キツネになっても
過去ブログに掲載したTSF小説です。
やや残虐な表現を含んでおり、挿絵も一つございます。
それらが苦手な方はご注意ください。
「ここが依頼のダンジョンか……。」
周りを見渡すと一面緑、緑、緑。
人が到底歩けないような森を地図とコンパスを用いて歩くこと30分。目的のダンジョンを見つけた。
ポツーンと石垣で作られた入り口。
石垣からは雑草がはみ出しており、長らく人どころか動物すら来ていないような雰囲気だ。
俺、キヨヒコは一人のCランクの冒険家だ。
Cランクというは冒険家に与えられる地位を示すものでありA~Eまである。
A、B、C、D、Eの中のCという事は俺は中堅冒険家という事になる。
俺が受けた依頼はCランク冒険家向けの依頼だ。
依頼といっても様々な形の依頼がある。
モンスターの討伐、○○を手に入れてほしい、警備を手伝ってほしい――等。
ちなみに今回の依頼はこのダンジョンの奥にあるという『光る草』を手に入れて欲しいという内容だ。
この光る草は見た目がとても美しい事から、貴族たちの間ではとても有名らしい。
それゆえ流通量は少なくとても高価になる。
それがこのダンジョンの奥に出現したという噂が立った。
依頼主の金持ちのオヤジ(変な趣味のオッサン)がこの噂を聞きつけ、依頼をギルドにお願いしたらしい。
もちろんランクが高い冒険家に依頼したほうが成功率も高くなる。
だが、Aランクの冒険家ともなるととてつもない依頼料になるのは目に見えているのだ。
金持ちの癖にCランクの冒険家の頼むあたりケチなのだろう。
ギルドの説明が遅れたが、ギルドというのは俺達冒険家の拠点みたいなものだ。
このギルドから冒険家達は依頼を受け、報酬をもらいその金で飯を食って生きるのだ。
俺はダンジョンに入る前に用意した手荷物の中身を再度確認する。
その中にある必要な物を確認した後、状態異常一覧表と書かれた本を取り出し中身を確認する。
この状態異常一覧表というのは結構重要だ。
ダンジョンの中ではいつどこで何のアクシデントが起こるか全くわからない。
そうなった場合に対処方法がこの本に書かれているのだ。
毒の治し方から○○に違和感を感じたらどんな状態異常になってしまったか、という感じで詳しく書かれている。
中には体が変わってしまう奇妙な状態異常もあるのだ。
カエルになってしまいました、とか俺は実際にその状態異常を見たことがないが本には書かれている。
いくらか本に書いてあるその状態異常を紹介したいと思う。
・カエル病
その名の通り自分の体がカエルそのものに変化してしまう状態異常。
主に敵モンスターの呪いの魔法等によってカエルに変えられてしまう。
治すには呪い解除系の薬、魔法によって安易に治る。
安易に治るが、カエルになっている間はほぼ何も出来ないので踏みつぶされて
カエルのまま一生を終えるなんていう悲惨な目にあった冒険者もいるらしい。
・小人病
体が小さくなり妖精と同様の大きさに変化してしまう状態異常。
小さくなったらカエル病と同様何も出来なくなってしまうので結構ヤバい。
こちらも治すには呪い解除系の薬、魔法によって安易に治る。
カエル病と違い、ダンジョンに仕掛けられた罠によって小人病になってしまう事が多いのだとか。
・性転病
その名前の通り性別が変わってしまう状態異常。
男性が女性になって、女性が男性になってしまう。
珍しい状態異常なので治療法が確立されておらず、一度性別が変わったら一生そのまま何ていう冒険家もいるらしい。
なお男性は前衛が得意であり、女性は後衛……魔力が男性に比べ高く、魔法が得意な傾向がある。
中には男性だが後衛が得意であり女性だが前衛が得意な人もいる。
もっと魔法を極めたいがゆえこの状態異常にわざと罹り女性になった冒険家も俺の知り合いに一人いる。
・サキュバス病
サキュバスに襲われたが最期、精気を完全に吸われ眷属と化した場合この状態異常になる。
眷属になった場合、性別問わず親元のサキュバスが理想としている姿に変えられてしまう。
