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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女剣士はレズビアン

作者: べんけい

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 和国(わこく)(くろ)女王は隣国の還国(かんこく)と同盟を結ぶ為、還国の(りん)王子と結婚したが、2年後に火事に遭って顔半面に火傷を負って元々醜悪な顔が更に酷くなってしまった。

 堪り兼ねた凛王配が乗馬を嗜んでいる時に気晴らしに外を走りたいと言って裏門を門番に開門させると、還国目指して逃亡を図った。

 それに直ぐ様、気づいた黑女王は、激怒し、名騎手である刺客をやって凛王配を暗殺した。

 それを知った還国の(とん)王も激怒して和国に戦争を挑んだが、軍事力に於いて一籌を輸し、和国に攻め滅ぼされた。

 それで還国が支配下になったので将来、領土拡張を夢見る黑女王にとって思わぬ好結果となった。

 しかし、凛王配に逃げられたことで自分は男に見向きもされない女になってしまったと痛感した黑女王は、捻くれて妬み深くなって顔だけでなく心も醜悪になり、自分の怨念と嫉妬心を晴らすべく、まず伯爵らに持て囃されている王族の美人らを片っ端から見せしめにする為、一般庶民の前で火炙りの刑に処した。

 それだけでは乱心は収まらず国中の美人を家来に召集させ、牢屋に収監させ、昼間は奴隷として主に兵器製造や普請工事に当たらせた。殊に美しい女には梅毒に罹った男と絡ませ、性病にし、塗炭の苦しみを味合わせながら重労働を強いた。

 当然、美人の夫或いは彼氏である男たちは悲嘆に暮れ、黑女王の横暴を恨み憎んだ。その数は国民の成人男性凡そ100万人に対して千人に及んだ。そこで黑女王は対象となる男たちに御触書を出した。

「女を返して欲しくば、麗羅城に来たれ。但し、条件がある。第一に一糸纏わぬ美女が独りだけいる牢屋に入って一日中過ごし、そ奴に指一本触れないでいること。第二にそれが出来た上でわらわと嫌な顔一つ見せず一昼夜過ごすこと」

 これを読んだ対象者たちは、非常に顔が醜い為に人前で必ず仮面を被ると噂されている黑女王に嫌悪を感じるも喜び勇んで麗羅城に大挙した。それは無論、裸の美女と時間を過ごせるからだったが、大半が裸体の誘惑に負けて第一条件をクリアできなかった。縦しんば、クリアできたとしても仮面に隠された黑女王の醜悪さをいやでも想像してしまうので黑女王と嫌な顔一つ見せず一晩過ごすことは千番に一番の兼ね合いと言うべき忍耐力が必要で九分九厘無理なことだった。だから実際に第一条件をクリアした暁天の星は、悉く無残にも殺されるのだった。嫌な顔を少しでも見せれば、見逃さなかった黑女王の逆鱗に触れたからだ。それならば、第一条件をクリアできず城から追い出される方がましだとして美女と平気でまぐわり自分の女を裏切る者が続出した。

 だから追い出される男は決まって欲得勘定をする俗人で見上げた人物に限って殺されるのだった。つまり、裸体の誘惑に耐え、自分の女を決して裏切らない、そういう稀代な誠実な男が殺されるのだ。で、黑女王を嫌悪する心を流露する万夫不当の剣豪となると、束になって掛かっても殺せない恐れがあるので秘かに毒を入れた酒を飲ませて殺していた。

 その犠牲者の一人である浪人の射瑠座党(いるざとう)の一人娘、射瑠羅夢(いるらむ)が三つの復讐心と義憤を抱き、或る日の早朝、麗羅城に乗り込むべく総髪に結った上に父の形見である紋付の長着と長襦袢で男装し、本差と脇差で武装し、敢為邁往の精神で正門に向かった。

 実用性よりも象徴性を重視し、装飾が過剰な天守閣を眺めてもそうだが、彫刻が極彩色に塗られ、金箔がふんだんに貼られた唐門を眺めながら羅夢は粉飾する黑女王を連想し、胸糞が悪くなった。彼女は満月殺法を編み出した座党の剣術を受け継ぐ隠れ剣士であり女剣士であった。

 座党は組織に束縛されるのが嫌で脱藩し、神陰流を基に独自の剣法を編み出した一騎当千の強者(つわもの)だから至妙の技を我が子にどうしても踏襲させたくて一粒種であり秘蔵っ子である羅夢を女の子であろうと剣豪にするべく彼女が幼少の頃から大切に可愛がりながらも剣の手ほどきをして雄渾豪快の気を養わせながら厳しく育て上げたのだ。

