第3話 追手の存在
更新早い人って凄いなぁと身に染みて実感しますね。
※一部修正しました。
その一方―――。
10人ほどで結成された冒険者のグループが森の中を歩いていた。
彼らは全員疲労の色を濃くし、その姿はここまでの道のりの過酷さを容易に想像させる。そんな素人が見ても一目でベテランと分かるその集団は、目の前の光景を信じられないでいた。
「なんだこりゃ…………」
呟いたのはこのパーティのリーダーであるモーガン。
茶色の短髪、2メートルはあるだろう巨体に、戦闘に特化したかのような肉付きの男だ。
一目で高級と分かる鉄の鎧に剣という格好だ。やけに堂に入っている。
冒険者家業この道15年、Sランク冒険者の彼も目の前の光景は初めてだった。
「レッドタイガー、それも何体いるんだよこれ」
仲間の冒険者も驚愕で目を見開いている。
目の前に広がるのはレッドタイガーの死体。それも大量の。
自分たちを百戦錬磨の一流と信じている彼らだが、恐らく目の前の光景を真似することは出来ないだろう。
仮にこちらの冒険者がこれだけの戦闘を行うとなると、必ず死傷者が出るはずだ。
正直何人死ぬか分からない。
「モンスター同士の争いか?」
この中で最も経験の浅い冒険者が、可能性のあるだろう解答を口にするが……。
「いや違うな」
モーガンが否定する。
「おいお前ら、これ見てみろ。靴跡だ」
モーガンが指を差した先には確かに靴の跡。しかしおかしい。
冒険者たちの目には『思いっきり踏み込んだ勢いで、地面が抉れた靴跡』にしか見えない。
「そしてその先には、あいつの死体だ」
靴跡の延長線上にはレッドタイガーの死体。
人外の仕業と見た方がまだ納得できそうなほど、死体の損壊は激しい。モーガンの指が差したレッドタイガーは、頭が完全に潰れていた。だが、靴跡から見るに、一般的な男性と変わらないような体格を予想させる。あまりにも不釣り合いな光景だ。
「それに、不自然な血の塊がいくつもあるが、そこに死体は無い。周りにモンスターの気配も無い。つまり何匹か持って行ったんだ。これは人の仕業ってことになる」
あの巨体をどう運んだのかは非常に気になるが。
恐らく魔法を扱える人間だろうと予測を立てる。
「身体強化の魔術ですかね?」
別の冒険者が言うが……。
「いや、違うね」
近くのレッドタイガーの死体を調べていた少女が、傷口を触りながら否定する。
今年で16歳となる彼女は、成人したばかりだ。
しかし鎧の上からも分かる豊満な胸と、赤毛の短髪は発展途上を感じさせず、どこか大人の雰囲気をかもし出している。
腰に刀を差して、分厚い鎧に身を包んでいた。
「魔力は感じられない。つまりこれは生身でやったものだ」
―――うおお!? マジかよっどんなバケモンなんだよそいつは!
ドヨドヨと驚きの声が上がる。
「少なくとも竜人族とかだろうな…………。人族だったらバケモノだ」
モーガンが困り顔で言う。しかし彼の経験上、竜人が人型の状態でここまでの戦闘を行えるものがいるとも思えないが。
「しかもこれは単独でやったんだろう……。全部似たような刀傷だ」
ベテランの冒険者のモーガンは、傷口を見るだけで相手がどのような人間かおおまかに判断できる。
これは単独で行動する人間により行われたものだ。確信できる。
なぜなら傷口にこだわり、では誤解があるが………斬ることを追求した美学のようなものが見える。上手く説明することはできないが、モーガンの長年の勘が、同一人物であると決定づけていた。
そして、自らの考えにモーガンは血が騒ぐのと同時に、恐怖を感じた。
会いたい。会って話してみたい。同じ刀を扱うものとして。これをやった人物はどんな者なんだ。
その反面―――。
これほどの技量を持つ者、モーガンの中では限られた人物しか知らない。しかし、その中に刀を使うものは居なかったはずだ。いや、数人居た気がするが、彼女らは別の場所に居ると、つい先日に報告を受けたばかり。ならば、これを行った者の確認をする必要がある。
国に仕える騎士ではないが、脅威となりそうな者ならばギルドに報告しなければならないからだ。
それは仲間の生存率を少しでも高めるための、冒険者としての義務でもある。
しかし、ここから先を全員で進んで自分たちは生き残れるのだろうか?
