第4話 ソロの条件
す、ストックが切れてきた…………。
※一部修正しました。
森を抜けた先には、巨大な宮殿が広がっていた。
そこだけ森が拓けていて、光が眩しいほどに差し込んでいる。
白塗りの宮殿と、1000人規模でパーティが開けそうな大きな庭は、巨大な金の門に囲われている。
どう見ても、一大国家の観光名物という方が自然に思える建物だ。
そのあまりにも森には不釣合いな存在に、なんともいえない違和感が込み上げてくるのは、当然のことと言えよう。
紳士は建物を眺めながら、ここに来る前に調べた前情報を思い出す。確かにベルサイユ宮殿をモチーフにしたらしいそれは、とてつもなくデカイ。
本物より大きな面積を誇るとも聞いていたが、流石にその噂の信憑性は分からない。
「モンスターリペールか……。まあ、俺に関係は無いが」
「ギャーッ!」
紳士が呟いたモンスターリペールとは、特定のモンスター以外はこれより先の敷地内に踏み込むことができなくなるという結界だ。
金で出来た門を抜け、トテトテと可愛らしい擬音が付きそうな足取りで、1人と1匹は敷地内に入って行く。200メートルほど歩いたところだろうか、ベンチと噴水がある。休憩できそうな場所が見えた。
「よし、ここがヴァルハラか」
「ギャーッ! ギャー!」
ストライプのスーツに黒いネクタイ、ロングコートに仮面の紳士は、感慨深そうに言った。
黒髪には汗が滴っているあたり、ここに来るまでの蒸し暑さが伺える。
紳士がいる場所は宮殿の大庭園だ。十字路の道は大理石のように磨かれ、鈍く光り輝いている。毎日掃除しているのか、それとも何か魔法的な効果によるものかは分からないが、そこかしこから漂う貫禄は流石ダンジョンと言ったところだろう。
さらにその真ん中には巨大な白い噴水。清らかな水が惜しみなく溢れ出ている。
あたりには十字路の道を優しく包み込むように美しい花々が咲き誇り、幻想的な雰囲気が漂う。
紳士が更に視線を先に進めると、階段があり、宮殿へと進む道となっていた。
「とりあえずここで休憩だな」
「ギャーッ! ギャーッ!」
どっこいしょと、やっと見つけた休憩できるだろうスペースに腰掛けると、紳士は深いため息を吐いた。
目の前で惜しみなく清らかな水を吐き出す噴水は、そんな紳士を見つめるように、高く舞い上がり続けている。
「長かったぜ……。まさかデーモンウィップとは」
「ギャーッ! ギャーッ!」
紳士は、先ほどの門の前で行われた戦闘を思い出す。
デーモンウィップとは、全身紫の毛むくじゃらな小柄のモンスターだ。特徴としては羽があり、戦闘時には空を飛びまわりながら魔法攻撃を繰り出すのを主体としている。
別段珍しくもないモンスターだが、厄介なのはその魔法攻撃と、集団性にあった。
10種類を超える状態異常魔法を繰り出すサポーターが後方で味方の支援を繰り返し、前に出る奴らは弱いながらも、連続して魔法を放ってくる。
見事なまでに連携のとれた動きとその数に、紳士は予想より多めに時間を取られてしまった。
「ギャーッ! ギャーッ!」
そして、ベンチの横には、拘束魔法『バインド』で亀甲縛りをされた1匹のデーモンウィップが投げ捨てられるように転がっていた。
桜色に輝く光に亀甲縛りをされるデーモンウィップの心象は、いかがなものか。これがモンスターではなく人間だったら、その相手は間違いなく死にたくなっていることだろう。
偶然1匹だけ生き残り、拘束魔法で抵抗できないほどに弱っていたため、せっかくだし何かに使えるかなと考えた紳士は、ここまで引きずってきてしまった。ちなみに、モンスターリペールの抜け道として、プレイヤーが強制的に引っ張ってくるという技があったりする。そんな荒業は、かなりの下位モンスターか、相当弱らせたモンスターにしか出来ないが。他に連れることができるモンスターといえば、自らが使役、または盟友としているしているモンスター、もしくは使い魔くらいだ。
デーモンウィップの魔力の源となる尻尾は既に切断してある。抵抗どころか、バインドを免れることもできないだろう。
「なんだうるさいぞ、俺のおかげで中に入れたのに」
「ギャーッ! ギャーッ!」