 羅夢は麗羅城の牢獄で獄死した亡き母に生き写しで端正な顔立ちをしていて角帯を浪人結びにして着流しになった、その粋な姿に釣り合った凛々しい面構えをしている。彼女が衣紋を繕って門前に立つと、二人の門番が槍を突きつけて片方が誰何した。

「名は何というか!」

寝無理狂死老(ねむりきょうしろう)

「何しに来た!」

「恋人を救いに来た」

「名は?」

高蔵小夜(たかくらさや)」と羅夢がレズ恋人の名を言うと、もう一人の門番が美人監禁名簿を開いて捲り出し、その名前を探し当てると、矢立と懐紙を取り出して羅夢の仮名の通り書き留めた。更にその懐紙に羅夢の指紋を墨で取ってから叫んだ。

「開門!」

 すると、門の内側にいた二人の門番が閂を抜いて鋲が所々に打たれた如何にも頑丈そうな門扉を開けた。

「さあ、入れ!」

 表側の門番に命ぜられた羅夢が入城すると、内側の門番の一人が懐紙を受け取ってもう一人の内側の門番と共に槍を突きつけて羅夢を美人監禁所に案内し、番人のリーダーである下根田葛(しもねたくず)に懐紙と合わせて預けた。

「男の名は寝無理狂死老、女は56号558番、名は高蔵小夜、寝無理狂死老との関係は恋人」と懐紙に記してあるのを見て葛は部下の番人と共に羅夢に槍を突きつけながら雑居房56号に向かった。

 羅夢はその前に着いてみると、粗末な囚人服を着せられた10名ほどの美女が冷たそうな鉄板の床に押し並べて疲れ切った様子で、座っている者もあれば横たわっている者もあるのが鉄格子越しに見えた。

「558番!前に出て来い!」

 葛の命令に小夜は気怠そうに顔を上げ、やがて羅夢に気づくと、その途端、虚ろだった目を爛々と輝かせて立ち上がり、前に進み出た。

「お前、この男を知ってるか!」

 小夜は頷いた。

「では、こいつの名を言ってみろ!」

 羅夢とは幼馴染でもある小夜は、羅夢が男の子とチャンバラごっこをする時、必ず寝無理狂死老という自分が作り出した架空の剣豪になり切る彼女を幼少の頃から見て来たからその名を言った。

「寝無理狂死老」

「こいつとはどういう関係だ!」

「恋人関係」

「よし、下がれ!」

 小夜が確かな希望を抱き生き生きした美しさを取り戻して元の所へ帰ると、葛はにやにやしながら羅夢に言った。

「おい、この中から好きな女を選べ!」

「小夜だ」

「アホ抜かせ!それでは抱いても裏切ったことにならん!他の女から選べと言ってるのだ!」

「分かってるよ、そんなこと。それではあの女子(おなご)にしようかな」

 羅夢の指さす方を見て葛は、「556番か?」と聞くと、羅夢が頷いたので556番の女を雑居房から出して彼女らを部下たちに命じて誰もいない牢屋へ収監させた。

「おい!556番!服を脱げ!」

 女は少し躊躇いながら後ろ向きになると、恥じ入りながらも言われた通りにした。

 葛はその裸体になった後ろ姿を穴が開く程、見つめてから羅夢に言った。

「おい、小夜と比べてどうだ?」

「甲乙つけがたいな」

「そうか、それなら、お前、何とも呆気なく抱くな」

「さあ、どうだかな」

「何を言ってる!お前とて男だ!情欲に負けるに決まってらあ!」

「まあ、見てな」

「俺は残念ながら見れないよ、後で女に証言させて確かめる、そういう決まりだからな。だからって女に嘘をつかそうとしたって無駄だ。更に行われる指紋鑑定によってすべては暴かれるからな」

