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「あ!そうでした…今日はこの後アルトネア様に呼ばれているので少ししたら王宮へと行って参ります」


 ルティアが屋敷で働き始めてからすでに半年近く経とうとしている。

 ルティアはアルトネアとようやく顔を合わせられることとなった。

 と言うのもアルトネアは迫る結婚式の準備で非常に忙しく、それこそ眠る時以外空いてる時間というものが驚くほどに取れなかったためだ。


 背中合わせで朝食を取りながらルティアが声を掛ける。


「わかった、気をつけて。歩くのは結構距離があるでしょう、馬車を呼ぼうか?」


 男は存外過保護だ。


「お気遣いありがとうございます。けれど、大丈夫ですわ。少し前までは昼食は王宮で頂いていましたし…良い運動になります」


「…俺に気を遣わないで、そちらで食事をとってきても良いんだよ」


「いえ、今はこうしてご主人様がたくさんお話ししてくれますから。もうあちらに行く理由はありませんもの」


 はっきりと言い切ったルティアに男の咳き込む音が聞こえた。


「大丈夫ですか?ご主人様…もしかして体調が…」


「いや、うん。全然平気だから。ありがとう」


 最近こうして、男の咳き込んだり、あるいは小さく唸るような声が聞こえることがあるのでルティアは心配だった。


(元気だと仰っていたけど…元々私はご主人様の体調が悪いから、とこちらに配属された訳だし…今日、アルトネア様に聞いてみようかしら…)


 男は人の気配のない西庭園ギリギリまでルティアに連れ立って歩き見送ってくれた。


(ご主人様は心配症ねぇ)


 何度も振り向き男に手を振りながらも、ルティアの心は温かかった。



 王宮のアルトネアの私室に呼ばれたルティアはその部屋へと入り目を丸くした。


「久しぶりね、ルティア。本当にごめんなさい。何度も何度も貴方と会う時間を、と思ったのだけど……色々…えぇ、本当に色々と忙しくて」


「いえ、お会いできて嬉しいですわアルトネア様ーーー…少し、窶れましたか」


 気怠げに長椅子に座るルティアは前回会った時よりも更に細くなっていた。

 その眼下のテーブルの上にはたくさんの書類が積み上げられている。


「……王族の結婚式と言うのは覚悟はしていたけれど…それでも毎日が怒涛でーーあぁ、来たばかりなのにごめんなさいね。こちらに座って、美味しいお茶を頂きながらお話いたしましょう」


「はい、ありがとうございます」


 テーブル越しにアルトネアの向かいの長椅子に腰をかける。

 それ程待たずに用意された紅茶と茶菓子はどれも一級品だ。

 紅茶は適温が保たれ、華美な皿には綺麗に盛り付けられた茶菓子が並ぶ。

 積まれた書類も素早い動作により片付けられた。


(何一つ無駄のない動き……)

 

 ルティアはほぅっと息を漏らす。


「ーー…さすが、アルトネア様付きの侍女ですわね。とても手際が良くて、私は本当に付け焼き刃なのだと思い知らされますわ」


「貴方は侍女教育もろくに受けずにいきなり現場に放り込まれたのだもの。不慣れで当然だわーーまぁ放り込んだのは私なのですけど……でも、どう?何も言ってこないということは貴方には良い環境なのかしら?」

 