サキュバスはレズ嗜好な傾向があるらしく男性も女性も皆かわいい理想の女の子のサキュバスちゃんへなってしまうらしい。
眷属化した者は親元のサキュバスの言いなりになってしまい親元に精気を捧げる為、日々奮闘するハメになるのだとか。
(もちろんエロい方面で)
もはや状態異常とはいえない怖さがある。
・妖狐病
妖狐というのは頭に生えた二本のキツネ耳に九の尻尾がお尻から生えた女性の事を指す。
妖狐に襲われ、『噛まれた場合』にこの状態異常に罹ってしまう。
罹った場合一瞬だけ熱っぽく感じるので、それで妖狐病になってしまう。
治す方法は強力な術者による呪い解除の魔法か、感染元になった妖狐を殺す事で治療出来る。
サキュバス病と違いタチが悪いのは『噛まれたら』感染だろう。
サキュバス病は精気を完全に吸われた場合になってしまうが、こちらは妖狐から噛まれるだけで感染してしまう。
その為、前衛型である俺にとって天敵であるといえる。
また、この妖狐病は独特な状態異常で二段階に分かれて症状が進行するらしい。
・一段階目
状態異常に罹った人間によって発症の誤差はかなりあるらしい。
感染した瞬間に発症する者や、感染して数週間経った後に発症する者も。
発症した場合、体が変貌していきサキュバス病と同様親元が理想としている姿の妖狐になってしまう。
妖狐は女性しか存在しないので男だろうが女だろうが必ず女のキツネへと変貌してしまう。
サキュバス病と違い潜伏期間に誤差があったり、親元の言いなりにはならないという特徴がある。
なお元の姿に戻る為の治療方は現在の所発見されていない。
一段階目が発症した場合には、二段階目が起こる前に被害を最小限に抑えるのが最善手らしい。
最小限に抑えるには呪い解除系の薬、魔法によって治すらしい。
体は一生キツネのままで元に戻らないが精神までもが変化し人間を襲い始めるよりはマシだろう。
一段階目のみ発症した感染者は、他人を感染させる能力は一切持ち合わせていない。
その為人間社会で充分生きて行く事も可能だろう。(見た目はかなり目立つが)
中には体が妖狐になったがゆえ、その見た目を生かして特定の人向けの喫茶店で働き始めた元男の冒険家もいるのだとか。
・二段階目
体が完全に妖狐に変貌した後は一段階目と同様急に発症したり、数週間経った後に発症するらしい。
一段階目が体の変化なら、二段階目は精神の変化。
この二段階目が進行した場合精神面も完全に妖狐のソレになってしまい人間を襲い始める。
その昔、俺が普段利用している冒険家ギルドで一段階目と二段階目をほぼ同時に発症した者がいてそれはまた大変だったとの事。
・妖精病
体が小さな妖精のソレになってしまう状態異常。
主に神様を怒らせてしまった時になってしまう。
(神は妖精を下僕として使いっぱしりにしているのだとか。)
なお治療法は確立されていない為、二度と元に戻る事は出来ない。一生手のひらサイズの妖精さんになってしまう。
サキュバス病、妖狐病と同様妖精は女性しかいないので元の性別が男だろうが女だろうが妖精の女の子と化してしまう。
二度と元に戻れない代償として空を飛べるようになったり、魔力が元の姿の数倍にまで膨れ上がるらしい。
……一通り状態異常一覧表に目を通した後、本を閉じて俺はダンジョンの中へ入る事にした。
今日も無事帰ってこれる事を祈って。
ダンジョンの中に入って数十分が経っただろうか。
真っ暗闇の中を光を照らす魔法を使って少しずつ奥へ歩んでいく。
俺は魔法に関してはこれぐらいしか出来ない、というか魔力が常人よりかなり低いのでこれが精一杯だ。
冒険家である以上簡単な火をつけたり水を出したり光を照らしたりといった魔法は必須なのでこれだけは覚えておいた。
そして俺は目的の光る草を発見するのに成功した。
本当に光っていたので簡単に発見する事が出来た。
びっくりするぐらい簡単に見つかりここまで虫の一匹すらいなかったのが恐ろしいくらいだ。
念の為、最悪の事態に備える。
もしかしたらこの草は魔法で作られた幻覚であり罠かもしれない。
