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「いやーすまないすまない!興奮してつい!レディの部屋に訪ねる態度ではなかったな!!」
がはは、と笑いながら紅茶を流し込むその人の姿にルティアはただただ目を丸くする。
魔術師長ハズリー・ロールデンスーーまだ年若いその男はこの国始まって以来の天才と呼ばれる人だった。
「いえ、いいの。呪いの解き方の方が重要よ」
「わかったのか」
アルトネアとジークフリードはそんな彼に動じる事なく続きを促す。
「異国の古い古い呪いに随分踊らされてしまった!あの女の正体もついでにわかったぞ!まずは喜べよジーク、アルトネア。君はあの女と同衾していない!良かったな!」
「ーーどういうことだ?」
ハズリーの言葉にジークフリードの眉が険しく寄った。
「お前の部屋にいたあれは、空っぽの器だ。これもまた古い禁術でな、簡単に言えば新鮮な死体を生きてるように操っていた。あの女は呪いをかけた代償で死んだんじゃない。元々死体だったって事だ」
「死体…」
「ひぇ…」
ルティアは思わず情けない声を出してしまった。
「ん?お嬢さん、君は?」
「あ、私はルティア・フェストニアと申します。そして、あの私は場違いだと思いますので失礼致し「ルティア!ああ!あの婚約破棄の!じゃあほぼほぼ関係者だ!キミも聞いていくといいよ!」
「え、あの、いや私は…」
「今クルトにもこちらに来るように伝えたから!ほら座って座って!」
「クルト、様…ですか?でも彼は今…」
「え?だって君ずっと一緒に過ごしてるんでしょ?」
「ハズリー!!」
ハズリーの発言に被せるようにジークフリードは彼の名を呼んだ、がルティアにはしっかりと聞こえてしまっていた。
「ずっと、一緒に…」
ルティアがこの半年ずっと一緒にいた人。
それはただ1人しかいない。
ーーー姿を、全てを隠した人。
「え、あれ?あ!!言っちゃダメだったんだっけ?」
惚けたハズリーの頭をアルトネアは思い切り叩いた。
※
暫くして、控えめに扉を叩く音が聞こえた。
関係者以外は誰もいなくなったこの部屋でその扉を開けるのはルティアの役目だった。
「…ご、主人様」
「…ありがとう、ルティア嬢」
「あの、私…」
「…うん、詳しい事は後で話そう」
「ーーはい」
男の後ろに従うように歩いてルティアは部屋の中央へと向かう。
混乱した頭で無意識に男のローブを掴んでいた。
「おお!来たか!そしてすまないクルト!!君たちが内密にしていた事はたった今僕が話してしまった!」
「ーーええ、彼女の反応からそうだろうとは思いましたよ。……直接会うのは久しぶりだね、ジーク。アルトネアも」
「ああ」
「久しぶりね、クルト」
「まあまあ!そんなギクシャクせずに!早くそこに座りたまえ!」
男ーークルトは一つため息を吐くとハズリーの指差した長椅子に腰をかける。
ルティアはそんな彼の後ろに立って控えようとしてーーー
「…?ルティア嬢。何でそんな所に立ってるの」
「私、先程アルトネア様の完璧な侍女を間近で見たのです……ふふっ見ててくださいね、ご主人様。私は彼女のように完璧な侍女になって見せますわ!!」
「…俺の隣に座るの、嫌なわけ」
「えぇ!なんでそんなお話になるんですの?もう、人がせっかく向上心を見せてるというのに…」
ルティアはぶつぶつと文句を言いながらもクルトの横に腰掛ける。
そんな2人を、アルトネアとジークフリードは目元を緩めて眺めていた。
「それで、だ!まずは何から聞きたい?犯人?死体の身元?ーーーそれとも解呪方法?」
「そんなものは決まってる。どう解く」
ハズリーの質問に間髪入れずに答えたのはジークフリードだった。
「私も、それが1番知りたいわ」
アルトネアも賛同する。
男ーーークルト本人は何も言わなかった。
「解呪方法だな!これが、だ。分かったには分かったんだが…曖昧なんだ」
「曖昧?」
「ああ!曖昧というのはつまり、どこまですれば解けるのかがよく分かってなくてだな。これはもう、実践するしかないと思うんだが」
「俺に!俺に出来る事は何でもする!」
「君じゃ無理だ、ジーク」
「何故だ」
「これの解呪方法は、“真実の愛”だ」
ルティアの横で息を呑む音が聞こえた。
「しん、じつの…あい」
「はははっ」
呆然とするジークフリードの言葉に、クルトが笑う。
それは、あまりにも悲しい掠れた笑い声だった。
「じゃあ、それはつまり永遠に解けないって訳だ」
「ご主人様?」
「俺の愛なんてもう誰も、手にもしたくないだろう」
「ご主人様、どうし「誰が」
「誰がこんな化物を愛するっていうんだ」
言葉に出してからしまった、とクルトは思った。
これは、ジークフリードを思い切り傷つけてしまうものであったから。
「クルト……」
「…ごめん、ジーク…ごめん。ーー頭を冷やしてくるよ」
それでも、クルトにももう余裕はなかった。
呪いの解呪があまりにも、あまりにも絶望的だったから。
吐き出すような言葉を残して、クルトはその場を去った。
クルトの剣幕に固まっていたルティアは、暫くしてようやく脳が動き出した。
(追いかけなきゃーーーその前に…)
「あの、ロールデンス様」
「なんだい?ルティア」
「真実の愛ってどのように証明するのでしょうか?」
「う〜ん、そうだねぇ……男女の仲には一連の流れがあるだろう?」
「…流れ?お付き合いをして、手を繋いで、ほ、ほほ抱擁するとかですか?」
「そうそう!それのどの段階が“真実の愛の証明”になるのかが未知なんだ!まあ、でもたぶんわざわざジークにそういう勘違いをさせたって事はやることやって「ルルルル、ルティア!!とりあえず今はクルトの側についていてくれないかしら?あの様子じゃ1人にするのは心配だわ」
「は!そうでしたわ!追いかけなくては!
それでは御前を失礼致します」
最低限の淑女の礼を取るとルティアは小走りで部屋を出て行った。
残された3人に沈黙が降りる。
「俺の…せいだ。全て俺の…」
「今は自分を責めるのはやめましょうジーク。解呪方法は分かったんだもの。確実に前に進んでいるわ」
「でもさ、アルトネア。あのクルトを心の底から愛せる淑女が居ると君は思う?あのね、僕はクルトのあの心や人となりが大好きだよ。彼と話した人間の大半は彼に好意を持つだろうーーーでも、今の彼に近付くものはいない。結局人間の印象って第一に外見が重要視されるんだ。それはこの王宮で暮らす君たちの方がよっぽどわかっていると思うけどーーーーねぇ、君はどんな意図を持ってあの子をクルトのそばに置いたの??」
ハズリーの質問に他意はない。純粋に事実を並べて、疑問を溢しただけだ。
「ーーー理由なんて、ないわ」
「え?」
アルトネアの簡潔な答えにハズリーだけでなくジークフリードも驚いた顔をする。
「あの時、学園にあの子に会いに行った時ーーーそうするのが良いって感が働いただけよ」
「ーーー君のその感が外れないことを祈っているよ」
ハズリーは少し呆れながらも、アルトネアのその“感”を否定しなかった。