「そんなことは分かってるよ」

「ま、精々楽しむがいい、俺が変わってやりたいくらいだ、はっはっは!」

 葛は細君が不細工なので自棄糞気味に笑うと、羨ましそうに去って行った。

 その後、背を向けた儘、なよっと腰を落ち着けた女の白く抜けるような肌に羅夢は熱視線を注いだ。

 少し上体をくねらせ背骨のラインが弓なりにしなったお陰で腰のくびれから尻にかけて得も言われぬ艶めかしいカーブを描いている。

 何せ、羅夢はレズだから同じ女でもすっかり魅せられた。

「普通の男なら間違いなく野獣と化してこの獲物と化した美女に食いつくことでしょう。それでは女王の思う壺。でも、あたしは女。そんなことになる筈がないと言いたいところだけど、あたしはレズビアン。けれど、この美女と交われば、小夜を裏切ることになるわ。それに女王に会えなくなるわ。それでは何にもならないからあたしは堅忍不抜の精神で耐え抜いて女王に会い、仮面を剝ぎ取り、思いっきり笑い飛ばしてやるわ。そして女王が部下たちを呼んであたしを殺しにかかったらあたしはそいつらを撫で切りにして女王を人質に取り、それを盾に勇往邁進して美女たちを牢から出してやった後、女王を斬る!」

 この不退転の決意を遂行するべく羅夢は眠りにつくまで美女に指一本触れなかった。配給される三度の食事にも指一本触れなかった。女王の贈り物なぞ受け取る気には到底なれなかったからだ。

 眠りに着く前、鉄格子の窓から臥待月の光が差し込んで来て眠ろうとしない美女の背中を妖しく皓々と照らし続け、その光が幻想的に瞼に焼き付き、夢の中でもその光に惹きつけられた羅夢は、美女を臥待月夜(ふしまちつきよ)と秘かに名付けることにした。


     中


 翌朝、羅夢が目を覚ますと、臥待月夜は慌てて背を向けた。今の今迄、自分の方を向いていたらしことを察して羅夢は男になり切って声を掛けた。

「よお、おはよう!」

「お、おはようございます」と月夜は背を向けた儘、恐れながらもしおらしく言って気持ち頭を下げ、媚びを売ることを忘れなかった。

「お前の背中しか見れないのが残念でならんよ」と羅夢は言いつつ月夜の桃尻も見ていた。「時に聞くが、俺が寝ている間、何をしていた?」

「えっ、あの、寝ておりました」

「さっきまで俺を見てたんじゃないのか」

「いえ、私も今、起きたところで御座います」

 羅夢は低く笑って、「俺は寝ている間、お前の夢をずっと見てたよ。お前はどんな夢を見ていた?」

「あの、私は・・・」

 羅夢は一笑し、「いやあ、妖しい光に満たされた艶めいたいい夢だった」とまるで実際に月夜と交わったかのように感慨深げに言っているところへ葛が部下の番人を引き連れてやって来た。

 夜中になってからも月夜の悲鳴も喘ぎ声も一切聞かなかった葛は、こいつ、耐えたらしいと思いながら口を切った。

「おい、朝飯持って来てやったぞ、どうせ食わねえだろうがな」

 羅夢は横になった儘、振り向きもせず言った。

「ああ、食わねえ、そんなことより早く女王に会わせろ、俺は耐えたんだからな」

「ふん、さあ、どうだかねえ・・・」と葛は敢えて訝るように言った後、月夜に向かって言った。「おい!556番!今、開けてやるから服を持って出て来るんだ!持ってだぞ!まだ着ちゃならん!」

「えっ!何でですか?」と月夜が恐る恐る聞くと、羅夢が口を挟んだ。

「指紋鑑定なら無用だ」

「煩い!口出しするな!」と葛は言下に怒鳴った。「無用だろうが何だろうがやらなきゃいかん決まりなんだ」

「ふん、また決まりか、お前らは決まりに縛られて生きるしか能がない操り人形だ」

「黙れ!」と葛は忌々しそうに怒鳴りながら鍵を開け、月夜に向かって命じた。

「何してる!早く服を持って出て来い!」

 訳を悟って何処まで見られ何処まで触られてしまうのだろうと底知れぬ不安を抱き服で前を隠しながら月夜が出て来ると、葛は鍵をかけた後、頗る興奮しながら尋問した。

「どうだ、あの男はお前を抱いただろ」

「いえ、何もされませんでした」

「そんな筈はないだろう。少なくとも、おっぱい揉んだだろう」

「い、いえ・・・」

「では、乳首とかあそことかはどうだ?」

「い、いえ、本当に何もされませんでした」

「本当か?」

「はい」

「本当に?」と葛はよりいやらしい調子で念を押す。

 月夜は美女ならではの矜持がそうさせるのだろう、無念そうに、「はい」と返事した。

「ま、何はともあれ指紋鑑定をするからついて来い」

 検査室でも葛は素っ裸の月夜を目を血走らせながら興奮して見守り、同じ女でもこうも違うものかと細君の裸身を思い浮かべながら痛切に感じた。また、月夜の頭の天辺から爪先まで全身くまなく調べ上げながら指紋鑑定の作業を進める検査員をつくづく役得だなあ・・・と思い、羨望の眼差しで見ていた。