もしかしたらこの草は偽物で毒草かもしれない。
……といった感じで色々と考えたのち、両手に手袋をはめてそっと触れる。
そして根元から慎重に根っこを取り出した。
あらかじめ用意しておいたビンに光る草を入れて採取を完了する。
ここまで問題が無かったので、この光る草は本物で間違いないだろう。
依頼が達成したので帰ろうとした時だった。
背後から何かが走ってくる音が聞こえた。
その音に振り向いた瞬間、俺はそれに押し倒されていた。
地面に叩きつけられ背中に痛みが走り顔が思わず歪んでしまう。
何者かに襲われた、痛みを何とかこらえそれを見据える。
目の前に現れたそれは金髪にボロボロの衣服、そして動物耳とたくさんの尻尾をお尻から生やしている女。
――妖狐だ。
妖狐は今すぐにでも俺を噛みたいのか顔を首元へと近付けてくる。
それを両手で必死に抑え噛まれまいようと抵抗する。
噛まれたが最期、俺は妖狐病になってしまいコイツらと同じキツネになってしまうのだ。
それだけは避けなければいけない。
妖狐病に感染しても、感染原因となった妖狐を殺す事で治療が出来る。
だが殺せなかった場合には強力な術師による治療が必要だ。
俺にそんな金は到底用意出来そうにない。
その為俺に出来るのは必死に抵抗するのみだ。
元々前衛型である俺は力にはそれなりに自信がある。
不意打ちされ押し倒され抵抗を続けているがキリが無い。
ふと、片手で握れる程の石を見つけた。それを左手で握り妖狐の頭を強打した。
悲鳴をあげて苦しむ妖狐を押しのけ立ち上がる事に成功する。
妖狐といえど女だ、女性の顔を殴るのは避けたいがどうこう言っている場合では無い。
思ったよりも痛かったのだろうか、頭から血を流して悶絶している。
俺は即座に腰にしまっている剣を抜き、妖狐の胸元を一気に突き刺した。
唖然としていた妖狐がそのままゆっくりと倒れる。
血がドクドクと流れてしばらくピクピクと痙攣していたがじきに動かなくなった。
この妖狐も元々は俺達と同じ人間だったのだろう。
自分は悪くないはずだが、人殺しをしてしまったような気分になってしまい思わず黙祷をささげた。
血がべっとりついてしまった剣と、還り血を浴びた自分の衣服を確かめ退散しようとしたその時だった。
何者かが背後から抱きついてきた。
鼻をくすぐる甘い香りと背中に当たる二つの柔らかい弾力を感じる。
予想外の出来事に俺は焦るしかない、今度は一体何者なのか。
慌ててふためく俺の首元に何かが噛みついた。
熱い感覚が首元から走るとそれが痛みに変わる、激痛だ。
何とかそれを振り解いた俺はそれを正面に見据える。
金髪で狐耳と九つの尻尾を生やした女、先程と同じ妖狐が俺の目の前にいた。
ただ違うのは二匹目の妖狐という事である、一匹目の妖狐は先程俺が殺したので近くに倒れている。
妖狐の口元からは血が流れており、俺の首元に何をしたのか一目瞭然である。
背筋に冷たいモノが走った。
妖狐は不敵な笑みを浮かべた後、俺から離れるように猛スピードで洞窟の奥へ逃げて行った。
それを見て追おうとした瞬間だった。
ほんの数秒だけ自分の体が日照り熱っぽく感じてしまった。
同時に視界が歪んで立ちくらんでしまう。追おうにも追えない状態になってしまった。
視界が正常に戻ると俺の目の前には誰もいなかった。
残ったのは妖狐の死体とビンに詰めた光る草、そして俺と噛まれた首元から流れる血。
――感染した。
妖狐病という状態異常になってしまった。
いつ俺の体がキツネに変貌してしまうのかわからない状態になってしまった。
下手をすれば今すぐにでも変わってしまうのかもしれない。
俺は迷わず感染元となる妖狐を倒す為に洞窟の奥へと進むしかなかった。
数十分が経過したのだろうか。必死に光を照らし妖狐を探すが見つからない。
焦りが恐怖へと変わりつつある、自分が別の何かに変貌してしまう。そんな恐怖が。
「キヨヒコ?」
「え?」
焦っている俺に何者かが声をかけてきた。
女性特有の高く、柔らかい声。聞きなれた声でもあるその声に振り向いた。
