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別の世界で生きていく条件  作者: 招きダンボー
チュートリアル
3/25

第2話 初戦闘に勝利する条件

ヴェルトオンラインに変更しました。


※一部修正 物語に影響は無いです

「いやまて落ち着け……。ログアウトは、出来ないな。GMコールもなし。フレンドに連絡も出来ないし、ウィンドウ画面からはダンジョン攻略の中止も選択出来なかった…………」


仮面の下、彼はブツブツと呟く。

今は一人なので、2人と行動していた時の丁寧語は完全に無くなっていた。……こんな事態なので、仮に人が居たとしても、丁寧語を保てていたかは怪しかっただろう。


「いやもうこれは諦めて進むしかないな。あの宮殿まで行けばなんとかなるだろ。そしてエルセに迎えにきてもらおう」


エルセとは、先ほどここまで送ってくれたドラゴンのこと。

ダンジョンを攻略すると、転送陣よる街までの帰還と、ダンジョンをクリアしたプレイヤー限定でサンクチュアリの解除がされる。


これにより、使役したモンスターによる帰還も可能になるのだ。

ちなみに、転送陣はバグが多く、使ったプレイヤーはたまに空に投げ出されて死んだりする。


運営も対策しているらしいが、一向に直ることが無いので『ヴェルトオンライン』をプレイする中級者以上のプレイヤーは、ダンジョン攻略後に使役獣を使って帰るのが常識である。


「あーくそっ、こいつはまいった。これは無理な気がする」


サクサクと進んで行く。未攻略ダンジョンなのでマップは無い。


「それにしても、『察知』は本当に頼りになるなぁ」


『察知』とはキャラ1体に1つしか付かない固有の能力である。

一般にEXエクストラスキルという。


この能力で視界の左上に方角が移り、なんとなく行き先が分かる。


「課金アイテムで強化しまくってて良かった……」


一時期、無課金派と課金派での公正公平を信条とする運営が、無制限で大量のPPの販売をした事件があった。


これは、レベルアップ時に貰えるポイントで、ステータス強化が出来るというものだ。

それなりの値段はするが、その分ポイントは大量に入手が可能で、数字を一桁間違えていやしないかと目を疑うほどの超強化が可能だった。

すぐに販売が停止した理由は内輪もめらしいが、詳しいことは分からない。


まあ、攻略に使用されるキャラならまだしも、対人戦ではゲームバランスの崩壊が簡単に目に浮かぶので、結果的には正しい判断だったと言われているが。


開発陣の別グループに発覚し、発売開始より発売禁止になるまでの1時間で、彼はここぞとばかりに買い漁った。

そのおかげで、彼は器用貧乏で不人気な人族にもかかわらず、他の種族に勝るステータスを手に入れた。

通常のプレイでは不可能な、STR、VIT、AGI、INT、LUK全ての能力値をバランスよく上昇させた、前線で活躍が期待できる超一線級の万能型キャラの作成に成功したのだ。

