第6話 格好付ける条件
章の管理ってどうやるんですかね
※一部修正しました。
「貴公、何故……っ」
リザードマンは悔しさを隠し切れない。
当然であろう。一日で二度の敗北を喫しかけ、それを一度は自分に勝利を収めた相手が間に入って命を助けるということに繋がったのだから。
「ディートマルさんには悪いけど、この勝負は一旦中止だ」
「ふざけるな! 私はまだ生きている! まだ終わっていない!!」
仮面の男が乱入した理由を、リザードマンは十分に理解している。
しかし、ここまで圧倒的な力の差でこの場を終わらせられるのは、あまりに惨めではないか。
「……ごめん」
仮面の男がそう言った瞬間、何かに殴られたようにディートマルが吹き飛ぶ。
男の両手は塞がっているし、足が動いたようにも見えなかった。まるで透明の何かがディートマルの顔に強烈なストレートを食らわせたように、リザードマンは地面を転がっていく。
その魔力の流れを感じさせない一連の動作に、SとSSランクの2人の冒険者は息を呑んだ。
「くっ……」
仰向けに倒れたリザードマンは、悔しげに仮面の男の方を見やるが、元々蓄積していた相当のダメージに加えて、今の攻撃はかなり堪えたに違いない。数秒の間もなく、リザードマンは大の字に転がった状態で意識を失った。
一方、剣を掴まれた2人はこの一連の動きの中、生き残るための策を考えていた。
今はどうやって攻撃した。両手は塞がっている。一体何の魔法だ。
父娘は考えを巡らせ、乱入者を睨むが、その手品の種を暴くまでには至らない。
「ん、おっと悪かった。敵意はないんだ」
冒険者の警戒した視線に気づいたのか、男はなんとも思っていない調子で剣から手を放す。
あまりに軽くやられたので、離したと気づくのに数秒かかったほどだ。
未だ警戒を止められない相手に、再び冒険者の2人は剣を構え直そうとするが、その様子を見た男は両手を上げて敵意は無いですよとアピールを図る。
「戦う意思はないよ。できればそちらも剣をおさめて頂きたい。もっとも、この宮殿に何もせずに立ち去ることが条件だけど」
仮面の男は両手を上げたまま、これもまた軽い調子で言ってのける。警戒していた冒険者が拍子抜けするほどに、軽い調子で。
「あんたは一体?」
剣を構えたまま、モーガンは男に質問をする。目的が分からない相手に、武装を解けと言われてはいそうですかとはいかないのだ。それと同時に、明らかな強者が交渉の余地を示しているのだから、素直に従った方が身のためだとも、モーガンは理解しているが……。
「悪いな、質問は後だ。ディートマルさんの傷を治したい」
ディートマル。その名は誰を指しているのか分からなかったが、男が首を向けた視線の先に転がっているリザードマンが居た。会話から察するに、あのリザードマンのことを指しているのだろう。
「こちらとしても、争いは好まない。その条件を呑もう」
戦闘が終わることならそれに越したことはない。真意までは分からないが、ある程度男の目的を理解したモーガンは、男の言葉を信用に値すると判断して剣を収める。
もちろん罠である可能性も考えられるが、本当に危険になったら転移魔法で逃げればいいだけのこと。
いや、頭に血が上って戦いに没頭する可能性も否定することはできないが。
そこで、ふと気になったのが娘のこと。
あれは自分に似て頭に血が上りやすい。勝負の邪魔をされてイライラしてなければいいが……。
そう思ってモーガンは、ちらりと娘の様子を見やる。
「…………」
フィネは予想外にも大人しかった。
それどころか、好奇心を抑えきれないとばかりに男の観察をしていた。冷静に考えて、自分たちの剣を素手で受け止めるほどの実力者だ。例え敵であろうと学ぼうとするその姿勢には、我が娘ながら感心するものがある。
フィネが考えていることは、モーガンにも簡単に予想がついた。
どうやって誰にも気配を感じさせずに現れたのか。
ディートマルというトカゲが何かに殴られたのはどういう理屈か。
魔力を感じないのは一体どういう訳なのか。
誰からそれを学んだのか。
フィネはそういったことを、仮面の男の動きから得ようとしているのだろう。
成長したな―――。
口には出さないが、モーガンは娘の成長を嬉しく思う。
モーガンは既に冒険者のランクでは負けていたが、精神的な面や経験とサバイバルの知識はまだまだ自分に及ばないと考えていた。
だがこの場面を見てしまえばどうだろう。この学びの姿勢は、既に精神面での成長に心配はないと言っているようなものではないか。それにフィネはまだ16だ。まだ16なら、経験や知識が浅いのは当たり前だ。