魔法使いがよく着るような黒のローブに黒い杖、黒い……とにかく黒い服ばっかりだった。
そんな服を着るのは俺の知り合いである女――元男の魔法使いフタバ以外にいなかった。
「フタバ!妖狐をここらで見つけなかったか?」
「妖狐?ボクは見てないけどそれがどうかしたの?」
「……噛まれた。妖狐病になってしまった。」
「!!」
フタバは唖然としていた。真剣な表情で俺の体を心配してくれる。
「いつ噛まれたの?」
「数十分前だ。」
「体は大丈夫?」
「今の所はだいじょ……」
『大丈夫』そう一言伝えようと思った時だった。
心臓がドクンと大きな音を立てた。あまりの苦痛に顔から脂汗が噴き出し立つ事すらままらなくなった。
フタバがいきなり苦しみ出した俺を見て何か声をかけているが何を言っているのかすらわからない。
体がバキバキと大きな音を立て始めた。
最悪の出来事が起こってしまった、今自分の体がどうなろうとしているのかがわかってしまう。
肩に激痛が走った、それを両手で掴むと少しずつ小さくなめらかになって行くのがわかる。
呻き声に近い悲鳴をあげるとフタバの顔が引きつっていた。
『見るな!』と伝えようとするが痛みは増す一方である。
両手が細くプニプニした肌に変わり指が女性のソレになってしまう。
爪までもが変化したのだろう、気がつくといわゆる女爪になってしまっていた。
顔にサラサラとしたモノが覆いかぶさった。
それはどんどん伸びており、腰のほうまで伸びたのがわかった。
両耳に激痛が走った、思わず両手で抑える程の痛みである。
少しずつ俺の手に包まれた両耳が小さくなっていく。
そして耳が消失してしまうのがわかった。
次の瞬間だった、頭の上のほうに痛みと共に何かが出てきた。
穴が開く感覚と柔らかいモノが出てくるのがわかる。
それを両手で触るとフニフニした毛で包まれたモノが頭の上から二つ出てきていた。
同時に耳が消失した時、周りの音が一切聞こえなくなっていたが音が聞こえてきた。
フタバが俺を心配している声と俺の呻き声と体が軋む音がまたもや聞こえ始めた。
次に胸に違和感を感じた。
何かに思いっきり引っ張られている感触を感じた。
少しずつ、少しずつそれは俺の胸から出てきた。
ボン!と大きな音を立てたのを最後に違和感は無くなった。
脂汗が額から地面に落ちているのがわかる。
体が熱い、汗が止まらない。
フタバが先程から俺を心配してくれている。
『大丈夫?大丈夫?』とようやく何を言っているのかがわかった。
でも肝心の俺は大丈夫では無かった。
自分の大事な所に激痛がいきなり走った。
ここだけは鍛えてないのでどうしようもない。
フタバの目の前で股間を思いっきり抑え悶絶した。
両手で抑えた股間のモノがどんどん小さくなっていくのがわかった。
小さくなった大事な所を両手で掴めなくなってしまった。
その次の瞬間、俺の腹の下……下腹部に激痛が走った。
何かが捻じ曲げられているような、何かが開いているような。そんな感覚だった。
お腹の下のほうをギュルギュルと音を立てている。
それが終わってもまだ俺の体の変化は終わらない。
尻から何かが出てくる感触を感じた。
何が出てくるのかわかってしまう、これが出てしまったら妖狐そのものになってしまう。
『いやだ!やめてくれ!』と必死に抵抗する。
発したその声がとても高く、女性の悲鳴だったがそういう問題では無い。
少しずつ尻から何かが出てこようとする。それが限界に達した時だった。
大きな音を立てて尻から何かがズボッと出てきた。
それは俺の衣服を破ってしまう程の勢いだった。両手で触るととてもフサフサしていた。
……変化が終わったのだろうか、ようやく痛みが消えた。
全身汗だくで疲労感を感じ、今すぐにでも倒れそうである。
荒く息をしている俺に対しフタバがバッグから何かを取り出した。
「キヨヒコ、これを飲んで。飲まないと精神面まで……。」
フタバがビンを空けて俺に飲み物を差し出した。
俺はそれを両手で掴み少しずつ飲んでいった。