「えぇ…最初は戸惑うことも多かったのですが、最近は少しはお役に立てているかなと思います。ご主人様もお優しいですし、アルトネア様には頭が上がりません」


「そう、そうなのね。……良かった。こんなに放置しといて、と思うかもしれないけれど心配していたのよ。主人と一対一だし、辛いことを吐き出す場所もないでしょう?」


「アルトネア様がとてもお忙しいことは分かっていますから、放置されたなどとは思っていません。それにーーー」


 ルティアが話をしていると、部屋の外が俄かに騒がしくなった。

 そうしてガチャリと開いた扉から入って来たのはーーー。


 ルティアは素早く立ち上がり淑女の礼をとる。


「いい、楽にしてくれ。乱入したのはこちらだーーー私も共に茶をいただいても?」


 王太子、ジークフリードその人だった。




「君にはずっと謝りたいと思っていた。いや、本来はすぐにでも謝罪に向かうべきだったんだがーーーすまない、私も気が動転していて色々なことを後回しにしてしまった」


 アルトネアの隣に腰がけ深く頭を下げるジークフリードにルティアの顔を真っ青になった。


「お、おやめください!頭をお上げくださいませ。私はもう本当に気にしてはおりませんから!」


 慌てて早口になるルティアにアルトネアがふわりと笑う。


「ねぇ、ルティア。今なら何だっておねだり出来るわよ?国宝でも何でも今ならくれるんじゃ無いかしら」


「アルトネア様!もう!」


「あははっ!大変ルティア。可愛いお顔が真っ赤になったり真っ青になったり忙しそうよ?」


「も、もう!!あんまり意地悪なようでしたら、ご主人様に密告しますからね!」


 ルティアの精一杯の反論にジークフリードとアルトネアは肩を揺らした。


「ーーそれは屋敷の主人のことか?」


「そ、そうです!直接お聞きしたことは無いけれどアルトネア様とは面識がありそうなご様子でしたから…何か良い助言を頂けるかもしれません!」


「…ルティア嬢は彼にそういった相談が気軽に出来ると?」


 気軽に、と言われてルティアはうーんと考える。

 最近は、もしかしたら仕える身としては気軽すぎるかもしれない。

 例えば、アルトネアの侍女。

 支える者の見本のような女性だった。

 ルティアは程遠い、主人と従者の距離だ。


 男との日々の生活を思い出しながらルティアの顔色はどんどん悪くなる。

 そんなルティアを見てジークフリードはバツの悪そうな顔になり、アルトネアは彼の脇腹を小突いた。


「…いや、すまない。軽率な質問を「どうしましょう、私とても侍女とは言えないことに今気がつきました…!」


「は?」「え?」


 目の前の2人の声にも気づかずルティアは続ける。


「焼き菓子はたまに焦がしてしまったものをそのまま一緒に食べてもらっていますし…でも、これに関してはご主人様も“焦げてても美味しいから隠さないで”なんて仰るからつい……名前も言えないあの虫が出たときもご主人様を呼び出して退治してもらっています!でも、これもいつでも呼んでいいって仰ってたわね……そういえば今日の朝食の時も、私の好きなミニトマトが出て!ご主人様がくれると言うから遠慮もなく頂いてしまいました!!この前もーー「待て、待ってくれ!!」


 ジークフリードの静止の声に、ルティアは自分が暴走していた事に気がつき体を小さく丸める。


「あ、申し訳ございません…自分の不甲斐なさを実感して…」


「いや、そうではなくてーーー…君は彼と共に食事を?」


「え、は、はい…お姿を見られたくないようなので…背中合わせで、ですが…」


「普通に会話も?」


「ーー?はい。私がたくさんお話ししてしまうので、聞いて頂くことの方が多いかもしれませんが……」


 ルティアの回答にジークフリードは片手で目を覆い深い息を吐く。

 その横でアルトネアは潤んだ瞳をハンカチで丁寧に拭いていた。


 2人の様子にルティアは驚き固まってしまう。


「ーールティア嬢。欲しいものがあったらなんでも言って欲しい。ーー国宝でも」


「どうしてそんなお話になるのですか!?」


 突飛もないジークフリードの発言にルティアは震え上がる。


「…ねえ、ルティア。貴方は彼の姿を見てどう思ったのかしら?」


 少し揺れるアルトネアの声にルティアは答える。


「姿…と言っても私はあの全てを隠されたお姿しか知らないのですけど…」


「えぇ、その姿を見てどう感じたのかが知りたいの」


「ええと、これはご主人様本人にも申し上げたのですが……呼吸はできるのかしら、って…」


「聞いたの!?」


「はい…そしたらちゃんと出来てると仰ったので安心しました。ーー正直、初めてお会いした時は驚きましたわ。でも、嘘偽りなく、あの格好を見て驚かない人はいないと思いますの。だからきっと私が感じた事は他の方と大差ないと思いますわ」


「ーー逃げたいと、思わなかったのか?」


「……もしご主人様の言動が恐ろしかったら考えたかもしれません。でも、初日のご主人様は私が来たことを良く思ってなかっただろうに、丁寧に室内の案内をしてくださいましたしーーーそれに私のお部屋、あのお屋敷で1番日当たりの良い場所なんですの」


「ーーーそう、か」


 ジークフリードの肩の力が抜ける。

 ぼふん、と彼は長椅子に背を預け天井を見上げた。


「…紅茶、冷めちゃったわねーー新しいのを用意するわ」


 アルトネアの指示で素早く新しい紅茶が目の前に置かれる。


(私も、ここまで極められるかしら…)


「…ルティア嬢」


「はい」


「君は…」


 ジークフリードが何か言いかけたその時である。


「ジーク!!ここに居たのか!!分かったぞ!ついに!呪いの解き方が!!」


「今日はやたら乱入者が多いわね。一応ここ、私の私室なんですけど!?」


 思わず唸るアルトネア。


 バンッと大きな音を立てながら扉を全開にしたのはこの国の魔術師長、その人であった。

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