 葛は興奮冷め止まぬ儘、検査室から帰って来ると、羅夢に、「どうやらお前の言ってたことは本当らしい。よってお前を女王様に謁見させてやろう」と言うなり、にやりとして、「馬鹿な奴だ。抱けば良いものを・・・お前、死ぬことになるぞ!」

「さあ、どうだかね」と意味ありげに言って羅夢はすっくと腰を上げた。


 謁見所に向かう中、羅夢は両横から槍を突きつける番人に威圧されながら花頭窓を通して見える善美を尽くした巨大な庭園を睥睨して一般庶民の貧困を憂い、また、毒殺された父の座党と獄死した母を憂い、将又、レズ恋人の小夜を憂い、おまけに月夜をも憂い、這般の憂いを怒りに変え、秘めた闘志を漲らせて鴬張りの廊下を美しく泣かせて進んで行った。


     下


 謁見所前に着くと、葛は既に部下を通して事情を説明してある黑女王に聞こえるように大声を上げた。

「女王様!寝無理狂死老を連れてまいりました!」

「よし!入れ!」と黑女王が命じるのと同時に見事な竜、雲、波濤の彫り物が施された桃花心木(マホガニー)製の観音扉が内側へぎぎぎと軋み音を立てながら開いた。

 見ると、入り口の脇に一人ずつと一幅の絵などで装飾された両横の壁際に幾人も護衛の侍者が立っていて狐面を被った黑女王は一段高い台座に置かれた玉座に腰を下ろして待っていた。玉座と言うと誰もが西洋の城の物を連想すると思う。確かにビロードと金刺繍を多用してあるところはそれらしいが、城全体の造り同様和洋折衷に仕立てられている。

 羅夢が番人に槍を突きつけられながら黑女王の前に来ると、黑女王は羅夢の容姿が今まで会った男の誰よりも美しいのを認めて息を呑みながら言った。

「よくぞ、美女を振り切ってここへ参ったな。褒めてつかわすぞ!」

「俺は裏切らない」と一言だけ羅夢は呟いた。

「おう、そうか、では常に友好を示せ、わらわも友好を示すゆえ」

 羅夢は無言で頷いた。

 容姿端麗な上に全然、媚びない羅夢に黑女王は不遜じゃ、無礼じゃと大いに不満になるも尋問している内にすっかり心を奪われ、内心喜んで羅夢を自分の部屋に招いた。

 宝石が散りばめられた煌びやかな黑女王の衣装同様、栄耀に餅の皮を剥くで贅を尽くした豪華絢爛たる佇まい。金に飽かしてしつらえた調度品の数々に加え超一流の絵師たちによる天井画や障壁画でふんだんに彩られた凝り方も然る事ながら随所に飾ってある骨董品の類も途方もなく値の張る物ばかりだ。それに直面した羅夢は、貧窮する一般庶民を尻目にここまで華奢な暮らしをしているのかと改めて憤慨した。

「何をむすっとしておる。友好を示せと言ったであろう。そんなことでは殺してしまうぞ!」

「生憎、拙者は愛嬌というものを露程も持ち合わせておらぬものでな」

「苟も女王の前で、なんと礼知らずで太々しい物言いをする馬鹿者じゃ!」

 黑女王はそう吐き捨て暫し忌々しげに羅夢に見入った。その内、彼女の男らしい魅力に絆され、「まあ、それは性分でしょうがないとしても・・・」と譲歩する始末だったが、「何をまだ、そんな物騒な物を下げておる。早く刀を下ろさぬか!」と命令することも忘れなかった。それに応じ羅夢は脱刀して静かに壁に立てかけた。

 その後、二人は露台でお茶したり、庭園で散歩したり、食堂で食事したりして時を過ごし、仕上げに琥珀の間と呼ばれる文字通り琥珀で装飾された金ぴかの一室で晩餐を共にした。

 その間、羅夢は終始鉄仮面を被ったように無表情を通していた。その全く動じない点は父より優っていた。而して黑女王の部屋に戻って来て愈々問題の亥の刻がやって来た。ここも和洋折衷なので照明は高級意匠が施された燭台や行灯が使われている。