数十秒でそれを飲み干した俺はフタバにビンを返す。
「これで精神面まで侵される事は無いね……一応持っておいてよかった。」
安堵の表情を浮かべたフタバの顔を確認した後、俺は疲労がピークに達し意識が自然と闇へ消えて行くのがわかった。
意識が消える直前、自分はもう人間じゃない……というのを考えて。
――いつまで寝ていたのだろうか。
俺はふと目が覚めた、ベッドに寝かされていたのだろうか。
布団が被せられており辺りを見渡すとフラスコやらビンやらに謎の液体が大量にある部屋。
女性になっても何ら変わらない知り合いの見慣れた部屋である事がわかった。
フタバは男の頃から魔法が得意だった。
もっと魔法を極めたいから性転病になってくる何て言いだした時は何言ってんだコイツを思ったが……。
おそらく俺が気絶している間、転送魔法を使ってここまで移動してきたのだろうか。
「あ、キヨヒコ。起きたんだね。」
そうフタバが言い俺に近寄って来た。
手にはコップが握られておりそれを俺に差し出してくる。
俺はそれを手で握ってコップの中身の透明の液体、水を飲み干した。
「んー、なんていうかなんというか……すっかりかわいくなったね!」
「やっぱり……。」
『やっぱり』と言った瞬間だった。
自分の声が今まで聞き慣れた自分の声とはまるで違う、高くカン高い声である。
まるで女性の声だ、と思い両手で喉仏を触るとのっぺらとしており何も無かった。
顔を下に向けるとすっかり長く、サラサラになってしまった金髪が顔に覆いかぶさってしまう。
そして生まれてから一度も見たことがない視点で二つのふくらみを見てしまった。
二つのふくらみの中央には谷間が小さく作られている。
それをすっかり小さく、細くなってしまった両手でそっと触った。
「んっ……。」
「キヨヒコ?今は昼だよ?」
慣れない触られた感触と両手に感じた柔らかい感触。
自分の胸が触られた。それだけで自分の体に起きた異常を感じとる。
実際には触った事が無い女性の胸の感触を自分自身の胸で感じとったのだから。
「まぁ、ボクも女の子になって最初のほうは自分の体に興味津々だったから触りたくなる気持ちはわかるよ?」
「……。」
俺は何も言えなかった。
次に両手で股間を触ると何も無かった。手がスカスカと空を切るだけで何も無い。
それを確認して俺は大きなため息をついた。本当に性別が変わってしまった。
「キヨヒコー?どうしたのさっきからボーっとして。」
「……俺、妖狐になったんだな。」
「そうだよ、残念ながら。」
両手で頭の上に出来た新たな器官を触った。
毛で覆われたそれはとても柔らかくてフニフニしている。
それを頭に押し付けるようにすると周りの音が一切聞こえなくなった。
これが今の自分の耳なのだろう。
次に先程から背中に違和感を感じていたので首を後ろへ向けるとフサフサしているたくさんの毛を発見した。
毛を適当に触ると一本一本に神経が通っているのか尻から触られたという感触を感じた。
手からはとってもふかふかした感触が帰って来た。
「ねぇキヨヒコ、ちょっとだけその尻尾触らしてくれない?前から思ってたんだ。」
「え、あぁ。」
俺はフタバに許可を取る前にすでに尻尾を触り始めていた。
尻尾をなでる、抱きつく、あらゆる事をしていた。
「いち、にぃ、さん……。」
「?」
「ちゃんと九本あるんだね。」
「尻尾が?」
「うん、どれもこれもとってもフサフサしてて暖かかくて気持ちがいいよぉ。」
「そうか……。」
俺は微妙な気分になってしまう。
とっても気持ちがいいのだろう、先程から尻尾に顔を埋めて遊んでいるフタバの顔は楽しそうだ。
「実は……キヨヒコが起きるまでボクはずっと起きてたから眠いんだ。」
「え?」
言い返す前にフタバもベッドに入ってきて俺を背後から抱きついて寝始めた。
抵抗する気も起きなかった。
数分もたたぬうちにフタバはスヤスヤと寝息を立てて寝始めた。どれだけ眠たかったのだろうか。
でも俺は先程まで寝ていたのであまり眠たくない。
「……気が済むまで寝かせておいてやるか。」