値段と販売時間のせいか、買った人間は非常に少なかったが…………。

パッチによる修正が来なかったのは、彼らがとても良い金づるだったからだろうか。


いずれにせよ、そういうプレイヤーはチートスレスレの人間として侮蔑されていた。


彼もそんな一人である。


「ひい!?ってなんだシルクラピッドか……」


尻餅をつく。

ウサギにそっくりのモンスターは紳士を一瞥すると、即座に彼を格上と判断。

そそくさと走り去っていった。


それもそのはず、レベルは300ほどあるシルクラピッドだが、彼の前には小動物同然だ。


しかし、その格下相手に腰を抜かした彼を見て失望してはならない。

最強ソロプレイヤーランキングトップ10に名を連ねるベテランのジップの紳士とは言え

フレンドが消える、ログアウトできない等々の不測の事態が重なったのだ。


怖いものは怖い。


「森が深くなってきたな……。快晴のはずなのに陽がまったく入ってこないぞ……」


『察知』で暗い森でも視界は確保できるが、これでは夜と変わらない。

一本一本の木を見ても、その大きさは根だけで2階建て一軒家を超えるだろうか。

獣が歩いているのか、踏み慣らされた地面は3車線の道路のように広く均整がとれている。


「よしよし、あと5キロってところか。この調子なら……ってレッドタイガー!?」


『察知』の能力の1つに、範囲内の目標の場所を知ることが出来ると言うものがある。


そういえば縛りプレイと調子に乗って、生き物は『察知』に引っかからないようにしていた。

なぜ今まで忘れていたのか、そもそもシルクラピッドを見た時点で気付けたはずだと言うのに。


後悔はすぐ胸に押しとどめ、紳士は状況の観察を図る。

確かレッドタイガーは、彼の記憶によると最低でもレベルは700はあるはずだ。

紳士がレベル999とはいえ、目の前にはどう見ても10匹は居る。


「や、やばい…………。これはヤバイ」


1匹1匹が大型バスほどのレッドタイガーが、こちらを睨む光景はなかなか怖い。

紳士の直感が告げる。これは勝てない。


だが、それは戦闘が始まったときの話だ。

まだ何か手は残っているはず。


(いや、まだだ! 諦めるな! 会話によるコミュニケーションは世界平和への第一歩なんだ!)


意を決したように紳士は一歩踏み出した。


「い、いやぁ~どうもすいません。こちらはヴァルハラへ続く道ですよねぇ!」

「グルルル」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます!」

「グルルル」

「え、そこのお店閉まっちゃったんですか!? お互い不景気で大変ですね!」

「グルルルル」

「しかし素晴らしい毛並みですね!まるでシルクのような肌触り、とても野生とは思えない!どんな手入れしてるんですか!?」

「グルルルゥ」

「おっと時間だ!それでは私はこれで……なんちゃって……とは……いかない……そうですか…………」


いつの間にか虎の群れに囲まれ、逃げ道は無し。

覚悟を決めて彼は肩に手をかけ、大太刀よりさらに厚みのある巨大な刀を抜く。


「うおおおおおおおおおお!!」


紳士が真っ直ぐに突撃した。

突進の威力をそのままに、大太刀を進行方向の直線上に居た虎の口に突き刺す。

返り血を浴びるのも気にせずに、紳士は虎の骨と思われる感触を手に、ゴリゴリと大太刀をねじ込む。


「グルルォオオオオオオ!」


虎も踏ん張り、紳士の突進を止めるが、すでに息は絶えそうだ。

だが虎も負けてはいない。

自分の傷など意に介さず、紳士の頭を粉々にしようと強大な前足を振りかぶる。が……。


「らぁ!!」


掛け声と共に紳士は口に刺さった大太刀を、そのまま虎の口の中から頭へと振りぬく。

頭を潰された虎は、血を空高く噴出し、そのまま絶命した。


一撃で同胞が仕留められたことに、周りの虎は一瞬怯えを見せる。しかし、それ以上に驚いたのは紳士であった。


(いや待て、血? 血だと!?)


ヴェルトオンラインの世界は子供のプレイヤーも居る。血を噴出すようなグロテスクな演出は無いはずだ。


その紳士の驚きによる硬直を、虎たちは見逃さなかった。

1匹の虎が前足で紳士の頭頂部を強打する。

ガツンとハンマーで殴られたような衝撃が、紳士の頭に走る。


「ぐぅ!」


声を満足に上げることも出来ない。

紳士は体を大きく回転させながら、近くの木へと叩きつけられた。


「いってえ………上等だァ!!」


その頭部への一撃で頭冷静なものに切り替える。


―――今はこいつらと戦い、生き残らなければならない。

紳士は虎の群れへと跳躍した。











どれほど時間が経ったのだろう。

そこには、20を超えるレッドタイガーの死体が転がっていた。


紳士の目の前には残すところ1匹の虎のみ。

虎はすでに相手が格上と理解している。


しかし、虎も散っていった仲間のためにも逃げるわけにはいかないのだろう。

警戒は解かず、威嚇の咆哮を止める気配も無い。

隙を見せれば一瞬で喉元に噛み付いてきそうだ。


だが、紳士はすでに虎のことなど考えてはいなかった。


「どういうことだ?」


紳士は先ほどの戦闘を思い返し、考える。


(こいつら……前のダンジョンで戦った時より明らかに弱くなっている…………?)