「酒が入って気持ちが少しはほぐれたか?」

「ああ」

「それはよいことじゃ。さあ、ちこう寄れ」

 羅夢は無言の儘、近づいた。

「しかし、まあ、本当に愛想のない奴じゃ。全くしょうのない・・・」

 黑女王はそう言いながらも羅夢を咫尺の間に置いて惚れ惚れして陶然となり、閨房の寝床へ連れ込むべく、まずは王冠を取って猫足がアンティークな雰囲気を醸し出す舶来物のコンソールテーブルに置いた。

「さあ、わらわを抱いてたもれ」

「序に仮面も取ってもらおうか」

「な、何を言う!無礼であるぞ!わらわに命令する気か!」

「要求したまでだ、仮面をした女なぞ、とても抱く気にはなれんからな」

「な、なんじゃ、その口の利き方わ!」

「生憎、拙者、敬語を知らん」

「そんな筈は無かろう。貴様も剣士の端くれであろうが!」

「拙者はとうの昔に主君に背いた一介の浪人、敬語なぞ忘れてしまった」

「なんという男じゃ、呆れてものが言えん」

「ハハハ、ものは言わなくてもよいが、仮面を脱がんのなら拙者は帰る」

「そ、そんな勝手なことが出来ると思うのか!」

「出来る」と羅夢はきっぱり言うと、壁に立てかけてあった太刀を取るが早いか鯉口を切って抜刀し、黑女王の狐面に斬りつけた。その身剣一如の抜き打ちを目にも止まらぬ早業で遣って退け、果たして狐面は真っ二つに割れ、絨毯の上へ無用の長物となって転がり落ちた。

 その瞬間、「ひえ~!」と裂帛の叫び声を上げた黑女王は急いで顔を両手で覆うと、「であえ!であえ!狂死老を殺せ!」と絶叫した。

 その途端、部屋の四方の回転扉が開いて黑女王の侍者が後から後から出て来て刀剣を鞘から次々に抜いた。数はざっと見積もって15名。

 それでも羅夢は悠揚迫らざるもので黑女王に向かって物の数ではないわと言わんばかりにふふふと鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべ、更には高らかに哄笑した。

「な、何が可笑しい!」と黑女王が取り乱して叫ぶと、対照的に羅夢は落ち着き払って威風堂々と言った。

「お前の仮面に隠された顔はさぞ醜いであろうと想像されるべき事を公然と赤裸々たらしめたと思って笑った」

「えーい、おのれ!言わせておけば、わらわを侮辱しよって!皆の者!直ちに狂死老を殺すのじゃ!」と黑女王が命じると、羅夢は月明かりの下へ出るべく開け放たれた舞良戸目掛けて走って行き、露台へ出、続いて黑女王の侍者たちが次から次に出て来て矢継ぎ早に羅夢に襲い掛かったが、父譲りの人間業とは思えぬ神がかった剣の腕と飛燕の如き敏捷な身のこなしに圧倒され、翻弄され、ばったばったと斬り倒された。

 そこへ出て来たのが黑女王のとっておきの用心棒、時沢鳫(ときざわかり)であった。彼は(ねん)流の使い手で海内無双と言っても過言ではない名にし負う剣豪なのだ。

 羅夢はここぞとばかり下段の構えになりスローモーションのようにゆっくり剣頭を右方へ上げ上段へ、そうして月明かりに照らされた刀身で時計回りに真円を描いて行き、その煌めく残像に鳫が見入った、その隙をついてむんずと斬り込んだ。すると、青眼に構えていた鳫は立ち遅れ、その刹那ばっさりと逆袈裟懸けに斬りつけられ、血潮を噴き出しながら自分の刀剣は空を切り、体はばったりと倒れ、刀下の鬼となった。

 この剣戟の顛末に唖然とする黑女王を羅夢は難なく捕らえて黑女王の喉元に小刀を宛がいながら言った。

「おい、これから美女監禁所へ行く。お前は今や俺の人質に過ぎぬ。騒いだら喉を掻き切るぞ。分かったな」

 黑女王が冷や汗をだらだら掻きぶるぶる震え上がりながら頷くと、羅夢は其の儘の体で美女監禁所へ歩を進め、途中で城の者に出会う度に、「美女監禁所の鍵を開けるように番人に伝えろ!さもないと女王の喉を掻き切るぞ!」と脅迫しながら進んで行った。