すっかり高くなった声で、俺はそう呟いた。
気が付いたら俺は見知らぬ場所に立っていた。
両手には見知らぬ花を握っている。それはとても綺麗でいい香りがした。
純白の服に身を包んだ俺はその花をたくさんの人へ向かって投げた。
それを誰かが受け取ると歓声が沸き起こった。
俺はすぐ隣にいる男に向かって笑みを浮かべる。
男も俺に満面の笑みを浮かべると俺達は唇と唇を自然と重ねあって…………。
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」
カン高い悲鳴をあげて俺は飛び起きた。
隣で寝ていたフタバが変な声をあげてベッドから放り出される。
汗をかいていたのか背中が濡れているのがわかる。
辺りは暗い、夜になっておりいつの間にか俺も寝ていたようだ。
変な夢を見てしまった、よりによって俺が誰ともわからぬ男と結婚して唇を重ね合うなんて……思いだしたくもない。
首をぶんぶんと横に強く振る。
男の頃とはまるで違うサラサラになった長い髪の毛が俺の鼻をくすぶる。
「もうキヨヒコ!優しく起こしてよ!!」
「……すまん。」
「あちゃー、結構寝ちゃったね……暇だし今から飲みでもいく?」
「この格好でか?かなりブカブカだが……。」
「大丈夫!ちゃんと服は貸してあげるから!はいはい、行こう行こう!」
タンスから服(もちろん女性物)を引っ張り出して俺に差し出してくるフタバの顔はとても楽しそうだ。
でも、サイズとか色々問題がありそうである。
フタバの体をまじまじと見つめると、改めて女性になってるんだと思った。
胸はしっかりと出ていて腰もくびれている、お尻も大きい。
自分の体を見ても出ている所は出てて腰もくびれている。
「これなら似合うかな?じゃあお着替えしましょうねー。」
「……フタバさん?」
「こういう時は女の子の先輩であるボクが教えないとね!今後キヨヒコはその体で生きるのだから。」
その後、飲みにいくはずだがフリルがついたヘンテコな服を着せられたり色々とされてしまった。
下着のサイズに関してはフタバのモノとサイズがほぼピッタリだった。
胸を包むブラジャーの感覚とピッチリと股間を包むアレの感覚は慣れそうになかった……。
「おじさーん、今日は美人の娘連れてきたよ?」
「おおフタバちゃんいらっしゃい……って妖狐じゃねぇか大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫だってこの娘、キヨヒコだもん。」
「なるほどなるほどキヨヒコか……なんだって!?」
フタバは俺を色々な服を着させ楽しんだのか最終的にはフタバがいつも着ている魔法使い用のワンピースっぽい服になった。
スカートはとてもスースーするが、尻尾を通す為の穴を開けなければいけない。
『この服、キヨヒコにあげるよ。』と言いフタバは尻尾を通す穴を開けてくれた。
そしていつもフタバが通っている飲み屋へ連れて行ってくれた。
俺もこの飲み屋はよく利用している。
客は少ないが、一部の冒険家達が好んで通っている店だ。
店主であるオヤジもとてもいい人で俺もよく相談に乗ってもらった。
「……なんだよオヤジ。人の顔をまじまじと見つめて。」
「このキツネの美少女がキヨヒコか、全く世の中どうなるかわからんものだ。
ヨウイチ君がフタバちゃんになった時、顔の造形はあまり変わらなかったが……ここまで変わるとはな。」
「今のキヨヒコは髪の色も変わっちゃったし、目の色も変わっちゃったからそれもあるんじゃないの?」
「ウチで働かないか?給料は出すぞ?」
「遠慮しとく、オヤジはよく女にセクハラしてるじゃねぇか。」
『まあお前のような美少女がいたら、俺も安心して仕事できんな。
思わず襲ってしまいそうだ。もちろん夜の意味でな。』
とオヤジは言い、酒の用意を始めた。
いつも思うが一言多い、その年齢になっても結婚できないのはそのせいじゃないだろうか。
と思ったが声には出さないでおいた。
「でも……オヤジさんの言う通りだよね?