これをやる相手だ、生き残れる可能性は限りなく低い。
ただでさえ、ここに来るまでが大変だったのだ。
長い自問自答。悩んだ末、彼は決断する。
「お前ら、依頼は破棄だ。森の外で待っていろ」
周りの冒険者たちは一斉に目を見開いた。
「は、はああああ!?」
「ど、どうしたんですかモーガンさん!!」
「達成金を貰えなかったんじゃ赤字っすよ!!」
Sランクの男の決断に周りの冒険者たちは驚く。
モーガンを筆頭とする彼らのパーティ『ストライカー』は、依頼達成率100%、周りの冒険者たちから無理だとバカにされるような依頼でも一人も欠かすことなく生還し、依頼を達成してきた。
冒険者ギルドのみならず、プライドの高い王国騎士団からすら賞賛を獲得したストライカーが、依頼の破棄を決断したのだ。
「黙れ。このレッドタイガーの群れを見てみろ、俺たちが生還出来るという保障は無い」
依頼の内容は森。そして宮殿の調査をし、新たにマップを更新することだ。
しかし宮殿はさらに先。これ以上進み、生きて帰れるという保証は無い。
「それに、このレッドタイガーを3匹でも持ち帰れば、当面の金は十分にまかなえる」
当面どころか、年単位で遊べるだけの金が手に入るだろう。
部下の冒険者たちは口を噤む。彼らとて怒鳴られる前から分かっている。しかし悔しいのだ。
依頼達成率100%の神話が崩れる。300年ぶりの記録を覆そうとしていた、最強の冒険者集団ストライカーの神話が。
自分たち新人を連れてきた、ただそれだけの理由で。
「さっさとしろ。血の臭いに釣られたモンスターの気配がないのは不気味だが、近くに隠れているかもしれん」
「モーガンさんはどうするんで?」
先ほどの森の外で待っていろ、とはどういうことだろう。
まさかとは思うが……。冒険者たちには、嫌な予感が走る。
「俺は、これをやった者を確認しようと思う」
「うへぇ!? なに考えてるんすか!」
死にますよ!と言わんばかりの驚き方だ。
目上の者に対してするのにはあまりに失礼な態度だが、モーガンもそれには反論できない。
「しょうがないだろう、これを一人でやるような奴だ。姿を見て、冒険者ギルドに報告するべきだ」
でも、と若い冒険者は納得いかない様子。
「3日だ、3日外で待っていろ。俺が出てこなかったら置いていけ」
「いや、でも……」
「早く行け」
「でも、モーガ……」
「ささっと行け! この愚図が!!」
渋る部下を怒鳴りつける。あまりの威圧感に、冒険者たちの中には尻餅をつく者が居るほど。
会話を聞いていた周りの冒険者も、モーガンを連れて行くことは諦めたようだ。
「分かりました……。でも」
怒鳴りつけられた若い男は、モーガンの目を真っ直ぐ見つめ……。
「必ず生きて帰ってきてください」
それに呼応し、周りの冒険者も
「ずっと待ってますから!」
「頼みますよ!」
「3日といわず、1週間でも待ちますよ!」
部下からの信頼にモーガンは胸が熱くなるのを感じた。
「ああ、分かったよ。それとレッドタイガーの死体には消臭と防腐の魔法を忘れるなよ」
モーガンの部下たちは、レッドタイガーの死体を回収すると、来た道を引き返していった。
が、そういえば何か忘れている気がする。部下を見送り、振り返ったすぐそこ。忘れていた存在が、そこには居た。
「………」
赤いの短髪の少女が生暖かい目でこちらを見ていた。
「……おい、なんで残ってるんだ」
「いいでしょ別に」
「よくない、もしお前に何かあったらビアンカへの申し訳が立たん」
彼女こそモーガンの妻の忘れ形見。何かあってはあの世でパイルドライバーされてしまう。
「フィネ」
「嫌」
「フィネ」
「嫌だって」
「フィネ、頼むから…………」
「さあ行くよ! しゅっぱーつ!」
強情な娘だ、とモーガン。
本来なら怒らなければならないのだが、娘を怒るなんてモーガンには出来ない。それに、これほどの技量を持つ者、戦いに身を置くものとして見ないわけにはいかない。娘の気持ちはよく分かるのだ。
先を進む娘に慌てて付いて行く。
「あいつら、大丈夫かな?」
フィネが心配したように言う。
「大丈夫だろう。やつらもストライカーの中じゃ新人だが、冒険者の中じゃ一流だ」
しかし、と頭を掻く。
「誰だ難易度Aランクなんて言ったやつは。SSでも怪しいぞ」
オークの森を抜け、猛毒の沼を超え、灼熱の砂漠を抜けた。それも新人に遠征の経験を積ませるという目的だったからこそ、ここまで我慢して来たのだ。
ここに来るまでにも様々な困難があったが、この森は特別だ。ましてやレッドタイガーの居る森など、新人を連れてくるはずがない。
これは間違いなく冒険者ギルドの怠慢だ。帰ったら文句を言ってやると胸に誓う。
「新人の経験を積ませるためにと、あいつらを連れてきたのは間違いだったな……」
ぼやく。
「レッドタイガーやワイバーンの居る森なんて知ってりゃ断っていたのにな」
今更考えても仕方無いことなのだが、言わざるを得ない。
「依頼達成率100%に拘っていたのは俺だったか……」
言わないとストレスで死にそうになる。
あーでもないこーでもないと言い、5分ほど歩いたときだった。
「早く、会いたい」
ピクッと、モーガンの顔つきが変わった。
「これほどの技量、会って戦ってみたい」
好奇心に満ちた顔でワクワクしていた。
まるで遠方の恋人に会いにいくかのような表情だ。
「ああ、俺もだ」
父親も楽しそうだ。
「しかし、戦うよりギルドへの報告が大事だからな」
引き締まった顔でモーガンは言う。
会ってみたいのというのも本音だが、それ以上にこれほど技量を持つ者だ。
どこかの組織の人間か、はたまた所属なしの人間か、
所属なしならば、どんな人物像か確認しなければ、将来脅威となる可能性もある。
「ここだな、多分さっきの奴が通ってる」
本来道などないはずなのに、道が出来ている。木々は倒れ、その脇には大量のモンスターの死体。
おそらく人が1人通っただけなのに、舗装されたかのようにキレイな道が出来ている。
父娘は周りへの警戒を怠っていないが、恐らく襲われることはないだろうと予想する。
「なぜモンスターが出ないのか分かったぜ」
「私もだ」
父娘は確信する。
モンスターが襲ってこないのは、ここを通った人物を恐れているからだ。
そんな恐ろしい奴は、フィネを含めたSSランクホルダーの連中にもいない。
「おい、もしヤバかったら、転移魔法な。アレ、発動に時間かかるだろ」
「もう準備してある」
ニヤリと。
バトルジャンキーの父娘はさらに進む。未知の世界へ。
ヒロインの登場までに10話くらい使いそうな気がしてきました。