 城の者たちは寧ろ羅夢に好意的だった。皆、黑女王に対する国民の恨み憎しみ不平不満の声を頻繁に聞いていたし、自分たちの中にも黑女王に対する恨み憎しみ不平不満を持つ者が少なからずいたし、残らず黑女王の我儘放題の身勝手さに手を焼いていたからだ。

 したがって城の者たちが速やかに羅夢の言う通りにしたので美女監禁所の牢屋は立ちどころに全て開錠となり、美女たちは歓声を上げて城を出て男の下に急ぐ者もあれば、羅夢と黑女王に気づいて、そっちへ向かう者もあった。

 夜とは言え、月明かりに加え様々な灯篭の他、西洋風の外灯で照らし出された城敷地内は十分明るいから羅夢から解放されていた黑女王は、「見るな!見るな!あっちへ行ってくれ!」と喚いて顔を両手で覆って蹲り幼女のように泣き崩れてしまった。

 剣侠でもある羅夢は流石に哀れに思い、自分らのぐるりが黒山の人だかりになると、一応、抜刀して抜き身を煌めかせ威圧しながら黑女王に言った。

「改心するか!改心し、政治を改めると約束するのなら、許してやっても良い」

 黑女王は涕泣しながら頷いた。

「見たか!みんな!女王は改心するそうだ!」と羅夢が納刀しながら大声で言うと、美女たちだけでなく城の者たちも拍手喝采した。

 それを受けて、「皆の期待に応えるのだ!分かったな」と羅夢が言って黑女王が再び頷いたところへ、二人の美女が喜び勇んで駆け寄って来た。

 一人は高蔵小夜、もう一人は臥待月夜だった。

 月夜は小夜を遮り我先にと羅夢にぴったり抱き着いた。

「ねえ、あんな女より私の方がお好みでございましょ!私、あの晩、実はあなた様に抱いて欲しかったんですの」

「お前には男があるのだろう」

「いいえ、その男は牢屋で女を抱いて私を裏切って城から返されたのです。ですからそんな男には愛想も小想も尽き果てました。今日から私はあなた様のもの」

 それを聞いて羅夢と小夜が顔を見合わせ、笑い合っているところへ他の美女たちも一斉に押し合い圧し合い向かって来た。

 宛ら世界的な大映画スターに対する大騒動、否、それ以上で、「皆さん!この方を王様にしましょうよ!」なぞと言い出す美女が現れ、遂には「寝無理狂死老様を王様に!」というシュプレヒコールが巻き起こった。その中に葛を始め彼の部下も含まれていて彼らが中心となって扇動したのだ。

 その内、月夜が羅夢の胸の膨らみに気づいて羅夢から離れると、小夜が声を張り上げて叫んだ。

「この人は本名を射瑠羅夢と言って実は私の親友で女なの!だから王様じゃなくて女王様よ!」

 魔が差したものか、それに応えて羅夢は総髪の髷を解いて緑の黒髪をだらりと垂らした。

 それを皆が見て驚く中で、「そうだったんですか!これは目出度い!新女王の誕生だ!」と葛がお調子者よろしく高らかに叫び、「羅夢女王万歳!」と万歳し始めると、皆も釣られて、「羅夢女王万歳!」と叫んで万歳を喜んで繰り返し、倦むことを知らなかった。

 これには困ってしまった羅夢に、「私が本当に女王になったらどうするの。私たち恋人でいられなくなるわよ」と小声で囁かれた小夜は、自分の放言に初めて気づいて、しまった、そうだわ、どうしよう・・・と困り果ててしまった。

 羅夢はこうなったらとどさくさに紛れて小夜の手を取って群衆の間を縫って小夜と共に抜け出して足弱の小夜を無理矢理引っ張って駆けて行き、麗羅城を後にした。そうして野原を抜け林を抜け人気のない丘の上までやって来ると、疲れ切って小夜と共に錦繍で彩られた草叢の絨毯の上へ仰向けに寝転がって大の字になった。

 二人ともネオンのように明滅する星々を仰ぎ、ハアハア言って息を切らしながらも愉快に笑い、息が静まると、高らかに笑った。  

 それから長い間、したくてもしたくても出来なかった色事を思う存分するのだった。それは皓々と照りつける月光が二つの白い肢体を妖しく仄白く輝かせ、周辺の小花が二人から放散する光のように見え、それらと触れ合いながら上となり下となり重なり合い溶け合い交じり合って織りなす極限の美の競演。これ程、楽園的で幻想的で官能的な光景は、これより外にまずお目に掛かれまい。


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