キヨヒコはもう冒険者稼業できないと思うし……。」
「……そうなるよなぁ、俺もこの体じゃ今までの動きは出来ないと思う。
かと言ってもフタバのように魔法が得意という訳でも無い。
働いて飯を食わないと生きていけないし……。」
「ツテなら一つあるぞ。」
「だからここでは働かないって……。」
「ここじゃねぇよ。」
「え?」
オヤジが急に真剣な目つきになって俺にそう答えた。
昔からこのオヤジはそうだ、困ってる人を放っておけない性格である。
「ワシの知り合いに一人、神社を経営している男がいる。」
「神社……?確か東方の国のほうにある風習で神様を祀ってお祈りをしてるんだっけ?」
「フタバよく知ってるなそんな事。」
「それでだ、そこはイナリ神社という名前らしくキツネを神様として祀っていると言っていた。」
「……。」
何となく予感が出来る。
「そして俺達の目の前に神様に見えてもおかしくないキツネの美少女がいる。」
「それって!完璧じゃん!」
「そこで働けば死ぬまで食う飯に困らないだろう。観光に来る人もいるらしい。」
「よし!キヨヒコ!そこで働こう?」
「わかった、じゃあワシが今から連絡を取り合ってみる。」
「ちょっと待て!俺は『働く』何て一言も言ってないぞ!?」
俺が知らぬ間に勝手に話が進んでいる。
この姿になってまだ一日も経ってないのに話が進みすぎだ。
違和感を感じまくっているこの体で即座に働いて何の意味があるのだろうか。
でも何かをしないと餓死してしまう。生きる為には何かをしてお金を稼がないといけない。
「……うむ、そうか。わかった。」
「オヤジさんどうだった?」
「明日から来てくれ、だそうだ。そいつはとても喜んでいたよ。」
「……もうやだ。」
まるで自分の事かのように喜んでいるフタバと同じように笑っているオヤジ。
その二人の姿を見て今更『やめておく』なんて言える訳が無かった……。
「そういえばフタバ、俺が『光る草』を採取したビン……どこにやったんだ?」
「え?キヨヒコ手荷物持ってたの?」
「え?」
「キヨヒコがボクとあそこで出会った時、キヨヒコ手ぶらだったじゃん。」
「……妖狐を探すのに必死で置き忘れたか……。」
「ま、いいじゃん?」
「よくねぇよ!」
――三ヶ月後
俺が人間の男からキツネの女の子になってしまいはや三ヶ月が経過した。
空が明るくなり始めた頃に目が覚める。
オヤジの紹介で働き始めたこのイナリ神社での仕事が今日も始まる。
住み込みで給料も結構出て食費代はタダ。この好条件で働き始めたのだ。
正直な話、命を賭けて金を手に入れていた冒険者稼業と比べるとかなり楽だ。
慣れた手つきで巫女服を着始める。
足袋という靴下を履き、普通のブラジャーとは違う和装下着というのを着る。
襦袢というシャツのような衣服を着て腰紐を蝶結びにする。
その後白衣というワンピースのようなモノを着る。
最後に緋袴という赤い袴を胸のすぐ下の辺りにの高い位置に付けて着替える。
最初の頃はこれが全然わからなくて無茶苦茶に着ていたが毎日のように着替えていたらテキパキと出来るようになってしまった。
女性物の服はどれもこれも面倒である。
ましてや自分の場合、九つのふさふさした尻尾がある為尻尾を服から出すのも一苦労だ。
鏡の前に立ち、今の自分の姿をしっかりと見て問題がないかチェック。
それを終え、問題が無ければ次をホウキを両手に持ち掃除を始める。
今は楽だが秋にはたくさんの落ち葉が溜まるのだろう。
そうなった場合には焼き芋でも作ろうかなと思いつつ一通り神社周りの作業は終了。
その後俺の雇い主であるトシアキさん達が起きる前に朝食を作り始める。
髪の毛が料理に入らないよう、ハチマキを頭に巻く。