「そういやこいつって、ゲテモノ料理で出てたよな? つまり食えるのか」
「ギャーッ! ギャッ、ギャギャッ!?」
「タンから食べよう」
「ギャー!! ギャアアアアー!!」
紳士が取り出した塩コショウと包丁がキラリと光る。
今の紳士の頭にあるのは、デーモンウィップを材料とした焼肉料理。紫色の肉というちょっぴりグロテスクな料理ながらも、味は一流だ。料理スキルが皆無であろうと、こちらが現実なら料理は可能のはず。そんな実験思考を挟みながら、紳士はデーモンウィップの頭を左手で抑える。
「ギャーギャーギャー!!」
デーモンウィップの渾身の抵抗。暴れるが、完全に上から押さえつけられている。悲しいかな、体格から筋力まで何もかも違う相手に、魔法特化のデーモンウィップでは力不足すぎた。
「さあ昼食だ!」
紳士の包丁が、今まさにデーモンウィップの首を切断しようとしたその時だった。
「いや、それは困るね」
突如、若い男性の声が聞こえた。
「外とはいえ、宮殿の敷地内だ。血は勘弁してもらいたい」
「うお!?」
「ギャアアアアア!!」
なんの魔法か、紳士の手の中で砂になるように、デーモンウィップが消えて行く。
どこか安堵したように消え去ったのは、きっと紳士の気のせいでは無かったのだろう。
「急に現れるなよ、ビックリしたぜ」
砂になったデーモンウィップを地面に置き、そのまま紳士はおおげさに言いながら、立ち上がった。
デーモンウィップを消した張本人、リザードマンが姿を現す。全身橙色で顔はトカゲ。着ている物は、黒いスーツに黒い革靴だ。紳士と微妙に被っている。
噴水の前に腰掛けたリザードマンは、リラックスした姿を崩さず、真っ直ぐに紳士を見つめている。
「このダンジョンのボスはお前かな? 生かして倒すのは面倒だから降参してくれ」
紳士が言い、肩の大太刀を抜く。
多人数での攻略を前提としたオンラインゲームのボス相手に、一人とは思えないほどの強気な発言だ。
もちろん、それが本当にゲームの世界だったのならば、だが。
「やれやれ、いきなり武装とは。魔力を全く感じないのに、その大口は関心するよ」
それに合わせてリザードマンも立ち上がり、背中から2本のグレートアックスを取り出す。こうして対峙すると、リザードマンの巨漢がよくわかった。180センチの紳士が見上げる形だ。恐らく、このリザードマンは2メートルを超えているだろう。
「出来れば話し合いで解決したかったがな」
リザードマンは斧を手にしながらも、どこか悲しげに紳士を見た。恐らく、本心で言っているのだろう。こちらが武器を抜いてからも、動作が非常にゆっくりしていたあたり、温和な性格だということが透けてみえる。
「戦いでしか分からないこともあるだろ?」
紳士が、仮面の下で不敵に笑った。
「やれやれ、流れた血の掃除が面倒だ」
目つきが変わる。同時に、紳士はリザードマンの全身が一回り大きくなったような錯覚を覚えた。
実際に一回りも大きくなっているわけではない。だが、百戦錬磨を漂わせる雰囲気は、常人ならばそれだけで心を折ることも可能に違いない。
「では、行くぞ」
リザードマンの言葉を合図とし、両者が動いた。お互いに、正面衝突しそうな勢いで接近する。
「るおおおおおお!!」
リザードマンは圧倒的な速度で迫り、右の斧を紳士のわき腹目掛けて振る。
「はっ、甘いぜ!」
紳士はそれを大太刀で防ぐ。しかし、両手を使ってガードに回ったため、左の胴がガラ空きだ。
リザードマンも、それを狙っていたのだろう。右の斧が防がれたのとほぼ同時に、今度は左の胴へと斧を振る。
「ちぃっ!」
紳士はリザードマンの追撃に舌打ちをしながら、斧が自分の腹を抉る前に、リザードマンの腹を蹴り飛ばす。
「ぐぉ!?」
完全に後手に回っていたところからの反撃。初動と駆け引きで完全に勝利していたはずのリザードマンの攻撃は、あまりにも早すぎる紳士の蹴りにより、無理矢理中断させられた。あまりにもデタラメな戦い方だ。
「がはぁ!!」
リザードマンは受身を取ることも出来ず、遥か後方に飛ばされて宮殿の階段へと叩きつけられた。陶磁器の様に繊細な美しさを醸し出していた階段が無残に砕け、リザードマンの身体を受け止める。
(くそっ、なんだこいつは!)
