第7話 召喚の条件
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周りは彼が名乗ったことより、仮面を外したことに驚いていた。
若い―――。
モーガンの率直な感想である。黒髪黒目、顔は整っていて、どこにでも居そうな好青年にしか見えない。
あれほどの技量を持つ者だ。修練にはそれなりの時間を要する。優秀な師匠がいたとしても、それには違いは無い。てっきり、もっと歳を取った熟練者かと思っていたが……。
そしてモーガンらが最も驚いたのは、彼は竜人や獣人などでも無い。彼が人族ということにだ。
「おいおい、どうしたんだ? 人の顔を見て固まるなんて……。傷つくぞ」
軽い調子で仮面の男……クロスが言う。先ほどと変わらない軽さだ。
「え、あ、あの!」
硬直から回復したフィネが、戸惑いながらも口を開いた。
「し、失礼なことをお訊きしますが。森でレッドタイガーを狩ったのはあなたでしょうか!」
失敗した。初対面でコレはない。
そんな誰の目にも明らかであるフィネの失言は、しかし意外にも誰も気にしていなかった。
なぜならその問いは、モーガンにとっても気になる物だったからだ。
「ああ、間違いなく俺だと思うよ」
その答えに父娘はやはり、と確信を得る。
「ところで、どうしてそんなことを訊くんだ?」
「あ、いいえ! 同じ道を通ってきたので気になって!」
「ああ、なるほどね」
本当はもっと訊きたいことがあるのだが、どうにも言葉に詰まってしまう。その原因が何かはわからないが、今のフィネにはその場で引き下がるという選択肢以外が取れない。
「レッドタイガーの死体はどうしたんだ?」
やはりお前だったか、とは口に出さない。十数体の死体の内、半数ほどは血痕を残すばかりで死体はどこにも無かった。おそらく魔法的な要素が関係しているのだろうとあたりをつけて、モーガンは質問を投げかけた。
「ああ、ちゃんと保管してるぞ。ほら」
そう言うとクロスはロングコートのポケットに手を突っ込んだ。
ポケットから引き出した手の内から現れたのは、1匹のレッドタイガーの死体だった。
大型バスほどの大きさのレッドタイガーがポケットから出てくるのは、正直気持ち悪い。
「う、おおお!? お、おおおお前今どこからそれを出した!!」
「え、な、な何今の!?」
少なくともモーガンとフィネには、クロスがコートに手を突っ込んだようにしか見えなかった。
まさかあのポケットは異次元に繋がってるとでも言うつもりか。
「どこからってアイテムボッ……ああそうか、もしかしなくても無いのか」
言いかけて、勝手に一人で納得するクロス。その様子の意味するところは、この場にいる誰にも伝わらなかった。
「おいおい、なに一人でブツブツ言ってやがる」
「ああ、すまん。これはだな……」
『アイテムボックスだ』
多分それじゃ伝わらないだろう。
さっきの反応を見る限り、それは間違いない。
そういえばアイテムボックスってどんな仕組みで出来てるんだ―――。
今更クロスは不思議に思う。大して気にしていなかったが、よく考えたらこれは究極の謎ではないだろうか。空想科学的な本で是非とも検証してほしい。
どうしよう。
クロスが悩んでいる内に、心なしか周りの視線がキツくなってきた。その視線は、ただ単に好奇心に彩られたものだったが、今のクロスにはただただ辛い視線には違いない。
「じ、時空間魔法だ」
クロスは言って後悔する。これが本当の次空間魔法、まるで本当に時が止まったかのようだ。周りの目が、何か痛いものを見るような物に変わってきた気がする。少なくともこの時のクロスにはそう思えた。
「おお! それが時空間魔法と言うやつなのか!」
いや、感心した奴がいた。ディートマルだ。
そういえば、時空間魔法で未来に飛ばされたと説明した気がする。ナイスフォローだディートマルとばかりに、もっと何か言ってくれとクロスは期待の目を悟られない程度にディートマルに向けた。
「やはり貴公は何もかもが規格外だな!」
尊敬の眼差しの様だ。純粋な尊敬を向ける相手が嘘を吐いていると知ったら、このリザードマンはどういう反応を返すだろうか。クロスの良心がちくりと痛む。
「おい、本当にそんな魔法なのか……」
「私は聞いたことないけど……この、ディートマル? さんが納得してるなら本当の魔法だと思う」
先ほどディートマルを助けた魔法の効果もあって、彼らにも納得されそうだ。流石ディートマル。
「まあそういうことだ。仕舞うぞ」
クロスは他人からは不可視のウィンドウを開き、アイテムの回収のコマンドを選択する。
すると、レッドタイガーはクロスのロングコートのポケットへと、文字通り吸い込まれていった。
「ん、どうした?」
「……いや、なんでもない」
「そう、なんでもない……」
「うむ、なんでもない」
モーガン、フィネは何かを諦めた様。ディートマルは流れに乗っただけのように、頷いた。
「まあいいや、お前らはこれからどうするんだ?」
「俺らは目標を達成したから帰るさ。ディートマルと言ったな。なんなら宮殿まで運ぶぞ」
若干その態度を不思議に思いながらも、クロスは今後の行動予定についてモーガンに尋ねる。
そうは言うが、どのみちモーガン達に選択肢はない。
依頼はマップの更新だが、この広い森を彼らだけで攻略するのは不可能だ。それに、レッドタイガーを倒した人物も確認できた。少なくとも今は何かするという意志は無いようだし、有ったとしても今の自分達じゃ遠く及ばない。ここはギルドに報告するだけが正解だ。