料理が得意では無かった俺だが、フタバやトシアキさん達に色々教えてもらった。
今では料理が結構好きになってしまった俺はこれも慣れた手つきで用意を始めた。
白ご飯、みそ汁……などなど。
それらを用意しているとトシアキさんと奥さんが起きたので『おはようございます。』と挨拶をする。
そして朝食を二人に差し出し自分の分も用意して一緒に食べた。
その後の動きはその日その日によって動きが違ってくる。
今日は特に予定も無いので適当にやってて過ごしてくれ、とトシアキさんから言われた。
俺が働き始めたのは寒い冬の頃だが、ポカポカしてきた今日この頃。あくびをしながら境内に座り込んだ。
今日は参拝客は少ない日とトシアキさんが言っていたので恥ずかしい姿を見られる事も無いだろう。
すっかりと細くなってしまった自分の体、触ると出ている所はしっかり出ていてひっこむ所はひっこんでいる。
胸は和装下着で抑えているので小さく見える。
両足は骨格上内股になっており、自然と柔らかい両足同士が擦れあって違和感を感じる時もあったが慣れた。
頭から生えた狐耳をピクピク動かして遊んでみたり、フサフサな九つの尻尾の一つを手で触って遊んでみる。
「暇だー。」
思わずそんな言葉が口から出していた。
両手を大きく広げ仰向けに倒れる。
自然と雲一つ無い綺麗な青空を見つめていた。
「やっほー、キヨミちゃんお久しぶり。」
青色に染まっていた視界が突如見慣れた顔に覆いかぶせられた。
半年前と変わらないローブに身を包んだ知り合いの女性だ。
「突然何なんだよ。」
「お客さんに言う台詞?ほら、練習したんでしょ?お客様がこられた時の台詞。」
「……何かわたしに御用ですか?お客様。」
「キヨミちゃんのふかふか尻尾触りに来たのだけどダメ?」
「お出口はあちらでございます。」
「つれないなぁ。」
「こちらは仕事中で忙しいんだ!勘弁してくれ!」
「その割にはすっごい!ものすっごい暇そうだったよ?」
「ぐぬっ……。」
言い訳出来ない、トシアキさんは適当にしてくれと言っていたが暇なのだ。
「じゃあちょっと触らせてね。うわぁ、一週間ぶりに触ったから新鮮だなぁふかふかふかふかぁ……。」
「……。」
フタバの最近の趣味は俺の尻尾をこうして触る事らしい。
両手で九つある尻尾の一本を両手でそっと挟むようにしてふかふかさせるのが大好きらしい。
とても気持ちいいのか楽しんでいるようだ。
「えぃ。」
「ひゃぅっ!」
突如フタバが九つの尻尾全部を両腕を使い引っ張った。
あまりの感覚に俺の下腹部の何かがきゅんっと音を立てた。
尻尾は強く触ったりいっぺんに動かしたりすると敏感なのか体が自然と反応してしまう。
「『ひゃぅっ』だってさ、あはは。キヨミちゃんもすっかり女の子だね!」
「そういうお前こそ女の子になってるじゃないか……。」
「ほらほら、また男言葉に変わってるよ?お客様に対して言葉遣い矯正するように言われたのでしょ?」
「『俺』はお客様やトシアキさん達に対しては『私』って言うし女言葉も使う時はある!
でもお前は客でも何でもなく、邪魔しに来てるだけだろ!」
「つれないなぁ。」
「気が済んだら帰ってくれ、俺はまだ仕事中なんだから。」
「ああそうそうキヨミちゃん。これ、ボクからのプレゼントだよ。」
そう言いフタバは俺に何かを差し出してきた。
見慣れない文字で何かが書いてある。見た目からこれは食べ物だろうか……?
「この前東方の地に行った時に買ってきたんだ。
何でも『あぶらあげ』っていうキツネが好む食べ物らしいよ?
だから、キヨミちゃんの大好物だと思って買ってきたんだけど……いるよね?」
「…………。」
俺はもう何も言う事が出来なかった。