リザードマンは目を見開く。
飛ばされたのは、距離にして30メートル程度。リザードマンは内心の動揺を抑え、隙を作らない様に、素早く体勢を立て直す。
魔力などまったく感じない、弱いはずの人間だと考えていた。そんな数分前の自分を殴ってやりたい気分だ。
しかし、それでも油断だけはしていなかったはずなのに…………。
(いや、大事なのは目の前の戦闘だ。後悔などしても仕方がない。見たところ奴は近接戦闘がスタイルだ。それならこちらに分が…………。)
30メートル先で捉えていたはずの紳士が消え、次の瞬間には、リザードマンの視界がブレていた。
「なっ!?」
リザードマンが頭を蹴られた、と気づいたのはレンガに叩きつけられてからだった。
紳士の魔法の一つ、ブーストが発動したのだ。ただでさえ強力な紳士の肉体が更に強化されたため、急な変化にリザードマンも対応しきることができなかった。
リザードマンに冷静に観察する暇も、駆け引きに持ち込む猶予も与えてくれない。
いつの間にか大太刀を鞘に戻していた紳士は、蹴りにより床に倒れたリザードマンの腹に、体重を乗せた肘打ちを入れた。
「ぐほぉ!!」
僅か数秒の攻防は、リザードマンの気絶により、あっけなく勝負が付いた。
*
「うーん。リザードマンは倒したが、サンクチュアリが解除されていない。どういうことだ?」
いつものような、天からパリーンとガラスが落ちてくるような演出がなかった。
ある意味クリアした者への褒美のような演出のため、少々期待していたのだが……。
割れる演出が無いとすると、もしかしてサンクチュアリそのものが無いのだろうか。不可視の魔法のため、目で判断することができないのだ。なんとも言えないもどかしさが、紳士の頭を悩ませる。
もうゲームの世界でないのはほぼ確実だが、無闇にドラゴンをここまで呼んでサンクチュアリに撃墜されるような光景は見たくない。もっとも、ドラゴンが来るかは怪しいが……。
しかし、ここは宮殿のボスであるリザードマンに訊いたほうが良いだろう。少なくとも今の自分よりは知識が有るはずだ。そう紳士の考えが纏まりつつあった時だった。
パチリ。その擬音がピッタリな様子で、リザードマンが目を覚ました。
状況を把握しきれていないのか、自分の身体のあちこちを触っている。その動作を止めて、大の字に転がった後も、リザードマンは困惑した様子のままである。
「生きて、いる…………?」
まず彼が感じたのは、その疑問だった。続いて、リザードマンは先ほどまでの記憶を思い返す。訳のわからない蹴りに吹き飛ばされ、腹に肘打ちを食らったのだ。
「そうか、負けたか……」
呆然とした様子だった。自分の言った言葉の意味さえ理解できていないのでは、と思うほどに。それもそのはずだ。リザードマンはこの宮殿を守り300年ほど、負けたことなどなかった。
―――この森のモンスターを全て倒した自分に、勝てるものなど今まで一度もいなかったのに。
それどころか最も自信のあった近接戦闘で、仮面の男の動きを見ることすら出来なかった。
「ままならんものだ……」
リザードマンは思い返す。圧倒的実力差による敗北などいつ振りだろう。
リザードマンの視界がボヤけた。清々しい気持ちが、胸一杯に広がっていく。
「あー、自分の世界に入ってるところ悪いが、いくつか訊きたいことがある」
そう言った横には、先ほどリザードマンを負かせた男が胡坐を掻いていた。
バッと体を起こすも、誤魔化しなど効くはずもない。ここまで至近距離にいたということは、つまり先ほどの様子を全て見られていたに違いないのだろうから。
リザードマンは、自分の顔が熱くなるのを感じた。
「まず、ここはヴァルハラで間違いないな?」
ヴァルハラ。リザードマンの長い生涯の中で、その単語を聞いたのはいつ振りだろうか。
思いもよらない問いかけに、リザードマンの心臓が跳ねる。
「もちろんだ………。そうだ、ここがヴァルハラだ」
ヴァルハラ、そう呼ばれたのはいつ振りだろう。
―――自分以外にその名を覚えている人がいたとは。
リザードマンは嬉しさに涙を堪えることが出来ない。また視界が歪む。今日の自分は泣きっぱなしだと自虐に走るものの、本心はまったく違うところにある。
「お、おい? なに泣いてんだ!? 腹に決めたやつが痛むのか!?」
先ほどの冷静さとはうってかわり、紳士はオロオロとしだす。
戦闘時とのあまりにかけ離れたギャップに、リザードマンは苦笑いを浮かべた。
「いや、大丈夫だ。それよりも質問に答えてやる」
「そ、そうか? そんじゃ、続けるぞ。何言ってるか分からないと思うが……ここはもうクリアしたと思うんだが、サクチュアリが解除されていない。これってお前の手動なのか?」
質問には懐かしい単語がいくつも浮かび、リザードマンは再び泣いた。
