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「クルト様、ちゃんと食事は3食摂ってくださいね。仕事に夢中になって休憩を疎かにするのも駄目ですよ。焼き菓子を用意してありますから合間にーー「わかってるよ、ルティア。貴方が作ってくれたものを無駄にはしないから」


 手紙を受け取って、ルティアはその日のうちに返事を出した。


「ごめんね、ルティア。御実家に全然顔を出せて無かったでしょう。馬車に手土産を乗せてあるから御家族に渡して」


「お気遣いありがとうございますクルト様。明後日には帰って参りますから」


「ーーーもっとゆっくりして来なくていいの?」


「はい。ゆっくりしすぎると父に怒られてしまいますわ。我が家の教訓は働かざるもの食うべからず、ですの」


「ははっ堅実なフェストニア家に相応しい教訓だねーーっと引き留めてごめんね……いってらっしゃい、ルティア」


「行ってきます、クルト様」


 屋敷前まで迎えにきてくれた馬車に乗り込み、見えなくなるまでルティアはクルトに手を振り続けた。



(クルト様は…いつからご家族と会っていないのかしら)


 少なくともルティアがあの屋敷に来てからは会っている様子もない。


(なんだか、クルト様と離れるのは苦しいわ)


 窓の外を流れる景色を見ながらも、ルティアは家に着くまでずっとクルトのことを考えていた。




 ルティアの実家、フェストニア伯爵家は王都の中心にあるため王城からもそれほど離れていない。

 程なくして止まった馬車の、荷車から降ろされた手土産の量にルティアは真っ青になった。


(何か、何かお礼の品を用意しなくては)

 


 屋敷の玄関に入るとそこにはルティアの父が待ち構えていた。


「久しぶりだな、ルティア」


 厳しい顔の目尻が密かに緩む。

 彼は強面だが、優しい人だ。

 早くに妻を亡くしたが、それから再婚することもなく仕事をこなし、子を育て上げた。


「お久しぶりですわ、お父様」


「元気そうで、なりよりだ」


「お父様も。今日はお兄様は?」


「あぁ、急な案件で外に出てる。お前に会いたがってたからな。夜には帰ってくるだろう」


「そう」


「それにしても凄い量の土産だなーーーアルフヴェート様からか?」


「えぇ、まさかこんなに沢山用意してくれているなんて…」


「私からも礼を送ろう」


「お願いいたしますわ」


 2人の間に数秒の沈黙が降りる。


「ーーールティア。ここに帰ってきた理由をクルト様には?」


 切り出したのはルティアの父だった。


「…言ってませんわ。ただ、実家の事情で、としか……」


「そうか……」

 

「……明日、いらっしゃるのよね?」


「あぁ…私も同席しようか?」


「ーーー…いえ、大丈夫ですわ。私だけで」


「…わかった。さ、少し休憩でもしたらどうだ?お前の部屋も綺麗に掃除されてる」


「ありがとうございます、お父様。お言葉に甘えて少し休もうかしら」







 綺麗に整えられた自分の部屋に、懐かしさと少しの戸惑いを覚えながらベットへと腰かける。


「私もすっかり、あのお屋敷に馴染んでしまったのね」




 この部屋より小さいけれど、日当たりの良いあの部屋がすでに恋しかった。




 その夜、急いで帰ってきたというルティアの兄の歓迎を受けて3人仲良く食事をした。

 楽しい夜だったが、ルティアの頭の片隅にはずっとクルトが居たのだった。




 ーーーそして、次の日。

 それはルティアの運命を大いに変えた、特別な日となった。







「はじめまして、ステラ・タージスと申します」


「はじめまして。ルティア・フェストニアと申しますわ。……タージス時期伯爵もご一緒なのですね」


 フェストニア家の応接間。

 ルティアの前に座る1組の男女。


(もう、タージス様と会うことはないと思っていたけれど)


「あの、急に夫も同行させてしまってごめんなさい…その、私の体調があまり良くなくて」


 そう言いながらまだ膨らみのないその腹部を愛おしそうに撫でるステラ。

 横に座るロイ・タージスは顔色を悪くしながらも妻を気遣っているようだ。


「本当にすまない…君に失礼なのは重々承知で」


「そう、失礼を承知でいらっしゃったの…それで、ご用件は?私こう見えて働いている身ですので忙しいんですの」


 この2人には嫌味の5つや6つ言ってもバチは当たらないだろうとルティアは思っている。


「あの、その……本当にあなたに合わせる顔がないのはわかっているの。だけど、その…ーーーあなたは、クルト様に会ったことはある?」


「ーー?」


「君の進路が王城だというのは学園でも有名だったからーーーアルトネア様付きの侍女をしているんだろう?だからもしかしたらアルフヴェート様の事を何か知ってるんじゃないかと思って」


 確かに、ルティアの進路は学園で有名だった。

 彼女の名誉のために、アルトネア様が声高々と宣言したからだ。

 自分付きの侍女にする、と。


「…私はあくまでアルトネア様付きの侍女だもの。アルフヴェート様のことはよく知らないわ」


 

 ルティアは嘘をつくのが苦手だ。

 けれどこの時はなぜだかスルッと偽りを言葉に出せた。


「……そう、そうよね……本当にごめんなさい。私、どうしてもクルト様に謝りたくて」


 伏せられた、桜色の瞳。

 揺れる金色のまつ毛に、サラサラと肩を伝う絹のような髪。

 相変わらず、ステラは綺麗だった。

 学園に通っていた時、ルティアは彼女とクルトの姿を見てなんでお似合いなのかと何度も何度も思った。

 ーーーけれど


「どうして、今?」


(あぁ、どうしてかしら私)



「ーー実はね、私たち子供ができたの。それで、この子にとって後ろめたい事のある親になりたくないってーーーそう思ったの」


 優しく腹部を撫でる手。

 天使のような穏やかな微笑み。



(この人と、クルト様が笑い合っている姿なんて2度と見たくないわ)


「タージス次期伯爵夫人」


「え?」


「貴女はそのまま余計なことはせずお幸せに生きたらいいと思うわ」


「すまない!すまない、ルディア!君を傷つけるために来たわけではないんだ」


「そう、それではもう良いかしら?タージス次期伯爵様。あぁ、あと私の名前は親しい人にしか呼んで頂きたくないの。辞めてくださる?」


 ルティアは怒りで心が凍ってしまいそうだった。

 酷く酷く寒く感じてーーーだから




「あのさ、ルティアに迷惑かけるのは辞めてくれないかな」



(なんで、ここにーーー)



 静かに開いた扉から入ってきたその人ーーークルトに。



 そんな自分を、ルティアは見られたく無かった。






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