紳士がレッドタイガーと戦うのは今回で6回目だが、そのどれよりも今回のレッドタイガーは弱い。


(それに、なんでHPゲージは表示されていないんだ?)


敵はおろか自分のHPゲージさえ見ることが出来なくなっている。

今紳士が頼りにしているのは、己の身体の感覚だけだった。


(なぜこいつらは血が出ている?)


倒した敵が、光のエフェクトに変わり、消えたりなどしない。

死体がそのまま残っている。

今まで嗅いだことのないような、不快な臭いが鼻につき、今まで見た事も無いような、グロテスクな虎の内蔵がそこら中に飛び散っている。


「これは一体、どういうことなんだよ!!」


「グルォオオオオオアアアア!!」


虎の足掻きもむなしく、抵抗の突進は軽く躱される。

そして、大太刀の袈裟斬りで虎は切り裂かれた。


紳士渾身の一撃は、虎だけに留まらなかった。

その一振りの余波は、虎のはるか後方の大木を真っ二つにする。

樹齢数百年はあろうかと言う大木が、その存在感を最後まで示すかのように、大きな音を立てて崩れ落ちた。


「ハァハァ、ハッぁあああああああ!」


地面に尻餅をつく。普通ならば制限され、一定以上は来ないはずの疲れが、紳士にどっと押し寄せた。

額には汗を掻き、呼吸をしてもしたりないほど肺は酸素を求める。


「た、助かったあああああ!!」


紳士が最初に感じたのは、その感情だった。非現実的ながらも現実的すぎるという、矛盾だらけの世界で乗り越えた一つのイベントは、紳士の人生の中で、これまでに無かったような類の喜びを与えてくれた。

そして、額に溜まった汗を拭おうと、思わず頭に手を乗せた時だ。


「ん、血?」


傷は浅く、擦り傷程度のものだ。どうやらたった今、カサブタになっている箇所を引っかいてしまったらしい。手に血が付く。


「え、血?」


もう治りかけているが、先ほどまで頭から血が出ていたようだった。


だが『ヴェルトオンライン』にリアルな赤い出血の演出など無い。

ついでに言うなら、汗なんてものも存在しない。


しかし、その傷に心当たりがあるとするなら、

それは戦闘開始の序盤で虎に思いっきり殴られた時しかない。

嫌な予感が、紳士の脳裏を過る。


「ってことはまさかここって……」


嫌な予感はしていた。

が、もう否定できる材料が彼の頭には見つからない。

未だに興奮から醒めない心臓の鼓動が、やけに紳士の身体の中でうるさく響く。


「いや、まだだ。まだ確信がない……」


血のエフェクトだって、パッチが当てられてそういう風に増えただけかもしれない。

そう、まだ紳士の中で確固たる確証が無い。


「『ウォーター』」


ショートカットに登録してある魔法の一つを、開いたコマンドから選択する。

そこに現れたのは一つの水の塊だった。

シャボン玉のように美しい丸を保った水の塊に、紳士は顔を突っ込む。


「っ!? ゲホッ! ゲホッ!」


当然の様に水中で息をすることはできず、呼吸しようとして鼻に入った水が咳と共に吐き出される。


「う、うぇぇ……」


地面に四つん這いになったまま、今度は何か確信を得たように、紳士は自分の首に手をかけた。


「苦しい……」


むせ返る一歩手前まで絞めた首には、それなりに力がこめられたのだろう、痛々しい手の痕が赤くくっきりと浮かび上がっている。

これがもしゲームであるならば、水の中に入れば酸素ゲージが表示され、それが0になったときにHPが同時に0になる。首を絞めた場合も同様だ。苦しさは感じない筈なのである。