そう思っての選択だった。
「む、別に一人で大丈夫だ」
子供のお守りのようだからだろうか、ディートマルは若干拗ねたようだ。身体は相変わらず動かせていないが。
「で、あの、あなたはどうするんですか?」
フィネがクロスに尋ねる。フィネはさっきから大人しい。
学ぶ姿勢だとしても変だ。彼女は、自分の師匠にもタメ口で接しているのに。
モヤモヤしたものを抱えるモーガンを他所にクロスは答える。
「ああ、俺も帰るとするよ」
そう言い、クロスはヴァルハラの宮殿の上、空高く巨大な魔方陣を展開する場所を指定する。何事かと驚く周りも気にせず、クロスの行動は止まらない。
「よし、始めるぞ」
桜色の魔力光により、空には美しい魔法陣が描かれ始めた。
ポォオオオオオオン。音叉を鳴らした時のような、美しい音が響き渡った。
そして、桜色の魔方陣は空中で展開し終わったかと思うと、そこで静止する。
クロスが魔方陣にさらに魔法をかけ、魔方陣自体が固まったのだ。
しかし本当にあれから300年経っていたとしたら、この魔法は失敗の可能性が高い。
しかし、クロスは今まで彼女らに何度もお世話になってきた。安否の確認だけは、早急にやっておきたかったのだ。
「あ、あの……。この魔法は?」
フィネが訊く。先ほど帰ると言ったが、転送魔法でないのは一目で分かったからだ。どちらかというと、何かの召喚の大魔法に見える。
「んー?」
しかし、フィネの問いかけにも、クロスの返事は上の空。
それからどれくらいだろう。クロスにも、それを見る周りにも、その時間はとても長く感じられた。
やはりダメか―――。
クロスが諦めかけたその時だった。
バサバサ
遠方から風を切る音が聞こえる。
どうやらこちらへ向かっているようだ。
「来たか……」
クロスがホッとしたように呟いた。
「へ、な、何アレ親父!?」
「え、あ、ホ、ホーリードラゴン!?」
父娘は今日何度目か分からない驚愕を。
「ドラゴン…………」
ディートマルは痛みを堪え立ち上がり、今は見ること無き世界の王者の姿に敬意を。
誰もがその姿に見惚れていた。
厳密に言うと、ドラゴンという生物はモンスターとは言い難い。
モンスターリペールに弾かれるようなこともなく、出会う条件も非常に特殊な経路を辿らなければならないからだ。
到着したドラゴンは、クロスの魔法陣の上へと着陸する。魔方陣に降り立ったホーリードラゴンは真っ白だ。翼、頭、足、手、鱗と言った全身が純白。太陽の光に反射した鱗は光り輝き、神々しさを感じる。
実はモンスター召喚の際には、音だけでもやってくる。しかし、今回は手ごろな足場が無い。
リザードマンの管理する敷地をこれ以上踏みつけるのも憚れるので、魔方陣の上に足場を作ることにしたのだ。実はこれはゲーム時代、プレイヤー間では敷地を荒らさないための一種のマナーでもあった。
『お久しぶりです、我が主。遅れて申し訳ありません』
頭に響いたのは静かな女性の声だった。
聖女の様に澄んだ声が、その場全員の頭に直接流れ込んでくる。
「え、な、なにこれ!? 親父なにこれ!?」
「ま、まったくわからん!!」
「お、おおおおお。まさか生きている内にドラゴンの声を聞く機会に巡り合うとは……。里に帰ったら自慢しなくては!」
突如頭に声が届き、クロスを除いた人達はオロオロするばかりだ。何せ目の前にいるのはドラゴン。古今東西、力の象徴であり続けた存在なのだから。
「積もる話は後だ。帰るぞエルセ」
そう言い、クロスが20階建ての建物と同程度の高さの魔方陣まで跳躍した。彼の跳躍の衝撃で、大理石の地面が抉れる。
「あ、そう言えばホームって残ってる?」
エルセの背に乗ったクロスが訊く。結構心配していることである。あの中には、結構な数のアイテムと金貨が貯蓄に保管されているのだから。
『ご心配なく、手入れは欠かしておりません』
「え、まだ残ってるのか。よし、出発だ!」
彼の声を合図に、風が巻き起こる。その姿には、ただただ美しさがあった。
ホーリードラゴンとクロスが飛び立ってからも、暫く口を開けたまま固まっている3人がいた。
「はっ!?」
いち早く現実に戻ってきたのはフィネ。
「ちょ、ちょっと親父! おいこら! 戻って来い!!」
呆然と横に立つモーガンの頬を、ビンタの連打が飛ぶ。
「あいだだだだ!? もう大丈夫だ! やめろこの馬鹿!!」
「お、戻ったか」
「ったく、ますます母親に似てきやがって……」
憎まれ口ながらも、モーガンはどこか嬉しそうだ。言葉通り、母親に似てきているからだろう。
「よし親父、早く戻ろう」
言いつつ、すでにフィネの足元には紫色の魔方陣が展開していた。準備が良い娘である。
「分かったよ。しかし、この件はなんてギルドに報告するべきなんだ……」
「帰り道で考えればいいじゃん。じゃあねディートマルさん『テレポーテーション』」
「おっと、俺も忘れていた。じゃあなディートマル」
父娘の冒険者は、光に包まれ消えていった。残されたディートマルは地面に転がったまま、昼食がまだだったことを思い出し立ち上がろうとした。
「さて、私も休憩するとしよう」
足を動かそうとするが、再び地面に大の字で倒れる。地面に縫い付けられたようだ。
「う、動けん…………」
その日、夜を迎えるまで彼は外に寝転がっていた。
ヒロインはリザードマンとドラゴンです。
ようやくドラゴン登場した…………。
あとはドラゴンの人化ですね!