「……うん、大体訊きたいことも終わったよ」
宮殿の中を見学させてもらい、中々満足そうな紳士。質問がてら宮殿の中をリザードマンに案内してもらっていたのだ。最初は罠かと疑ったが、リザードマンの真摯な対応は、それを感じさせなかった。おかげでかなり有意義な時間を過ごせたと言えるだろう。
ちなみにサンクチュアリは、300年ほど前に突如消えたらしい。クリア後に、指定の街まで送ってくれる転送魔法陣も消滅したそうだ。
原因は分からない。しかし、これで心置きなくドラゴンが呼べるようになった。
来るかどうかは分からないが……。
今は客室でこれまた豪華な椅子に座り、休憩していた。
「そうか……これより貴公はどうする?」
紳士は、先ほどリザードマンから譲り受けたアイテムを手で弄りながら、言う。
宝石が散りばめられたオルゴールは、紳士の手から美しい音色を飾っていた。
「そうだな、家に寄ってみようと思う。もう随分ほったらかしだから」
どうやら紳士が今いる世界は300年後の世界らしい。
質問には今は使われていない単語が多数存在し、「プレイヤーを知っているか」と訊いたら「もしや貴公は300年前の人間か」と言われてしまった。
にわかには信じがたい話だが、プレイヤーという存在は300年前に突如として姿を消したらしい。
確定ではないが、紳士も恐らく300年前の人間だろう。
異世界に来たとは納得したが、まさか300年後とは……。そんな絶句を吐き出しそうになるものの、なんとかリザードマンの前で突然叫ぶなどと言う行為を抑えきることが出来た。
リザードマンには、ちぐはぐな知識が見抜かれ怪しまれもしたが、そこは自分はプレイヤーだったが、時空間魔法の実験で未来へ飛ばされた。ということで話を落ち着け、質問を再開した。
現在の世界情勢や一般常識まで教えられた。内容を聞くと、科学技術の発展は未だに無いらしい。
魔法に至っては完全な停滞、下手をすると後退しているらしい。上級魔法を扱えるものなどここ数百年見た事ないなどと言われた時には、嘘を吐くなと叫びそうになったところだ。
なぜそんなことを森に住むお前が知っているんだと訊いたら「城下町の魚が安くておいしいんだ」だそうだ。まだまだ差別も強い亜人種。変化の魔法で人に姿を変えて、よく人里に降りているらしい。
世知辛い世の中だ。とは紳士の弁である。
「そうか。早く行ってやるといいな……」
それにしてもこのリザードマン。もう、自分がなぜこの土地を守っているのかも分からないそうだ。
天からの声で、ここに侵入したものは撃退せよという命令をずっと守り続けていたらしい。
もっとも、暴力だけでなく出て行くように説得もしていたそうだが。
「ところで、そのアイテムは一体何に使うのだ?」
リザードマンが尋ねる。巧妙に隠そうとしているが、中々に興味深そうだ。
「ん、ああ。口では説明しにくいかな」
紳士の手には、3つの六角形のガラス体。効果はEXスキルの能力強化。
元々は、ダンジョンの攻略報酬アイテムだったものだ。
紳士の記憶が確かなら、リザードマンは圧倒的戦闘力の代わりに、大半の魔法とスキルが使えず、さらにEXスキルがない。
そもそもEXスキルという言葉そのものが消えているようだ。言っても分からないだろう。
そもそも六角形のガラス体。このヴァルハラを除けば、数多あるダンジョンでも、かつては4つの箇所でしか手に入らない貴重品だ。
今、手で弄っているのは、そういうアイテムだったりする。
本来、これは紳士、ローション、スラッパーの3人で山分けするはずの物だった。
しかし、仲間はもういない。
もう会えるかどうかすら分からない。
「まだ全部信じたわけじゃないけど、未練は捨てる。これは俺が全部使いますよ」
その言葉は誰に向けたものだったか。紳士は3つのガラス体を握り、砕いた。
「なっ!?」
リザードマンは驚く。目の前の光景を信じられないでいた。砕いたガラス体から眩い白い魔力の波が溢れ、紳士の体に集まって行く。
その光景は、まるで御伽噺の天使の登場シーンのようだ。
「ふう、完了だな」
光の奔流を体に閉じ込め、紳士はウィンドウを開く。
他人には見えないので、リザードマンには何をしているか分からない。
不可視の設定は、まだ生きているようだった。
「エクストラスキル。無事にレベルは5になっているな」
ガラス体1つにつきレベルは1上がる。
ガラス体を3つ消費したことにより、元々2だった彼のレベルは一気に5となった。
これでレベルに続き、彼のエクストラスキルも無事にカンストだ。
「い、今のは一体…………?」
「ちょっとした強化魔法さ」
驚くリザードマンの質問に、紳士は笑って答えた。
ちなみに紳士は名前じゃないです。
そのうち変わります。