なのにゲージは表示されず、まるで現実であるかのような苦しみが紳士を襲う。そこから結論付けられるのは、一つしかない。


「やっぱり、現実世界なのか……?」


顔に恐怖の色を浮かべながら、紳士は青い顔で呟いた。


が、しかしだ。


「と、とりあえず、考えるのはよそう……これ以上は頭がおかしくなりそうだ」


パンクしそうになる頭をかかえ、ひとまず紳士は目の前のことから解決することにする。

主にレッドタイガーの死体の調査と、今後の活動方針だ。

紳士の頭には既に、現実世界がどうとかログアウトがどうだとかは頭の片隅に追いやっている。

思考停止は、効果的な現実逃避の手段だ。


「ていうかなんでカサブタ程度なんだ?前に殴られた時はHPの半分を持っていかれたぞ」


前に、とはもちろん彼がゲームとしてプレイしていたときだ。

冷静に考えて、カンストした彼のHPを一撃で半分持って行く敵の攻撃だ。カサブタが出来る程度で済むのはおかしい。

現実的に考えるなら、どこか骨折、もしくは多量出血をする程度の怪我が適当だろう。


「いやまあ、とりあえずアイテムドロップ探しだけど、嫌だなぁ…………」


もうこちらが現実世界なのは疑いようも無いのだろうか。

虎の首から見えるピンクの肉とその臭いは、いくらなんでも「リアルだなぁ」だけでは片付けられない。


言いつつ、紳士は(不本意ながらも)討伐したレッドタイガーをせっせと回収していく。

回収と言っても、別に死体の一つ一つを丁寧に持ち運ぶわけではない。

紳士の羽織るロングコートのポケットは、アイテムボックスと直結しており、その中に入れていくのだ。


しかし、死体は脳が飛び出しているもの、目が飛び出しているものと中々にグロテスクだ。

その死体が、丸ごと紳士のロングコートのポケットに吸い込まれていく光景は、さらに気持ち悪い。

ミンチが直接ポケットに突っ込んでいくような気味の悪い光景は、子供が見たらトラウマになることは間違いないだろう。


「しかし俺のアイテムボックスがレッドタイガーでいっぱいだ……。血とか大丈夫かなこれ?」


紳士は、ウィンドウでボックスの容量を確認する。

虎の死体を半分ほど回収して、ふと大事なことに気づいたように紳士は呟いた。


この魔法のボックスが血だらけになるなんてことは無い、と信じたいが…………。


「よ、よし、とりあえずもうやめよう。とっとと前進だ。」


思考停止は、素晴らしい現実逃避の手段だ。








「またモンスターか……。もう嫌だ」


ヴァルハラへの道を進む。


先ほどの戦闘で汚れた衣服は、見違えるように綺麗になっていた。


スーツの襟はヨレヨレからパリパリに。血で汚れたコートは、その面影すら残らないほどに。臭いすら消し去り、まさに新品と言う言葉がピッタリな衣服に早変わりしていた。

一人暮らしの方や主婦、はてはクリーニング屋にまでオススメしたい便利な魔法だ。乾かす手間も水道代も洗剤の量も気にする必要は無いのだから。


紳士はため息を吐きながら、目の前のモンスターを一刀両断する。

コウモリに似たモンスターは、断末魔を上げる暇さえなく、黒い血を地面にまき散らした。


「母よ……。どうかPCは中身を見ずにそのまま捨ててください…………ってまたモンスターかよ」


現れたモンスターは縦に切り裂かれる。

赤い血が、巨木の根にかかる。栄養となるかは怪しいだろう。


「エルセェ……。お前の美しい鱗をナデナデしたいよ…………。またモンスターか」


今度は横に真っ二つにモンスターが裂かれる。

紳士は、その血がロングコートに付かないように避ける。せっかく『洗った』ばかりなのだから、当然のことと言えるが。


「しかし固有能力が『察知』で助かった。コレないと絶対に迷ってたよ。またモンスターか」


おそらく、先ほどのレッドタイガーが中ボスのような存在だったのだろうか。

現れるモンスターは弱く、皆一太刀で殺されていく。


「あ、そうだ。『察知』の範囲に生物も表示させないと」


まったく、縛りプレイなんてするんじゃなかった。

呆れたように額に手を当て、首を振り、ヤレヤレと呟く。


「ん、敵が消えた?」


ふと察知のレーダーを見ると、敵が一匹も現れなくなった。

どういうことだろう、疑問に思うが


「これはチャンスだな、突っ走ろう」


敵が消えたならそれに越したことはない、そう思い紳士は森を思いっきり突っ走る。


「よし、もうゴールだな!!」


目標の宮殿を発見し、紳士はさらに加速した。

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