これらは、そのうち時間が解決するだろう。
いつの間にか、相手が格上だろうと、がむしゃらに噛み付く娘はいなくなったことに、モーガンは一抹の寂しさを覚える。
今ここに居るのは、自分の非を認め、あらゆる相手から学び、向上しようとする優秀な冒険者だった。
「俺はもう完全に超えられたようだ、ビアンカ」
モーガンは今は亡き妻に、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
一方、仮面の男はしゃがみ込み、ディートマルの傷の具合を見ていた。
モーガンとフィネの経験上、あの傷ではヒールでも間に合わないが、一体どういう理屈で傷をふさいで見せるのか。気になるのも仕方ない。
そう2人が考えていた時、仮面の男が魔法陣を展開した。
見たことの無い術式だ。青色に描かれた幾何学的な文字の意味を理解しようとしても、フィネの知識ではさっぱり理解できない範疇にある。
「『リカバリー』」
仮面の男の魔法により、肉体がみるみるうちに塞がっていく。
傷どころか、使い物にならないと思っていた左腕の骨や筋肉も元通りになっていった。神官でもこれぐらいの傷の再生は可能だが、これほどの速さで傷を塞げる者はほとんどいないだろう。
「なっ!?」
声を出したのはモーガンだけではない。フィネも同じだ。こんな魔法は、魔術学院の教授より豊富な知識を持つ彼女ですら知らない。彼女の2人の師匠ならば分かるかもしれないが、この場にいるフィネ一人では理解するのは不可能に等しい。
一体どんな魔法なのか。フィネが質問しようとしたが―――。
「む、うう?」
先にリザードマンが目を覚ました。
先ほどまでの衰弱しきっていた様子は全く無く、ちょっと辛い朝の眠りから目覚めたかのような調子だ。
「おはよう、あちらさんも戦う意思は無いってよ」
仮面の男が声をかける。だが、リザードマンはその声を聞いているのか聞いていないのか、呆然と空を見上げている。
「まさか今日だけで2回も地面に転がっていようとは…………」
勝負を止められた怒りはそこには無い。リザードマンは武人ではないし、そこまで勝負にこだわりや誇りといったものも無いのだから当然のことと言えるが。
なぜあんな無茶をしたのか、リザードマンも自分で答えは分かっている。熱くなり過ぎていたのだ。
「貴公には助けられた。あのままだと私は確実に死んでいたよ」
ディートマルが礼を言う。仰向けに寝たままだが。
回復魔法は、身体の疲れまでを癒すことはできない。蓄積したダメージの疲労が、リザードマンの身体に残っているのだろう。大地に根を張ったように、リザードマンは大の字で転がったまま、頭すら動かさないでいた。
「君たちにも、すまなかった。姿を見せなかったとは言え、今思えば攻撃は早合点だった。簡単に敵の言葉など信じられないだろうに…………」
ディートマルは、2人の冒険者にも頭を下げようとする。もちろん、どこも動かしてなどいないが。
「完全に血が上っていた。すまなかった」
その言葉に、2人の冒険者はまるで気にしていないといったばかりの様子で笑顔を向けた。
「別にいいっての。楽しかったぜ」
「私は互角に戦えて楽しかったぜ」
心から満足したかのような声色だ。実に気持ちの良い返答である。
「私はディートマル。貴公らは?」
それが自分たちに向けられたものと気付き、2人は名乗り返す。流石に無視するほど礼儀知らずではない。
「俺はモーガン・アーベラインだ」
「私はフィネ・アーベライン。このおっさんとは親子だよ」
「へえ、あんたら親子だったのか」
と、そこに仮面の男が驚いたように言った。暢気に地面に座り込んでいる。
「あ、そういえばお前ナニモンなんだ」
モーガンは思い出したように言う。
一応警戒はしているが、目の前の男からは全く敵意といったものは感じない。
「そうそう、ディートマルさん、この人って何者なんだ?」
「む、そういえば私もまだ名を聞いていなかった」
さらにディートマル。
仮面の男の頭からはすっかり抜け落ちていたと言わんばかりに、額に手を当てて驚きを表現していた。
「そういえばそうだったな。俺の名前は―――」
男は仮面を外す。
オンラインゲームのHNでもなく、親から貰ったかつての名前でもない。
「―――クロス、クロス・ベルガーだ」
これが、彼が故郷を断ち切った瞬間である。
短いですけど名乗る所で区切りたかったんです。