただろう…胸が痛い。
「あの子にもっている力のことを教えたわ。自分が普通とは違うと理解するのは早かった。それからは神社以外では人間にならなくなって、猫としての生活を主にしたの。」
ショックだっただろう。普通じゃない自分を嫌ったかもしれない。それはとても辛いことだ。
「猫としても人間としてもいられるよういろいろ教えたわ。いつかきっと理解してくれる人に出会えるように、と思いながら。」
無駄にはならなかったわね、と私をみて微笑んだ。
「あの子ね、菜緒ちゃんのことをとても嬉しそうに話してくれたの。ご飯をくれた、撫でてくれた、あったかいって言って、笑っていたわ。」
蒼のほうが体温が高いのに、よく私にあったかいと言う。それはきっと、体じゃなくて心があったかくなるんだろう。
「私の前以外では人にならないのに…なんで分かったのかしら?」
ふと聞かれて、あの日を思い出した。
「仕事が早く終わって、家に入ったら人間の姿で寝てて…泥棒かと思って焦りました…」
あの時は本当にどうしようかと思った。
「まぁ…ここ以外で人間になるなんて…よっぽど菜緒ちゃんを信頼してるのね。」
「いや、猫だと毛が暑いって言ってました。」
感心したように言われたけど、単に暑いだけだろう。
「きっと暑いだけじゃないわ。どこかで受け入れて欲しいと思っていたのね。」
でなきゃ毎日あなたのところに通わないわ、と笑っていた。
「あの子を…蒼くんをよろしくね。」
改めて頭を下げられてしまった。
「こちらこそ!なにかあったら聞きに来ます。」
私も頭を下げる。二人で頭を上げて、おかしくなって笑った。
「そうそう、あの子の姿ね、他にもあるのよ。」
思い出した、と教えてくれた。
「人間の姿で、猫の耳としっぽが出るときがあるの。人間の姿を保てないくらい弱ってるか、逆に力が溢れるとき…満月のときはなりやすいって言ってたわ。」
弱ってるか、強くなってるか…真逆なのに同じ姿になるんだ。
「元々が猫だから一番楽なのが猫。その次に耳としっぽが猫の状態なんですって。完全な人間のときより感覚が鋭いって言ってたわ。」
新しい情報だ。姿は人間に近いけど、ほかは猫に近いってことか。
「満月だと力が強くなるんですか?」
「そう。満月は陰の気を満たす…って言っても難しいかしら?」
う~ん…要するに月がバロメーターってことかな?
「満月だと猫の本能が勝つから猫でいるって言ってたわ。」
あれ?昨日満月だったけど人だったぞ?いろいろ説明するためにかな?まぁいっか、覚えとこ。
「お茶ありがとうございました。」
「こちらこそおまんじゅうありがとうね。困ったときはいつでもいらっしゃい。」
管理人室を出て自分の部屋へ。ソファーにいたはずの蒼がいない。
「あれ?どこ行った?」
部屋を見て回ったら、ベッドにいた。やっぱり猫じゃ暑かったのか人間になっている。あ~ぁ、お腹出しちゃって…タオルケットを掛けてやり、しばらく寝顔を見ていた。いっぱい辛い想いをしてきたんだろうな…
「私は捨てたりしない。安心してね。」
私も横になって、頭を撫でる。お出かけしたからちょっと疲れたな…少し、寝よう。
~おまけ~
「菜緒ちゃん…ありがとう…」
実は帰ってきたときに起きたんだけど…なんとなく寝たふりをしてた。そしたら、あんなこと言ってくれて…涙がでそうになった。ばぁちゃんにいろいろ聞いたんだろう。
菜緒ちゃんが望んだらいつでも出ていこうと思ってたのに…きっともう離れられない。なんでこの人はいつもいつも欲しい言葉をくれるんだ。もう飼われてるなんてものじゃない。捕らわれてしまった。こんなに小さくて頼りない体なのに、俺よりずっとずっと強い。
小さい体をそっと抱きしめる。壊さないようにそっと、そっと。ほのかな温もりにまた微睡む。心地よい気だるさに身を任せて、もう一度眠りにつこう。きっといい夢が見られる…はず…